「ゴーリングでの催し」

先週末からザルツブルクの南60kmほどの所にある Golling という小さな町へ行っていました。
a0280569_1265750.jpg

町といってもチロルの山々に囲まれた小さな盆地、家並みは200mほどで抜けてしまい、周りは牧草地が広がっています。
a0280569_1271366.jpg

何でそんな所へ行ったかというと、とある日本の会社が現地の会社と合併して10周年を迎えて、
その式典が現地の会社があるこのGollingのホテルで開催されました。

ホテルはこんな田舎ですがそこそこの格式があるそうで、
ここのオーナーでコック長の人はオーストリアの料理コンクールで優勝をしたそうです。

何でもドイツのメルケル首相も食されたそうで、ここの城で開催される催しの際には
高名な演出家オットー・シェンクもこのホテルに泊まるそうです。

前回来たときに、このレストランで夕食を取りましたが、
お洒落に手の込んだ料理でしたが、説明をされたほどのインパクトは感じませんでした。

さて、今回はその式典の準備、進行のサポートという形で依頼され、
ステージ制作や映像、それに鏡開きなどの手助けをしました。

2日ほど前には雪がチラつき山の方はすっかり雪化粧、
お天気が心配だったのですが、この日は回復ぎみでホッとしました。

準備も滞りなく整い、後は開場を待つばかりです。

お昼近くになり関係者がパラパラと集まりだしました。
a0280569_1275660.jpg

発足当時、担当された方々は現地のもう定年をされた様な年配の方々と、
懐かしそうに語りあっておられました。
a0280569_1281211.jpg

いよいよ式典は挨拶に始まり鏡開きと進み、段々と盛り上がりを見せました。
a0280569_1284184.jpg

会食の後は記念撮影、そして歓談の時と問題もなく進行し夕刻には無事終了しました。

この催しは会場を移して夜の部もあったのですが、
こちらは社員の懇親会という形なので少し気が楽です。

お昼を食べ損ねたので、急いで腹ごしらえ、・・・ 近くのピザ屋へ飛び込みました。

ガードを潜り町外れの寂しいピザ屋ですが、田舎なのでこんな所しか開いていません。
a0280569_1292315.jpg

中途半端な時間なので出てきた店のオバちゃんもカッたるそうです。

座席に座ろうとしたら、何故分かったのでしょうか「スモーカー?」と訪ねられ、
間髪を入れずに「そうそう・・・」、奥の別室に案内されました。

暗くて狭い廊下の様な部屋で、
窓越しに外からはガリガリと何だか窓枠の目地止め工事をしているようです。
a0280569_1294294.jpg

寂しい気持ちでしたが、注文をした“Penne”はチーズを乗せオーブンで焼いていて、まるでラザーニャのようです。
a0280569_1295913.jpg

フーフー吹きながら熱々のPenneを一口運びました。
「オォ 意外と美味しい・・・」
この疲れた体がゆっくりと癒されて行くようです。

さあ、もう一頑張り、今夜は何時まで宴が続くのだろう。・・・
夜の部は無礼講なので飲んでも良いのかなぁ~
a0280569_1301446.jpg


by Atelier Onuki
~ホームページもご覧ください~

応援クリックありがとうございます!

人気ブログランキングへ
[PR]
# by Atelier-Onuki | 2017-10-31 01:32 | オーストリア | Trackback | Comments(0)

マーラーの作曲小屋3-トブラッハ (ドイツ・ニュース・ダイジェスト10月のコラムより)

a0280569_1975670.jpg


マーラーの三つ目、即ち最後の作曲小屋は、
南チロルのトブラッハ(イタリア語でドッビアーコ)にある山の中腹に建っています。
a0280569_1982647.jpg
 
1908年、50歳を迎えようとしていた彼の状況は最悪と言っても差支えがないほどでした。
1年前には長女を亡くし、ウィーンの職は解雇され、自らは心臓病を起こしたり、精神病も煩いフロイト博士の診断を受けていました。

それに何と言っても彼を悩ませたのは妻アルマの浮気でしょうか。

アルマは恋多き女性として知られていますが、
結婚をする前から彼女の師であった作曲家のツェムリンスキーとも噂されていましたし、
画家のクリムトとも親しかったようです。

