<   2012年 11月 ( 8 )   > この月の画像一覧

アイプゼー散策

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先週末から例の婦人がマネの絵を観るため、またデュッセルドルフからやって来ました。
まぁ美術館だけだと愛想がないので近郊へ出かけました。
初日は、私の好きなガルミッシュ・パルテンキルヒェンへ出発しました。
街をブラブラしてからバスに乗り、アイプ・ゼーへと向かいました。

この湖はツークシュピッツを始めアルプスの山々が、見上げるにも首が痛くなるほどの距離まで
間近に迫っていて、とても雄大な光景です。そこから右方向に小高い山々が連なり、まさにパノラマよろしく横に広がって大きな空間が開けています。
この広がった感じは何故かヨーロッパの風景というよりもカナディアン・ロッキーを連想させます。
それに、とても澄んだ水はエメラルド・グリーンで神秘的です。
夏場は訪れる人も多く賑わっていますが、この日は完全にシーズン・オフで人影も殆どありません。
当初はここにあるホテルに泊まる予定でしたが改装のため休館中。
唯一営業していた湖畔のレストランで何とか食事だけはありつきました。

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次のバスまで時間があったので人気のない湖畔を軽く散策の積もりでしたが、次々と表情を変える景色につられて気が付けばドンドン奥の方まで歩いていました。
もうこうなったら意地みたいなもので、とうとう一番奥まで歩いてしまいました。
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と云う事は今来ただけの距離を歩かなければなりません。
もう足腰は悲鳴をあげかけていますが、今度は反対側の道を延々と歩きました。

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それでも途中から、山々の頂きを夕陽がピンク色に照らし出し「オッ~」と思わず声を発してしまうような感嘆のひと時もあって、何とか楽しく一周する事ができました。
結局は予定より3本も後のバスに乗り込む事になり、あたりはすっかり紺色に染まっていました。
時間があればミッテンヴァルト辺りも寄って行きたかったのですが、もうぐったりとしていました。

そうそう、ここガルミッシュはリヒャルト・シュトラウスの出身地で、あの「アルプス交響曲」はこのツークシュピッツ周辺での一日を描いているそうです。
お墓もここにあって一度お墓参りにでもと思っているのですが、どの墓地なのか未だ調べがついていません。
まぁ来年にでも、暖かくなったらちゃんと調べて訪れようと思っています。

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by Atelier-Onuki | 2012-11-25 17:47 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

日曜美術散歩

折角の日曜日なのに朝から冷たい雨がショボショボと降っています。
こんな日は散歩に出るのも億劫になるし、かと云って家にいても気晴らしにはならないし・・・
なんて中途半端な気分でいる時、ここミュンヘンには打って付けの良い場所があります。
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それは道路を挟んで向き合う新旧二つの絵画館ピナコテークです。
名前の通りアルテ・ピナコテークは十三世紀から十八世紀初頭位までの古い時代の美術品を、
ノイエ・ピナコテークはロマン派辺りから印象派辺りが展示されています。
それに毎週日曜日は、なんと1ユーロで入場できるのですよ。
バス路線にもミュージアム・ラインと云って、ミュンヘン中のミュージアムを回っている路線があって、
この辺にも広く気軽に芸術に親しんで欲しいと願う市の思いが伝わって来て感心しています。

さて、いつも何方の方へ行くかと迷い、これは難しい問題です。
アルテの方はダ・ヴィンチを始め数々の名品が目白押しで、
その質・量ともに圧倒されてしまいますので、
「よし今日は行くぞ!!」と覚悟を決めてからでないと大抵は途中で降参してしまいます。

その点ノイエの方は明るくて好きな絵も沢山あるので、多少は気楽に観に行けます。
今日のように中途半端な気持ちのまま向かうのは当然ノイエの方です。

ここはモダンな建物で、天井からの採光も上手、程よい明るさで観易い美術館です。
中央の入口から時代順の指示に沿って歩いて行くと上手く高低の変化が付けられていて
知らない間にエッここは二階なのと、思うほど自然に上階へと上がって来ています。
所々には中庭があったり彫刻がさり気なく展示されているゆったりとした遊びの空間も施され
一息つける配慮がされています。
各々の展示室の空間もたっぷりとしていて、ゆっくり観ることができます。
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壁の色も淡いブルーグレーで特に印象派のイメージにはピッタリで心地良い雰囲気です。
最近オルセーの壁面は色々と実験した結果、ちょっとパープル系が入った
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ダークブルーと云う結論を出して改装をし、主役である絵が浮き立ち大いに成果を上げたそうですが、
これはこれでとても気持ち良く感じます。

