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ハイティンクとBR交響楽団「マーラーの3番」(ケルン)

実はこの演奏会へ行ったのは2週間前だったのですが、翌日から急に入院することになったので今日まで書けないでいました。

会場はケルンのフィルハーモニーでこのバイエルン放送交響楽団(BR)のオーケストラを聴くのは久しぶりです。

ミュンヘンにいた頃は地元のオーケストラだったのでガスタイクのフィルハーモニーや
レジデンス内のヘラクレス・ザールへ良く聴きに行きました。

特にヘラクレス・ザールの時は立見席もあって、これが何とたったの5ユーロと信じがたい値段で、
この世界有数のレヴェルを誇るオーケストラが聴けて助かりました。
公共放送のオーケストラなのでこの辺はガツガツと稼がなくても良い環境なのでしょう。
場所も会社から近く、当日に気が向いたらブラッと歩いて出かけられました。

さて、この日はハイティンクを迎えてマーラーの3番です。
彼も87歳と云う錚々たる巨匠の領域で、未々カクシャクとしています。
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演奏スタイルはあくまでも中庸を得た解釈で、冒険はしないので面白みにかける部分もあったのですが、
さすが巨匠の域ですから要を得た深みのある指揮者です。

それにしても休憩なしの演奏時間が100分以上と言うオーケストラ曲では最長の曲を、
このお歳で振れるとは感心しきりです。

会場はほぼ満席状態・・・オーケストラ・バックの席にはお客を入れず、
今日は女声合唱団がやはりBRから派遣されています。
右側には少年合唱団が入っていますが、これはケルンの大聖堂に所属する聖歌隊です。
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オーケストラ編成はもうこれ以上入れないほどのフル・オーケストラで木管、金管ともに4管と普段の倍、
重要な役割を与えられているホルンに至っては8本も入っています。
打楽器も2セットのティンパニーを筆頭にありとあらゆる種類の打楽器がズラッと並んでいます。
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このアッター湖畔で作曲された交響曲はホルン8本の堂々たる鳴りで始められました。
このホルンのテーマはブラームスの1番での4楽章のメインテーマから取られているのではと云われますが、
なるほど冒頭の旋律を頭の中で弦に置き換えて柔らかくイメージしてみると全くブラームスとなります。

この頃、マーラーはハンブルクの音楽監督をしていましたが、ウィーンへ進出することを望んでいました。

ちょうど、夏このアッター湖から近いバド・イシュルへブラームスも避暑を兼ねて作曲活動に来ていました。
ここからマーラーはブラームスを訪ねて足繁くバド・イシュルへ訪問をしウィーン進出へのお願いをしていたそうです。

そんな彼の思いが敬意を込めて冒頭のメインテーマに膨らませたのでしょうね。・・・
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さて、肝心のハイティンクの指揮は堂々としながらもキビキビとした棒運びで齢を感じさせない若々しいテンポ感です。

途中、混沌とした音系が絡み合いながら曖昧模糊とした音楽が続きますが、
ここでもオーケストラが良く整えられていて混乱する事がなく整然として進みます。

曲はいよいよ「夏の行進」あるいは「バッカスの行進」と副題が当初付けられたシーンへと入りました。

軍楽隊の行進曲を連想させるような、あえてちょっと安っぽい音系の音楽に、
時折もの凄い勢いで鳥の鳴き声を連想させるピッコロが急に絡んできます。

これって多分ツグミだと思うのですが、全く同じように鳴いている声を良く耳にします。

行進曲はあくまでも拘りをもって安っぽく盛り上がって行きます。

マーラーの場合、軍楽隊のイメージが出てくる部分は回想シーンかと思われますが、
これはかれの少年時代に住んでいた近くに軍隊があって、行進曲が遠くから聞えてきたそうです。

トランペットも夕暮れのイメージとして使っていますが、これも軍隊の夜営ラッパからきているのでしょうか。・・・

この軍楽隊風の行進曲は2番のシンフォニーでは5楽章で遠くステージ・バックから聞こえてくるのですが、
この曲では堂々とステージに上がって解き放たれたように大暴れをしているかのようです。

夢を見るかのような綺麗な部分が続いたかと思うと又、
この行進曲風は盛り上がりをみせ安っぽさの極みのような音が金管などで吹き荒れます。

こんな混沌とした部分でもハイティンクの指揮は落ち着いた棒さばきで、理路整然と進んで行きます。

打楽器が何度も叩かれアクセントを付けていますが、ここでは中々強めに鋭く叩かれていて引き締まっています。
ひょっとしたら超濃厚な演奏で有名な、あのバーンスタインよりも強く叩かせているかもしれません。

曲は一旦また夢見心地の甘い部分があったと思うと、また元気を取り戻し金管群が一斉に暴れだします。 
それにしてもここでのトランペットの安っぽい吹き方など、マーラーは何を云いたかったのでしょうか。・・・
建前と現実?・・・ 表面と裏側?・・・ 美と醜?・・・ 
良くは分かりませんが何か人生とか世の中の歪みなんかを皮肉って描いているようです。

曲はもの凄い速さで突き進み打楽器の連打でアクセントを付けながら、この長~い1楽章を格好よく閉じました。

「野原の花々が私に語ること」と一度は付けられたこの2楽章は、
弦による柔らかく夢を見ているような心地よさで始められました。
ヴァイオリン・ソロや木管がちょっとおどけるように絡んでくると、曲は益々甘い世界へと入って行きます。
トランペットの曖昧な絡みも気だるい甘さの極みで、安っぽさもギリギリの所で抑制されています。
ハイティンクもオーケストラも気持ち良さそうに柔らかく奏でていました。

又また、おどけたように始まる3楽章は「森の動物たちが私に語ること」と付けられていました。
この副題は後にマーラー自身によって削除されてしまいますが、
聴く側の我々にとってはイメージをするのにとても役立っています。