そしてこの当時は著名な建築家で後にバウハウス創設者となったヴァルター・グロピウスと付き合っていて、
グロピウスはわざわざトブラッハまでアルマに会いに来たとも言われています。
 
そんな状況の中、マーラーの交響作品はちょうど9番目の構想に差し掛かっていましたが、
「9番」を呪いのように思っていた彼は躊躇しています。

それはベートーヴェンをはじめブルックナーなど偉大な交響曲作曲家達が
「9番」を最後に他界していたからです。

若い頃から死に対する不安が付きまとっていたマーラーにとって「9番」を作曲するには決死の覚悟が必要でした。

結局は「9番」として着想した曲は「大地の歌」という別名の交響曲とし、
タイトルに「9番」と付けるのを避けてしまいます。
 
しかし、意を決したように、とうとうこの作曲小屋で「9番」の制作に取り掛かります。

曲は「大地の歌」の最後のフレーズ「永遠に~」から同じメロディーを受け継ぎ静かに始められ、
途中はもうヤケクソ気味の気分にもなりますが、最終楽章では穏やかな気持ちで死に対する恐怖から解かれ、
むしろ憧れすら感じさせる崇高な音楽にまで昇華しています。
 
ただ、この作曲小屋は現在、人寄せパンダよろしく作られた動物公園の中に
埋もれてしまっているのが、少しばかり残念です。
a0280569_1985177.jpg

a0280569_1991189.jpg

夕方ちょっと悲しい気分になって「そろそろ帰ろうか」と、遠くトブラッハの町を眺めていると、
教会の鐘が鳴り出しました。
「カン・コ~ン、カン・コ~ン」……

「これって1楽章の最後の方で鳴る鐘と同じメロディー……」
ジワッ~と目に熱いものを感じました。



by Atelier Onuki
~ホームページもご覧ください~

応援クリックありがとうございます!

人気ブログランキングへ
[PR]
# by Atelier-Onuki | 2017-10-21 19:10 | コラム | Trackback | Comments(0)

「Ticket 2000」 は優れもの

ここデュッセルドルフの市内交通機関は「Rhein Bahn」という半官半民のような会社が運営していて、
チケットの種類も利用する人のニーズに合わせて多種多様の種類があります。

私はその中の“Ticket 2000”というチケットをいわゆるAboで年間契約をしているのですが、
これがとても便利なチケットです。

これは距離にあわせてA~Dまでの4種類の値段に分かれていますが、
普段は市内しか乗らないので私のは一番安い“A”のチケットで76ユーロほどです。
a0280569_0235751.jpg

まず市内の路面電車を始め地下鉄、バス、国有鉄道が乗り放題です。
これが夕方19時を過ぎると大人2人、子供3人まで同乗することができます。

これだけでも優れものですが、更に貸し借りが自由なのです。

更に週末や祝日ですと、このノルト・ライン・ヴェストファーレン州全域が乗り放題となります。
この州は広いので相当乗り応えがあります。
唯、ケルン方面はイジワルで南へは途中までしかフリーで行けません。

そんな中、先日、停留所の案内版をボーッと眺めていたら、
このRhein Bahn と提携しているVRR(ライン-ルール運輸連合)の路線図が掲示されていました。

よく見てみると何とオランダのアーネムまで範囲内として載っているのを発見しました。
そう言えば最近、アーネム行きの真新しい列車が通過するのを時々見かけていました。

そうか、これは一度試してみない手はないとばかり、乗り込んで見ました。

これはデュッセルドルフ発でアーネム行きの専用列車で、最近オランダの運輸局と提携したようです。

車内は新しいだけに綺麗です。
アーネムまでは1時間50分と結構な距離を走ります。

国境のエマーリッヒに着く頃にはすっかり疲れていますが、
さすがこの辺からは景色も俄かにオランダっぽくなってきて、
長閑な牧草地を背景にレンガ作りの可愛い家々が点在し始めます。