ロマン派ではフリードリッヒやベックリンも結構あるのですが、やはり私の好みは印象派の人達です。
ここ印象派に与えられた四部屋では時の経つのも忘れて、もうっとりとして観ています。
最初には何故かルノワールの風景画が掛けられていますが、これは中々の力作です。
それにロートレックやシスレー、マネにモネと何だかバラバラな感じも。

次の部屋はゴッホとゴーギャンですからこれは納得の組み合わせ。
オランダのヌエネンで描かれた初期の機織の絵と向き合う壁面には、
「ひまわり」を中央に右にはアルル、左にはオーヴェールでの三作が並んでいます。
「ひまわり」は特に目玉らしく、チケットにも印刷されているほどです。
どれも素晴らしいのですが私は特に右側に掛けられているアルルの風景が好きです。
ブルーとグリーンの淡い色合いで、恐らく春でしょうか、あのアルルのジリジリした太陽の感じではなく
穏やかな絵です。手前のゴツゴツした三本の幹はブルーで描かれ、その向こうには果樹園が
広がっています。白い花を付けた木々はひょっとしてアーモンドの木でしょうか・・・
遠景にはアルルの街並みが、あの特徴的な教会の鐘楼も描かれています。
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私はこの絵を観ているとあのビゼーが作った「アルルの女」からの「カリヨン」の鐘の響きが
頭の中で鳴っています。
そして印象派の最後の部屋ではあの痛ましい大戦で傷ついたロダンの「青銅時代」に心を痛め、
最後にセザンヌの自画像に挨拶をしてから家路へと向かいます。
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処で、ある婦人なのですが、ここにあるマネの「アトリエの昼食」、あのカンカン帽を被った
青年が立っている絵が大のお気に入り、これを観るためにわざわざデュッセルドルフから
やって来るほどです。

実はその婦人とはウチの家内の事なのですが、その気に入り様は尋常ではなく、
そこに描かれたテーブル・クロスと同じ物をどこかで見つけてきた程で、
いつかはこれを敷いたモチーフを描こうと目論んでいたそうです。
結局は来客用として本来のテーブル・クロスの役割に戻り、今ではあちこちに赤ワインのシミが
見事に添えられています。

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by Atelier-Onuki | 2012-11-14 23:43 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

秋はやっぱりブラームス

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秋晴れに誘われて、近くの森へ散歩に出かけたくなりました。
カサカサと落ち葉を踏みながらフト空を見上げると、その鮮やかな青とコントラストをなして
木々は美しく輝き、もうすぐやって来る冬までの残り少ない生命を精一杯表現しているようです。
こんな時は自然と頭の中にブラームスの一節が流れています。

生涯自分の作品と人に対して自信が持てなかった、この愛すべき作曲家のしみじみとした
独り言を聴くような曲は、この晩秋に聴くのに最も相応しい作曲家ではないでしょうか。
暗くて寒いハンブルクに生れた彼は、「息苦しいほど小さな部屋」で鉛の兵隊を
唯一の遊び相手に少年時代を孤独に育ちました。
この頃の環境がすでに彼の性格に影響を与え、後になっても自分の過去に付いては
多くを語りたがらなかったそうです。

唯、教育に関しては恵まれた機会が与えられたようで、通っていた私立学校では
多くの文学作品に触れ、彼の文学的とも云える作品にも影響を与えています。
最初に習ったピアノ教師コッセルの献身的な指導や、更に彼に紹介されたマルクスゼンの元では
民族風の曲や複雑な変奏曲を習得し、10歳から18歳までの多感な時期に吸収した体験は
晩年の作品まで大きく影響を与えました。

多くの作曲家と同様、まずはピアニストとして名声を博した彼はハンブルクを離れ各地を回ります。
そしてデュッセルドルフのシューマン夫妻を訪ね暖かく迎え入れられました。
ここで受けた影響は既に有名な話ですが、作曲家としての生涯に決定的な影響を受ける事になります。