ここではマーラー好みの滑稽な鳥獣戯画風の音系が続き、万華鏡を見ているような面白さに溢れています。

静かに遠くからトランペット(ポスト・ホルンかも)のソロが聞こえてきました。
夕方のイメージでしょうかステージ上の弦が柔らかく刻んでこのトランペットに絡んでいます。
ホルンも絡みだし何とも綺麗なハーモニーです。
このままずっと聴いていたいのに、またおどけた音が邪魔をします。

突然、出走馬宜しくとばかりの安っぽいトランペットのファンファーレが追い討ちをかけ、
獣や鳥が鳴き騒ぎゴジャゴジャの喧騒が訪れます。

一頻り暴れたかと思うと、ぐっと落ち着き、またバック・ステージのトランペットとホルンが絶妙にコダマしあい、
まぁなんとも綺麗さの極みの世界へ。・・・

それも束の間、騒ぎ出したオーケストラは金管に打楽器たちも加わり一気に加速して閉じました。

ニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」からの歌詞に付けられた4楽章でのアルト・ソロもしみじみと品良く歌われ、
ヴァイオリンやホルンのソロも絶妙に絡んでいました。
途中でからむオーボエなどちょっと東洋風の寂すら感じさせます。

曲は一旦静かに落ち着き、間髪を入れずに“ビン・バム、ビン・バム”と鐘を模した少年合唱で5楽章が始まりました。

アルトに女声コーラスも加わり牧歌的な雰囲気で進められて行き、“ビン・バム”と軽く歌われパッとこの楽章を閉じます。

柔らかく静かに弦群によって綴られ最終楽章へと入りました。
曲は艶やかに面々と綴られて行きます。 
時折、弦にグッとアクセントが付けられ変化と緊張感が与えられています。

このアダージョのように、ぐっと押さえられた音楽が延々と続きますが、
これから15年ほど後に作曲された9番の4楽章を予感させているようにも感じられます。

曲はいよいよ盛り上がりを見せ始めたかと思うと盛り下がりを繰り返し、
トランペット群の甘いハモリを合図にグイグイと盛り上り、
最後に一旦グッと息を落し、今度は打楽器群の誘導でフィナーレを築きだしました。

ここでは金管群の炸裂も聴き所ですが、打楽器が格好良い・・・
2台のティンパニー奏者などグッと目を合わせ、ここぞとばかりに息を合わせて振り下ろしています。

まぁ格好良いこと・・・こんなのを見せられたら「あぁ打楽器奏者に成りたかったなぁ~」
なんて途方もないことが頭を過ります。

オーケストラ全開の緊張感の中“バ~ン”の一撃で格好よく閉じられました。

微動だにしない指揮者とオーケストラが、まだ漂っているエネルギーの緊張を保っていました。

パラ・パラ・パラと前列左の方から・・・間髪を入れずハイティンクが抑止しました。
私も心の中で小さく “バカヤロー !” と呟いていました。

やっと緊張が解けドッと大喝采が湧きました。

いやぁ~、実に良い大人の演奏を聴かせてもらいました。
均整が保たれたバランス良い、実にツボを得た品の良い演奏でした。

ハイティンクはこの長い曲を最後まで緊張感を保って指揮をしてくれました。
指揮台にはハイチェアも置かれていましたが、
1楽章が終った時と6楽章で一瞬座っただけで、ズット立ちっぱなしで指揮をしていました。
楽譜も置かず暗譜で通すなんて凄いことです。

終演後、写真を撮ろうと近くまで行きましたが、そこではさすがちょっとシンドそうに見えました。
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そうそう、今日も娘の彼氏が来ているはずです。
正面玄関で待ち合わせ、川沿いのバーへと向かいました。
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一杯やりながら今夜の音楽談義です ・・・ 
「あのぉ・私・・この曲を生で聴くのが始めてでして ・・・ 
何処で拍手をして良いのか分からなかったのですが・・・
周りの人が拍手をしたのでツイツイつられて・・・」

「エッあの左前列は君もか??」 ・・・ と

大いに反省会となり溜飲を アゲ ました。・・・


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by Atelier-Onuki | 2016-07-06 23:36 | Trackback | Comments(4)

「春はジワジワと・・・」

昨年から準備をしてきたプロジェクトもフランクフルトでの現場はスタートし、
私も来週から現場入りする予定で、いよいよ大詰めを迎えました。

そんな差し迫った状況にも関わらず未だ追加や変更など駆け込み寺のような事案に追われています。

そんな中、今日は青空が広がり家に居るには勿体無い天気になったので午前中にちょっとクイック散歩に出かけました。

家を飛び出して街路樹の脇をフト見ると雪解けの下からは、
もうクロッカスやシュニー・グロッケン(雪の鈴)が元気な顔を覗かせていました。
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雪が残っている時には気が付かなかったのですが、彼らはちゃんと準備をしていたのですね。

引き続き近場にあるイザール沿いにある池を目指しました。

池はまだ凍っていましたが所々溶け出して、ここでも春が近づいているのを感じさせます。
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川辺では水鳥たちも気持ち良さそうにノンビリと日向ぼっこを楽しんでいました。
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疏水に沿って暫く歩いただけでしたがポカポカと日を浴びて、その心地よさは水鳥たちだけではないようです。
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帰り際に先ほどのクロッカスを見ると、陽に誘われて力強く花を開いていました。
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これを書いていてちょっと暗くなって来たのでフト時計をみるともう夕方6時です。
陽も徐々に長くなってきました。・・・ 待ち遠しかった春はもうすぐ目の前に迫ってきたようです。



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by Atelier-Onuki | 2015-02-27 04:03 | Trackback | Comments(0)

サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルの演奏会」から

演目 : マーラー交響曲2番「復活」

この週末は久しぶりにベルリンへ行って、マーラーの交響曲2番を聴いて来ました。
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実は彼らの演奏は2年前にウィーンで聴いたのですが、それはそれは腰が抜けてしまいそうな素晴らしい演奏で、
もう一度機会があったら聴いてみたいなと思っていました。

しかもこの曲はもの凄い内容ですし、2人のソリストに合唱、それにオーケストラ編成は最大級ですし、
さらにステージ裏のバンダが2部隊とオルガンまで加わり、演奏する側にとっては相当の気合を入れないと出来ない演奏会ですので、
取り上げられる機会もそう頻繁にはありません。

それにこの日は特別演奏会として1回だけの公演でした。

もうこれから先、この曲を彼らが演奏する機会は少ないだろうと思い出かけました。

開演は何時もより1時間早い19時からだったので、用心のため18時前には会場に到着しましたが、
もう大勢の人たちが集まりだしています。
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入り口近くには、「チケット求む」と書いた紙切れを持った人たちが何人も立っていますし、窓口には予約を入れていた人たちや、
当日キャンセルされるチケット待ちや立見席を求める人たちで長い列が出来ていました。
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まだ1時間も前なのにロビーには大勢の人たちが集い、聴衆も相当の気合が入っていることを伺わせます。
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指揮者のラトル自身もこの曲を初めて聴いたときに、指揮者になる決心をしたのは有名な話でいやが上にも期待が高まります。

座席に付いても超満員の会場はザワザワと半ば興奮ぎみで熱気がみなぎっています。

そんな中、厳かに登場したラトルの手にはマイクが握られていて、演奏に先立って挨拶が入りました。

「今日、ドイツの元大統領だったヴァイツゼッカーさんが亡くなりました。」と
全員が起立して3分間ほどの黙祷を捧げました。

このヴァイツゼッカーさんは国民から愛された立派な大統領で「過去に目を閉ざすものは、未来に対しても盲目になる」で始まる有名な演説をし、
ナチスドイツが犯した罪を未来に渡り共同で負って行こうと決意を表明しました。

これは後に教科書にも取り上げられた程で、日本でも「荒れ野の40年」と題して岩波から出版されているそうです。

さて、1曲目はLachenmann作曲の “tableau”と云う現代音楽で、大曲を前にした小手慣らしでしょうか、
中々複雑で手の込んだ構成の曲でしたが、私には例によってさっぱり分かりませんでした。

休憩を入れずにオーケストラは粛々とマーラー用の編成に座り直しました。
最終楽章まで出番がない合唱団も最初から登場して来ました。
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いよいよ緊張感が漂うなかキリッと振り下ろされた棒に、バイオリン群が緊張感溢れるトレモロで反応し、
間髪を入れずにコントラバスがザバザバザン!とキリリと刻みを加えました。

もう冒頭から興奮させられこれから繰り広げられる、大伽藍への期待が一気に膨らんでいきます。

長い1楽章も緊張感を切らすことなく、ありとあらゆる楽想が交差し、ウネリ、歪み、
混ざり合いながら一気にクライマックスへと盛り上がって行きました。

一転して弦楽器群で穏やかにはじまる2楽章は丁寧であくまでも爽やかな表現です。

時折、ムセブようなと云うか、萌えるようと云ったほうが良いのか、
フワッ~と甘く浮き上がるように奏でられると、もうウットリとして聴き入ってしまいます。

間髪を入れずバンバンとティンパニーの一撃によって3楽章が始められました。
木管群の滑稽な旋律で軽妙に進められる様はまるで鳥獣戯画を連想させるような雰囲気ですが、
ちょっとグロテスクな部分でもあくまでも洗練された品格が保たれています。

ありとあらゆる旋律が絡み合い不思議な世界を表現しています。

オーケストラはぐっと音量を絞り、一変して静かな中にも厳かに「原光」と題した4楽章が
バイオリン・ソロに寄り添うようにメゾ・ソプラノによって歌い始められました。

ここではラトルは必ず夫人のコジェナを起用していますが、
彼女の清涼で真摯な歌唱は実力で選ばれている事が納得できます。

そしていよいよ長い最終楽章へと自然に移って行きました。

もうここでは作曲家マーラーの全ての思いと技量をつぎ込んで、
これでもかとばかりに目が詰まった楽章となっています。

音楽は複雑に絡み合い、ウネリ、別世界へと導いて行きます。

ホルンに応対するようにステージ・サイドからもホルンがコダマして来ます。
時折、ティンパニーが連打する音も聴こえ、これは遠雷のイメージでしょうか。

途中、滑稽で不安定な旋律が続くと今度はステージ左奥から、
軍楽隊を連想させる行進曲風の音楽が聴こえてきますが、これは過去への郷愁でしょうか・・・

これらが絡み合うのですが、バランスは見事に保たれているし、
ステージ上のオーケストラとも絶妙なハーモニーです。

いよいよホルンが厳かに“希望”を連想させる「復活」のテーマを吹き始めました。

合唱もユニゾンで従い曲は段々と盛り上がり出しました。

最後はステージ裏にいたバンダも加わり、トランペットは8本に、ホルンに至ってはなんと10人と膨らみ、
ティンパニーも2対を3人で叩き始めクライマックスを形成して行きました。

シンバル奏者に至っては叩くために立ち上がりましたが、
自分が座っていた椅子をサイド・キックで蹴ってスペースを作り気合満々の一撃を加えました。

鐘にオルガンも加わり、会場が割れんばかり、もうこれ以上の大きな音が出せないほどの大伽藍の内、最後の一撃で幕となりました。
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もう演奏者も聴衆も放心状態、・・・ しばし別世界で浮遊したままでした。・・・


