<   2013年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

快晴の土曜日は

明けて土曜日の朝は快晴です。
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こんな日はこの国では太陽を思いっきり浴びなくてはなりません。
冬場は殆ど太陽が出ないのでこの時とばかりドイツ人の殆どの人達は日光浴に出かけます。
今の内に一杯太陽の光を浴びてビタミンを補給しておかなければカッケに掛かる危険性があるそうです。

最寄りの駅から山方面を目指してBOBに乗り込みましたが、案の定もう超満員の状態です。
この路線は大好きなのですが、週末は座れない事を覚悟の上です。
小一時間ほどで途中のシリアー湖に着きました。
ここで大勢の乗客が降りるのでここからは座れるのですが、今日はたった一駅先に行くだけです。
それでも湖沿いに走る車窓からの眺めは気持ちの良い風景です。

一駅先のFischhausenからは乗り合いバスでシュピッツィング湖まで向かいますがこれも勾配が結構キツイ坂道を登り、
途中シリアー湖を上から眺めながら登って行きます。
このシュピッツィング湖の周辺の散歩も心地良いですし、ロープ・ウェイやリフトに乗って結構本格的な山にも登る事もできます。
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湖畔にはもう大勢の人が水遊びをしたり芝生に寝そべったりとノンビリ楽しんでいます。
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これから暫くバスに乗ることになりますので、取りあえずはゆっくりと朝食をとることにしました。

今日の目的はここから更に一日に二本だけ運行しているバスに乗って山を半周しテーゲルン湖までのルートを楽しむ事でした。
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これは数年前に停留所に付いていた時刻表で偶然見つけて試しに乗ってみたのですが、とても心地よいルートだったので又乗りたかったからです。
そのルートはハイキングとサイクリング用の細い道で、車を制限するために有料道路になっています。
その為バスもこの区間は追加で別料金を徴収するのですが、これがたったの50セントと可愛いものです。
バスは一台通るのにギリギリの細い道を渓流に沿ってドンドン南下して行きます。
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最初は小川らしい小川が見え隠れする草原を走り、次第に森へと入り、途中には渓谷もあってバラエティに富んだ景色を楽しむ事ができます。
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バスは殆ど貸しきり状態ですが、一番南のValeppと云う所はハイキング・コースか山小屋があるらしくここで降りる人もパラパラと居ます。
もう歩いても直ぐオーストリアと云う所まで来ました。
ここから今度は別の川を上流に向かって北上します。
途中、バスはテーゲルン湖方面から来ているバスに乗り換えです。
湖の南側、旧市街地で下車、ここからブラブラと湖畔を散歩しましたが、湖畔沿いの公園やホテルには花も一杯植えられていて、
雰囲気も明るくこの街の豊かさも感じられました。
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遅い昼食を取って、この夜はメータのオープン・エアでの演奏会があるので早めに帰路に付きました。
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テーゲルンは始発駅なので座る事ができたのですが、結局はまた超満員の状態になりました。
その上にもう酔っ払ってノリノリ状態の若者グループも、これが途中からギターを伴奏に皆で歌いだす有様で車内はえらく賑やかな事になりました。
他の乗客も疲れていて嫌なはずなのに、結構な年配の人達まで含めて段々とこれにノリ出して一緒に歌いだす人達もチラホラ・・・
ありゃ~こりゃダメだと諦めてフテネをしていました。

もう家に着くとグッタリ・・・ヌルイお風呂に入って、ビールを飲んだら、もうメータはドンドンと遥か彼方まで遠のいてしまいました。


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by Atelier-Onuki | 2013-07-30 23:21 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

「ボリス・ゴドゥノフ」の公演から

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先週末の金曜日、何時もですとやっと週末を迎えるのでちょっと嬉しい気分になるのですが、この日は少し気が重く感じていました。

と云うのもこの夜はあの暗くて重い内容の「ボリス・ゴドゥノフ」の公演が控えていたからです。
しかも開演が20時からと遅い上に休憩もありません。

だったら行かなければ良いのですが、この公演が私にとってケント・ナガノをこの歌劇場で聴ける最後のチャンスだったからです。
ここ数年、順調に彼の業績も上がって来て、これからと云う矢先の一昨年、ここの支配人と意見が合わず任期を延長せず辞任する事になってしまいました。
秋からはPetrenkoと云う新任の音楽監督になりますが、未だ一度も聴いた事がないので何とも言えませんし、
折角良い感じになって来たケント・ナガノが去って行くのは寂しい限りです。

さてこの夜の公演は“Oper für Alle”(全ての人にオペラを)のモットーの元オペラ前の広場には大型スクリーンのパブリック・ヴューが設置されています。
開演30分も前には既に大勢の人で埋め尽くされていましたが、慣れている人達は石畳の上に大きなマットレスを敷いて、
中にはバスケットに飲み物や食べ物を一杯詰め込んでいてまるでピクニック気分です。
それにしてはもうちょっと楽しめるオペラを選んで欲しかった処です。
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会場内も満席の中、ケント・ナガノの指揮は引き締まった演奏で始まりました。
キビキビと音楽を進めながらも指揮ぶりは丁寧な表現です。
それに歌手への指示も的確そのもので豊かな歌劇場での経験を感じさせます。