ブラームスはその良く見かける髭を生やした晩年の写真や作曲スタイルから、古い時代の
作曲家と感じがちですが、意外と新しい人でJ.シュトラウスよりも8歳年下だし、
もう20数年後にはマーラーやR.シュトラウスなどの全く新しいタイプの作曲家が迫って来ています。
彼が作曲家としてスタートした時代にはすでにワグナーを中心とする新イデオロギーの元、
実験的な試みの作曲が主流でしたが、シューマンもブラームスも時流とは正反対に
バッハ、ベートーヴェンを頂点とする古典的、純音楽的な思考へと益々傾いていきました。

望んでいた家庭を持つ事もできず、長年に渡り念願していたハンブルク・フィルの指揮者には
ついぞ任命されることのなかった彼に転機が訪れたのはウィーンのジングアカデミーからの招聘でした。
初めて訪れたこのウィーンが結局は生涯離れない彼の終の棲家となりました。
この街に育まれながら彼は作曲家として開花し数々の名曲を生み出して行きました。
管弦楽の作曲においてはホルンなどこのオーケストラ独自のウィーンナー・ホルンの響きを
頭の中でイメージして作曲していたそうです。

指揮者としても活躍しましたが、今日のように色んな作曲家の曲で構成されたプログラミングを
したのはブラームスが最初だと云われています。
それまでの演奏会は大抵の場合、作曲家自らの作品だけを披露と云う形式でした。

晩年には多くの印税が入って来ましたが、その質素な生活を変えようとはしませんでした。
そして没後に分かった事は匿名でずっと孤児院へ寄付をしていたそうです。
恥ずかしがり屋の性格がこんな所にも現れていて、その人柄が偲ばれます。

おっと、あっと云う間に日が沈んでしまいました。
今宵はグールドで間奏曲でも聴きながらチビチビやろうかな・・・

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by Atelier-Onuki | 2012-11-13 23:38 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団の演奏会

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先日に引き続きベートーヴェン・チクルスの一環でこの日の演目は二番と六番の
シンフォニーでした。

こう頻繁に演奏会やオペラ行くので高額なチケットなどは購入せず、
なるべく立見などのリーズナブルな所で我慢をしています。

この日の会場はヘラクレスザールでここは立見席があります。
唯、公演によって区々で、一般のエージェントが主催だと全く売り出されませんし、
BR主催だと大抵は開放されるのですが、これが又ややっこしく
多分チケットの売れ具合によっては販売したりしなかったりで、
行って見ないと分からないと云う何ともバイエルン的曖昧さで困惑をしています。

早々に窓口で尋ねてみると、「今日はありません」との返事・・・
「全くでないの?」と聞き返すと「ひょっとしたら後で出るかも」と曖昧・・・
近くのカフェで時間を潰してから再度行って見ると、未だその状況が変らないらしく
同じような目論見の人達が、窓口付近でもう20人ほどウロウロしています。
手に「チケット求む!」と書いたカードを持っている人達もいて思いは区々です。

開演も近づき人気はパラパラとしてきました。
そして開演を知らせる最初のベルが鳴り出しました。
今日はもう家に帰ってフロでも入って一杯やろうかなぁ~と思いかけた頃、
急に窓口付近に人々が殺到して殺気すら立っています。
何事かと見てみると一斉に残った席を一律でさばき始めました。
こりぁ何てことだと思いつつ列に加わりましたが、こんな緊急事態でも
この国では要領が悪くやっと4~5人位捌いた辺りで、プリンターが不調、
慌てて修理しようとしていますが全く上手く行きません。
もう二回目のベルが鳴っています。・・・
とうとう修理を諦めた窓口嬢が、「私に付いてきて」と窓口を飛び出し、
ゾロゾロと十四、五人の老々男女が小走りに付いていきました。
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長いクロークを抜け一番奥の大階段を駆け上り、
今度はターンして又階段、とにかく一番近い入り口から滑り込みましたが、
何だ未だオーケストラも入っていない状態で拍子抜け・・・

空いている席を目指しましたがとうとう一番前までありませんでした。
仕方なく第二バイオリンの真下に陣取って息を整えました。
ここでは各楽器のディティールや、楽器間のやり取りなど面白く聴けますが、
どうしても偏った響きで、二楽章などあの蕩けるような円やかな響きは
もっとブレンドされた状態で聴きたかったなぁと思い、後半は二階席へと移動しました。