追記-1 : 尚、この演目はツアーで2月14と15日(ロンドン)、17日(アムステルダム)、18日(パリ)でも公演予定です。

追記-2 : 先ほど思い出したのですが、ラトルはこの複雑で長い曲にも関わらず暗譜で指揮し、
       この曲を完全に自分のものにし音楽が自然と湧き出しているようでした。
       それにソリストはもとより合唱も暗譜で歌っていて、相当練習をしたことが伺えます。
       こんな事はカラヤンで聴いたブラームスの「ドイチェス・レクイエム」以来でした。


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by Atelier-Onuki | 2015-02-03 02:08 | Trackback | Comments(0)

「アーヘン」にて

昨夜、打ち合わせに行っていたアーヘンから帰って来ました。

アーヘンと云っても郊外の“Verlautenheide”と言う地区で、
直訳をすると「人に知られた荒地」という具合で、文字通り畑と森に囲まれた小さな集落です。
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実はこの人口数百人くらいの集落には30数年前に住んでいました。
教会と、銀行、スーパーが1軒づつあってそれも小さな最小限の佇まいでした。

それはドイツで初めて働きだした時で、今付き合っている会社とは良きライバル会社でした。
こんな小さな地区にドイツでもトップ・レヴェルの造型会社が2社も競い合っています。

あれから30数年、景色は殆ど昔ながらの佇まいで残っています。

あの頃は何も知らず今付き合っている会社の横を毎日のように通っていましたが、
ドイツで初めて働きだしたのもこの町だし、今は定年を目前にして足繁くここを訪れていて、
何だか不思議な縁をフト感慨深く感じています。



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by Atelier-Onuki | 2015-01-30 02:09 | Trackback | Comments(0)

マーラー「マイヤーニッヒの作曲小屋」

さて、今回の主な目的だったヴェルター湖南岸マイヤーニッヒにあるマーラー二番目の作曲小屋を訪ねました。

彼の三つある作曲小屋の中でもここが一番長く訪れていて1899年この土地を購入し1900年から1907年までの8年間に渡ります。

この時期はウィーンの音楽監督就任、アルマとの結婚と彼の絶頂期とも云え、交響曲4番の後半から8番まで、
そして「リュッケルトの詩による五つの歌」、「亡き子をしのぶ歌」の二つの歌曲集と中期の重要な名作の数々を生み出しています。

唯、忍び寄る運命の影はヒタヒタと静かに歩み寄っていました。・・・

クラーゲンフルトからバスに揺られ”Strandbad”で下車、作曲小屋への案内看板はすぐに見付かりました。
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Gustav-Mahler-wegと名付けられた小道には至るところに案内板が立っていて分かり易く親切です。
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唯、途中からは茂みを掻き分け、道なき道を登ったり下ったりと苦戦を強いられます。
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やっと視線が広がったころ森の奥に忽然とそれらしき小屋が見えてきました。
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ここは他の二つの作曲小屋よりもはるかに大きな建物で、ちゃんと管理人もいて中はちょっとした展示をしています。
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久しぶりの訪問者だったのか、管理人のお兄ちゃんは嬉しそうにCDをかけてくれました。
壁に展示されている初版盤のジャケットを指差しながら、「これはマーラーから作曲を習ったクレンペラーの指揮で、
歌手もフランツ・ヴンダーリッヒとクリスタ・ルートヴィッヒの演奏なのだよ~!」と得意顔です。

一瞬間をおいて「あっ、他に聴きたい曲があったらかけ替えるけど~?」とちょっと気も遣いました。
「まぁここで作曲した曲じゃないけど、これで良いよぉ。」・・・
間髪を入れずに「これはトブラッハだものね!」と益々得意顔に、彼もマーラーが好きなのだなぁ~。

付近を散策したり、外の椅子に腰掛けてボーッとしている内に、曲はもう終楽章の「告別」が鳴り始めました。
「もうこうなったらこの長~い楽章を、このゆったりとしたテンポで最後まで付き合おう!」と覚悟を決めしました。
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それにしても静かでCDで流れている「大地の歌」以外は鳥の鳴き声しか聞こえません。
途中やっと一人の女性が訪れましたが、それ以外は何の気配もしませんでした。
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帰りはあの険しい道を又歩くのは嫌だったので、もう一本あったフラットな道も”Strandbad”に出られるのかと尋ねた処、
「反対方面へ行ったら。」と云うのである。
「5分ほど遠回りだけど、途中にマーラーが泊まっていたヴィラもあるよっ!」って云うので彼の意見に従いました。

これは比較的なだらかな下り坂であっと云う間に大通りまで下り、彼のヴィラまでも物の10分ほどの距離で、
「これだったら毎日作曲小屋まで通えるなぁ~」と納得、行くときに抱いた疑問も解消しました。
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1901年ごろから何を思ったのか彼はリュッケルトの詩に啓発されて「亡き子をしのぶ歌」の作曲に取り掛かり1903年に完成します。

作曲を始めたころは未だ長女マリア・アンナが生れる前でしたが、完成からたった4年後に忽然と幼くして亡くなってしまいます。

それ以来、彼はこの地を売り払い二度と訪れることはありませんでした。


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by Atelier-Onuki | 2014-06-25 00:37 | Trackback | Comments(0)

「コンスタンツの日本レストラン」

「この地方の料理は美味しいぞ!」と言いながらも西洋料理はどうしてもヘビーなので、
疲れてくるとやはり日本食が恋しくなってきます。
それは歳と共にその傾向が益々顕著になってきたようです。

旅先が田舎の場合は最初から諦めているのですが、今回の様にちょっとした町だと、
ひょっとして日本レストランがあるかもと淡い期待をもってインターネットで調べてみます。

とあるブログによると、このコンスタンツには一軒だけ日本人が経営するレストランが存在するそうです。

そこは町からちょっと離れた所にあるようなので、念のため電話で予約を確かめた処、
「カウンターなら一席なんとか~」と云う事でバスに乗って向かいました。

バスはそこそこの町外れまで走りました。
この辺はちょっと寂れた感じの住宅街で、「そんな日本レストランなんてあるのかしら~?」と不安になるほどでした。
住所は停留所がある大通りに面しているはずなのですが、閑散とした通りにはそれらしきお店は見当たりません。

フト、I‐phoneで検索できることに気が付き、住所と店名を入力したら、出ました出ました、もうすぐ近くではありませんか!!