史実を元に書かれたこのオペラの冒頭は誰が皇帝に決まるのかを知る為に民衆がクレムリン広場へワラワラと集まってくるシーンですが、
迷彩服に身を包んだ機動隊をイメージさせる兵士達によって制圧されています。
彼らはプラカードを手にしてまるでデモ隊の様相です。
このプラカードを途中で掲げた処、プーチンを初めそこには主要各国の大統領や首相の肖像写真が、
日本の安部首相まであってちょっと笑いだしそうです。
恐らくイコンの代わりとして現代風にアレンジしています。
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気が付けば舞台奥からはゆっくりと戦艦か工場かを思わせるような無機質で巨大な造形物が静かに迫上がってきました。
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これはクレムリン宮殿の代わりなのでしょうが、何ともSF映画を見ているようです。
このオペラで唯一華やかなボリスの戴冠シーンでもこの無機質な造形物の甲板と思しき所で行われます。
この造形物は舞台上を縦横無尽に動いたり、大きな壁面が開いて室内のシーンを作ったりと終始各シーンを演出しています。
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オペラ中盤でのまたこのデモ隊が集まって来て抗議行動を起こすシーンなどは、
城壁に見立てた装置をめがけて何本もの火炎瓶が投げ込まれますが、
こんなのあり?? と思うほどこれでもかと一杯投げ込まれます。
まぁ劇場は耐火構造なので生火を使うシーンは良く見てきましたが、こんなに激しく使ったシーンは初めてでちょっと心配になるほどでした。
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全体としてはボリスを初め歌手も良く歌っていましたし、終始緊張感を切らさず纏め上げたケント・ナガノの指揮も賞賛に値しました。

終演後、出演者は劇場前の階段まで出てきて、屋外の観客にカーテンコールの挨拶をしていました。
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この“Oper für Alle”の催しは土曜日もあって、今度はメータがヴェルディのレクイエムを指揮するので、これも聴きに来る積りだったのですが、
土曜日のお天気が余りにも良くてツイツイ遠出をしてしまい、疲れ果てた体はもうビールを飲む力位しか残っていませんでした。


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by Atelier-Onuki | 2013-07-30 19:04 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

「リゴレット」の公演から

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先日の土曜日はバイエルン国立歌劇場の今シーズン・プレミエの一つ「リゴレット」の公演でした。

このオペラは学生時代、卒業制作の題材に選んだ程で思い入れが強い作品です。
これにはある仕事上の事情があってやむなくこれを選んだのですが、長い話になりそうなのでこれは又何処か違う機会にと云う事に致します。

とは言え昔から大好きな作品で、ヴィクトル・ユーゴ原作の物語は起承転結がはっきりしているし、何といっても音楽が素晴らしく、
簡素な構成の中にも活々としたリズムが弾み思わず口ずさむでしまうほど親しみやすく、
叙情的な所からドラマチックな部分までバラエティにも富んでいて最後まで聴き所満載のオペラです。

最終幕でのマントヴァ公のアリア- 風の中の羽根のようにーで始まる「女心の歌」は特に有名で広く知られています。
このアリアが絶対にヒットをする事を確信していたヴェルディは初演をする前に盗作、発表をされるのを恐れて練習の期間中は一部の人にしか見せなったそうで、
オーケストラへも初日の数時間前になってやっと渡したと伝えられています。
事実このアリアは大ヒットでフェニーチェ座での初日が終わったその日の内にヴェニスのゴンドラ漕ぎの大半がこのアリアを口ずさんでいたとの噂も残っています。

それに、この歌に続く四重唱も名作で室内のマントヴァ公とマッダレーナ、そして屋外のリゴレットとジルダの四人が対比するように其々の心境を歌いながらも
一つのハーモニーとして絡み合って行きます。
当初このオペラ化に難色を示していたユーゴも後年パリで観る機会があった折に、この部分にはいたく感心をし、「文章では一行で一つの事しか言えないけれど、
オペラでは四つの心情が同時に進行させる事ができる。」と羨ましがったそうです。

オペラでは原作のフランソワ1世が検閲を間逃れる為、マントヴァ公ゴンザーガの設定に変更されていますが、このイタリアでマントヴァ公が悪役なのに
良く許可が下りたなぁと不思議に思います。
それに何といっても、あのモンテヴェルディの擁護者で歴史上それ程悪い事をしていないと思われるゴンザーガさんが気の毒です。

一度このゴンザーガさんの街中にあるお城ドゥカーレ宮殿を訪ねたことがあったのですが、中世風の立派なお城でした。
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リゴレットの家もお城の向かいであっけに取られるほど目の前の角に建っていて、中庭には小ぶりながらちゃんとリゴレットの像も立っています。
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終幕でのスパラフチーレの宿屋なると云うのも存在するらしいのですが、これは見付かりませんでしたし、ミンチョ川なるもは長細い二つの湖が
橋をはさんで城の裏側に横たわっていて地図で見ない限り川とは判別できませんでした。
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まぁ元来架空の話ですのでこれらの設定はどうでも良いのですが、ちょっと想像を膨らませて雰囲気を味わうのも面白いものです。

さて、肝心の公演は演出がシリングというハンガリー人で演劇畑の演出家らしく、ちょっと問題を提起したような内容です。
幕が上がると大きなひな壇が舞台全体を占めていて、ザット200人位いるかと思われる群集がこれに座っています。(端っこの半分位はマネキンだと思いますが)

