<   2013年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

オペラ・フェスティバルの開幕

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5月末からの日本旅行に始まってウィーンやら南ドイツやらへと出かけ、仕事もそこそこ忙しくて
疲れはピークの状態です。
そこに追い討ちを掛ける様にミュンヘンのオペラ・フェスティバルがいよいよ今日から始まります。
昨年に書面で申し込んでいた公演のチケットがドサット届きました。
勿論楽しみでもあるのですが、勉強する意味合いも半分兼ねていますので、
選んだ演目の中には長くてかなり厳しい内容の出し物まで含まれていて、唯でさえ
体力が必要ですが、相当覚悟をして行かなければなりません。
体力が衰えて来た最近はオペラへ行く事を、私は「業へ行く」と云うようになりました。
明日の「オランダ人」を皮切りに7月一杯まで毎週一本のペースで「業」をこなさなければなりません。
それでも出演者は普段の公演よりも人気のある人達が呼ばれていて指揮者では音楽監督の
ケント・ナガノを初め、メータやルイージ、ド・ビリーなど、歌手では今や人気絶頂のカウフマンを初め、
バルガスやハンプソン、ザイフェルト、グールドなど錚々たる顔ぶれです。
唯、昨年はグルベローヴァを初め、ネトレプコとかフレミングも出演していましたが、
今シーズンは女声歌手がちょっと小粒のようです。

それに今年はオペラ界の二大巨匠であるワグナーとヴェルディの生誕200年で、
当然ながらこの巨匠二人の作品が多く取り上げられます。
しかも明日の「オランダ人」が終わった後、オペラ前の広場で何と「ワグナーVS.ヴェルディ」と
題した催しが行われます。
そのため「オランダ人」は早く終了させるために休憩なしで2時間半ぶっ通しの上演で指揮者を始め
オーケストラや出演者、それに観客にも相当の体力勝負が強いられています。

先程オペラの前を通り掛かったらこの仮設ステージの仕込みをやっていました。
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ステージには多分ワグナーとヴェルディと思われる二体の大きな人形らしき物も置かれていて
これから建てるようです。
オーケストラ用のステージも対抗するように両脇の二箇所にセッティングされていました。
明日はどんな仕掛けなのか楽しみです。
歌劇場ファサードの円柱にも派手な布に包まれ、マキシミリアン通りには大きな旗が幾重にもなってはためいています。
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期間中はこの無事と成功を願ってミカエル教会でミサまで行われます。
これにはオペラのオーケストラやコーラスも参加しケント・ナガノの指揮でシューベルトのミサ曲を演奏しますが、入場は無料となっています。
そうそう二年前のあの東北大震災の折も彼らはこの教会でブラームスの「ドイチェス・レクイエム」をもって慈善演奏会を催してくれました。

さて、明日からの公演も楽しみですし、特にプリンツ・レーゲンテン・テアターで行われる
R.シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」は劇場が小さいのでステージも間近に迫り
さぞ臨場感に溢れる事でしょう。(室内楽的でそんなに迫力などない出し物ですが。・・・)
ルートビッヒ2世がワグナーの為に建てたこの劇場の建築スタイルはちょっとバイロイトの祝祭劇場にも似ていますが、
装飾の可愛いさを含めこちらの方が親しみを感じます。

唯、このオペラ・フェスティバルを迎えるにあたって厄介な問題は、既に3週間も前の演奏会だったのに
あの凄かったラトルのマーラーが頻繁に頭の中で鳴り響いている事です。
今の処、未だ違う音楽を受け付けられるかどうか心配です。


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by Atelier-Onuki | 2013-06-28 04:11 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

この週末は

今度の週末こそは家でボーッと過ごして体力の回復を図るぞっと目論んでいたのですが、
デュッセルの友人から電話が掛かってきて「今バイエルンに居るのだけど、週末飲みに来ない?」
とのこと、そう云えば4月にデュッセルで彼と飲んだ時にそんなことを言っていたなぁ~と思い出しました。

彼はコンピュータのシステム・エンジニアで私とは全く違う世界の人なのですが、飲むのと、
オネエチャンが好きと云う部分に関しては気が合うので良く飲みに出かけます。
当然、私のPCの面倒も見てくれているのですが、中々の業師でこちらの難しい要望にも
何とか解決をしてくれます。
それに彼は全く日本語が分からないのですが、日本語環境のPCですら、そのポジションで
判断をしたり「はい」とか「いいえ」などの簡単な文字などは絵として覚えています。
私のデスクトップの画面には“call-Kuhnel“と云う名の可愛い救急車のアイコンが粘りついていて、
何か問題が発生した場合はここから彼のPCと繋がりグイグイと私のPCに入り込んで問題を解決してくれます。

