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「ベートーヴェンとシューベルトの墓参」

日曜日の午後にはミュンヘンへ帰る予定で、午前中はどう過ごそうかボーッと考えていました。

11時からのウィーン・フィル定期演奏会へ行くこともできたのですが、予定していたヤンソンスが急病になり知らない指揮者に変更されましたし、
昨夜の「女狐」が余りにも素晴らしかったので暫く他の音楽を聴きたくない心境でした。

そこでふと浮かんだのが宿題の一つだったベートーヴェンとシューベルトの最初のお墓を訪ねることでした。

彼らの墓地は中央墓地として有名ですが、最初は街中のヴェーリングと云う墓地に埋葬されました。

町が大きくなるに従いあちこちにあった墓地も引越しを余儀なくされましたが、ここもその一つで彼らも後に中央墓地へと移されました。

ヴォルクス・オーパーからチンチン電車で二駅西に進みました。
この辺は来たことがなかったので、直ぐに見付かるか心配だったのですが、
暫く歩いているとそれらしき空間を発見しました。
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今はシューベルト公園と云う名称になり、住宅街の一角に広々とした明るい空間です。
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一部は墓地の形跡を残して塀で囲まれています。
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入り口の鉄城門は堅く閉じられていて、フムこの中にあったとしたら残念だなぁ~と思いながら塀伝いに進んで行くと
遠くの壁伝いにそれらしき囲いを見つけました。
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数人の人たちが眺めているので、それだと確信しました。

この二つのお墓は左がベートーヴェン、右がシューベルトで中央墓地にある墓石をちょっと小さくした感じで雰囲気が似ています。
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シューベルトはベートーヴェンを大変尊敬していて、町で彼を見かけると後ろを付いて歩いたそうですが、
小心者だったシューベルトは一度も声を掛けることができなかったそうです。

ベートーヴェンが亡くなった一年ほど後には、彼の後を追うように31歳と云う若さでこの天才は世を去ってしまいました。

「死んだらベートーヴェンの隣に眠りたい。」とのたっての願いは、兄フェルディナントの尽力によって叶えられました。



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by Atelier-Onuki | 2014-06-26 23:31 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

「利口な女狐の物語」ウィーン国立歌劇場の公演より

当初、今回の旅ではヴェルター湖周辺でボーッしてから帰ろうと思っていたのですが、
出発の数日前にウィーンの公演予定を見ていたらヤナーチェクの「利口な女狐の物語」があることを発見しました。

上演される機会が少ないこのオペラはかねてより「一度は観たいなぁ~」と思っていましたし、
しかもプレミエ公演なので迷わず予定を変更しウィーンへ立ち寄ることにしました。

クラーゲンフルトからウィーンまでは5時間程と結構な長旅です。

この路線は多分何度か通った事があると思うのですが、何時も夜行だったので景色を見るのは初めてです。

沿線は山岳地帯が多く中々の景勝路線で、途中ポッコリ盛り上がった丘全体がお城になっている所など
まるでお伽噺に出てくるお城のようで興味深く眺めていました。
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さて、この「利口な女狐の物語」には多くの動物や昆虫たちの着ぐるみが出てくるので、当日は綺麗に着飾った子供たちの姿も多く見かけました。
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ただ、内容は子供向けというよりも、もっと深い意味合いも含んでいます。

日本語タイトルは「利口な女狐」ですが原語には、もっとずる賢いと云う意味が含まれていて、
英語のタイトルでも「The Cunning Little Vixen」となっています。

生命の源である森を背景に生物の力強い再起や輪廻を表現しようとしています。
森もモラヴィア地方の寂しい森で全体に東欧圏独特のペーソスを醸しだしています。

開演前に降ろされているカーテンはこの出し物のために作られたオリジナルで、紗に森をイメージした図柄があしらわれ、
所々に取りつけられた豆球がほのかに付いたり消えたりして蛍を連想させます。
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音楽が始まると同時にうっすらと光が入り、紗越しに幻想的な森の情景が浮かび上がりました。
平行して倒れていた3本の大木がゆっくりと起き上がり、すでに自然の再起を暗示しているようです。