後半は大好きな「田園」です。
五番のシンフォニーと同時進行のように作曲されたこの曲は冒頭の四つのテーマが
同じにも関わらずテンポと表情を変えただけで、これ程、性格が違う雰囲気の曲に仕上げた作曲家の才能にはさすがと云うしかありません。

滑らかで丁寧にすべりだした弦は木管へと受け継がれ、
ふくよかで気分が盛り上がって行きます。時折付けられる絶妙な強弱は
曲にコントラストを与えあっと云う間に一楽章が演奏されました。
二楽章の出だしも柔らかくて綺麗なこと・・・もうウットリとしてしまいます。
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演奏しているのはここのオーケストラなので頭の中では
この近くの森や小川を連想しようとしていますが、どうしても思いつかず
ツイツイあのハイリゲンシュタットからウィーンの森に続いていく小道、
ベートーヴェン・ガングと云われる所が浮かんで来ます。

ベートーヴェン時代にはまだ無かった住宅地を暫く歩かなければなりませんが、
それでも小川の周辺は緑豊かな散歩道で、
庭もたっぷりとゆとりがある家々は気持ちの良い環境です。
もう墓地を抜けるとそこから葡萄畑が広がり、
緩やかな丘陵がカーレンベルクの丘へと滑らかに続いて行きます。

彼の時代は今よりももっと冬が厳しくて春がどれだけ待ちどうしかったことでしょうか。
そうこの曲はやはり春に聴きたいものです。
自然描写だけに留まらず自然を通した心の動き・・・
そして自然への讃美と感謝へと曲は進んで行きます。

「風はやみ日差しもれぬ、牧場にまた春来たりぬ・・・」
と終楽章のメロディに付けられた唱歌の歌詞は、
その気持ちを上手に伝えていて、ふと口ずさんでいる時があります。

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by Atelier-Onuki | 2012-11-12 01:05 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

あの頃のウィーン生活

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この歳になってくるとちょっと前に考えた事を何だったっけ?? あれっ・・・
とすっかり忘れてしまうくせに、やたらと昔の事は懐かしく思い出されたりします。

そんな中でも最初に住み始めたウィーンでの生活は、特に懐かしく思い出されます。
三十年ほど前のことでしょうか。
この頃は、働く気苦労から開放されて一時だけの自由気ままな生活を楽しんでいました。
朝は気が向いたらシェーンブリュンで散歩、午後からは単に滞在ヴィザ取得の為に
大して気が乗らないまま語学学校へ、夜は大抵オペラで過ごし、
週末には仲間と近郊へ遠足と、もう夢のようなボヘミアン生活。
と云っても決してリッチな生活という訳ではありません。
僅かばかりの手持ちが無くなるまでの筍生活・・・
暫くは先の心配をしないで一時の自由を楽しんでいるだけです。

それにしても当時の食事事情は今と違ってひどいものでした。
スーパーなどはまだ余り無くて、食料品はナッシュ・マルクトと云う
半分露天のような所で購入するのですが、
当時は魚などはほぼ諦めなくてはならないし、野菜の種類も
極端に少なくて、これが冬場になるともっと深刻な問題になりました。
玉ねぎなどは一回凍った物すら売られていて、いよいよ売る物がなくなると
一軒、また一軒と店が閉じられていく有様でした。

毎晩オペラと云ってもここではありがたい事に立見席という制度があり、
信じられない位の料金で観ることができます。
でも不思議なもので、お金はドンドン無くなる一方ですが、
それとは反比例するように夢だけは膨らんでいくようでした。

仲間にも恵まれていました。
絵描き、彫刻家、舞台美術家、それに作曲家やギタリストなど、
其々日本でそれなりの成果を上げて来た人達で気概も知識もあり、
其々が更なる研鑽を積んでいました。
それに、偶々かもしれませんがとてもラッキーな事に、
彼らは純朴でとても良い人達でした。
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それとこの街にいると、普段から大物芸術家にあっけなく出会う機会もしばしばあります。
ウィーン・フィルの人達も演奏会があると地下鉄や路面電車に普通に乗って、
一般客と一緒に会場へ向かっているし、クラリネットのシュミードルなんかVespaに乗って
バタバタとやって来ていました。
街中でも良く見かけますし、つい先ほど聴いた演奏会の指揮者ですら
演奏会からの帰りの路面電車で遭遇したこともありました。