さて金曜の夕方ミュンヘンから南へ一時間ほど電車に揺られローゼンハイムに着きました。
ほどなくデュッセル・ナンバーの車で駅まで迎えに来てくれました。
そこから小一時間ほど更に南西へ向かいます。
そこは小さな村で、周りは牧草地に囲まれたおよそ12・3軒ほどの家しかない所で、
ホテルもこの一軒しかありません。
それでもどの家も大きくて庭も綺麗に手入れがされています。
このホテルには彼の両親が50年ほど前にタマタマ新聞広告を見てやって来たそうなのですが、
この田舎生活がすっかり気に入ったようで、それ以来毎年の様にここで休暇を過ごしてきたそうです。
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今回もお母さんはもう既に3週間も滞在をしているそうで、彼はその迎えを兼ねて最後の1週間
一緒に滞在しています。

当初は最終電車でミュンヘンへ戻ろうかとも思っていたのですが、もう私の部屋は抑えられていて
当然泊まって行く段取りになっていました。

いよいよ食事の時間となり大きな丸テーブルの席へと案内されました。
中庭もあってそこそこ大きなレストランですが、殆ど満席に近い状態です。
まぁ近くに何もないという理由もあるのでしょうが、ドイツ人は週末に家族で田舎のホテルへ行っては、
ワイワイと食事をするのが大好きで、このような光景を良く見かけます。

それにしても3人で食べるには大きすぎる席ですし、しかも3人が端っこに座るので、
「もうちょっと広がって座る?」と云った処、「イヤ未だ3人来る。」と云うのです。

程なくバラバラと集まり食事も始まりました。
まぁ知らない人達との食事は正直それほど面白くないのですが、食べ物の話や旅行の話など
たわいの無い話で終始過ごしました。
食後は消化の為とお決まりのシュナップス(焼酎)、一人がオゴリとして注文すると
又別の人が注文を、とそんなのを繰り返し、結局は色んな種類を5・6杯ほど頂きました。
もうすっかり酔っ払ってこの夜はぐっすりと眠りました。
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翌日はWendelsteinと云う山にも登りたかったそうですが、生憎怪しいお天気で山の上は
間違いなく雨と思われる黒い雲が低く垂れこめていました。
結局は諦めて山道をドライブしようと云うことになり、トロトロと出かけました。
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山は見えませんが気持ちの良い山道や長閑な田園風景の中、村から村へと走り、 
当初のお目当でもあったTatzelwurmと云う所にやって来ました。

ここも何もない所でホテルが2軒あるだけですが、滝が有名だそうでそこそこの人が来ています。
ホテルの脇を暫く登っていくと橋が掛かっていて、滝の音がザァザァと聞こえています。
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橋から滝壺を覗くとオッーと感嘆するほど深く、エメラルド・グリーンの水は綺麗でキラキラ輝いています。
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それに橋の反対側を見てみると何とこの滝は何段にもなっていて中々壮観な眺めです。
それに周りの渓谷は白っぽい色の岩なので更に水の色を引き立てています。
滝の上の方まで歩いて行きました。
そこにはとても穏やかで、ちょっと足を浸けてみたくなる様な小川が流れています。
でも危険、ほんの2・3m下から滝が落ちています。
さすがに「Lebensgefahr」{生命に関わる危険}の赤い看板がドンと設置されていました。
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ダラダラとしたドライブは続きとうとうKufsteinと言うオーストリアの街までやって来ました。
ここから迂回をしTierseeという湖に寄って別ルートで戻ることにしました。
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途中、昼食の時間になったのでSpitzingseeと云うドイツ側の湖で食事を、と云うことで
向かって行きましたが、途中で通行止めに・・・
見ると自転車レースの大会で交通規制をしています。
唯、さっきラジオのニュースで大きな大会に出ている選手たちは、大抵ドーピングをしていたと
報じていたので、ちょっと可笑しな気分になりました。

結局はBayrischzellと云う村でと云う事になりました。
ここからはBOB(この辺の山あいまで走っている鉄道)に乗れば一本で家に帰る事ができます。
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食事は又また典型的なバイエルン料理、彼も郷土料理を楽しみにしているので、
付き合うことになりました。
それにしても肉がメインでボリュームもたっぷりです。
一口二口は美味しいのですが、我々日本人にはやはり厳しい料理です。
彼らドイツ人にはとても美味しく感じられ、そんな料理ばかりでも満足なのでしょうが、
私にはかなりキツイ状況です。

まぁ景色は綺麗だったし楽しいドライブでしたが、食べるものに関してはツクヅク日本人で良かったなぁ
と改めて実感させられました。


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by Atelier-Onuki | 2013-06-24 01:58 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

久しぶりの週末


この数週間は日本やらウィーンやらで、五週間ぶりに我が家で迎える週末です。
疲れもピークでゆっくりと過ごしたい処ですが、そうも行かずひたすら片付けと掃除洗濯に勤しみました。
お天気もやっとミュンヘンらしい清々しい夏がやって来ました。
洗濯物の乾きも早いこと早いこと、今度はアイロンがけに追われる番ですがちょっとその気までは起こらず、ボチボチと構えている状態です。

