カテゴリ:ドイツ( 16 )

「コンセルトヘボウとフランツ・ウェルダー・メスト」のはずが・・・

先週末はケルンでアムステルダム・コンセルトヘボウの演奏会があったのでイソイソと出かけました。
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当初はメストが振る予定でしたが病気の為キャンセル、予定されていたソプラノも病気でダブル・キャンセルです。

代役は Lorenzo Viotti と云う若い指揮者でその名前すら聞いたことがありませんでした。
何でも昨年のザルツブルク音楽祭の若い指揮者コンクールでアワードを取ったとか、未だ25・6歳という若い指揮者です。
スイス出身ですがイタリアとフランス人のハーフとかで、ウィーンの音大で打楽器と指揮を勉強したそうです。
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演目も一部変更されシューベルトの3番の交響曲が2番に、
ウェーベルンの歌曲がマーラーの「さすらう若人の歌」に(これはこちらの方が嬉しい)・・・、
後半のJ.シュトラウスのワルツはそのままと云う構成でした。

シューベルトの2番の交響曲は18歳の時に作曲されたもので、確かに楽曲の構成など単純で拙い部分もありますが、
さすが天才メロディ・メーカーだけあって至るところに親しみ易いメロディーに溢れています。
特に2楽章のメロディーなど一度聴いたら忘れられないほどの綺麗な曲です。
一般的にはベートーヴェンのロンドに似ていると言われていますが、私には後に作曲された「ロザムンデ序曲」を連想させられました。

若い Viotti の溌剌とした演奏はこのシューベルト若書きの作品にはピッタリとあっているようです。
キビキビとしたテンポで進められますが、決して荒っぽいところなどなく、むしろ丁寧な表現で感心させられました。
全体的にはサッパリ目の演奏ですが様式感はちゃんと保たれていて好感がもてました。

続くマーラーの「さすらう若人の歌」は大好きな曲ですし、昔良く聴いたレコードがコンセルトヘボウをヘルマン・プライと組んだハイティンク盤で、
この曲をこのオーケストラで聴くのは感慨深いものがあります。
この曲もマーラーが25・6歳くらいの時に作曲しています。

内容的にはシューベルトの「水車小屋の娘」と良く似ているのですが、
若い見習い職人の恋への憧れと失恋を描いた物語で、あの若かった頃が懐かしく思い出せます。
シューベルトの場合は絶望で終ってしまいますが、マーラーでは遠くに菩提樹を見つけ、そこで安らぎを得て終るので救われます。

さて、Viottiの演奏は予想通り溌剌とした初々しいもので、この曲にもピッタリ、・・・
バリトンのMarkus Werbaもやや細いながら通りの良い清涼な声で清々しく表現してくれました。
テンポや節回しなど、もったいぶった所が微塵もなく気持ちよく聴く事ができました。
それにしてもこのオーケストラは上手い。・・・
ヴァイオリンなど絹がすれるような感じでチュルチュル奏でられると、背中にゾクッとするものを感じます。
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休憩後はシュトラウスのワルツ集で、これは当初予定されていたオーストリア出身の
メストだったら意味があったかも知れませんが、あえて予定曲をそのまま取り上げなくても良かったのでないでしょうか。
( 後で知ったのですが、メストの曾祖父はJ.シュトラウスがデヴューした
 ウィーン郊外にあるカフェ・ドンマイヤーの経営者だったそうで、この作曲家とは縁が深かったのですね。)
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尤もこの日の演奏が悪かったと云う事ではありませんが、まぁ普通に良い演奏でした。・・・
唯、ワルツをウィーン・フィル以外の主要なオーケストラが取り上げることは滅多にありませんし、
どの様な演奏になるのか興味深いところもあります。

実は20数年前にコンセルトヘボウとアーノンクールのワルツを聴いた事がありました。
まぁ野外コンサートと云うこともあったのですが、余り面白くなくて休憩後に帰ってしまいました。
ウィーン・フィル以外ではさすがカラヤンがベルリン・フィルを振った演奏が素晴らしく、3枚組みのレコードを良く聴いていました。

さて、ワルツは「うわき心」に始まって「トンボ」や「チャルダッシュ」など、アンコールには「トリッチ・トラッチ・ポルカ」と盛りだくさんです。

最後にシュトラウスと仲が良かったオッフェンバッハの「ホフマン物語」から舟歌を演奏してくれましたが、
大好きな曲ですしロマンティックで丁寧な表現は品格も保たれウットリとして聴いていました。

この夜、一番の出来ではなかったでしょうか。・・・
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又、将来が楽しみな指揮者が一人現れたようです。・・・


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by Atelier-Onuki | 2016-03-03 01:54 | ドイツ | Trackback | Comments(0)

「ダニエル・ハーディングとマーラー・チェンバー・オーケストラ」のマーラー

先日はマーラーの交響曲2番いわゆる「復活」の演奏会があったのでドルトムントの演奏会場へ向かいました。
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この曲はマーラーが6年もの歳月をかけ、もの凄い気合を入れて作曲した交響曲なので、その内容はえらく深くて濃いものです。