彼らは全員白い仮面をつけていて衣装も現代風で皆な麻かなんかの素材で微かな色の違いで統一されています。
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登場人物もその群集の中から浮き上がるように立ち上がって、次から次からとステージ上へ下りてきます。
ははぁ~これはどうもリゴレットを初め登場人物は何処にでもいる群集の中から誰にでも起こりそうな状況を暗示しているかのように思えました。

ひな壇の真ん中がバリッと開いて今度はマントヴァ公に娘を奪われたモンテローネ伯爵が抗議をする為、厳かに登場しますが、
彼だけがマスクと手袋が黒で明確に他との対比をなしています。
それはこのオペラ全体のテーマとなる「呪い」を象徴しているようで、彼をからかったリゴレットに対し強烈に呪いをかけます。
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そして家路につくリゴレットの前に何とも唐突に殺し屋のスパラフチーレが大きな車輪を付けた車椅子を押しながら現れますが、これが後でキャスティングを見た処、
先程強烈な「呪い」をリゴレットに掛け、そしてもう直ぐ処刑されるはずのモンテローネ伯爵の化身なのです。

家に着いたリゴレットを迎える娘のジルダはジーンズ姿のラフな格好、リゴレットも最初からサラリーマン風のスーツ姿で何だかちょっと問題を抱えた
何処にでもありそうな一般家庭を思わせます。
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続いて登場した乳母のジョバンナ、普通はそれなりの歳をとった役柄で、結局はお金を伯爵から貰って密会の手助けをするので信用ならないのですが、
この日登場して来たジョバンナはエッこれって乳母??と思うほど若い上に色っぽく、大きなお胸を誇示するように胸元が大きく開いたタンクトップ姿です。
しかも全くやる気がなく反抗的な態度・・・
これも最終幕で判明するのですが、何とこの場面では殺し屋の妹マッダレーナとしてお色気は更にバージョン・アップして登場してきます。
伯爵は既に二幕も前でこの若き乳母とも関係があったのでしょうか・・・
何ともこの辺の演出意図は私には難解で演出家に訊くしかないのか考え過ぎか?
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最終幕、スパラフチーレの居酒屋も普通は屋内と戸外に分かれた舞台が一般的ですが、ここでも大階段が分かれて登場し群衆も座っています。
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例の四重唱も壁を隔てるにも壁がなく、ステージ前方のプロンプター・ボックスまで四人とも出てきてシンメトリの構図にはなっていましたが至近距離で歌っていました。
それていよいよジルダが旅姿の男装で現れるシーンも、純白のウエディング・ドレスを思わせる衣装です。
殺害シーンも殺し屋が押してきた車椅子に腰掛けおもむろに黒のマスクを付けます。そしてマッダレーナがバケツに入っていた黒い液体をドレスに振り掛け殺害を暗示させていました。
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このシーン普通は殺害したジルダを袋に詰め川原まで運ばなくてはならないので、演技的に時間も掛かりその間歌う事が出来なのですが、
さすがヴェルディさんこの辺は劇場人として芝居をちゃんと心得ていて、その間26小節もの間オーケストラをドラマチックに鳴り響かせ緊張感を保つように配慮されています。

この身代わりになったジルダには観客の同情が集まりますが、私にはどうもしっくりしない気持ちになります。
若気の至りと云ってしまえばそれなりですが、どうもマントヴァ公が偽っていた幻の学生との恋に恋をしたのかなぁ~。・・・

私としては一人の父親としてリゴレットが可哀想でなりません。

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by Atelier-Onuki | 2013-07-23 19:42 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

「春の祭典」初演100周年に思うこと

このストラヴィンスキー作曲によるバレエ「春の祭典」は1913年5月29日にパリのシャンゼリゼ劇場で
杮落としの公演として上演されました。
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と云う事でこの文章を書くにはタイミングを完全に外してしまっていてタイムリーではないのですが
偶々この事を書いたサイトを先程見て思い出した次第です。

初演当日はこの原始的かつ画期的なモダン・バレエを巡って会場は大騒ぎになり収拾がつかなくなった
話は有名で、それが第一次大戦の開戦前日であった事も良く知られています。

会場にはサン・サーンスを初めドビュッシー(牧神の午後も上演したので当然か)やラヴェルも
臨席していたそうで、その光景はバレエ以上に見てみたかったものです。

この初演の振り付けはニジンスキーが担当したそうですが、振り付け師としては初めての仕事で
不慣れな上にそれ程上手な振り付けではなかったそうです。
その後、上演回数も少なく彼のオリジナル振り付けは忘れられて行き、ベジャールを初め
幾つものバージョンで上演されてきましたが、
近年オリジナル・バージョンの研究が進み現在バスティーユのパリ・オペラなどでも又、
この初演版の上演がされています。

私が初めてこの曲を聴いたのは高校生の時で例の幼馴染K君が面白いレコードが届いたので
聴きに来ないと誘ってくれました。
それは会員制のコンサートホール・ソサエティと云うレコード会社から送られて来た一枚で
ブーレーズがフランス国立放送管弦楽団を指揮したものでした。
何でもACCとかADFとかフランスのレコード賞を二つも取った話題盤だそうで、ジャケットには
金だったか銀だっかの、それら賞のシールが誇らしげにベッと貼られていたような気がします。
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私にはストラヴィンスキー(最初は長い名前で読めなかった)も初めて聞く名前だし、
これがデヴュー盤だったブーレーズなんて指揮者(元来は作曲家)も全く知りませんでした。
(日本以外ではブーレーッと云わないと分かってくれません)