日曜日は昨日ちょっと頑張ったので、折角お天気も良いし家にいるだけでは勿体無いので散歩に出かけました。
先週ウィーンではバラが見ごろでしたので、ここにもあるバラ園へと向かいました。

イザール川には大勢の人達が来ていて水辺で寝そべったり、バーベキューをしたりと思い思いに楽しんでいます。

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川沿いにあるこのバラ園は市が所有している園芸学校の一部で、広い庭園にはバラを初め色んな花々や野菜の菜園まであります。
それに柵で囲われた一角には毒性のある植物まで紹介しています。
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やはりお天気に誘われた多くの人々が芝生の上でノンビリと寝そべっていたり、椅子を思い思いの所に持ち出してくつろいでいます。
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肝心のバラはちょっと早かったようで、殆どは未だつぼみでこれからと云う感じです。
それにしても今年は花々の開花が遅れているようです。
それに考えたら街中はフラットなので気が付き難いのですが、標高が500mちょっとと意外と高いので、その影響もあるかも知れません。


ボーッと過ごした後、もう少々上流の方へ歩いて行きました。
ちょっと川を外れると鬱蒼とした木々に囲まれ何だか森へ迷い込んだような錯覚にさえ陥ります。

これらは市が保有管理していますが、これは市民にとって皆が共有する掛替えのない財産なのでしょうね。

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by Atelier-Onuki | 2013-06-19 05:01 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

ウィーンフィルの演奏会

今朝は11時からウィーン・フィルの演奏会があるので何時もより早く行動を起こして
会場のコンツェルト・ハウスへと向かいました。
ウィーン・フィルの定期演奏会は普段ですと会場はムジーク・フェラインなので、ちょっと気をつけないと
間違ってしまいそうです。
この芸術週間は隔年でこの二つの会場が担当するのですが、今年はコンツェルト・ハウスの担当、
開場100周年と云う記念すべき年と上手く重なっています。

今日の演目はブラームスの二重協奏曲とベルリオーズの幻想交響曲、途中カールス広場にある
ブラームスの像に挨拶をして向かいました。
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この人はこの広場を通ってムジーク・フェラインへ通っていた関係上、この場所に建てられたのでしょう、
石像になった今も頭を下げて考え込んでいるようです。

コンツェルト・ハウス前の広場には今度はベートーヴェンの像が建っています。
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実はこの像には思い出があって、いつも感慨深く眺めています。
それは大昔、まだ高校生だった頃に初めて買ったベートーヴェン交響曲全集の表紙を飾っていたのが
この像の横顔でした。
背景が木に覆われていたので私はてっきりどこか郊外の大きな公園かなぁと想像をしていたのですが、
初めて出会った時は「へぇ~これがあれか~」と大きな驚きと喜びを感じたものでした。
その全集はクリュイタンスがベルリン・フィルを振ったもので、全曲を初めて通して聴けた体験は印象も強く、今でも愛聴盤の一つです。

それにこの像がある広場にはギムナジウムと云って日本の高校にあたる学校が隣接しています。
ここはウィーンでも優秀な生徒が通う学校だそうで、卒業生にはなんと
シューベルトを初めホフマンやホフマンスタール、シュニッツラーなどの文豪も輩出しています。
なんでもシューベルト少年は数学なども優秀だったそうです。

ホールの前にはウィーン・フィルのメンバーもパラパラ出てきていて、知り合いと歓談をしています。
地元での演奏会はノンビリしたもので、こんな身近に楽団員がウロウロしている光景も珍しい事ではありません。
いよいよ最上階の席に辿り着いて開演を待ちました。
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最初の曲はブラームスの「バイオリンとチェロの為の二重協奏曲」、ブラームスはこのオーケストラ独特の
響きを念頭におきながら作曲をしたと云われていますが、
この柔らかくてコクがある響きはブラームスにピッタリで、特に渋くて深みのあるウィンナー・ホルンは
懐古的で彼の控えめなロマンチズムが良く伝わってきます。
もう静かで綿々と甘く歌う二楽章などウットリとする雰囲気です。
唯、ソリストが楽団員からの選抜だったので、大きく暴れるような事はなく、家庭的な範疇に収まった少々
こぢんまりと纏まった演奏となりました。
後半はベルリオーズの幻想交響曲で一楽章(夢・情熱)は落ち着いた雰囲気ながらも深みのある表現で、
集中力も素晴らしく最初から期待が湧いてきました。
二楽章(舞踏会)の甘いワルツなどこのオーケストラの柔らかい弦楽器群や木管にハープが絡んで
夢見心地です。
静かなコーラングレのバック・ステージとの掛け合いではじまる三楽章(野の風景)も遠近感が綺麗に
表現されシミジミと聴き惚れています。
そしてこの楽章フィナーレでは遠雷を表現するティンパニー2対が四人の奏者によって遠ざかって行く様を
表情豊かに奏されました。
そしてイヨイヨ目の覚めるような打楽器郡の連打で始まる四楽章(断頭台への行進)では金管郡も
待っていましたとばかりに大活躍です。