そうそう、あの小澤先生なんかもっと気さくで気取らない方なので、
赤い野球帽にヨレヨレのジャンバー姿、
それにスーパーのビニール袋をぶら下げてウロウロされていました。
この後、オペラの楽屋入口では案の定、守衛の人に呼び止められていました。

ここで生活をしていると、知らず知らずの内に
自分もその延長線上に居るような錯覚に陥ってしまう事があります。
これはパリやニューヨーク辺りの大都会でも同じような現象があるかもしれませんが、
余りにも身近なため自分の実力も顧みず、同系列と思い込んでしまう危険な現象が
おこることもあります。
我々の気の良い仲間内でもそんな議論がなされる事も良くありました。
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そんな中、以前にも登場した絵描きのKさんは全く欲のない純朴な飾り気のない人で、
自然と皆からも愛されていました。
そもそもウィーンへやって来たのも、友達に誘われるまま出品した作品が
ニューヨークでのコンクールで何と一等賞に輝き、賞金におよそ100万円を得たそうです。
それを元に彫刻家のAさんを頼って遊びに来たままウィーンに住みついていました。
アパートの大家さんにもすっかり気に入られて、
家賃の代わりとして、時々彼の版画が請われたそうです。

映画を見に行ったり、森へ山菜摘みに行ったり、皆で出かける時は何時も彼が一緒でした。
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そんな中、ある日、K子さんと云う清楚な美人が仲間に加わりました。
この人はフォルクス・オーパーの合唱団員で、歌手の割には大人しい性格、
何時も静かで 「男気なしのK子さん」 として通っていました。

ところがこのK子さん、初めて見たその日から、
純朴な絵描きのKさんの事が気になっていた様なのです。

ある日、郊外へ出かけた時の事、ポピーを知らなかったK子さんに
草原の中にそれを見つけたKさんが花を摘んで来て
「K子さん、これがポピーですよ」と真っ赤なポピーを差し出しました。
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これが又、すっかりK子さんの心を捉えたようで、以来二人だけのデートが始まりました。
Kさんは、なんと二回目のデートで 「K子さん、結婚しませんか?」 
と朴訥にプロポーズをしたそうです。

それを知った仲間達は、こりぁメデタイと、早々に結婚式や披露宴の準備。
知り合いの助けを借りてトントンと決まって行きました。
このK子さんは歌劇場所属ですから公務員扱いで、何と国からお祝い金が出るらしい。
当時、この国で10年以上働いて税金を納めた人には、
初婚に限り結婚祝い金が支給されたそうで、これは外国人にも適応されました。
それも60万円ほどの大金です。
地理的にも歴史的にも微妙な立場にある小国は、唯一の【自由な】社会主義国家で、
東西それぞれにちゃっかり気を使った政策を取っていました。
こんなユルい制度も、自由な社会主義国家ならではのことだったのではないでしょうか。
その後、彼らは新婚旅行でヨーロッパ中を旅し、今は日本で挿絵の仕事をされているとか。
たくさんのお子さんにも恵まれ、きっと暖かい家庭を築いておられる事でしょう。

私は今でも、野原でポピーを見つける度に 「あっK子さんが・・・」 と呟いてしまいます。

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by Atelier-Onuki | 2012-11-09 23:48 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

サイモン ラトル の演奏会 

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先日の晩、出張から帰って来てとても疲れていたのですが、この夜ラトルの演奏会がある事にフト気が付き、ムチを打ちつつ出かけました。
(聴くだけの立場ですが体力も精神も使い果たします)
作シーズンに続いて彼がここのバイエルン放送交響楽団に登場するのは二回目の事で、
来シーズンからも引き続き来てくれると嬉しいなぁと思っています。

一部、彼の演奏に関してあれこれと批判している音楽ファンの方々もおられる様ですが、
多分それには大いに誤解も混じっているように思えて残念です。

私は彼が20歳代の頃、未だロッテルダム・フィルなどに客演していた頃から聴いてきましたが、
最初の出会いはアムステルダムのコンセルトヘボウでアーノンクールを聴きに行ったついででした。

曲はブルックナーの7番のシンフォニー。
演奏を聴く前はこの年齢の指揮者でブルックナー?? と懐疑的でした。
それまでこの曲はマタチッチを始めベームやヨッフムそれにハーグフィルとのシューリヒトなどの録音で
親しんで来ておりましたので、未だその時は彼の事を良く知らないで、さほど期待もせずに
聴きに行ったのです。