アーネムに近づいたころ、やっとオランダの車掌さんが回ってきました。

この“Ticket 2000“で行けるのか確信はなかったので、
追加料金を払うのを覚悟でハイとかざして見ると、ホイと紙のカードをくれました。

よく見るとそれは QRコード付きの「Key Card」と書いてあります。

ははぁ~、ドイツ側では列車に乗るのに改札もなく自由に出入りができますが、
オランダは最近になって自動改札が導入され、チケットがないと開かないシステムになっているようです。

自動改札にこれを当てると気持ちが良いほど簡単にサッと開きました。
a0280569_0245334.jpg

いやぁ~、ありがたいものです。
こんなに遠くまで無料で来られるとは感無量です。

アーネムの駅は最近改装されたようで、曲面を多く取り入れた建物はモダンで天井も高く心地よい空間です。
a0280569_0251323.jpg

この日はお天気も良かったので、昔訪ねたことがあるオランダ村(open Air Museum)へ行ってみることにしました。

ここは言わば明治村みたいな所で、オランダのホステンボスといった所でしょうか。

駅構内のバスターミナルにはミュージアム行きの、これまたレトロなバスが停まっていました。
オランダ人にとっても珍しいのか来る人、来る人がカメラに収めていました。
残念ながらこれは宣伝用らしく、後に停まっていた普通のトロリーバスに乗って向かいました。
それでもこのトロリーバスはオランダではこの街にしか無いそうです。
a0280569_0253782.jpg

バス停を降りミュージアムへはダラダラとちょっとした距離を歩きます。

かつて行ったのは20年以上も前だったので、ひょっとして寂れているのではと心配をしていましたが、
入り口には大勢の人たちが訪れていてホッとしました。

改装もされたようで入り口や周辺の建物も真新しい感じです。
取り合えずはレトロな路面電車に乗って一周してみることにしました。
a0280569_02662.jpg

この停留所も改装されたようで綺麗になっていました。
電車も古いタイプの何種類かが頻繁に運行しています。
a0280569_0262676.jpg

ミュージアムは広大な敷地に昔の街並あり、農村ありと点在していて、
当然オランダのシンボルでもある風車はあちこちに設置されています。
a0280569_026594.jpg

a0280569_0271117.jpg

a0280569_0272537.jpg

a0280569_0274172.jpg

a0280569_0275636.jpg

園内にはレストランも何軒かありますし、一日中楽しむことができました。
a0280569_0282892.jpg

帰りはアーネムの街をぶらつき、趣のある街並みを楽しんでいました。
a0280569_0284159.jpg

a0280569_0285586.jpg

a0280569_029647.jpg

次回はここでの激戦を題材にした映画「遠すぎた橋」で有名な「ジョン・フロスト橋」も
訪ねてみようかなと思っています。

夕食も済ませデュッセルドルフに着いたのはもう10時を過ぎていてグッタリと疲れていました。

やはりアーネムは遠い街でした。




by Atelier Onuki
~ホームページもご覧ください~

応援クリックありがとうございます!

人気ブログランキングへ
[PR]
# by Atelier-Onuki | 2017-10-07 00:34 | デュッセルドルフ | Trackback | Comments(0)

マーラーの作曲小屋-2 (ヴェルター湖畔) [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 9月のコラムから]

a0280569_0495426.jpg

8年間とマーラーが最も長く滞在した二つ目の作曲小屋はオーストリアの最南部、
スロベニアにほど近いヴェルター湖畔(Wörthersee)のマイヤーニッヒ(Maiernigg)に建てられました。

