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「ザルツブルクのマイスタージンガー」

6月にラトルによるマーラーの2番を聴いたり、先日は9番を作曲した小屋を訪れたりと、ここしばらくドップリとマーラーに浸かっていました。
しかも特にこの二曲は浮世離れした内容の曲なので、どうしても気持ちが現実から遠ざかってしまいます。
これでは社会人として欠陥人間に成りかねないので(否すでに欠陥だらけなのですが)、そろそろ聴くのを控えようかなぁと思っていました。

そこへ予期せぬことに突如ワグナーが出現して来ました。
ワグナーなのでこちらもマーラーに負けず劣らず浮世離れしていますし、
現実へ気持ちを復帰させるのには何の助けにもなりません。

と云うのは会社の同僚で毎年ザルツブルク音楽祭に通っている人がいるのですが、
彼の知り合いで日本から来られている音楽ファンの方が体調を崩してしまい、突如チケットが私に回って来たからです。
体調を崩された方にはお気の毒なのですが、エッこんな高いチケットを頂いても良いのかなと恐縮するほど高額でした。
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ミュンヘンからは近いので毎年「如何しようかなぁ~」とプログラムだけは見るのですが、如何せんチケット代が高くて二の足を踏んでいました。
特にオペラは会場の大ホールが通常のオペラ・ハウスに比べて間口の幅が二倍くらいありますので、
このステージ一杯を装置で飾るとそれは豪華で迫力があります。

もう16・7年前でしょうか我が師匠の一人、装置家の高田一郎先生が演出の浅利慶太さんと組んで「エレクトラ」を上演し、
その時に招待して頂いて以来です。
その折ついでに観たパトリース・シェロー演出の「ドン・ジョバンニ」も特筆もので、
我がオペラ鑑賞の中でも五指に入る素晴らしい内容で懐かしく思い出されます。

さて、今回の演目はワグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」でした。
会場前はサラサラとした霧雨にも関わらず大勢の着飾った人達で賑わっていました。
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バイロイトに対抗して設立されたこの音楽祭(音楽だけではないので祝祭とした方が良いのかも知れませんが。)は、
バイロイトが意外と地味な格好の聴衆が多いのに対して、もうどんなに頑張って着飾っても埋めれてしまう程、聴衆の格好が一番派手な音楽祭でしょう。
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それは日本からの人達もそうで、プッと笑いが出てしまいそうなちょっとユニークな方々もおられました。
(でも皆さんさすがにお金持ちらしいザマスノヨとした雰囲気を醸し出されていました。)
唯、この雰囲気は場違いな気がしてきて途中からとても居心地が悪く感じだしていました。

さて場内はほぼ満席状態です。
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最初からステージの幕は開いていて室内の舞台装置がセッティングされています。
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客電も落ち前奏曲が始まる前にバタバタと寝巻き姿のワグナーと思しき人物が登場し、あれこれと作曲過程での創作に関する葛藤をし、
これだと閃いたと同時にバーン・バーババンと例の前奏曲が始まりました。
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曲の後半になって彼はステージ袖から白い半透明のカーテンを引いて一部右端の装置を除いて被ってしまいますが、
このカーテンには装置と同じ映像がピッタリと合うように投影されています。
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引き終えた後、彼はこのカーテンの中へ消えて行きました。
同時に映像は段々とアップになり左端にあった古風な机へとパーンし、正面へと回り込んで最大に映し出された処でカーテンは開きます。
中からはそのアップになった机が映像と同じ大きさで今度は巨大な装置として舞台一杯に現れ大勢のコーラスが乗っています。

ハハァこれは架空の世界であることを暗示するように人々を小さく非現実的に扱っているのでしょう。
先ほどのワグナーもこの架空の世界に入っていったのだとこの辺で納得です。
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この映像がアップしてから幕が始まって行く手法はとても上手だと思いますし、
第二幕、三幕もセットの違う部分をクローズ・アップしてから入って行きました。