奇妙なファゴットの音で始まるこの曲は驚きの連続です。
今だからこそ想像がつくのですが多分初演やこのレコードでもフランス独自の
バッソンを吹いているのではないでしょうか。・・・
続いて現れる春のきざしと云われる部分では弦がチャチャチャチャと刻むのですが、
この時は何の楽器かさっぱり分からず何だか時計がカチャカチャ鳴っているように思っていました。
激しいリズムに奇妙な響き、打楽器や金管楽器が鳴り叫び訳の分からないまま終わってしまった
という印象でした。

その後、ほぼ同じ頃ディズニー製作の「ファンタジア」が再演され見にいきましたが、
その中でもこの曲が出てきて結構長い時間を割いていました。
恐竜が誕生したり異常気象で逃げ回ったあと結局は絶滅してしまう? だったかの曖昧な記憶です。
ただ、こんなモダンな曲で当時は未だ殆ど知られていなかったのに、アニメーションに登用させるなんて
やはりディズニーさんには先見の明があったのでしょうね。

70年代に入るとこのブーレーズ二度目の録音を始め次々と新しい話題盤が発売され
録音の優秀さも手伝って音楽ファンのみならずオーディオ・ファンの間でもちょっとしたブームになりました。
演奏会でもこの難しい曲は段々とこなれて行き、オーケストラの技術力を誇示するかの様に
頻繁に取り上げられるようになりました。
もう今日では、これを古典音楽と呼ぶ人達も居るほどです。

そんな訳で聴く機会も多かったのですが、強烈に印象に残っているのがもう30年ほど前に
小澤先生がウィーン・フィルと共演した演奏でした。
それはムジーク・フェラインのサイドにあるロージェと云われる一段高い所でとても音の回りが良い席で聴きました。
朝11時からの演奏会はドビュッシーの「牧神の午後」から始まり、外光が差し込んで来て
もううっとりと夢見心地の世界でした。

休憩後に演奏されたこの曲もそれはそれはバリッと引き締まった演奏で音楽的にも味わい豊か、
丁寧な表現は荒々しさとは無縁の素晴らしい演奏でした。
終演後は割れんばかりの喝采で、隣の席に座っていた上品そうなご婦人もちょっと興奮気味に
拍手を送っています。
同じ日本人である私を見つけると「もう素晴らしい演奏だった!!」と握手を求めてきました。
と、ここまでは良かったのですが、続いて「彼は良~く、西洋音楽を勉強なさっている。」
とちょっと上目目線の発言・・・これにはムッと来て握っていた手を思わず離してしまった事を覚えています。

何時ぞや何処かの本の中にニューヨークで客死したストラヴィンスキーが、
経っての願いでヴェニスにある墓地に埋葬されたと読んだ事がありました。
へぇニューヨークからヴェニスへ・・・ロマンティックだなぁと、その時は思った位でした。

それから何年も経ちヴェニスへ行く機会があった折に、その事をフッと思い出して「よし行って見よう」と思い立ちました。
水上バスいわゆるヴァボレットの停留所から、お墓のあるサン・ミケーレ島が見えています。
ヴェネツィアン・ガラスで有名なムラーノ島へ行く途中、この島に立ち寄るのですが、
このお墓だけの島は城壁のように高いレンガ作りの壁で覆われています。
誰もいない寂しい波止場で下りると直ぐに門があっていきなり墓地へと入ってしまいます。
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ここは島なので広さには制限があり、半分位はまるで団地のように引き出し状のお墓が沢山並んでいます。
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それに花飾りが派手なこと、良く見ると殆どが造花で飾られています。
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著名人も多く埋葬されているようで入り口には案内の看板が取り付けられていました。
ストラヴィンスキーは~と探していると、エッ、あのディアギレフ(バレエ・リュスの創始者)も
ここに眠っている・・・知らなかった!!

案内板の通り奥の方まで歩いて行くとありました、ありました壁沿いにストラヴィンスキーのお墓が、
隣には奥方ヴェラさんのお墓も。・・・
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そして塔を挟んでほんの十数メートル先にはやはり壁沿いにディアギレフが・・・
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このちょっと洋風灯篭のような形をしたお墓には彼の肖像写真と幾つものトゥシューズが
置かれていますが、これらは未だ最近置かれたかと思われる状態で、
バレエの関係者からは未だに慕われているのだなぁと感慨深く思いを巡らせていました。
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バレエの世界では大抵の男性方がそうである様に、ディアギレフさんもアッチ系の方である事は
良く知られていますが、このヴェニスに埋葬されるのを懇願したストラヴィンスキーさんも・・・
エッひょっとして・・・まさか?
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いや何の確証もありませんし、あの分厚い眼鏡を頭の方にずらした厳つい肖像写真からは
全く想像がつきません。


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by Atelier-Onuki | 2013-07-20 23:51 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

上野の国立西洋美術館を訪ねて

今年の五月に東京へ行った折、久しぶりに上野の西洋美術館を訪れました。

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もう、何十年前になるでしょうか、私が初めてここを訪れたのは高3の夏休みで、
それは高円寺にあるちょっと有名なデッサン教室へ一月間通っていた時でした。