湖は横に長く、濃いエメラルド・グリーンの水を湛えて透明度も高く綺麗な湖です。

湖北岸の中央辺りに位置するペルチャッハ(Pörtschach)と言う小さな町は
ちょっとしたリゾート地となっていて湖沿いにはお洒落な店やホテルが立ち並ぶプロムナードになっています。
a0280569_0501612.jpg

a0280569_0503484.jpg

ここには2年に渡る夏のシーズンにブラームスが滞在し、
「交響曲2番」を初め「ヴァイオリン協奏曲」や「子守唄」などの名曲を作曲しています。

マイヤーニッヒは対岸の南東部に位置しますが、ブラームスがこの湖を訪れていたことも、
マーラーがこの地を選んだ理由の一つかもしれません。

この当時のマーラーは指揮者としてはウィーン宮廷歌劇場の芸術監督,
そしてウィーン・フィルの常任指揮者としても活躍し、押しも押されぬ地位を獲得していました。

作曲家としても既に揺るぎない名声を博し、絶頂期を迎えていました。

このマイヤーニッヒは1899年に湖畔に建つ館と裏山の土地を購入したほどで、
この地でジックリと腰をすえて作曲に取り込む覚悟だったようです。
a0280569_0521621.jpg

1902年には41歳で23歳のアルマと結婚、そして長女マリア・アンナの誕生と私生活でも幸せの頂点でした。

ここで作曲された曲では何と言っても「交響曲6番」が最も名作として知られる処ですが、
この4楽章で叩かれる大きな木槌を巡って色んな解釈がなされています。
(現在は2回叩くのが大方の解釈ですが、バーンスタインなどは3回叩かせました)

こんな絶頂期にも関わらず神経質な彼は3ツの不安を感していました。

一つ目は「家庭の崩壊」、二つ目は「社会的ダメージ」、そして三つ目は「自分の死」を恐れていました。
(マーラー自身の指揮では初演以外、3つ目は叩けなかったそうです)

これらの予感は後々全て当たってしまいますが、
それよりも何を思ったのかリュッケルトの詩に啓発されて作曲した
「亡き子をしのぶ歌」を発表したすぐ後に長女が忽然と亡くなってしまいます。

その後、この土地を全て売り払い二度とこの地へ来る事はありませんでした。
a0280569_053453.jpg

a0280569_0531995.jpg

a0280569_0533464.jpg


by Atelier Onuki
~ホームページもご覧ください~

応援クリックありがとうございます!

人気ブログランキングへ
[PR]
# by Atelier-Onuki | 2017-09-18 00:56 | コラム | Trackback | Comments(0)

ダニエル・ハーディングとウィーン・フィルの演奏会から(ケルン)

昨夜はハーディング指揮でウィーン・フィルの演奏会があったのでケルンへ向かいましたが、
開演が19時と何時もより1時間も早いのでバタバタと出掛けました。
a0280569_122859.jpg

演目はドビュッシーの「ペリアスとメリザンド」から組曲と
メインはマーラーの交響曲6番でした。

ウィーン・フィルの演奏会は何時も混んでいるのですが、特に年配の方々が目立ちます。

席に着くとステージにはこれ以上入らないほどの椅子が並べられていて、
如何に編成が大きな曲かが伺われます。

最初のドビュッシーから既にそこそこの奏者が入っていて、
「この曲でこれだけの人数がいるのかなぁ?」と思っている中、静かに始められました。
オペラも「印象派」と言われ具体的な状況表現を避け、
ちょっと抽象的に描いているのでいまひとつ掴み所がないのですが、これは組曲になっても同じことです。

余り盛り上がらない同じような旋律が繰り返され大編成の金管群が吹き出しても、
全く大きな響きは出さず、グッと押さえられています。

チューバも入っていますが、ほんのちょっとブファとサビを利かす程度で
鳴ったか鳴らないか分からないほどです。

それでもヴァイオリン群が甘いメロディを奏でている時など、
さすがウィーン・フィルだけあって、ウットリとするような柔らかな響きです。

「こんな所はあの自然光が差し込んでくるムジーク・フェラインの昼間に聴いたら気持ちいいだろうな!」と
想像をしていました。

まぁ結局は山場らしき所もなく、静かに終ったか終っていないのか分からないまま終了していました。

さて、休憩後はお目当てのマーラーです。

管弦楽だけの曲では一番大きな編成なので、これでもかとばかりの奏者が登場しました。
a0280569_1223430.jpg

ザン・ザン・ザン、ザザザン・・・と勢い良く弦群と打楽器によってバリッと刻まれました。
これを受けてヴァイオリンが甘いメロディを面々と奏でます。

イヤァ~さすがウィーン・フィルです。冒頭からこんな柔らかい響きを聴かされるとウットリしているだけです。

ハーディングも溌剌とした棒運びですが、慌てるような所がなく堂々としたテンポです。

曲は複雑に絡み合い万華鏡のようにキラキラと突き進んで行きます。

打楽器などは忙しく、二種類ほどの打楽器を掛け持ちし、
一番右端でドラ担当の奏者などは忙しくステージバックで鳴らすカウベルや
鐘のシーンの度に行ったり来たりしています。