最初の出だしから音がスッーと滑らかに出てきて心地よい響き。
音楽は滞ることなく気持ちの良いテンポで生々と進んで行きます。
二楽章の穏やかで天国的な旋律も情緒たっぷり・・・
あの金管だけでモアモアと鳴って纏まらない所も綺麗にハモっていました。
自分のパートが演奏に参加しない部分でも楽団員の体が音楽に従って動いています。
これは楽団員も気持ちよく音楽に浸っている証拠で、指揮者に対する信頼の証でもあるでしょう。
実に素直で、良い意味での健康的な演奏、とても気持ちよく聴くことができました。

それ以来、彼の演奏会は足繁く、かつ注意深く聴いてきましたが、その名声は徐々に高まって行き遂には
ベルリン・フィルの音楽監督と云う最高のポジションにまで上り詰めました。
唯、彼はその地位に安住することなく絶えず何かに挑戦し続けているように思えます。
彼自身がまだ発展途上と思っているかも知れませんね。

ですから彼の解釈はいつも新鮮でテンポなども生々と弾み、まるでこの曲が昨日作られた様な
初々しさを感じます。
これが多分オールド・ファン辺りに落ち着きがないとか、深みに欠けるとかの評価になっている
のかも知れません。

それに彼はある時期まとまって特定の作曲家を取り上げたりしますが、特に古典物に取り組む際には、
必ずと云って良いほどオリジナル楽器で演奏をしているエイジ・オブ・エンライトメント・オーケストラと
試演をしてから臨んでいるようです。これは例えば数年前に行なったウィーン・フィルとの
ベートーヴェン・チクルスにおいても大いに成果を上げていました。

シューマンそしてブラームスと時代が進行して、なんとこの秋にはフォーレ、ドビュッシー
それにラヴェルまでやって来ました。このイギリスのオリジナルオーケストラで
近代フランス物を・・・とちょっと半信半疑でしたが、9月にケルンで行われた演奏会に
でかけてきました。まぁ昔から彼はフランス物も得意にしていて、何時だったか
バーミンガムのオーケストラとの演奏を聴いた事がありましたが、実に丁寧で気持ちの良い演奏でした。

この日はフォーレの「ペリアスとメリザンド」やドビュッシーの「牧神」それにベルリオーズの「幻想」でしたが、
圧巻はエマールと共演したラヴェルの「左手の為のピアノ協奏曲」でした。

先ず嬉しいのはピアノが1790代のエラール製です。これが鄙びやかで優美な響きがします。
高音などスタンウェイのカキンと云う様なクリスタル感ではなく、円やかにコロンと云う感じ・・・
それでいてちゃんと粒立ちも決して甘くなく典雅に響いていました。
それに一般的なファゴットではなくバッソンが入っていて、これが又、鄙びた音・・・
時折吹き出されるシワガレ声の様な感じでべヒッなんて潰れたように拳を効かせられると、
もうゾクゾクする快感が背筋を走ります。

この辺はさすがにラトルの見識の高さ、ちゃんとフランス独特の古楽器を使っています。
もうフランスのオーケストラですら使われなくなった楽器を用い、もう今では聴けなくなってしまった
本来のフランス風の雰囲気を大いに楽しませてくれました。

さて今回ミュンヘンでの演奏会はハイドンの91番のシンフォニーから始まってシベリウスの
「レオンノタール」、リゲッティの良く分からない「マクベスの謎」と云う謎な曲と
シューマンの四つあるシンフォニーの中から最も地味な2番と盛り沢山でした。

ハイドンはもう定評がある処、生々としながらも端正な表現で彼には自然に合っているのでしょう。
シベリウスは初めて聴く曲でしたが、ちょっと神秘的でオドロオドロした所もあって良い曲でした。
彼はリゲッティも含め一般的には余り良く知れれていないけれど、興味深い曲をプログラムの
関連性やバランスを考慮しつつ積極的に取り上げ紹介する努力も怠っていないようです。

最後のシューマンはこの2日前に亡くなったヘンツェの為に捧げられました。
ちょっと暗くて纏まり難いこの曲を最後まで素晴らしい集中力をもって振り切りました。
楽団員も指揮者に引きずられるように、集中力を持続させ楽しんでいるように思えました。
特に弦楽軍から柔らかくて潤いに満ちた響きを引き出していた辺はさすがで、
こんな心地よい感じは昨シーズンのムーティ以来の出来事でした。