オーケストラの編成も巨大で木管など各パート4本、金管に至っては10本ほど、
それに舞台の外には打楽器を含む金管のバンダが待機していますし、
打楽器もティンパニー2対にありとあらゆる打楽器が活躍します。
それに最終楽章ではオルガンも加わります。

さらにソプラノとアルトの独唱と大編成の合唱団が必要です。

まぁそんな訳でこの曲は演奏者にとっては準備が大変ですし、
コストもえらく掛かり主催者側にとっても相当な覚悟が必要なので、それほど頻繁には取り上げられません。

聴く側の私にとっても初めてこの曲をライヴで聴いて初めてその凄さに感銘し、
行けそうな街でこの曲の演奏会を見つけると極力聴きに行くようにしています。

というのも、ありとあらゆる楽器が登場しその複雑な演奏方や時折聴こえる不可解な響きはライヴに接してやっと奏法が確認できるし、
あの溢れるような音量はとても録音では捉え切れないからです。

今回はマーラー・チェンバー・オーケストラと長年ここの音楽監督を担っているダニエル・ハーディングとの演奏会でした。

このオーケストラは20年ほど前にクラウディオ・アバドと結成した若いオーケストラで
団員も比較的若い人が多いのですが、バイタリティに満ちた、やる気満々の演奏を心がけています。

元々は臨時編成的なオーケストラで根無し草のような存在でしたが、
数年まえからノルト・ライン・ウェストファーレン州が援助するようになり、現在はベルリンに居を構えて活動しているようです。

そんな関係からか今回の演奏会もこの州の北にあるドルトムントから、エッセン、そしてケルンの3都市で演奏会がありました。
(何故かデュッセルドルフは避けられています。)

この日のドルトムントにあるコンサート・ホールは商店街の中に埋もれていて、
ちょっと見はショッピング・センターかちょっと大きめの映画館にしか見えません。
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それでもこの10年ほど前に出来たホールはモダンで品の良いデザインです。
商店街というスペースの限られた空間ですが、コンパクトに上手く収められています。
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併設されているレストランは“Stravinski”と名付けられ彼の大きな肖像写真が何枚も壁に装飾として使われお洒落な雰囲気です。
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客席に向かう階段やロビーもコンパクトに設計され、
地上階のロビーに設置された両サイドの階段からスムースに客席へと向かえます。
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所々に設けられた休憩スペースもコンパクトでお洒落です。
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肝心のホール内ですが、これも客席数が1550席とコンパクト、
その分響きが充満しこの州ではエッセンと並んで素晴らしい音響のホールです。

この日などオーケストラと合唱団を会わせると250人ほどの出演者に対し、
ほぼ満席とは云え、この聴衆の数ですから贅沢としか云えません。
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ハーディングはこのオーケストラとは結成以来から客演として招かれ、2003年からは初代音楽監督に任命されています。
彼らの演奏も何度か聴いたことがあるのですが中々キビキビ溌剌とした心地よい印象を持っていました。
それに彼の場合テンポが自然で無理がなく、息づかいが良いと言うか、
アレッっと不可解な溜めなどもなく品が保たれています。
それはやはり習ったのがラトルとアバドですから師匠にも恵まれていたのでしょう。

この日も颯爽とハーディングが登場しました。
緊張感溢れる冒頭もキビキビとした棒捌きで運ばれこの不思議なリズムや雰囲気を醸し出し、
20分位の長い楽章も変化に富んだ表現で一気に進めて行きました。

二楽章は弦によって奏でられる静かで柔らかな表現は心地よい響きです。
チェロによる甘い夢見心地の旋律もふくよかで、身を委ねていました。
後半のピッチカートでのアンサンブルも見事、綺麗なバランスに満ちていました。

ティンパニーに一撃で始まる3楽章はこの不思議な内容をもつテーマを変化に富んだリズムで進められ、
オドロオドロした雰囲気も木管を中心に面白く表現されています。

曲はソプラノが歌いだす「原光」という副題をもつ楽章へと入って行きました。
静かながらも透き通った歌唱で、オーケストラ越しに声が浮き上がってきました。

そしていよいよ壮大な最終楽章へと途切れることなく移行していきます。
ここでは複雑を極めた音楽で途中からはホールの外からトランペットの掛け合いが遠吠えのような効果を表しています。

さらに軍楽隊の行進を連想させる響きも・・・
これはマーラーの少年時代の回想シーンか・・・

そして曲は希望を抱かせるようなホルンの響きに誘導されるように、荘厳な合唱が歌い始めます。

“Auferstehen!”「よみがえるのだ!」に始まる合唱は高まり一気に盛り上がりを見せ、オーケストラも最大の音量にまで達します。

先ほどまで外で吹いていたトランペット奏者たちも加わり金管はフルパワーです。
打楽器も叩きまくり、その上に鐘が効果的に加わり、オルガンも荘厳な響きでホールを揺るがし、
これ以上この音の洪水に耐えられなくなる寸前に最後の一撃でフィナーレとなりました。
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いやぁ又凄い音楽を聴かせてもらいました。