以前ラトルで聴いた時はこの辺からグジャグジャになったのですが、それはこのオケの金管楽器は
タイプが古くとても扱いにくい代物の上、さらにラトルの事ですから可能性のギリギリまで難しいことを要求していたのではと思われます。
(この人はオーケストラを全面的に信頼しているので、ギリギリまでのチャレンジをしていますが、
この時はちょっと失敗をしちゃったのですね。)

さすがにこの日はホルンなど一般的で扱い易いフレンチ・ホルンを入れていました。
そして大詰めの五楽章(魔女の夜宴の夢)へと突き進んで行きます。
ありとあらゆる楽器が乱舞するこの楽章には面白い仕掛けが満載で、教会の鐘とチューバ2本との
掛け合いや、その後すぐに奏される骸骨が踊って骨がカチャカチャ当たる様を表現したと云われる
バイオリンの弓を弦に叩きつけて弾く所など、ドンドン引き込まれて行きます。
そして思いっきり良くクレッシェンドをするフルートをきっかけに、金管の乱舞は激しさを増し
とうとう荒れ狂った宴はたけなわに達した所、ようやく最後の一撃で幕を閉じました。
これはこれは素晴らしい演奏ではなかったですか。・・・
この曲は人気曲なのでしばしば演奏会で取り上げられ、私も色んな演奏に接して来ましたが、
今日の演奏が多分ベストではなかったでしょうか。
素晴らしい集中力とパワーながらエレガントさからはみ出す事はありませんでした。

結局、最後の演奏会でもドップリと疲れてしまい、電車に乗るまでの間カフェ・セントラルでボーッと過ごしました。
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ここも一番好きなカフェで、そのちょっとイスラム風の内装は素晴らしく建物を見るだけでも行く価値があります。
この建物には、カフェ以外にも噴水のある素敵なアーケードや宴会場などがあり見所は一杯です。
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それにこのカフェは美味しい、コーヒーはもとよりケーキ類やちょっとした料理も一級品の味です。
最近はちょっと観光客が多く訪れるようになりましたが、未々素敵なカフェです。

予定の列車は結局ブタペストからの到着が二時間ほど遅れ、まだパッサウ経由の状態で
ミュンヘンに着いたのは10時半を回っていました。

短い時間でしたが中身が濃かった上に電車でも疲れ、いやはや本当にグッタリです。

そろそろ普段の生活に戻らなければ・・・

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by Atelier-Onuki | 2013-06-16 04:49 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ウィーンは

昨夜は充分寝たにも関わらず気だるさは相変わらず残っています。
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飽きもせず又Dommayerで朝食をと、行く途中に住んでいるT氏を誘って向かいました。



ホテル近くの停留所で路面電車を待っている間、脇にある気になっていた化石屋さんを覗いてみました。
それは古ぼけた汚い店なのですが、化石自体は中々の代物で立派なものを置いているし、
恐竜の骨まで雑然と展示しています。
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店自体は閉まったままで、営業時間を見てみると何と火曜と木曜の二日だけで、しかも午後2時から
6時までの4時間です。それにこの営業時間の上には7月1日まで休暇中と書いてあります。
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「一体、何時働くねん。!!」 と云いたいほど全くやる気なしです。

ウィーンは私にとって一番好きな街で、リタイアした暁にはまたこの街に住んでも良いかなぁと
漠然と考えた事もあったのですが、やはりここに住むと危険な匂いも感じてしまいます。
今いるミュンヘンでも保守的で時間が止まっているようなシーンも間々あるのですが、
ウィーンは時間が止まるどころか何だか引き戻されるような感覚に陥る事があります。
もしこの感覚にどっぷりと浸かってしまうと、昔の事ばかり考えて新しく何かを始めようなんて気には
なれないように思えます。
まぁ今のミュンヘンあたりが限界のような気がします。

それでもやはり音楽環境に関してはこれ以上の街はないでしょうし、カフェを初めとする文化の香りは
この街ならではのもので、独特の魅力を放っています。




気を取り直して今夜は思い切ってアーノンクールの演奏会へ行くぞと決めました。
当初は「チェネレントラ」を上演するオペラと迷ったのですが、オペラは又観る機会もあるだろうし、
やはりアーノンクールの演奏会は貴重で聴いておいた方が良いと判断しました。
唯、演目がバッハのコーヒー・カンタータを含む、いわゆる世俗カンタータ三曲で、
普段ほとんど馴染んでいない曲目でしたが、彼のバッハは間違いなく素晴らしいはずでイソイソと
会場のムジーク・フェラインへ向かいました。
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演奏に先立ちアーノンクールさんが喋りだしました。
「マイクが壊れてしまったので、地声で話しますが聞こえますか?」と気さくに話し出し
今日の演奏する順番を変えた旨と、簡単な楽曲の説明をしました。
この人は良く演奏の前に説明をしてくれます。
以前もハイドンの「太鼓連打」を聴いた時も解説をしてくれました。
それ程、彼の演奏は研究の成果なのですが、普通の演奏とは違って問題提起をする事もしばしばあります。