暫く引き返すとそれらしき赤い看板がうっすらと見えて来て、何やら日本語らしき文字も書かれています。
それにしても手前にドーンと建っているスーパーの看板が余りにも目立っていて、この肝心な看板の存在を薄くしています。

しかもお店は垣根の奥まったところにあって通りからは隠れていますし、
恐らく納屋かなんかを改装したような建物は一見しただけではレストランとは到底判別できません。
入り口もボーと赤い提灯が付いていて、何だか怪しい雰囲気です。
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恐々ドアを開けると、バーッと熱気が伝わって来るほどの混み具合で満席状態です。

突然出没た日本人らしき人物に驚いたのか最初に目が会った板さんは
目をパチクリさせながら「い・いらっしゃい??」と戸惑った様子で一瞬間が入りました。

流暢な日本語でその旨を伝えた処、安心されたのか「あぁ~はい、こちらのカウンターへどうぞ!!」と
やっと板さんらしい元気な返事が帰って来ました。

ギュウギュウのカウンターに割り込み、周りを見渡すと全員が外人客で、
あちこちの席から賑やかな話し声が聞こえ外人パワー炸裂の活気に溢れています。

カウンター越しにはご主人と思しき板さんがテキパキと仕事をされています。
天井に設置されたカメラを通してその仕事振りがモニターに写し出されていていますが、
これは外人が喜びそうな仕掛けで肯けます。

調理は最初に目が会った板さんを含め、料理が出来る度に調理場から顔を出す人も日本人で、これは期待が持てそうです。

すかさずトリ・ビーを注文して運ばれてきたメニューに目を通しました。

表示はローマ字で書かれた日本語とドイツ語で、こちらの注文も何だか変な発音の日本名を云ってしまう羽目になります。

最初にハート型をしたポスト・イットで貼られている“Fresh-Oyster Ponzu-Sauce”が目に飛び込んで来て迷わず注文。
“Hamachi‐Sashimi”で追い討ちをかけました。

こんなに内陸部なのに良くこれだけの種類の魚貝類を仕入れているなぁと感心していました。

あれこれとオツマミにも満足し、仕上げは当然ながら‘Nigiri-Shusi”となります。

出てきたその魚貝の種類に再び感心をしながら、更に感心したのは其々の握りが半分に切ってくれています。

海外での握りは大食漢の外人に合わせて、大抵はタネもシャリも大きく握られていて、
時々は閉口する位の大きで出てくる事もあります。
普段からもっと小さく握ってくれないかなぁと思っていましたので、これは食べ易くてありがたいし、
二度も楽しむ事ができとても満腹感に満たされました。

ほろ酔い気分の、ご機嫌さんで店を後にしました。
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もうトップリと日は暮れていましたが、頭の片隅では「又、明日も来ようかな~!」なんて考えていました。
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メニューに載っていた“Katsu-Curry”なるものがとても気になります!・・・


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by Atelier-Onuki | 2014-04-24 22:24 | Trackback | Comments(0)

「ドナウエッシンゲンそしてマイナウ島へ」

今朝もショボショボと冷たい雨が降っています。
ラインの滝へはお天気が予報されている明日にして、今日はドナウエッシンゲンへ向かう事にしました。
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「美しき青きドナウ」あのシュトラウスの有名なワルツは大好きで、子供の頃から遠い遠いドナウへの淡い憧れを抱いていました。
ドイツ語でドナウと云うのも好きですが、英語でのダニューブと云う響きは更にロマンに溢れていてそそられます。
ドイツを源にオーストリア初め10カ国を流れるこの川はヨーロッパでヴォルガに次ぐ2番目に長い川で
遠く黒海に注いでいると思うだけでロマンがかき立てられます。

そんなドナウの水が沸いているドナウ・クヴェレと云われる源泉を一度は見たいなぁと長年思っていました。

実は本当の源泉は更に奥の山の方から流れて来るらしいのですが、長年この泉が源泉だと云われて来ました。

しかも現在は工事中という事ですが、折角なのでそんな事はお構いなしに行く事にしました。

鄙びたドナウエッシンゲンの駅からダラダラと下っていくともう直ぐに川が見えて来ます。
唯、この川は未だ“ドナウ”と言う名称ではなく“ブリガッハ川”と云う支流でドナウとは似ても似つかない名前の川です。