それにしても机を初めあちこちに置かれている巨大な古い本までも、装置はきめ細かな配慮がされた素晴らしいもので、
材質の表現や小さな装飾に至るまでちゃんと作っていて、これは随分コストが掛かっただろうなと余計な心配をするほどです。

暫くあって登場してきたハンス・ザックスは先ほどのワグナーを演じていた人ではないですか。
そうか前から疑っていたのですが、このザックスはワグナーの化身だった訳です。
そういえば生れて間もなかった長女のエファも同名でこの物語りに登場しますし、
ザックスとのあのアイ情関係は一体何だったのでしょうか。
この作曲家は後に作曲する「指輪」でも長男のジークフリートの名を英雄として登場させますし、
この辺の感覚は私には理解が困難です。
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それと最初からステージ中央に思わせぶりに置いてあった3体の胸像ですが、左が小ぶりのゲーテで右端が等身大のベートーヴェン、
中央が一番大きく緑の布が掛けられ見えなくしています。
もうこの辺でハハァあれはワグナーだな・・・と想像が付きますが、・・・
案の定最後に姿を現し、この緑の布は最終幕でマイスター達が纏っていたマントや衣装、
それにワグナーの象徴とも云うべき変な形のベレー帽まで緑色と云う徹底的にワグナーをマイスターの象徴のように扱っていました。
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最終幕ではザックスによってドイツ民衆の精神や芸術性に付いて延々と語られますが、
これはドイツ人(オーストリア人も含め)はしっくりと受け入れられるのでしょうか。
そのまどろっこしく理屈っぽい語り口は、時折面倒な理屈を云う弊社ドイツ人スタッフの顔がチラチラ浮かんできたりして、
私には理解しずらい感覚で、それでぇ~?と段々面倒くさく感じていました。

全体的にはビーダマイヤー調の舞台装置、カツラまで含めた衣装がとてもきめ細かな配慮がなされていて素晴らしいものでした。
それに照明が上手い、とても自然な表現でスポットも光源を悟らせずにさりげなく浮き上がる手腕は特筆物でした。

演出も面白いと云えば面白いコンセプトだと思いますが、徹底的にドイツ寓話であることを強調するためか、
二幕目からベックメッサーが絡むシーンではドイツで生み出されたお伽噺からのオンパレードのように
ありとあらゆるキャラクターがパロディ化されて登場してきます。
赤頭巾ちゃん、白雪姫をはじめ小人達にオオカミ、毒リンゴの継母、カエルの王様に長靴をはいたネコと書ききれない位で支離滅裂です。
それに大騒ぎの最中タンスの中で白雪姫が小人に犯されているシーンなど如何なものかなぁと・・・首を傾げてしまいます。

歌手陣はこの大きな劇場にも関わらず良く声も通り、全般的に立派なものでしたが、
特にザックスとベックメッサーが演技も含め素晴らしい歌唱でした。
このベックメッサーはワグナーが彼に敵対していたウィーンの評論家ハンスリックをモデルにしたそうですが、
私個人はこの敵役でコケにされてしまう彼の役柄の方が可哀想だし人間味があって好きです。
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それに大人数の合唱が特筆もので、その力強い所はボリューム満点ながら、
柔らかい表現でアンサンブルもきめ細かく静かな部分もハッとするほど綺麗な歌いぶりでした。
特に三幕目では上下三層に陣取った合唱がステージのほぼ全域に広がり、大きな面として伝わってくる声は
大迫力で素晴らしい効果を上げていました。

オーケストラもこの長いオペラをだれる事なく緊張感をもって演奏仕切りました。
ガッティも一部にブーイングをする観客もいましたが、ここまでオペラが振れる人とは知りませんでした。
ウィーン・フィルの皆さんお疲れ様でした。
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終演後は閉店間際のビア・レストランに飛び込んで、もうディスペンサーの掃除を初めかけていましたが、
最後の一杯とかろうじてグラーシュ・スープを確保する事ができました。


by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2013-08-29 23:58 | ザルツブルク | Trackback | Comments(0)
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