演奏はバリッと引き締まった素晴らしいもので、内容的にはちょっとした物語形式になっているので四人の歌手には簡単な演技が付けられています。
其々の役割に沿った衣装もつけているのですが、これはちょっとモダンな解釈であまり分かりませんでした。
最後の「満足せるエーオルス」と云うカンタータはトランペットや打楽器などを加えた大きな編成で、
一番楽しむ事ができましたが、やはり勉強不足の私にはちょっと勿体無い演奏会だったかも知れません。
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この日もたっぷりと勉強をさせてもらい、またもやグッタリです。
マタマタ飽きもせずにホテルに近い同じ店で一杯・・・いや三杯でした。

明日はいよいよウィーン・フィルの演奏会、今回の締めくくりです。


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by Atelier-Onuki | 2013-06-14 21:10 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

一夜が明けて

ラトルの演奏会から一夜があけ、未だ頭の中では至る所でマーラーの旋律が流れ、それも断片が
ゴジャゴジャと混ざりあったりしてパニック状態です。
もう虚脱感が漂い何もする気が起こらず、唯々この響きを留めておきたいなぁと漠然と思っているだけでした。
それに昨夜は遅くまでTさんと語り合ってしまったので、この気だるい感じに輪をかけていました。

とは言え厄介なことにお腹だけは空いて来て、まぁDommayer辺りなら気分転換になるかなと、
遅い朝食を取りにグダグダと出かけました。
ここはシェーンブリュンの先にあるHietzingと云う地区にあるカフェでヨハン・シュトラウスが
デビューした所として有名です。
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唯、彼がデビューしたカジノだった会場は戦争で焼けてしまったそうで、今は違う場所にあるのですが、
この名前だけが残りちゃんと入り口近くにはシュトラウスの胸像とその経緯が書かれています。

それにここにはとても気持ちの良い裏庭があって、お天気さえ良ければそこでの食事は至福の一時を持つ事ができます。
今はオバラという何とも日本っぽい名前のケーキ屋さんが経営するようになって、味もグット良くなりました。

朝食は6・7種類から選べますが、私の注文したPikanterと云うメニューは所謂ウインナーが四本に
充分なベーコンが添えられ、それに目玉焼きが二個も付いていてボリュームたっぷりです。
中にはシャンペン付きのメニューもあって「朝からシャンペンかい?」と思うのですが、
たまに飲んでいる人もいますからまぁまぁ一般的なのでしょうね。

ゆったりとした時間を過ごし、ブラブラとシェーンブリュンの庭を散歩する事にしました。
ここは広大な庭園なので朝食の消化をするには充分な距離です。

綺麗に刈り込まれたアーチ状の並木道、オットー・ワグナー設計で見事なガラス張りの
パルメン・ハウスを眺めながらノンビリと歩きました。
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途中のバラ園は丁度見ごろで見事なバラの数々を鑑賞することができました。
もうこの庭園に入るなりほのかにバラの香りが甘く漂っています。
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お天気も良かったので次から次からと観光客が訪れてきました。
お昼は又Tさんと約束していたのでちょっと急ぎ足でオペラまで向かいました。
シェーンブリュンへ向かう正面の通路にはこの宮殿を紹介した、何種類かのパネルが並木にそって
点在しているのですが、その中でもヨーゼフ二世を紹介しているパネルが傑作で、そこには彼は
毎日16時間、最後の日まで働いたとの明記されている横にまるで履歴書のように
フランツ・ヨーゼフ、職業:皇帝と書かれています。
そうあの「皇帝円舞曲」の皇帝で今なお国民から愛されているようです。
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Tさんとの昼食の後は連れ立って旧市街地をウロウロ散歩しました。
ステファンの裏手辺りに差し掛かった処で、ウィーンの事を良く知っている彼が解説をしてくれました。
何でもこの辺はあのフリーメイソンのウィーンに於ける本拠地だそうで、
あのモーツァルトが最後に住んだ家もこの地区にありました。
今はデパートになってしまいましたが、ちゃんとプレートも付いていて、
1849年まで建っていたこの家で1791年12月5日モーツァルトは亡くなりましたと
書いてあります。
どうもこの家もフリーメイソンから提供されていたそうです。
立派な門構えの家、大きい木の扉にはフリーメイソンを暗示させる模様の木組みが施され、
上部には今にも落ちそうな感じで石が吊り下げられていて、
彼らは石工であったことをここでも暗示しています。
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両サイドの上部にはこれまたフリーメイソン三つの誓いが、象徴的に施され如何にもと云う感じでした。
ふと向かいの建物を見ると又怪しげな本屋さんの看板が掛かっています。
「荒削りの石」と云う名の店で、しっかりとコンパスに角度定規のマークが印されていて、
「秘密を知るための」とサブタイトルまで書いてあります。
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恐る恐る覗いて見ることにしました。
店のウインドウにもそれらしき本だけでなく手袋や装飾品など、全てにこの印が施されています。
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店内の奥にはお爺さんがひっそりと一人で店番をしています。
あちこち見て回ってもお爺さんは無反応で静かに机に向かったままです。
Tさんは興味があるようで、とうとうお爺さんに質問をし始め、分かり易く書いてあると云う本を
何と二冊も買ってしまいました。
フリーメンソンの秘密についても質問をしていましたが、お爺さん曰く、内容にもよるらしいのですが
最初は秘密でも2・3年で公にするらしく、会員の名前などは明確に届出をしているそうです。
近くにある「ネコ・カフェ」に入って先程の本をパラパラ見せてもらいました。
著名な会員なども出ているのですが、ハイドンやなんとプッチーニも会員だったようです。
最終ページに出ている著者名Aさんを見てムッムッ・・・と。
さては先程の門構の家、隣の高そうな服屋、いやいやデパートの建物にもこのAさんの名前が
あちこちに付いていたのを思い出しました。