来年ウィーンの芸術週間にはベルリン・フィルを引き連れてマーラーの第二シンフォニーを
予定していますが、これは何としても行こうと目論んでいます。

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by Atelier-Onuki | 2012-11-08 23:41 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

コートールド美術館のセザンヌ

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アヌシー湖のタロアーへ行って以来、何時かはこのセザンヌの絵を見たいと思っていました。
セザンヌの絵は折に付け今まで結構見てきたつもりでしたが、この絵には出会った事がありませんでしたので、それではと調べてみると、ロンドンのコートールド美術館にある事が判明しました。
私はそれまでこの美術館の存在を知らなかったのですが、素晴らしい収集品が集まっているようで、この度ロンドンへ行く機会があったのを機に訪れてみました。

ここは現在キングス・カレッジに属しサマセット・ハウスという大きな建物の一角に美術館として併設されています。それに素晴らしいのは美術館と云うだけでなく、学科の一部となっていて美術史などの研究だけに留まらず、その保存方法や修復の研究にも役立っているそうです。
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中に入ると瀟洒な館と云う感じで、美術館としては小さいながら落ち着いた雰囲気です。
入ってすぐ右側の部屋には中世からルネッサンスの絵画や工芸品が非常にさり気なく展示されています。
奥の方にある半円型をした素敵な階段を上がったら、これも拍子が抜けるほどあっけなく、そのままにゴッホとゴーギャンの名作が目に飛び込んできます。

それにしてもこの美術館はまるでどこかの家庭で観ているのかと錯覚をするほど無防備で実に身近に飾られています。暖炉や素敵な調度品の上にも飾られていて、その調和は暖かい温もりを感じさせます。しかもガラスが入っていない額縁が結構存在しています。
これは鑑賞者にとってはとてもありがたい事で、画家の筆使いや息遣いが間近に迫ってきてドキドキ、ワクワクしながら観る事ができますが、万が一の事があったら…と思うと、とても心配になってきます。

次のちょっと大きな部屋にはマネの「草上の昼食」やモネの素敵な松の絵「アンチーヴ」、更にドガなどが展示されていて、ついついじっくりと観てしまい全然前へ進めません。それにしてもこの部屋の圧巻はマネが描いた「フォリー・ベルジュールのバー」でしょうか、それはそれは気合が入った力作で私の知る限りマネの最高傑作ではないでしょうか。
そしていよいよ一番奥の部屋、右角にもうこの部屋からチラチラとお目当ての絵が見えています。
はやる気持ちと後ろ髪を引かれる葛藤の中、意を決して歩を進めました。
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これです、それはセザンヌだけが6点ほど飾られた一部屋の、窓際の壁に静かに粛々と佇んでいました。
横幅80センチ位のそれ程大きな絵ではありませんが、堂々としていてズシッとした絵です。
やたらダイナミックに描かれた左側の大木を通してほぼ中央の浮島のように見える所にお城が描かれています。
これは前の文章でも書いたように実際よりも、ずっと近くに引き寄せられしっかりとした存在感を与えています。この辺もやはりこの画家の人並み外れた洞察力が伝わってきます。
画面上部のはみ出した所から始まり、斜め右へと力強く流れて行く木の枝葉は、同じリズム感で遠景の山肌へと受け継がれ、最後は左下の岸部で受け止められています。逆に湖面には写し出された山肌が正反対の方向にやや控えめながら描かれバランスを保っています。そして中央には湖に映るお城が強調して描かれよりその存在感を高めています。

全体にブルーと緑をふんだんに使用し寒色系の静かで落ち着きのある絵ですが、手前の木の幹からお城そして一番遠景の山肌の一部には暖色系の淡い色が程よく配色されてこの絵に暖か味を添えています。
その光の指す方向から多分朝日が差し込んでいるのでしょうね。
実際には白い壁のはずのお城や周りの建物にも、淡いコーラルレッドと赤でアクセントを付けるなんて・・・フ~ムとしばし感心の瞬間です。

私は風景画ではコローを始め、次に来る印象派の人達の数々が大好きなのですが、このセザンヌに関しては特に敬虔の念を持って襟を正しながら接しています。
絵に対して何時も真摯に取り組んでいるこの厳格な画家は、実直で人間的には不器用でありながら、ウワッ~羨ましいなぁと感嘆するほど大胆に筆を走らせている部分もあります。
それでいて何時も冷静で哲学的ですらあります。