曲はより複雑な絡み合いをみせ最強音の一撃で長い一楽章を閉じました。

打って変わって2楽章は穏やかにヴァイオリンの甘い旋律で静かに面々と奏でられ始めました。

この面々とした進行はこの楽章の最後までくり広げられ壮大な中にもマーラーの充実した精神状態が伺われます。

徐々に盛り上がって行った曲はグッと静かな響きへと移りこの楽章を終えました。

打楽器を伴って弦楽器群がガリガリと行進曲風に刻み、3楽章が始められました。

途中絡んでくる金管楽器などはちょっとグロテスクな表現でサビを利かせています。
チューバのソロが入るところなど空ろな感じで何処へ行くのだろうかと思いきや、
急に甘いメロディで木管が答えたりと支離滅裂です。

それでもホルンが甘く吹く辺りなどはアルプスの光景を連想させ、
「ああやっぱりこの人は山が好きだったんだなぁ~」と思わせます。

ハープにチェレスタを伴いボァ~ンと不思議な雰囲気の響きで4楽章は間髪を入れずに始まりました。

曲はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと定まらないまま、ホルンのメロディを頭に
段々とメインテーマが序々に現れ出し打楽器も加わり盛り上がりを見せるのかと思ったら、
拍子を抜かれたように又、グッと落ち着き・・・と

やっとスピードも増してきてここでも万華鏡よろしく色んなメロディが絡み合います。

曲も後半に入りいよいよ、お待ちかねのハンマーをひっぱたくシーンが訪れます。

さっきまでシンバルを叩いていた奏者が厳かに持ち上げたハンマーは特注なのでしょうね、
一般的な木槌の4・5倍位あろうかと思われるほど大きなものです。

そして一旦溜めを作ってからダン!とタイミングよく叩き降ろしました。

曲はまた空ろになり紆余曲折を繰り返しながら2回目のハンマー・シーンが訪れました。
ここでもピタッとタイミングがあった一打・・・

奏者も緊張していたのか叩き終ったあとは、崩れるように座り込み表情は安堵からか呆然とした顔をしていました。

その後も未々、雑然とした曲はあっちへこっちへとウネリ、一旦グッと静まり返り、暫くの緊張の後、
ジャ~ン!大爆発、ボン!とピチカートで終了しました。

イヤァ~曲が支離滅裂だけに文章も纏まらないものになってしまいました。

演奏は全体的にボリューム満載でヘビーでした。

特に金管などは深い奥行きと、ウィーン・フィル独特の良い意味で荒々しさもあって余計ヘビーに感じました。

もう終った後はグッタリです。
a0280569_12331100.jpg

この曲は3月にラトルとベルリン・フィルでも聴いていて、どうしても比較をしてしまいます。

ベルリン・フィルでの演奏は精密さの極みで、アンサンブルは完璧だったし、
何一つ濁りのない清涼な響きには威厳を感じるほどでした。

この複雑な曲にも関わらず理路整然とディティールまで磨き上げた演奏は
曲の全体像を透して見てとれるような圧巻の名演奏でした。

まぁこの辺は常任と客演の違いもあるでしょうし、演奏の精度を重視しているベルリン・フィルと、
むしろ豊かな音楽性を大事にしているウィーン・フィルの違いが出たのかも知れません。

それにしても歳のせいか最近はこんなヘビーな曲を聴くとグッタリと疲れてしまいます。


by Atelier Onuki
~ホームページもご覧ください~

応援クリックありがとうございます!

人気ブログランキングへ
[PR]
# by Atelier-Onuki | 2017-09-16 01:24 | 音楽 | Trackback | Comments(0)