さぁ今度は5月、ウィーンでメータがこの曲を演奏します。
最近ちょっと病気ぎみで心配なのですが、今からワクワクしながら待っています。


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by Atelier-Onuki | 2016-02-22 23:34 | ドイツ | Trackback | Comments(0)

「日本が愛した印象派展」 ボンから

この週末は最高気温が5度と冷蔵庫なみに冷え込みましたが、ボンで開催中の「日本が愛した印象派展」を見に行ってきました。
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会場は幾つかキャラクターが違うのミュージアムから構成された“Museumsmeile”の一つ“Bundeskunsthall“で開催されています。
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会場にはすでに大勢の鑑賞者が訪れていてドイツ人もこの展覧会に並々ならぬ興味があることを伺わせました。
それに、学芸員の誘導による15・6人のグループがひっきりなしにやって来ては熱心に説明を聞いていました。
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展覧会の構成は最初に日本地図が壁面に大きく描かれていて、
全国にあるどの美術館にどの様な印象派の絵画が所有されているのか表示されていました。

展示はペリー来航から始まり、明治維新へと移り、
急速に西洋化に向かっていく様子が興味深い浮世絵と写真で説明されていました。

そして西洋画家を目指した日本人画家たちはパリに向かいますが、
ちょうどその頃は印象派の画家たちが健在で活躍していた時代でした。

逆に印象派の画家たちは、輸入され始めた浮世絵に大きな衝撃を受け、
その画面構成の大胆さや平面的感覚に大きな影響を受けるのもこの時期からでした。

これら展示されている浮世絵はモネが所有していたもので、ジベルニーのモネ財団から貸し出されています。

そして、いよいよ日本人による印象派の収集が始まります。

印象派への先駆者であるクールベからコローそしてミレーが数点ずつ展示されています。
それにしても今更ながらコローの風景画は素晴らしいの一言です。

印象派の絵画は年代順にマネ、そしてピサロとシスレーの数点から始まります。

次の部屋には日本収集史上、最大の松方コレクションで有名な松方幸次郎の紹介と、それらが展示されている西洋美術館、
そして彼の姪御さんでパリに駐在中にモネと懇意になった黒木竹子さんにも焦点をあてていました。
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同じ部屋にはもう一つの大きな収集で知られる大原美術館から大原孫次郎の紹介、
そしてコレクションを率先して世話をした画家、児島虎二朗に焦点をあてていました。

引き続きモネのロンドンでの国会議事堂から睡蓮まで、ルノワールの数々と充実した内容です。
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セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、シニャックと経て、
いよいよ印象派から影響を受けた日本人画家の絵が纏まって展示されています。

児島虎二朗の大きな「朝顔」と題された二点を始め、
黒田清輝、和田栄作、藤島武二、青木繁の大作が展示されています。
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特に、明治から大正の日常風景を描いた作品からはノスタルジックな日本の情景が
ほのぼのと伝わってきて味わい深く鑑賞していました。
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全体としてこれだけ日本中に散らばっている印象派の絵画や、日本人画家の作品群を一堂に会して見る機会は先ずないでしょうし、
画集でも見たことのない個人所有の作品に出会えたり、質の高い名品が集められていてとても充実した展覧会でした。

ここでは絵画のみならずロダンやブールデルの彫刻も展示されていますが、
会場が若干狭く、無防備に置かれた展示台に見学者がブツカリやしないか心配になりました。
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それでなくてもドイツ人はあまり回りに気付かない人が多いので心配です。

以下はこのミュージアムの日本語による案内と、共同で企画をした東大の三浦先生のブログ・サイトです。

http://www.bundeskunsthalle.de/ausstellungen/japanese-language.html

http://post-realiste.blogspot.de/2015/10/blog-post_18.html


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by Atelier-Onuki | 2015-11-24 01:10 | ドイツ | Trackback | Comments(0)

「誕生パーティ」に招かれて・・・

この週末はボン郊外に住んでいる会社の同僚の50歳を記念した誕生バーティに招待されました。

ボン郊外といっても、随分南に位置するMehlemと云う片田舎で、ここまで来ると丘陵が広がる景勝地です。
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ライン川を挟んだ対岸には“Siebendräche“「七つの龍」と云われる小高い山々が連なっているのが見渡せます。
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この辺は伝説も多く、あのワグナーの「ジークフリート」で登場する大蛇“ファーフナー”
が潜んでいたと云われる洞窟も存在します。