この辺界隈は多分このAさんが殆ど所有しているのでしょうね。
それもTさん曰く、この界隈は一区画に一軒だけと云う大きな建物だけです。
それも5・6階辺りには渡りブリッジが付いていて、隣との行き来ができるようになっています。
たっぷりと濃い内容の勉強をさせてもらったので、もうグッタリしてしまいました。
昨夜の疲れも加わって、もう何もする気力が起こりません。
オペラへも行こうかなぁと、何処かで思っていましたが何度か観た演目でもあったし、
この日はホテルの近くで一杯やってぐっすり眠ってしまいました。

明日はそろそろ行動を起こさなければ・・・

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by Atelier-Onuki | 2013-06-13 02:51 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ラトルのマーラー

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ミュンヘン発ブタペスト行きのRJ.レール・ジェットは、ほぼ定刻に出発をしたのですが、
先週来からの洪水に影響で、本来回るべきザルツブルク区間が不通のためパッサウ経由と
大きく迂回することになりました。
途中ドナウに差し掛かるとさすがこの辺も水浸しの家々があったりして、ドナウも溢れんばかりの勢いで
流れていました。
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それでも一時間遅れ位でウィーンの西駅に到着しました。
以前もこの列車で行ったことがあったのですが、その時は2等にあたるエコノミーだったので、
すごく混んでいて余り良い印象がありませんでした。
今回は余り料金に差がなかったので、思い切ってファーストの車両に乗ったのですが、
これが快適そのものでした。
しかも乗り込んだ車両はこれより上のカテゴリーになるビジネス・クラス(飛行機とは逆の料金体制)が
半分以上を占めているので、大抵の人は勘違いをして次にくっついている普通のファースト車両に
乗り込むので、この車両はガラガラ、結局ウィーンまでたった一人で占領していました。
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数年前に大改装された西駅は見違えるように綺麗なショッピング・モールになってしまいましたが、
一歩外へ出ると駅舎のファサードは昔のまま残してくれましたし、目前には相変わらずのろのろと
路面電車が動いていて、懐かしいウィーンの香りが一気に蘇ってきます。
遅いお昼を済ませ、ホテルへと直行、今夜の演奏会のために体力を整えました。

そう今夜は今年の芸術週間の目玉とも云える、サイモン・ラトルとベルリン・フィルによる
マーラーの2番の演奏会です。
これはもう2010年にベルリンで取り上げられ、その後今年はバーデン・バーデンでの演奏会が
あっただけで、このウィーンでの演奏会がおそらくこの曲を彼らの演奏で聴ける最後のチャンスだと思われます。
それに最大級のオーケストラ編成にコーラスとソリストまで付いていますから、そう頻繁に取り上げる事ができる演目ではありません。

なんでも12歳だったラトル氏がこの曲を聴いて指揮者になる事を切望したそうですし、
オーケストラもR.シュトラウスによる試演とマーラー自身の指揮による世界初演をしていますから、
お互いにこの曲へ寄せる思い入れは普通ではありません。