紗が開き現れた舞台はリアルで自然な森の情景を表現していて息を呑むほど素晴らしい出来栄えです。
特に小高く盛り上がった土手などこれだけデコボコを付けながらも自然の森さながらで
「こりゃ~良く作ったなぁ~」と唯々感心しながら呆然として見つめていました。

間もなくトンボや蝶々、芋牛にカタツムリなどありとあらゆる昆虫たちが登場してきました。
この着ぐるみが良くできていて、またまた感心・・・
昆虫の特徴を良く捉えながらも人が着ても可笑しな印象を与えるどころかお洒落なデザインです。
それに動きが素晴らしい。・・・
トンボや蝶々などは絶えずその薄い半透明の羽を小刻みに動かしてそれらしい感じを演技しています。
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森番が登場し「疲れた!」とウトウトと転寝をしたころ、いよいよビストロウシュカ(子狐時代の女狐)がカエルと戯れながら登場しました。

フトした拍子にカエルが森番に跳び乗ってしまい起こしてしまいますが、ここで初めて森番は女狐を見つけ、
そのちょっと愛くるしい姿に魅了されたのか捕まえて連れ帰ります。
このシーンでも土手の上ではトンボが踊っていて「束縛」を暗示しているそうです。
何故トンボなのか良く分かりませんが、この後も「束縛」を意味するシーンでは必ずトンボが現れ象徴的に踊っていました。
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森番の家では、ここでは大人になった女狐が比較的自由に飼われていますが、悪戯をする森番の子供に噛み付いたり、
挙句の果てはシツコク因縁をつけてくる鶏を噛み殺してしまいます。

これにはとうとう森番も彼女を厳重に縛ってしまいますが、
夜のシーンでは何を錯覚したのかこの魅力的な女狐にちょっと惚れてしまったような仕草もあって、
彼もハッと我に帰るシーンがありました。

それにしても女狐役のReissと云う歌手は美人だし、演技や仕草も色っぽくて魅力的、森番でなくても惚れてしまいそうです。

シーンは進み、逃げ出したビストロウシュカは逞しい雄狐と出会い、
仲良くなった二人(否二匹)はキツツキの祭司の元で結婚式を挙げます。

このシーンでは大勢の動物や昆虫たちに祝福されますが満天に蛍が輝きその喜びを盛り上げていました。
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その夜、二人(二匹)が結ばれるシーンもありますが、ここでもトンボが踊りだし「束縛」(結婚や子供)を暗示していました。

シーンは変り、多くの子狐に恵まれた彼らは幸せそうに森中を闊歩しています。

そこに通り掛かった鳥の行商人をカラカイます。
商売の鳥を食べられ怒った行商人が鉄砲を放ちますが、子狐をかばおうとしたビストロウシュカに命中してしまいます。

時は流れ、再び森番が昔を懐かしみながらウトウトし始めます。
そこへカエルが又飛び乗って彼を起こしてしまいますが、
「あの時、乗ったカエルは僕のお祖父さんだったのだよ!」と告白します。

そこへビストロウシュカそっくりな女狐が現れ、
生命の偉大さそしてビストロウシュカとの再開に感動した森番は彼女を抱きしめます。
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森の奥が大きく開き燦々とした光が輝いて感動のうちに幕となりました。




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by Atelier-Onuki | 2014-06-26 00:34 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

マーラー「マイヤーニッヒの作曲小屋」

さて、今回の主な目的だったヴェルター湖南岸マイヤーニッヒにあるマーラー二番目の作曲小屋を訪ねました。

彼の三つある作曲小屋の中でもここが一番長く訪れていて1899年この土地を購入し1900年から1907年までの8年間に渡ります。

この時期はウィーンの音楽監督就任、アルマとの結婚と彼の絶頂期とも云え、交響曲4番の後半から8番まで、
そして「リュッケルトの詩による五つの歌」、「亡き子をしのぶ歌」の二つの歌曲集と中期の重要な名作の数々を生み出しています。