その内の一つ山の中腹が大きく削られて、茶色の岩肌をむき出しになっている山があります。
それはケルンの大聖堂を建設していた時に切り出された石切り場の跡だそうです。

さて、ここへは5年ほど前にも伺ったことがありました。
それはこの周辺をスケッチする目的でした。

丁度この家の建築中で何とか家本体の工事が終ろうとしていた頃でした。
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庭などはこれからと言う段階でしたが、見違えるほど素晴らしい庭に様変わりしていて驚きと共に感嘆していました。
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ちょっと和風の暖簾を潜ると十二・三人は座れそうなテラス席が迎えてくれます。
一段下がったところはブドウ棚になっていて、ここにも座り心地のよい藤のソファが置かれています。
さらにもう一段下がった所は芝が良く手入れされ花壇も素敵に植えられていました。
これは相当頑張って手を掛けてきたようです。
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この庭の先には遠く丘陵が広がっているのが見えるのですが、その風景に誘われて以前スケッチをしたのを思い出しました。
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当日は雨の心配もあったのでテントも張られていました。

早めに着いていた私はもう一杯初めていましたが、パラパラと訪問客が訪れだしました。

ご近所の人たちを初め、フランクフルトやクレフェルド、それに驚いたのはイタリアのガーダー湖から来られたご婦人もおられました。

最終的には30人は裕に越えていたでしょうか大勢の人たちで賑わっていました。

挨拶も終わり、ここで音曲が始まりました。

このクレフェルドから来ている人はデュッセルのアカデミー出身のアーティストなのですが傍ら沖縄民謡も玄人はだしの腕前だそうです。

持参してきた三線を片手に有名な沖縄民謡の数々で場を盛り上げてくれました。
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途中村の方で開催されている’Schutzenfest“「射撃祭」からパレードの賑やかなブラスバンドの音が聞こえて来ましたが、これに負けずに頑張ってくれました。

私は一番居心地が良さそうなブドウ棚の下にあるソファに陣取り、偉そうにして楽しんでいました。

途中からは日本の独日協会に勤めておられたと云う老ご夫妻もこのソファに加わり楽しい会話を交わしていました。

このような中身の濃い人たちとの会話は楽しいものでアッと云う間に時間が過ぎていきます。
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宴は夜が更けるまで続いて行きました。





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by Atelier-Onuki | 2015-08-18 01:36 | ドイツ | Trackback | Comments(2)

「ブラームスの家」 バーデン・バーデンにて

先日バーゼルからの帰途、途中通過するバーデン・バーデンにも寄ってみることにしました。
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ここはドイツ随一の温泉保養地として知られていますが、私の興味はブラームスの家を訪れることでした。
(まぁ日本の温泉だったら良いのですが。・・・)

このころ彼は既にウィーンに住んでいたのですが、
クララ・シューマンが滞在していた10年間に渡り毎年5月から10月ころまで彼女に会うためにやって来たようです。
(本当に好きだったのですね。・・・)

シューマン没後、5人の子供を抱えていたクララは生計を立てるためにピアニストとして活躍をしていました。
彼女の腕前は有名でシューマンと結婚をする前からヨーロッパ中で知られていました。

このバーデン・バーデンではシューマン音楽祭も催されていた関係でこの地を選んだのでしょうか。

駅からバスに揺られること15分ほどで街中へ入って来ました。

駅も途中の町並みも殺風景で、これが保養地として有名なバーデン・バーデン?と
ガッカリしていたのですがさすが街に入って来ると瀟洒な家並みが現れ始めました。

街の中心らしき停留所で途中下車、お昼を取ることにしました。

目抜き通りにはお洒落なブランド店が連なっていますし、レストランも軒を連ねています。
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さあ一息入れたので、更にバスを乗り継いで郊外にある”リヒテンタール”(光の谷)と云う地区を目指しました。

バス停は”ブラームス・プラッツ”と明確です。

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暫く歩くと”ブラームス通り”の看板が直ぐに目に付きました。
ふと右側の広場(駐車場)にはクララ・シューマン広場と書かれています。
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更に歩を進め大通りにでると”Brahmshaus”と書かれた家の絵が付いた看板が立っています。
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ここはちょっと小高い所に家が建っていて、階段を登っていくことになりますが、
途中から何時か写真で見たことがある白い家が表れた時にはちょっとした興奮を覚えました。
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かの高名なドイツのピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプさんがここを訪れた際には
「ここでひざまずいてから、上にあがるべきだろう!!」
と仰ったそうでパンフレットの巻頭語として載っていました。

ブラームスに敬意を表した、正に彼の温厚で謙虚な性格が現れた言葉だと思います。

折れ曲がった階段を登り裏側に回りこんだ所に入り口がありました。
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ベルを押すと、すぐさま賑やかに管理人の女性が現れました。

まぁ人懐っこく良く喋る人で「日本人?・ここへも良く来るよ・・・」、
「ドイツ語分かるの?・・・そりゃ良かった。」と細い階段を登りながら立て続けに質問されました。

上階の彼が借りていた部屋へ着いても説明は止まりません。

通された部屋は天井も低く、ちょっと暗い感じで昔の家ですから致し方ないのでしょうが、
むしろブラームスの性格には合っていたのかも知れません。
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彼はこの居間と奥の寝室の二部屋を借りていたそうで、天井、床、壁は
当事からのオリジナルで家具は同時代の物を入れているそうです。
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それにしても居間に貼ってあるブルーの壁紙が一際不釣合いで、これがオリジナルかと疑ってしまうほど派手に目だっていました。
(これが150年も前の意匠とは思えないほどモダンです。)
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寝室の窓からは高台と云うこともあって町並みや小高い山々を見渡すことができます。
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「フ~ム・・・この景色を見ながら構想を練っていたのか。・・・」と想像を膨らませていました。