もう6時半ころにはイソイソ、ワクワクしながら会場へ向かいました。
もう大勢の人達が詰め掛けています。
バルコニーでは金管アンサンブルがファンファーレ的な曲を演奏していて、お祭り気分を盛り上げていました。
旧友のTさんも勢い良くやってきました。
さすが彼は真ん中の一番良い席を押さえています。
私も一番音の回りの良い席で聴きたかったものですが、「よし行こう!」と決断した時には残念ながら
もう一番前の席しか残っていませんでした。
一番前と云っても、大編成のため仮設のステージが前に張り出されていて、前から4・5列分の客席が
取り除かれ、私の席は仮設ステージをカバーしている暗幕に食い込む位に接近しています。
オーケストラが入場し、私の前には第二バイオリンでちょっと大柄な女性奏者の足がドンと、
手を伸ばせば届く距離に位置しました。
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ステージ上には合唱を含め溢れんばかりの奏者が並びました。
客席は半ば興奮気味のなか、颯爽とラトル氏が登場しました。
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暫く集中するための静寂のあと、勢いよくシャワシャワシャワとあのちょっと不穏なテーマが一糸乱れず
バイオリンのトレモロによって弾き出されました。
間髪を入れずにチェロとコントラバスが運命を暗示するかのように、ザバザバジャンと勢い良く
葬送のテーマが刻まれて行きます。その行進曲風のリズムにイングリッシュ・ホルンの奏でる
不安で意味ありげな旋律が乗っかり、木管軍そして金管の合奏へと受け継がれ最初の山場は直ぐに
やってきました。
もう音は溢れんばかりで、並みの演奏だとこんな大音量ではキツイ感じで煩く感じる事もあるのですが、
いやいや気持の良い事・・・もうウットリとして全身でこの音の洪水に身を委ねています。
もうこの辺りですっかり魅了されて無抵抗状態です。

それにしても月並みな表現ながら ウ マ イ ! の一言。
それに一音一音があくまでも音楽的な魅力に溢れ、
もう惚れ惚れして聴き入っているしか仕方がありません。
時折この至近距離から例の女性奏者が奏でる音が生で聴こえてくるのですが、これがまたウットリとするほど綺麗!
軽妙かつしなやかで濁りがなく、この甘い響きに唯々聴きほれているだけです。
こんなの耳元で囁かれたら、もう完全にノック・アウトです。
まぁそれにしても複雑に書いている曲で、同じパート内でもバラバラに演奏する部分がしばしばあるのですが、あるチェロの部分では弓で弾いている人と
ピチカートで伴奏をつけている人に分かれて、しかも其々がバラバラの旋律を弾いています。
もうスコアにはどう書かれているのでしょう。

曲はしなやかな表現の二楽章、そしてあの魚に説教をしたと云われる聖アントニウスの寓話を元にした
不思議なテーマの三楽章では打楽器、それもありとあらゆる種類が大活躍し不気味ながらも
面白さ満載な楽章を経て、アルト独唱が静かに歌いだす「原光」というテーマを持つ4楽章へ
厳かに進んでいきました。

そして思い切り良く切れ目がないまま五楽章へと突き進み、静かでまるでお経を聴いているような
合唱へと受け継がれます。
この部分録音ではアカペラかと思っていたのですが、ちゃんとチェロとコントラバスが静かに
トレモロで伴奏をつけています。
そして寸断するかのように突如現れる旋律から、ホルンがホールの外で吹く奏者との掛け合いは
遠近感が素晴らしく表現され、そして回想シーンだと思われる、これも舞台裏から聴こえてくる
軍楽隊と思しきバンダとの掛け合いは、更に不思議な立体感を与えていましす。

曲は再び静かな合唱に戻り混沌とした雰囲気でこれから迎えるフィナーレの準備をしています。
そしてソプラノとアルトが加わり、オーケストラも徐々に高揚していきます。
そして遂にこの曲復活のメイン・テーマと思しき旋律がホルンによって静かにそして希望の光が
見えるような感じで吹き出されます。
このシーンでは私の席からは見えなかったのですが、後でTさん曰く何と9人のホルン奏者が
立ち上がったそうです。
この辺は多分マーラーの事ですからちゃんとスコアに指示を書き込んでいるのでしょうね。
合唱は吹っ切れたように高らかに歌い出しました、鐘や壮大なオルガンの響きが鳴り渡り、
次第にクレッシェンドしてクライマックスへと突き進んで行きます。
絶頂に達したオーケストラは更に最大限にまで音量を上げ最後の一撃で全曲を閉じました。
まだ余韻の音がホール内を震わせている間、そのエネルギーを全身で受け止めている
私たち聴衆は唯あんぐりと口を開けたまま恍惚の状態でしばし身動き一つできませんでした。

ブラボー !!!