この頃は未だ見るもの全てが物珍しくこのモダンなル・コルビュジエ設計の建物は新鮮で、前庭に展示されているロダンの彫刻と共に深く印象に残りました。
その後、学生時代からこの前に立っている文化会館へ仕事で足繁く通うことになろうとは、その時には全く想像も付きませんでした。

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当日はラファエロの特別展を開催していたのでチケット売り場には長蛇の列ができていました。
私は常設展だけを観たかったのですが、窓口は特別展も同じでこの長い列に加わらなければなりませんでした。

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この美術館は松方コレクションを中心に展示がされているのは有名な処ですが、
第一次大戦で大儲けをした時代に予算に糸目をつけず収集をしているので、
美術史上を代表するような凄い名作の数々が展示されていて驚かさせられます。

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中でも印象派の絵画がコレクションの中心を占めていますが、特にモネの作品など未だ健在だったモネの自宅まで行って買い付けている程で、
ここのコレクション全体の中でも質、量共に最大の規模でしょう。

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「睡蓮」は元より「舟遊び」や「雪のアルジャントゥイユ」など名作の数々をたっぷりと味わうことができます。

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それらは彼自身が気に入って自宅に飾っていた作品の数々を渋々譲ってくれるまで交渉を重ねたそうです。

大原美術館にある「睡蓮」などの購入交渉をした児島虎次郎さんもそうですが、当時すでに巨匠中の巨匠であったモネさんを相手に、
巨匠の言いなりには従わず本当に欲しい絵が手に入るまで粘り強い交渉が出来たなんて、
この時代の日本人の凄い気概と見識の高さにはつくづく感心させられます。

パリのロダン美術館や郊外の農家で保管されていたこれらのコレクションは、
第二次大戦後フランス政府によって没収されていましたが、これも粘り強い交渉を重ねて遂には日本へ帰属されることになりました。
一点ゴッホの「アルルの寝室」(三作目)は頑として認められず残念ですが、今オルセー美術館での展示もその場所が良く似合っているようです。

これら先人の並々ならぬ努力のお陰で今日我々の目を楽しませてくれたり、何よりも大いに勉強させてもらえるのはとてもありがたい事です。

45年前初めて見た少年の目にも新鮮な感動を与えてくれましたが、こうして歳を重ね多くの名画を見てきた今も新鮮な感動を覚えました。
この美術館には愛すべき有数の名品が揃っていて世界的にも立派に誇れる美術館だと再認識しました。


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by Atelier-Onuki | 2013-07-18 21:48 | 日本 | Trackback | Comments(0)

リヒァルト・シュトラウスのお墓詣で

一夜が空け、早い朝食を取ってイザお墓参りにと出発をしました。

と云ってもこの街には墓地が二箇所あって、どっちの墓地にシュトラウスさんが眠っているのか分かりませんでした。
インターネットで調べてもどの墓地なのか明確に書いている物がありませんでしたので、取りあえずはツーリスト・インフォへ行って尋ねることにしました。

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係りの女性に訊いた処、彼女も知らないらしく隣にいる年配の係りに尋ねてくれました。(もっともこの方も年配でしたが・・・)
やっとのことガルミッシュ墓地に存在する事が判明し街を抜け北側にある墓地へと向かって行きました。

途中は長閑な牧草地に干草を保管する小屋が点在していてとても気持ちの良い田園風景です。

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木造の橋を超えお目当ての墓地はもう直ぐです。

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途中アメリカ軍の兵舎に差し掛かるともう墓地らしき建物が見えています。
それにしてもちょっと広大な墓地でこれは闇雲に探しても見付からないだろうと思ったので、偶々墓地を歩いていたお爺さんに尋ねましたが、この人が又良く尋ねられるらしく、
詳しく教えてくれました。
「アメリカ人、中国人、韓国人、それに日本人も皆同じ質問で、シュトラウスのお墓は何処か?と、それにトイレの場所も・・・と」冗談交じりに話していました。
お陰でちょっと奥の壁際にあったお墓は迷わず見つける事ができました。
やはりお墓の事はお年寄りに尋ねるのが一番です。

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山をバックに立っているこのお墓は立派な佇まいで、お花も綺麗に手入れが行き届いています。
ここには作曲家としては珍しく奥方は元より、息子さん夫妻、そしてお孫さんご夫妻も一緒に葬られていました。
石版の両側は金物の装飾が施されていますが、左側には彼の代表作である「薔薇の騎士」から二幕目オクタビアン登場シーンで差し出す銀の薔薇一輪が飾られていました。

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それにしてもこの墓地も綺麗だし、何といっても明るい雰囲気で墓地に纏わる陰気さを何一つ感じさせませんでした。

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墓地を後にし時間も余っているので、これまた久しぶりにPartnachklammの渓谷へ涼みに行く事にしました。
ここへ初めて来たのはスキーのついでに、未だ小さかった子供連れでした。
普段でも中々険しい渓谷ですが、冬場でしたから岸壁という岸壁は大きなツララに覆われているし、足元は凍っていて滑るし怖かった思い出があります。
バスに乗ってニューイヤー・ジャンプで有名なシャンツェまで行きました。