ここでは彼の重要な作品の数々が生み出されています。

主な作品では「ドイチェス・レクイエム」、それに20年以上も悩みに悩みながら作曲をし続けた大作「交響曲1番」の仕上げ、
そしてペルチャッハで作曲をしていた「交響曲2番」の仕上げもここだそうです。
(いやぁ~感慨深いものが込み上げてきます。)

それに「ブラームスの子守唄」として有名な曲「Lullaby」もクララの誕生日に演奏をしたそうです。
(作曲家はこんな技が使えて羨ましい・・・)

さて、キッチンがあった部屋には古い写真や楽譜などが展示されています。

ショーケースには小物と共にブラームスのデスマスクとクララの石膏手形が展示されていました。

デスマスクは写真で見るよりも痩せた感じで、恐らく死後ちょっと収縮した状態で石膏取りをしたのでしょうか、
あまりブラームスらしくありませんでした。
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クララの手形は大きくて逞しく、さすがピアニストだけあって堂々とした立派な手でした。
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上に飾られている指輪はメンデルスゾーンがクララに贈ったそうですが、
表面がガラスで出来た指輪の中にはメンデルスゾーンの髪の毛が入っているそうです。
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これなど我々日本人には理解しがたい感覚ですが、良くカトリック教会などに展示されている
聖人の体の一部とかに通じる感覚がバック・グランドにあるのでしょうか。・・・

帰り際、小さな受付の後ろをふとみるとピエール・ブーレーズの写真が飾られていました。
下には日付が書かれていて 2008年9月にここを訪ねて来られたようです。
(因みにブーレーズと云う表現は日本での慣例に従いましたが、ブゥレーと云わないと通じません。)
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管理人さんによると途中あった修道院の先にはクララが住んでいた家もあるそうで、
手書きの余り上手ではない地図を見ながら説明してくれました。

折角なのでここも訪れるべくダラダラと道を下って行きました。

途中の修道院も立派なので少しだけ覗いてから、外に出ると道が川を挟んで分かれていました。

さて、どちらに向かうべきか・・・
地図だと確か大通りに面していたので暫く探しましたが見付からず???

修道院まで引き返して、今度は橋を渡り川に沿って歩き出しました。
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この川沿いには瀟洒な家が立ち並び中々素敵な雰囲気です。
並木道も広々していて、その先は森へと連なっています。
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それにしても、これじゃ全く見当が付きません。

ちょうど前から地元の人らしきオジイサンが歩いてきたので尋ねてみました。
「エ~ッと・・・確か表通りだったような???」と彼もちょっと不確かな感じです。

そこへ彼の知り合いらしきご婦人が歩いて来られました。

「アア~、この人なら知っているよ・・・」・・・「クララの家・・・云々・・・」・・・

「知っている・知っている・・・一緒に付いて来なさい。」と心強い返事・・・

彼女は歩いてきた道を150mほども逆戻りしてくれ、

「ホラ・・・あそこの白い家・・・あれがクララが住んでいた家よ・・・、
唯、彼女が住んで居た頃は一階建てだったの・・・今の大家さんが改築をして三階建てにしたのだけれど、
彼女も音楽好きで、二階部分はホールになっていて時々演奏会をやっているのよっ・・・」とニコヤカに話してくれました。
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ここで突然「コンニチワ・・・アリガトウ」と日本語が彼女の口から発せられました。
「エッ、日本語を喋るのですか?」・・・「一度、日本へ行ったことがあるの・・・」
「では、良い一日を・・・」と挨拶を交わし、彼女は又逆方向へ歩いて行かれました。
(因みにこの家の正面は大通りにも面していました。)
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暫く感慨深く眺めた後、川に沿って歩いてみました。
すぐ左手にはブルー系の花々で爽やかに植え込まれた公園が現れました。

東屋が建っていたので歩を進めると直ぐ前の木陰にブラームスのブロンズ像が立っていました。
向こうの方にはクララらしき像も立っているようです。
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あっちへ行ったり来たりして眺めていましたが、この30mほどの距離をおいて立っている二人の像は、
お互いの微妙な関係を実に上手く表した間隔だなぁと感心をしていました。
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何だか切なくも微笑ましい気持ちになりながらボチボチと帰路に付きました。・・・


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by Atelier-Onuki | 2015-07-09 06:01 | ドイツ | Trackback | Comments(2)