例えばシスレーなどはもっと人間的で、とても好きな画家(ひょっとして一番)ですが、「ああここなんか苦労しているなぁ」とか、その筆使いから試行錯誤の跡が感じ取られとても親しみが伝わってきます。

その点、セザンヌの絵はいつもちょっと高い位置から距離をおいて、言葉少なに語りかけて来るようです。

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by Atelier-Onuki | 2012-11-07 01:35 | イギリス | Trackback | Comments(0)

アヌシー湖のセザンヌ

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サラサラと音を立てて霙が降る中このタロアーという村に向かったのは、もう何年前だったでしょうか。

この頃テレコムと云う4年に一度開催される大きなショーがジュネーヴでありまして、この準備のために出かけると2ヶ月程の長期の滞在になってしまっておりました。
会期が終わる頃には、もう身も心もボロボロに疲れ果ててしまっています。
そんな中、ジュネーヴからもそう遠くないこのアヌシーという街には、一抹の清涼剤のごとく癒しを与えてくれる存在として時々訪れていました。
静かで山々に囲まれた湖は近年の努力によってヨーロッパ随一の水質を取り戻しました。
それに加えフランス側ですので、ジュネーヴとは比較にならない程、食事が美味しくなります。

このタロアーはアヌシーの対岸に位置する静かで鄙びた村ですが、セザンヌが静養のため一時期滞在していたという事を聞いたので訪れてみました。
そこには彼が宿泊していた修道院を改装したホテルが現存しています。
聞くところによると今では何でもかのジャン・レノもすっかりここがお気に入りのようで、撮影が終わった後は必ずここで静養をするそうです。

セザンヌ自身はと云うと「多少の自然はあるが、若い女性旅行者のアルバムで見る風景と教えられてきたようなところ」と云っているように、それ程は気に入らなかった模様、エクスでの題材ほどのインスピレーションは受けなかったようで早くエクスに戻りたいとも漏らしていたそうです。

実際に絵葉書のような美しさなのですが、この「絵葉書のような」が問題で、
多くの画家がこのような風景や名所旧跡のモチーフをむしろ避けてきました。
アルルにおけるゴッホが一枚も闘牛場を描いていないように・・・
特にセザンヌは晩年になるに従い、興味を抱くモチーフが身近にある石切り場になったりで、木と岩だけの絵とか何の変哲もない対象から、とんでもない素敵な絵に仕上げています。
最後の方は印象派の生命みたいな光と影までも無視し始めて、単純に色と形の構成という域にまで達しています。
これはもう次にやってくる抽象画の先駆けではないでしょうか。
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風景画家にとって題材を見つけるのは一苦労で、中々理想的な風景には出会いません。
あちこちと歩き回っても全く興味が湧かなかったりする事もありますし、逆にパッ~とこれだと直感する時もあるのですが。(さすがフランスでは良くあります。)
モネのように描きたい理想的な対象を自宅の庭に作ってしまったのは例外中の例外で、大抵の画家は苦労をしていると思います。
実際に画家が描いた所に立ってその風景を見ても、普通の風景だったりする事がしばしば・・・ゴッホが描いた麦畑など全然うねってなどいなくて、とても平和で長閑な何処にでもありそうな田園が続いているだけです。
それをあんなに力強くうねって、情感がグワッ~と迫ってくる名画に仕上げるなんて、
これはもう画家の技量とセンスによるものでしかありません。
(尤も麦畑が光を浴びて黄金色に輝き、風がグワッ~っと揺り動かす瞬間もあるのですが)

さて、人気のない庭に出てセザンヌが描いていたと思われる場所に立ってみました。
中央のお城は絵に描かれているよりも遠くに感じられます。
背景の山には無数の木々が生えていますが、そこを彼は色の組み合わせと線だけで描いています。この実際の風景を簡素化しながらも、それらしく描くと云う行為がポイントでこれが中々難しくここも画家の技量が問われる処だと思います。
画面左側にドスンと描かれた幹は多分この木かなぁと思われるものがちゃんと健在しています。

それにしても人影がありません。シーズン・オフとは云え人の温もりを感じるのは
時々動いているホテルの従業員くらいです。
霧が立ち込めて山々をかき消しているようです。

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by Atelier-Onuki | 2012-11-05 22:43 | フランス | Trackback | Comments(0)