ここから下流に1.5kmほど行った所でブリーク川と云う小川と合流した所からドナウと云う名称が始まります。

橋の袂には案内看板が立っていて、何だか日本語も書いてあります。
よくよく読んでみると何と斉藤茂吉先生もこのドナウに興味があったようで、ミュンヘン留学中にこの地を訪れておられます。
それもちょうど90年前の4月19日と同じ日にちでした。
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彼が後々旅行記の中で初めて紹介し、日本でもこの地の事が知られるようになったそうです。
彼を記念して川沿いの合流点まで続く素敵な小道は“Mokichi-Saito-Weg”と名付けられています。
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その看板のすぐ前には彼が滞在されたホテルも健在です。
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橋を渡ってすぐ目の前の裏庭に源泉がある教会へ向かいました。
案の定、工事中の教会は入り口以外、金網のフェンスが張り巡らされガードされています。
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ここで怯んではいけません、一箇所少し開いていた隙間から侵入し穴ぼこだらけの工事現場を裏庭へと向かいました。
未だ工事途中の欄干へ上ると真下にその泉は存在していました。
木の囲いが施されその原型は想像するしかありませんでしたが、水草が茂った円形の泉はコンコンと湧き出ていて水の透明度も高く、
「オォ~この水が黒海まで流れていくのかぁ~」と感慨深く眺めていました。
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隣の宮殿には綺麗に手入れされた庭が見えていますが、ここも城主が住んでおられるとかで入る事ができません。
ここの公爵も力があったようで、モーツァルトやリストが招待され演奏会を行ったそうです。
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さて、川まで戻って茂吉が歩いた心地よい小道を下流へと下って行きました。
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まだブリガッハと云われる川は水がとても澄んでいる清流です。
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ちょうど泉の辺りまで来ると祠が建っていて泉から流れてきた水がそこから川に流れ込んでいます。
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小道の右側は自然のまま残された公園が広がっていて、昔は先程の宮殿の庭続きだったところを今は一般に開放しているようです。
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途中橋を渡り牧場沿いに延々と歩きました。

やっと対岸に記念写真を撮っている人影が見えました。
そこにはそれらしき石像も建っています。
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その三角州の先端からいよいよドナウの始まりです。
感慨深く下流に目を移すと、目の前には高速道路が横切っていて厳しい現実に引き戻されます。
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手前の土手には「Donau」と書かれた石碑が建っていて上には2779下には610と刻まれています。
恐らく河口までが2779kmで、ここまでが610kmと推測されますが610kmって何処からのことなのでしょうか・・・???が幾つも付きました。
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とは云え「まぁ未だ交通手段が厳しかった90年も前にわざわざ茂吉が訪れたのか~」と、感慨深く思いに慕っていました。

再び延々と小道を引き返しササッとお昼を済ませ、未だ時間がたっぷりあるのでコンスタンツまで引き返して、今度はマイナウ島へ向かうことにしました。

この島は別名「花の島」と呼ばれボーデン湖周辺では一番人気の観光スポットかも知れません。
まぁ花好きの私としては行かない手はありません。

この島はスェーデンの公爵が所有されているそうですが、島全体を花で埋め尽くして一般に公開されています。

路線バスは島の入り口、橋の手前まで行ってくれます。

入場料は18ユーロとちょっと高く感じましたが、入ってみるとなるほど島は広大だし、
良く手入れされた木々や花々は管理が大変だろうし入場料だけでは到底賄い切れないだろうなと感じました。
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庭園は高低差もあって変化に富んでいます。
途中の温室には熱帯の蝶々が放し飼いにされていて楽しめます。
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二つあるお城も立派な建物ですし、何と云っても花の植え込みが豪華で堪能できます。
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特にお城下の噴水から土手に植えられた花々は“コレデモカ“と云わんばかりの豪華さで圧倒されます。
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児童公園のそばには孔雀やヒヨコの形に花々が植えられていて愛嬌があります。
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もう少しノンビリと過ごしたかったのですが、お天気も今一パットせず、寒さも加わって早めに切り上げました。

処でバス停にはボタンが設置されていて、自分が行きたい方面のボタンを押しておかないと、
ここまでバスが入って来ないで幹線道路を通過して行きます。
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この日は既に待っていた人が押していてくれたので、何なきを得ましたが知らないと長らく待つ羽目になっていたことでしょう。

あぁお腹が空いた・・・
夕食はコンスタンツ唯一の日本レストランへ行くぞ!!


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by Atelier-Onuki | 2014-04-23 23:18 | Trackback | Comments(0)

ヴェルディ「運命の力」の公演から

先週からクリスマス休暇に入り、今はデュッセルドルフに戻ってきてボッーと過ごしています。

二週間前に聴いた「大地の歌」が余りにも素晴らしかったので、その頃からボッーとしている状況はなんら変らないのですが。・・・

暫く音楽も聴きたくなかったのですがチケットを入手していたこのプレミエの公演日がやってきました。
ミュンヘンのオペラは通常二ヶ月前に前売りが始まるのですが、
今回の様に人気絶頂のカウフマンなどが出演する場合は書面で申し込みます。
選出方法は分からないのですが取得できたら自動的に銀行から金額が引き落とされチケットが送られてくる仕組みです。

そんな訳で、折角カウフマンが聴けるので重い腰を上げて出かけました。

まぁ内容はドロドロした話で、そこまで運命に操られるのかと、そのシツコイ執念にはウンザリしながらも、
さすが音楽はヴェルディですし聴きどころも満載で楽しめるものです。

それにこの序曲が素晴らしい、・・・
これを聴きたさに暫く色んな公演を追っかけたことがあったほどです。

そのキッカケになったのはケルンで聴いたムーティとウィーン・フィルの公演でした。
この日はハイドンとスクリャービンのシンフォニーを演奏した後に、アンコールとしてこの曲が演奏されました。
アンコールですから事前に何の曲を演奏するのかは分かりません。

冒頭のファンファーレ三連音が鋭く研ぎ澄まれた響きで見栄を切った瞬間、恐ろしいほどの静寂が続き、
エッ何だろうこの緊張感はと唖然とするばかりでした。
意識的に取れるだけ長く続いたフェルマータにもう一度三連符が被ると、
緊張感あふれる刻みで弦楽群がグイグイと突き進んでこのドラマチックなオペラの内容を予感させます。

この全体を包む緊張感、それに高揚感は演奏している彼らにも予想が出来なかった程で、
オペラの序曲であることを忘れさせ、あたかも内容の深い大曲を聴かされたような感動に包まれました。