「モネと印象派の誕生展」によせて

フランクフルトで開催されていたイベントも無事終了しやっと安心して眠れる日々が訪れました。

ミュンヘンへ帰る日、泊まっていたアパートの近くに奇妙な建物があって、
以前から気になっていたので寄ってみることにしました。
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ゆっくり眺めてみるとそこには“Goethe Gedenkstätte“「ゲーテの思案所」と看板に書かれていました。
恐らくここに篭って構想を練っていたのでしょうね。・・・
今や回りは住宅街ですが「ゲーテの散歩道」なるものも残っていました。
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さて、もう体はボロボロに疲れていましたが、ちょうどステーデル美術館で開催されていた
「モネと印象派の誕生展」を折角なので覗いてきました。
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階段を上ると入り口からすでにドーンと中央に鎮座している「ゲーテの肖像画」が目に入ってきます。
まぁゲーテ縁の街ですから誇らしく飾られているのでしょうね。
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ここから右手に回り新館の方へ向かうと「モネ展」のエリアに入りました。
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ここではこの特別展の目玉であるジヴェルニーの庭で描かれた「昼食」が入り口正面に展示されていますが、
その周りには15・6人の子供たちが床に座って先生の説明を聞いていました。
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会場のあちこちには、この様に学校から来ているグループがいましたが、
小さい頃からこうして名画に親しむのはとても良いことだと感心して見ていました。
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展示は中規模でそれほど大きな特別展ではありませんでしたが、
「ルーアンの教会」も其々の光が異なる4点が展示されていましたし、
「ウォータールー橋」も3点見比べが出来るよう並べて展示されていました。

この「ウォータールー橋」など素早いタッチで一気に描かれ、
ボッーした淡い色彩の中にも雰囲気は充分表現されていて具体的に描かれていない分、想像が膨らんでいきました。

その他にもピサロやシスレーはやはり目を引きつける作品でした。
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特別展を見終え、最上階に展示されている常設展も観て周りました。
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ここでは何と云ってもフェルメールの「天文学者」が群を抜いて素晴らしい作品でした。
このテーマの絵はルーブルにも展示されているのですが、2枚目を描いていたとは知りませんでした。
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まぁ体はボロボロ、歩く足取りもフラフラしていましたが、
モネを初め気持ちが安らぐ絵画に出会い段々と癒されて行くようでした。




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by Atelier-Onuki | 2015-03-15 19:37 | ドイツ | Trackback | Comments(0)

「ベルリンの飛行場」昨今

東西ドイツの統一後ベルリンには、かつて3つの飛行場がありました。
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その内、一番小さいテンペルホーフは街に近すぎ危険でもあると云う理由から閉鎖されてしまいました。

東ベルリン側だったシェーネフェルトも今ではアエロフロートのみが乗り入れているだけです。

西ベルリン側の国際空港であるテーゲルも段々と手狭になってきたので、
シェーネフェルドを拡張し新しい国際空港を建設していたのですが、
工事が遅れ2011年開港の予定が4回も延期され、とうとう2016年まで延期されました。

2013年には二度目に予定された開港が間近に迫り5~6000人もの人を集めて
運営のシュミレーションまでしたにも関わらず、開港には至りませんでした。

1948年に例のベルリンの壁が突然築かれ、西ベルリンは孤立してしまいました。

この時、西ベルリン市民への救助物資の輸送をするために急遽作られたのがテーゲルだったのですが
何と49日間と云う信じられないほどの速さで滑走路を作り上げたそうです。

本気を出せば物凄い底力を発揮するドイツ人ならではの偉業だったのでしょうが、
この新しい空港が遅れに遅れているのは如何したのでしょうか・・・

この当時テーゲルへは東ドイツの領域を飛ばなくてはならず、航空会社も西ドイツのルフトハンザは飛行が許可されず、
米英仏の3国統治からパン・アメリカン、ブリティッシュ・エア・ウェイズ、エール・フランスの3社だけが許可されていました。

ですから変な事にデュッセルドルフからベルリンへの国内線にも関わらず外国の飛行機に乗っていました。

それもハノーバー辺りから先はレーダー監視の目的から低空飛行を強いられ、
その高度は殆どが雲の中、飛行中はほとんどデコボコ道を走るバスに乗っているような
揺れを覚悟しなければなりませんでした。

ある時、得意先の人と同乗した事があって、彼は左翼横の窓際に座っていました。
その日は嵐も手伝って揺れは何時もの比ではありませんでした。
すると突然、“ドン”と青白く光り大きな衝撃が走りました。どうやら左翼に雷が直撃したようです。
フト見ると真横に座っていた彼は顔面蒼白でブルブル震えています。
何か声を掛けようかとも思ったのですが、彼は普段とても面倒な事を言っては困らせてくる人で、
その余りの変りようにグット笑いを堪えていました。

ベルリンは陸の孤島と云われていましたが、空港が近づき低空飛行を始めると、
2重の鉄線でグルリと街が取り囲まれている様子が現れ、ハハッなるほど孤島であることが良く見てとれました。

ただ、このテーゲルは小さいながらもとても便利な飛行場なので大好きです。
各々の搭乗口が単独で機能しているので、ゲートで直接チェック・インが出来ますし、
到着した時もドア一枚開ければもう外に出られます。