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渓谷まではここから馬車に乗るか歩くのですが、ジャンプ台の向こうをフト見ると何だか小さくて可愛いゴンドラが動いています。
近づいて見ると何ともレトロな乗り物で幅が50cm位ちょっと太目の人は乗れない感じです。
地図を見るとこの上のEckbauerという山まで登れ、そこからも渓谷へと降りて行けそうです。
まぁ初物には弱い私は迷わず乗ってみる事にしましたが、中々人気があるようで、次から次からと乗客がやって来ます。
待っている間この愛嬌のあるゴンドラの動きを見ていると、なんと乗り場付近には飲み物やソーセージなどの簡単な食べ物がテーブルの上に置かれています。
事前に注文をしておくとゴンドラにテーブル板を渡してセットをしてくれるようです。
まぁなんとも長閑で微笑ましい光景かと感心です。

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この玩具のようなゴンドラには結構長い時間乗り頂上のEckbauerに着きました。
そこには、頂上に草原に囲まれた一軒の家が涼しげに建っていて、その心地よさは期待以上の光景です。
その背景にはツークシュピッツに連なるアルプ・シュピッツを初めとした本格的はアルプスの山々が見え素晴らしい眺めです。

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少し下った所にレストランがあって大きなテラスからの眺めも絶景です。

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もうためらわずに早めの昼食を取る事にしました。
もう皆考える事は一緒で次から次からとやって来てはここでお昼を取っています。
飲み物だけ頼んでお弁当といってもパンに何か挟んだだけの簡単なものですが持参して来ている家族もいます。
子供が多い家庭はどうしても何処かで節約をしなければなりませんし、飲み物さえ頼めば食べ物の持参は許されている制度は合理的で良い習慣だと思います。

さて景色も充分楽しんで腹ごしらえもできた処で下山することにしました。
ここから渓谷の入り口まで2時間弱の行程です。
結構細くてキツイ下り坂の連続で多くのハイカーと入れ違ったり、抜いたり抜かれたりともう足は途中から悲鳴をあげだしましたが休憩を入れながら何とか川のほとりまでたどり着きました。
渓谷の入り口はもう直ぐです。
この上流から入るのは初めてですが、何処にもチケット売り場らしきものがなくて洞窟から勝手に入って行けました。

ここも大勢の人達が来ていて、岸壁にへばり付いている細い通路や洞窟内ですれ違うのはお互いに神経を使います。
下はゴウゴウと音を発てて激しく流れています。

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それにしても水源に近いので水が綺麗だし、岸壁のあちこちからも水が滝のように滴り落ちてきてとても涼しくて心地よい感じです。

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この渓谷から途中で幾つかの川と合流しながらイザール川となり、その先でドナウ川と合流し黒海まで続いて行くと思うと何だか沸々とロマンをかきたたされます。

結構長い距離を歩いて下流の入り口まで辿り着きましたが、やっとここに来てテーブルにチケットをセットした係りの人が立っていました。
何だかノンビリした自己申請でこの辺にもゆとりを感じました。

帰りの列車も相変わらず満員状態ですし、足は筋肉痛でパンパン状態でしたが、
このEckbauerのコースは又行きたいなぁ~とツクヅク思い返していました。


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by Atelier-Onuki | 2013-07-17 18:22 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

ガルミッシュ・パルテンキルヒェン散歩

この週末はお天気も良く、オペラへ行く予定もなかったので大好きなガルミッシュ・パルテンキルヘェン
へ行く事にしました。

ミュンヘンから近く、本格的な山々へ行ける所なので人気のエリアです。
ミッテンヴァルトが終点となる列車は、大きなリュックを背負った人達でごった返しています。
車内が落ち着くには、途中のPasingの駅を過ぎるまで暫くの時間が必要でした。
それにしても最近はいわゆる山ガールがいっぱいで、それも何本ものザイルを背負った本格的な
登山家までいて、この男勝りの勇壮さには感心をしながらも、余りの逞しさにちょっと引いてしまいそうです。

シュタルンベルク湖を過ぎ、どこまでも長閑な田園風景を走ること一時間半、
列車はお昼前にガルミッシュ・パルテンキルヒェンに到着したので、そのままバスに乗り継いで
アイプゼーまで行き湖畔で昼食をする事にしました。
ここも既に大勢の人が訪れていて賑わっています。
レストランもほぼ満員状態でしたが、運良く湖際のテーブルに腰掛けました。
それにしてもエメラルド・グリーンの湖は透き通っていて綺麗な水質を保っています。
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食後は相も変らず湖畔の散歩となりますが、このシーズンはこの周辺に生息している
ブルー・ベリーの成長具合も気になる処です。
これも面白くて湖北側の日が当たる斜面にしかなっていないのですが、日当たりが良すぎる場所にも
ありません。それに湿気も影響がするのでしょうか、半日向で少し湿気がある所を好むようで、
纏まって生息している場所にはもうどこまで続くのだろうかと思うほど鬱蒼として生えています。
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唯、時期が未だ早かったのかポツポツをしか見当たりません。
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                                       これは野イチゴ。