こんな演奏を聴かされたら又聴きたくなるのが人情です。
その後このオペラを初演したペテルスブルグ歌劇場のゲルギエフもウィーン・フィルとこの曲を取り上げましたし、
メータが振ったウィーンでのオペラ公演や最後は何とムーティがもう一度ウィーン・フィルと演奏する機会があったので聴きましたが、
残念ながらこのケルンでの衝撃的な演奏を超えるものには出くわせませんでした。

いや、思い出しただけで興奮してきたので、今公演とは関係のない事を長々と書いてしまいました。

全体としては歌手も揃っていたし、指揮者のアッシャー・フィッシュもキビキビと締りのある指揮ぶりで
この長いオペラにも関わらず最後まで緊張感をもって演奏していました。
処で、このイスラエル人指揮者、直訳したら「灰まみれの魚」とちょっとユニークな名前ですね。

演出はMartin・Kušej(クーゼフ?チェコ名で良く分かりません)、
オーストリア出身の演出家でブルク劇場を初め長らく演劇の演出をしていた人らしく、やはり一筋縄では行かない手法でした。

以前もここのオペラでの「ルサルカ」では鹿を殺すシーンがあって物議を醸しだし、
とうとう初日までには変更を余儀なくされた経由もありまいた。

この演出も時代をほぼ現代に設定し、衣装も今日風、兵士たちも迷彩服に自動小銃と今日そのままです。
一幕め最後の場面では争う積もりがない意思表示の為、アルバーロが床に落とした銃が暴発し、
偶然命中してしまったお父さんが死んでしまいますが、そのシーンではレオノーラの兄にあたる役者が最初は子供で
パニック状態の中、舞台の袖に出たり入ったりする度に段々と大きく成長して行き幕切れではすっかり大人に成人していました。
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そして、二幕目カーテンが開くと中年までに成人した男性(ドン・カルロ)がお父さんの脇に座っていて、
相当な時間の経過を上手く表現していました。
唯、このお父さんはズート横たわったまま放置されていて、
あれだけお父さんの事を思うが故に復讐に生涯を捧げた割りにはおろそかな扱いをされていました。
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三幕目の戦場でのシーンから物語は複雑に展開して行きますが、状況の説明的な演出も上手くスピーディに表現され、
この余りにも偶然が重なっていく展開も不自然な印象を与えませんでした。
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そして、この数奇な運命の糸口となってしまう、僧侶の役には再びお父さん役だった歌手が登場し、
この悲劇の原因となった役と再び結びつける結果となってしまう役の象徴のような存在となっていました。

普通ならば絶対に会うことなどなかった三人が最後に結び付けられ、
復讐の鬼と化した兄は断末魔にも関わらず妹のレオノーラすら刺してしまいますが、
このシーンではびっくりするほど血が吹き飛びます。

この悲劇オペラの象徴のようなシーンなのでこの様な演出になったのかも知れませんが、
我々音楽ファンはあくまでもオペラと云うジャンルとして観に来ていますので、
ここまでリアルな表現が必要だったのか、ちょっと疑問に感じました。
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歌手陣はカウフマン初め良く歌いましたし、演技も熱のこもった力演でした。
特にレオナーラ役のアンニャ・ハルテロスは声に張りがあり、フワッと抜けるような高音の伸びが素晴らしく大きな喝采を浴びていました。
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ドラマの内容は重くて、「そんな事ありっこないよ。・・・」と思いながらも、
さすがヴェルディだけに音楽には感心しながら彼の作品にしては長い上演時間でしたが、
最後まで飽きずに集中して聴くことができました。

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by Atelier-Onuki | 2013-12-31 02:02 | Trackback | Comments(0)

「アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏会」から

今回ウィーンでのメイン・コンサートの一つ、アーノンクールの演奏会でした。
演目はベートーヴェンの1番と3番「エロイカ」のシンフォニー。
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もう今から20数年前に彼のベートーヴェン全集が発売された時はセンセーショナルを引き起こしました。
それはベートーヴェンがこれらの曲を発表して以降、楽器の改良があったり会場も大きくなるにつれ、
19世紀、20世紀と色んな人達の手によって手が加えられ発展して行きました。

私のようなオールド・ファンはベートーヴェンに初めて接した時から、ズットこの手が加わったバージョンに慣れ親しんで来ましたので
それがスタンダードになっていて、この演奏スタイルは新鮮でもありながら、ちょっと戸惑いも感じました。

アーノンクールはご存知の通りバロック音楽の権威者としてスタートし、
楽譜も原典にこだわり楽器や演奏方法も基本のオリジナルを徹底的に研究をした人です。
この録音では現代のモダン楽器を使用しているヨーロッパ室内管との演奏でしたが、
トランペットとティンパニーはベートーヴェン時代と同じようなオリジナル楽器を使用し、演奏法は原典どおりノン・ビブラートのピリオド奏法です。

これが出る前にも初演と同じ規模の小編成によるオリジナル楽器での演奏もあったのですが、
如何せんそれらは未だ学研的な領域で面白さには欠けていました。

このグラーツでのライヴ録音はその後多くの演奏家に影響を与え、今日も続いているピリオド奏法ブームの火付け役となりました。

会場のムジーク・フェラインもさすがマニアックな聴衆が詰めかけているようで、ちょっとピリピリした雰囲気です。
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オーケストラが入場して来ましたが人数を数えたくなる位の小編成です。
まぁ最初は1番のシンフォニーなのでこれ位の人数でも大丈夫だと思うのですが、実際数えてみると39人しか入っていません。

きめ細かな調弦が終わり、アーノンクールが登場しました。
手にはマイクと紙切れを持っています。
この人はウィーンでの演奏会では時々あるのですがレクチャーが大好きで、この日も会場の緊張感とは裏腹に笑いを交えたトークが始まりました。