それにお楽しみがもう一つあります。

それはメイン入り口の直ぐ前、Sバーン(郊外電車)への駅へ向かう所に、古いSバーンを改造したカレー・ヴルスト屋があります。
(グリルしたソーセージに濃厚なケチャップ風味のソースを掛け、その上からカレー粉を降りかけただけの食べ物です。)
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このSバーンはかつて東西を繋いでいた唯一の路線を走っていた車両で、レトロ感満載です。
(看板を良く見てみるとSバーンの左隣にはEsと書かれていて食べろと云う意味と語呂合わせをしているようです。)

東西ドイツの時代はフリードリッヒ・シュトラッセと云う駅が国境で皆な降ろされました。
それは厳しい検問で特にドイツ人には厳しく、長々と待たなければなりませんでした。
ホームにも免税店が併設されていて、街中にも関わらず嫌が上にも国境である事を認識させられました。
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処で、このカレー・ヴルストはベルリンが発祥地だそうで、この店のメニューは3種類のカレー・ヴルストしかありません。
それも単に付け合せがポテトフライか玉ねぎかポテトサラダかと言う違いだけです。
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味も大して美味しいという代物ではありませんが、ツイツイこの雰囲気につられて入ってしまいます。
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出発までの暫くは昭和感満載の雰囲気を楽しんでいます。


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by Atelier-Onuki | 2015-02-12 03:31 | ドイツ | Trackback | Comments(0)

ベルリンの「ハッケシャー・ホーフ」

先程、日本のニュース・サイトを見ていたら、ある老朽化してきた団地を“MUJI”とコラボを組んで、
お洒落に改装し若い人たちを団地に呼び込んでいる取り組みが紹介されていました。

かつて団地が建ちだした頃、そこに住むのは一つのステータス・シンボルでもあったのですが、
さすが50年近くの年月と共に老朽化し社会問題にもなって来ました。

そんな中、単に補修するだけでなく、専門家を入れてお洒落に改装していく試みは
とても素晴らしいことだと感心して読んでいました。

そこでフト思い出したのが、先日久しぶりに訪れたベルリンのハッケシャー・ホーフの事でした。
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それは外から見ると単に建物が寄り集まっているだけなのですが、
入り口から中に入ると8つの建物と中庭で構成されたアパート群が奥に広がっています。
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ここもかつて東独時代はボロボロのアパートだったことでしょうが、
10数年前に大改装されお洒落な空間へと変身し今やベルリン観光のスポットとなっています。
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地上階にはお洒落なショップやカフェなどが誘致され、その上が住空間になっています。
中庭はちょっと迷路のようで、次から次へと現れる中庭は雰囲気も微妙に違いがあって興味をそそられます。
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その一角、名も“Rosen Höfe”「バラの中庭」と云われる空間はピンクに塗られた外壁の建物に囲まれ、
余りの乙女チックにちょっと恥ずかしくなる位ですが中々いい雰囲気です。
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所々に付いている照明器具や手摺などモダンなデザインながら何処となく東欧の雰囲気が漂っていますが、
室内の手摺などはアール・ヌーボー風だったりと不思議な調和を醸しだしています。
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外に出て数軒先の同じ一角に面した入り口からは一転してボロボロの建物がそのままの中庭が残っています。
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恐らく先ほどの改装された中庭群も似たように老朽化していたことが伺われます。

この一角は「ハウス・シュヴァルツェンベルク」と云って、かつてナチスドイツ時代にユダヤ人たちを匿った地区だそうで、
アンネ・フランク博物館を始めこの当時を紹介しているユダヤ博物館などの関連施設が入っています。
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今や文化財に指定され、ここも観光スポットとなっているそうです。

同じ一角に建ちながらも、その大きな違いを目のあたりにし感慨深く佇んでいました。

それと同時にお洒落に改装されたアパート群も、今や観光客がひっきりなしに訪れ、
実際に住んでいる人たちは落ち着いた生活ができているのだろうかと、ふと心配にもなりました。

日本における団地は大抵ちょっと郊外に位置しているので、
この街中にあるハッケシャー・ホーフとは一概に比較はできませんが、
何かと知恵をだしあって魅力のある地域へと改良していってもらいたいものです。





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by Atelier-Onuki | 2015-02-03 20:18 | ドイツ | Trackback | Comments(0)

「フランクフルトからハイデルベルクへ」

先週の金曜日は会社のクリスマス・パーティがあったのでフランクフルトまで行っていました。
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この街はヨーロッパ中央銀行を初め金融機関の中心地で街中には
モダンな高層ビル群が立ち並んでいて、最もドイツらしくない街と云えるでしょう。
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それでもこのシーズンは街の広場ではクリスマス市の真っ盛りです。
屋台はクラシックな作りの物も多く、背景のモダンなビル群とのアンバランスな
光景はちょっとシュールな感じを受けました。
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クリスマス・パーティは和やかな雰囲気中、旧知の人たちから初めて会う人たちとも親しくお喋りが出来て楽しい一時でした。