未だ緑色の小さな実をつけているのも多くこれからと云った処でしょうか。
この実は野生動物も食べるので、彼らが採取している可能性もありますね。

夕方近くまでブラブラ散歩をしたので、もうお腹が空いて来ました。
街まで戻ってくると中央の広場で夏祭りの真っ最中、屋台が出たり、色んな催物をやっていて
多くの人々で賑わっています。
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ちょっと見た子供達によるチロルの踊りは中々可愛いらしいものでした。
それにしてもこの街は明るくて豊かな感じです。
街中のホテルやお店、そして住宅にも家々は色とりどりの花々で飾られ綺麗に手入れをしています。

暫く休んだ後、久しぶりに、とあるステーキ・ハウスへ行く事にしました。
それは3年ほど前に知り合いの料理を研究している人から「ここは美味しいよ!」と聞いて
行った事があるのですが、もし知らないで行ったら絶対に入る事はない雰囲気の店構えです。
このレストランは住宅街を抜けたちょっと辺鄙な所にあって、野放しの空き地みたいな奥に
古い石造りの建物が建っていて、どう見ても怪しげで山賊がいても可笑しくないような雰囲気を
醸しだしています。
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それは450年ほど昔の水車小屋を改装した建物で如何にも人が来るのを拒んでるかの如しです。
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今は夏場なので外にも客席がありテントも立っているので少し賑わいもあって入り易いのですが、
最初に来たのは秋口だったので人気もなく薄暗い感じで最初は入るのをためらったくらいでした。
店内はもっと薄暗く本当にステーキ屋でなかったらヤバイ感じですが、古い水車の一部やフイゴなど
そのままの姿で中々良い雰囲気で歴史の重みを醸しだしています。
肝心のステーキもとても美味しく頂くことができました。
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当初、今回の第一目的はリヒァルト・シュトラウスのお墓を訪問する事でしたが、もうほろ酔い気分のなか
日も暮れてきたので、今夜は何処かで一泊してこの宿題は明日まで持ち越すことにしました。


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by Atelier-Onuki | 2013-07-16 04:31 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

「ナクソス島のアリアドネ」公演から

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昨夜のバイエルン国立歌劇場の公演はリヒァルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」で、会場が何時ものナショナル・シアターではなくイザール川を越えてプリンツレーゲンテン・テアターでの上演でした。

ここはルートヴィッヒ二世がワグナーの為に建てた劇場で、その直ぐ後に建てられたバイロイト祝祭劇場と建築スタイルが良く似ています。
外観も色こそ違えバルコニーを備えたファサードなど形はそっくりですし、劇場内も客席をギリシャ風の円柱がぐるりと取り巻いている所などバイロイトを連想させます。
それに歌劇場としては小ぶりで客席数も1000席ちょっと、これはステージにも近く声の通りも良くて観客にとってはとても贅沢な劇場です。
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普段は小編成のオーケストラやミュージカルなどの公演が多いのですが、このオペラのオーケストラ編成も小さいのでこの劇場での公演となったのでしょう。
それに終戦後ナショナル・シアターが空襲で使えなかった時代の20年間程は、この劇場で上演をしていて音楽監督にはクナッパーツブッシュやショルティの名が連なっていて、この頃に聴きたかったなぁと羨ましく思いました。

19時まだ明るいうちに会場へ着きましたが、もう大勢の人達が詰め掛けてきています。
道路を挟んで劇場の右側の広場にはドンと偉そうに座ったワグナーのモニュメントが
鎮座しています。
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劇場正面の入り口へは馬蹄形の上り坂が付いていて、かつては馬車で乗り付けたのでしょうが今はタクシーが何台か乗り付けていました。
劇場内のレストランやカフェテリアそれにロビーやクロークなどレトロ感たっぷりで時代が逆戻りしたような錯覚に陥りますが、味わい深い歴史を感じさせられます。
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まだザワザワとした客席に着きましたが、ステージのカーテンは空いたままでダンスの練習をしています。
オーケストラも殆ど揃っている状態、これはどうも既に劇は始まっている模様で、
これは観客をも巻き込んだ演出意図と推測されます。
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内容的にもある劇をこれから作っていく設定ですから、準備段階から観客も参加させています。
案の状、何の前触れもなく役者が登場してきて、これからダンスの練習をお見せしたいのでご覧下さいと、劇中の主人と思しき人に挨拶した処で、知らない間にピットに入っていた指揮者が突然振り始めました。
暫くのダンスのあと、これまた客席脇の扉から音楽教師役が現れイヨイヨお芝居の始まりです。
この芝居掛かった内容のオペラは何の事件らしい事件も起こらないし、あるお金持ちの退屈しのぎに催した余興を、オペラか茶番のダンスかと揉めながら結局は両方混ぜてしまうことになり、二幕目で実際の劇中劇を皆で観ると云う設定なので、知らない間にゴジャゴジゃとした始まりは中々上手い演出だと思いました。
オペラが進行している間も大きな鏡が付いた壁を大道具さんたちがさりげなく登場してきて粛々と静かに動かし場面を変えていきますが、まるで彼らも役者の一部のような扱いです。
鏡なのでバックやサイドステージが丸見えですが、お構いなしで如何にも今は準備中である事を印象付けています。
劇中劇でのアリアドネとバッカスの二重唱でも、二人だけの登場だとちょっと退屈しそうな部分では、まるで影のように衣装も鬘も同じ生き写しのような男女8人づつが同じ動きをしながら変化をもたらしていました。それも主役が目立つよう頭一つ分くらい小さな人達を良く揃えていました。
フィナーレに向かって三人の妖精たちの甘く幻想的なハーモニーにアリアドネとバッカスの二重唱が絡まってくる所などエコーが掛かっているような不思議な音響効果を発揮していました。
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歌手もアリアドネ役のWestbroekはワグナーのブリュンヒルデやイゾルデ役でも充分歌える声量と張りのある声で存在感たぷりでしたし、ツェルビネッタ役のFallyも歌いまわしは勿論のこと演技もこのコケティッシュな役を奔放にこなしていました。
その他の歌手たちも全体的に良く歌っていましたし、指揮者のビリーもフランス人ですがウィーンで長く活躍しているのでこの辺のオペラはお手の物といった感じで上手に纏めていました。