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by Atelier-Onuki | 2013-06-11 05:18 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

二週間の日本滞在

先日の日曜日に二週間の滞在を終えて日本からミュンヘンへ帰って来ました。

日本では大阪、兵庫、横浜、そして東京と懐かしい人達と再会する事ができて、連日に渡っての飲み会も楽しく大いに盛り上がりました。
当初は体が持つか心配をしていたのですが、思っていたよりも疲れも少なく時差ぼけもそれ程なくてホッとしています。

今回行こうと決めたのは高校の同窓会に初めて参加しようと思ったからでした。
卒業後45年も経っているそうで、面影が残っている人や、どう思い出そうとしても中々記憶が曖昧な人まで様々でしたが、
暫く話していると声は当然変らないし、性格や喋り方などはちっとも変っていないので何だか可笑しくなりました。

それに急遽決まった展覧会も無事にオープンする事ができました。
ちょっと離れた場所にあるにも関わらず何人もの知り合いの方々が訪れて下さり、懐かしい会話で楽しい時を過ごす事ができました。
この短い準備期間にも関わらずギャラリーのオーナーであるKさんには周到な準備をして頂きこの場をお借りしてお礼申し上げます。
展覧会は6月8日までの予定でしたが、何と翌9日にはピアノ・ソロのコンサート、そして13日はフルート、
バイオリン、ピアノによるコンサートまで催して頂く予定で絵はそのままこの日まで展示されているそうです。

大阪での初日は幼馴染のK君、(フェスティバル・ホールでの項で出てきた人)との痛飲から始まりました。
私は彼から大いに音楽的な影響を受けたと思っているのですが、彼曰く最初は私の方から影響を受けたと云うのです。
それは家にあった古いモノラルの装置で、これはインテリア・デザイナーであった叔父が自分で設計した箱に入ったガラードのプレイヤーや
バカみたいに大きかったグッドマンのスピーカーに興味を持ったからだそうです。
いや何とも話して見なければ分からないものですね。
その彼には年上ながら義理の弟がいて、しかもチャイコフスキー・コンクールのチェロ部門で優勝した唯一のアメリカ人と云う凄い人、
なんでも山梨に住んでいるそうで今度じっくり聴いてみたいなぁと思っています。

同窓会を控えた前日、突然ムサビ時代の後輩であるYちゃんから連絡が入りました。
2年ほど前に東京から大阪へと戻ってきたそうで、それではと同窓会の後に無理やり予定を突っ込みました。
楽しい昔話のなかでも面白かったのは、大阪にある下駄屋で大のヨーロピアン・ジャズのファンがいるそうで、
とうとうこの人は趣味の世界をはみ出し、何と録音の版権を得て自らのレーベルを立ち上げたそうです。
一軒普通の履物屋さんなのですが、奥へ入るとズラーとマニアックなCDが並んでいるそうです。
昔ジャズ・シンガーもやっていたYちゃんは、このオジサンに気にいられたようで、
どれでも視聴して良いよと気さくに言ってくれたそうです。
そう意外とヨーロッパでもジャズは人気があって、特にパリやベルリン、ケルンなど盛んにジャズを演奏しています。
私も一度この下駄屋さんを訪ねてみたいものです。

横浜では義理の弟夫妻とウィーン時代の旧友Aさん夫妻と盛り上がりました。
このAさんが快く私をウィーンへ受け入れてくれたお陰で今日があるような物で、
私のヨーロッパ生活の第一歩を踏み出す事ができました。
夫人の方はやはりムサビ出身で(実は琉球王家の末裔)、その後ウィーンのアカデミーで舞台美術を勉強した人です。
その師事していた教授はペンテリアル・デシラスと云う舞台美術家で、
ウィーンにある四つの国立劇場全ての美術総監督と云う立場の人です。
国立歌劇場が来日し、日本で舞台を製作する際には必ず彼も来日されているのですが、
なんとこの義理の弟の奥方が通訳として参加していたそうで、しかも日本側で受けているK君も
ムサビ出身で、なんとも世の中狭いとつくづく感じさせられました。

東京ではあのドロミテの項目で、最後の急斜面で動けなくなったY君、すなわち○ちゃんご一家とも再会し、
また行こうと約束していたドロミテ、その内にでは中々事は決まらないので、
はっきりと2年後の2015年の3月にボルツァーノの駅前で再会と云う事になりました。
もう今からワクワクして楽しみです。

その後、ムサビ後輩達との同窓会も皆気持ちが変らず元気で大いに盛り上がり、
二次会そして一部の男連中との三次会と流れて行きました。

越生でのテニスも出来たし、全ての日程を予定通りにこなす事が出来ました。

明日はいよいよウィーンでラトル、ベルリン・フィルによるマーラーの2番、もう今からワクワクしています。
この曲はきっと目にジーンとくる箇所が随所にあるので、
厚手のティッシュをポケットに忍ばせて行かなければなりません。
土日はオペラやウィーン・フィルの演奏会にも行く予定ですが、今はマーラーが余りにも大きな存在なので
今の処は未だオマケ的な感じと贅沢な事を思っています。

by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2013-06-06 03:04 | 日本 | Trackback | Comments(4)