本来なら土曜日に帰ってくるのですが、今回は私のホーム・ページを作ってくれた
フランクフルト在住のプログラマーの方と打合せをしたかったので週末も過ごす事にしました。

実はこのホーム・ページ(atelier-onuki.com)は当初は急いでお試しバージョンとして作ってもらったのですが、
それ以降お互い中々時間が取れず、今回までそのままの状態でほったらかしにしていました。

今回打合せをしてやっと如何すれば変更が出来るのか分かりましたので、
追々更新をして行ければと思っています。

さて帰りは通り道だったのでハイデルベルクも久しぶりに寄ってみました。
小雨が降る寒い日曜日でしたが、ここも観光地だけあって沢山の人たちで賑わっていました。
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学生時代にここで勉強をしたアメリカ人が多かったお陰で、
ヴィースバーデンと並んで唯一空襲を受けなかった街として知られていますが、
さすが古い家並みが見事に残されています。
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旧市街地をブラブラ歩き、橋を渡ってネッカー川越しに見る街並みは、
小高い丘の上のお城を背景に情緒豊かな趣がありました。
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寒い中を歩いたので途中“La Bohéme”というカフェを見つけた時は名前にもつられて迷わず休憩です。
古風で落ち着いた室内に暖かいコーヒー、ゆっくりと体が温まって行くのを感じました。
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唯、その夜ミュンヘンに着いた頃にはグッタリとしていました。

風呂上りにギンギンに冷やしておいたRadebergerをグビグビと飲み干すと、
眠気が一気に襲って来ました。


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by Atelier-Onuki | 2014-12-16 00:59 | ドイツ | Trackback | Comments(0)

「バンベルク」にて

バイロイトからバンベルクへ寄るのはちょうど30年前も同じ行程でした。

町の真ん中を川が流れていて一名「ドイツのヴェニス」なんて云われていますが、
まぁヴェニスとは似ても似つかない街並みです。
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とはいえ歴史的な古い建物が揃っている街並みは見事な風情で、なんでも世界遺産に登録されているそうです。
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それに私にとっては何と云っても高校時代に聴いたカイルベルトとここのオーケストラの名演が忘れられず、
特に思い入れが深い町です。

先ずは30年前と同じホテル“Bamberger-Hof”に行ってみましたが、今日は満室とのこと。
道路を挟んで建っている “Messerschmitt”で尋ねたところ空室あり ・・・ ここに泊まる事にしました。

メッサーシュミットと云えば私くらいの年配男性は、あのドイツ軍の戦闘機を真っ先に思い浮かべます。
入り口に掛かっている説明板によると、やはりその戦闘機を設計した
メッサーシュミットさんが両親の家を改装してホテルにしたそうです。

ロビーにはその肖像写真と横には一号機の木製プロペラが展示されていました。
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一息いれて旧市街へ一杯引っ掛けに出かけました。

旧市街の入り口は三角州に建つ特徴的な旧市役所への橋から通り抜けます。
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この辺は余り戦争の被害を受けなかったのか、古い建物が見事に残っています。
壁や入り口には1600何年とか建築年が記されていて、その歴史の重みと
風情を醸しだしています。
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飲み屋が軒を連ねる一角に、一際大勢の人が集っている店がありました。
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それは”Schlenkerla”tという醸造ビア・レストランで、
何でもこの町特産のRauchbier(ラオホ・ビア)で有名な店だそうです。

これは麦芽を燻製してから醸造をするそうで、色もギネスのような濃い褐色をしています。

店は大きく3・4部屋くらいあるのでしょうか、どの部屋も満席で賑わっています。
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入り口付近には窓口があって、ここでビールだけ求める人が長蛇の列を作っていました。
ビール好きの私にとって試さない手はありません。
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フ~ム・・・ドレドレ・・・初めて試すこのビールはどんな味がするのだろうか・・・
ちょっと軽い興奮すら覚えます。

最初から一気にグビッと ・・・ ビールはのど越し ・・・
フム~ ・・・ 何だかビールと云うよりも生ハムのような味が口の中に広がります。

まぁ新しい物好きですから仕方がありませんが、二杯目の注文をする気にはなりませんでした。

処で翌日町をブラブラしていたらETA・ホフマンと冠した劇場に遭遇しました。
劇場前の広場にはネコを肩に抱いたホフマンの銅像も立っています。
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今はモダンな建物に建て替えられていますが、なんでもここの芸術監督やっていた
時期があったそうで、縁の劇場だったのですね。
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まぁひょんな所であの「くるみ割り人形」の原作など奇才で幻想的な小説を書いた
ホフマンさんに出会えるとは思いませんでした。

さぁ~ ミュンヘンへ帰ってチェコ・ビールを飲ませる店にでも行こうかなぁ~



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by Atelier-Onuki | 2014-10-23 03:19 | ドイツ | Trackback | Comments(0)