この劇中劇の間、舞台袖でずっと観ていた作曲家役はソプラノですが、途中から何だかシュトラウス自身とダブってきて、彼も作家のホフマンスタールもこのお芝居と同じ感覚、否自分たちの事を書いたのではと思えて来ました。

まぁリヒァルト・シュトラウス縁のミュンヘンで彼のオペラを観れたのも感慨深い一夜でした。

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by Atelier-Onuki | 2013-07-09 05:24 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

さまよえるオランダ人の公演

私のオペラ・フェスティバル初日はワグナーの「さまよえるオランダ人」で始まりました。
演出は何時も斬新な演出で物議を醸し出すコンヴィチニ、しかも今日は休憩なしの二時間半ぶっ通しの上演なので覚悟を決めて着席しました。
(ワグナーは元々一幕形式で考えていたそうで、最近はこの休憩なしの上演も多いようです。)
それでもこの作品はワグナーの中では上演時間が一番短い作品だし、曲も初期の作曲なので未だ古典的な手法も残っていて聴きやすいものです。
開演に先立ち挨拶があって、今日エリック役のフォーグトが11時頃に病気との連絡があり、急遽
ケルンからホムリッヒが17時ころに駆けつけてくれましたとの案内がありました。

指揮者はアッシャー・ヒッシュと云う中堅で中々の集中と気合を持って序曲が振り下ろされました。
オーケストラも良く答えボリューム感もたっぷりながら丁寧さもちゃんと兼ね備えた演奏です。
席がバルコン・サイドの前の方だったので、ピットにも近くダイレクトに聴こえてくるオーケストラの音を楽しむ事ができました。

演出はモダンだろうと覚悟をしていましたが、最初の幕が開いてみると何と結構写実的な舞台でちょっと拍子抜けしました。
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亡霊船からオランダ人の乗組員が上陸してくるシーンでは中世の甲冑や兜にマント姿で、ほの暗い舞台にはうっすらと光が射している光景は
まるでレンブラントの[夜警]を連想させます。
昔々に幽霊船となったオランダ人とレンブラントとの結びつけは中々上手い発想だし、絵的にもとても綺麗なシーンを作っていました。
間奏曲の後、滞りなく開いた二幕目は打って変わって現代のフィットネス・クラブの設定です。
いよいよコンヴィチニの真骨頂が発揮されそうです。
冒頭の「糸紡ぎの歌」のシーンでは糸車を皆で回しながら歌う演出が普通ですが、ここでは良くジムにある固定の自転車を皆で漕いでいます。
まぁこれも回すと云う意味では辻つまはあっていますし、それ程抵抗を感じるどころかちょっと面白く感じました。
遅れてやって来たゼンタの手にはオランダ人の肖像画が、それもやはりレンブラント風です。
途中から現れたエリックもサウナにでも入っていたのかバス・ローブ姿でオランダ人に魅せられた
ゼンタを責めますが、この格好ではちゅっと説得力に欠けた感もありました。
三幕目は街頭に面した居酒屋の設定ですが、ここでも照明が綺麗でその落ち着いた暗めの光のなか色使いも渋くてシックです。
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時折舞台の袖からスポットがあたり光線が綺麗に差し込んでいるシーンなどサイドのボックス席をしきっているギリシャ風の円柱と
ワインレッドの壁とがマッチしてまるで映画のワン・シーンを見ているようでした。

歌手も全体に上出来でしたが、特にゼンタ役のアンニャ・ケンペとダーラントを歌ったケーニーヒがずば抜けて素晴らしい歌唱と声量でした。
それとゼンタの精神的な象徴として一幕目から登場していた役者が演じるもう一人のゼンタの存在はこの内容をより理解する上で重要な役割を果たしていました。

終演後はもう既に外から音が聞こえて来て、今夜のもう一つ催し「ワグナー対ヴェルディ」が始まりだしたようです。
外に出ると広場には黒山の人だかりで、オーケストラもあちこちに陣取り打楽器群の饗宴の様相。
更にアマチュアの楽団が次々とやって来るようで、オペラ前の大階段へは入らない様にコントロールされています。
歌劇場から出てきた観客の殆ども立ち止まって見ているので一向に前に進めない状態です。
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係員が必死で前に進むように指導しているのですが誰一人として動きません。
暫く様子を伺って居たのですが、催し自体はちょっとお祭的だったし、それに何と云っても
お腹が空いていたので、今度はバックして再び劇場を抜け裏口から退避しました。
近くの日本レストランで一杯潤ってから帰路につきましたが、帰り際ここを通ると未だクライマック・スシーンを派手にやっていました。

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by Atelier-Onuki | 2013-07-01 05:50 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)