内容は半分も分かりませんでしたが、この時代のピッチの設定やその後フランスでそれが決まってきた旨や、
ナチュラル・ホルンでの音程の難しさなど解説していまいた。

いよいよ曲の始まりです。
この曲は未だハイドンやモーツァルトの影響を強く受けていると云われていますが、
どうしてどうして、ベートーヴェンは最初の一音から独創的なことを試みています。
それは木管楽器と弦のピッチカートで始められるのですが、こんなのはそれまで無かったアプローチだし、
現在の技術的に優秀なオーケストラでもこの頭を綺麗に揃えるのは難しいと思われます。

さすが鍛えられているこのオリジナル楽器によるオーケストラはものの見事なアインザッツで始められました。
曲は生き生きとしたテンポで推進していきます。
表現の幅も広く血が通った暖かさも感じさせてくれます。
強弱も充分取られアーノンクール特有のアクセントを付ける所、録音ではいささかきつく感じる部分でもライヴだと充分柔らかい表現で心地よく感じます。

木管など単に穴が空いているだけの代物でクラリネットにしろオーボエにしろ、小学校で習うリコーダーとなんら変わりはありません。
金管に至っては弁が付いていないので、唇と吹き方だけで音程を調整しなければならないので大変です。
ティンパニーも小ぶりでパラパラと乾いた古風な音がしています。
二楽章ではそれに薄手のショールみたいなものを被せ更にオドロオドロした表現をしていました。

時折、見事な装飾の天井を眺めながら、フーム、ベートーヴェン時代はこの様な響きで鳴っていたんだなぁと想像を膨らませていました。
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休憩を挟んで次は3番のシンフォニー「エロイカ」です。
演奏の前には又アーノンクールのレクチャーが入りました。
「今度は短いからね・・・」とちゃめっぽくナポレオンとの経緯などを語っておられました。
さすがこの曲はもう少し編成が大きいかと思っていましたが、たった一人ホルンが加わっただけでピッタリ40人でした。
まぁホルンは3本でハモル所があるのでギリギリで増えた感じです。
ジャン・ジャンと始まった響きはこの人数にしては充分な音量です。

あのモーツァルト最後のシンフォニー、あくまでもロココ風の優雅な曲からたった10年位後に発表されたこの曲は全く違う世界で、
音量も物凄く大きくなっているし、優雅さとは縁遠い無骨なもので精神的に深い音楽となっています。
(勿論モーツァルトのこれらの曲も深いのは承知の上ですが・・・)

鳴っている演奏は超一級でオリジナル楽器による演奏としてはこれ以上望めない程の事は充分心得ている積もりなのですが、
途中から段々とこのガット弦によるピッチや木管群も上手い演奏なのですが、疲れを感じる様になりだしました。

やはり、これくらいの規模の曲あたりからは、もう少し膨らみや響きの豊かさ、深みや柔らかさが欲しくなって来ます。

こんな感覚はモダン楽器で演奏する今日の一般的なオーケストラからは感じない物足りなさです。

ベートーヴェンが亡くなり、たった10数年くらい後から楽器は大きく改良され進歩して行きます。
そのこと知らないままだったのはお気の毒なのですが、
一方別の考え方をするとベートーヴェンは遥にその時代を超えた発想をしていたとしか思えません。

むしろ彼の曲が先にあったので、それが楽器の改良を要求したり、会場の大きさも要求して行ったのではないでしょうか。・・・
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この演奏会を通じて改めてベートーヴェンの偉大さ、凄さを痛感させられました。


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by Atelier-Onuki | 2013-12-14 07:23 | Trackback | Comments(0)

「マゼールと昼食を」・・・

なんてタイトルを書くと一緒に行ったようですが、実は偶々レストランで今日見かけただけです。

お昼は会社の近くにあるこの日本レストランへ行く事が間々あるのですが、
ここはミュンヘンでも高級感漂うレストランで元々はドイツ人経営のレストラン・バーだった所を受け継いでいますので、
インテリアも下手な日本風なんて関係なくちょっとモダンなお洒落で落ち着いた雰囲気です。

それに隣がケンピンスキーと云うドイツでも格式が高いホテルですので、ここの宿泊客も良く訪れているようです。
ミュンヘンに客演に来ている著名な音楽家などもここに泊まる事が多く、ムーティさんやランランなどもこのお店を訪れた事があります。

一年程前ですがこれも偶々近くの席をフト見ると、見覚えのある紳士が美人連れで座っていました。
気付かれないように良く見るとその人は何と、ジェームズ・ボンドでした。(ダニエル・クレイグ)
「いや~ボンドもお忍びで来るのだ!」と、勝手な想像を膨らませていました。

この店の客席は通りに面して床から天井まで大きなガラス窓になっていて、その前を通ってから入るのですが、
いつも私が好きな角の席が空いているかどうか見ながら歩いています。
今日はその席にはお爺さんが一人で座っていて、「まぁ仕方がないなぁ~」とそのお爺さんを見ると目が合ってしまいました。

お昼なのに小付を肴に小さな桶で冷やされた冷酒をチビチビやっていて、
「粋なお爺さんだなぁ~」と見返すとそれはロリン・マゼールさんでした。

ミュンヘン・フィルの音楽監督ですからここにいても何ら不思議ではありません。

古参の従業員の人にそっと「彼、よく来るの?」と尋ねたら、「ああ~あの方はよく来られますよ、この間も
バイオリンで有名な・・・なんて言ったか?・・そうそうギドンさんと来られていましたよ。」
「あの方は確かエ~と マ~ の付く人でしたよね・・・」
と云う具合で、お店の人も気づかない程で、返って居心地が良いのかも知れませんね。

こうして益々日本食の地位が上がって行くのはとても嬉しいことです。

暫くの間食事をしてた彼は悠々とした歩みで帰って行きました。



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by Atelier-Onuki | 2013-11-22 03:56 | Trackback | Comments(0)