唯、忍び寄る運命の影はヒタヒタと静かに歩み寄っていました。・・・

クラーゲンフルトからバスに揺られ”Strandbad”で下車、作曲小屋への案内看板はすぐに見付かりました。
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Gustav-Mahler-wegと名付けられた小道には至るところに案内板が立っていて分かり易く親切です。
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唯、途中からは茂みを掻き分け、道なき道を登ったり下ったりと苦戦を強いられます。
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やっと視線が広がったころ森の奥に忽然とそれらしき小屋が見えてきました。
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ここは他の二つの作曲小屋よりもはるかに大きな建物で、ちゃんと管理人もいて中はちょっとした展示をしています。
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久しぶりの訪問者だったのか、管理人のお兄ちゃんは嬉しそうにCDをかけてくれました。
壁に展示されている初版盤のジャケットを指差しながら、「これはマーラーから作曲を習ったクレンペラーの指揮で、
歌手もフランツ・ヴンダーリッヒとクリスタ・ルートヴィッヒの演奏なのだよ~!」と得意顔です。

一瞬間をおいて「あっ、他に聴きたい曲があったらかけ替えるけど~?」とちょっと気も遣いました。
「まぁここで作曲した曲じゃないけど、これで良いよぉ。」・・・
間髪を入れずに「これはトブラッハだものね!」と益々得意顔に、彼もマーラーが好きなのだなぁ~。

付近を散策したり、外の椅子に腰掛けてボーッとしている内に、曲はもう終楽章の「告別」が鳴り始めました。
「もうこうなったらこの長~い楽章を、このゆったりとしたテンポで最後まで付き合おう!」と覚悟を決めしました。
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それにしても静かでCDで流れている「大地の歌」以外は鳥の鳴き声しか聞こえません。
途中やっと一人の女性が訪れましたが、それ以外は何の気配もしませんでした。
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帰りはあの険しい道を又歩くのは嫌だったので、もう一本あったフラットな道も”Strandbad”に出られるのかと尋ねた処、
「反対方面へ行ったら。」と云うのである。
「5分ほど遠回りだけど、途中にマーラーが泊まっていたヴィラもあるよっ!」って云うので彼の意見に従いました。

これは比較的なだらかな下り坂であっと云う間に大通りまで下り、彼のヴィラまでも物の10分ほどの距離で、
「これだったら毎日作曲小屋まで通えるなぁ~」と納得、行くときに抱いた疑問も解消しました。
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1901年ごろから何を思ったのか彼はリュッケルトの詩に啓発されて「亡き子をしのぶ歌」の作曲に取り掛かり1903年に完成します。

作曲を始めたころは未だ長女マリア・アンナが生れる前でしたが、完成からたった4年後に忽然と幼くして亡くなってしまいます。

それ以来、彼はこの地を売り払い二度と訪れることはありませんでした。


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by Atelier-Onuki | 2014-06-25 00:37 | Trackback | Comments(0)

「ペルチャッハのブラームス」

構想から20余年、苦しみの内にやっと完成にこぎつけたブラームスの第一交響曲も初演を終え、
その重荷から開放された彼はペルチャッハへ作曲を兼ねた避暑に訪れます。
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ここでは構築的で重厚な1番の交響曲とは、打って変わって明るく伸びやかな2番の交響曲を生み出します。
それも彼としては珍しく3ヶ月ちょっとと云う短い期間で一気に完成させています。

その穏やかな曲想からブラームスの「田園交響曲」と呼ぶ人もいるほどで、ゆったりと落ち着いた気分で聴ける癒し系の曲でしょうか。

その昔、学生時代だったかブラームスの「交響曲2番」はペルチャッハで作曲された云々の記事を読んだ記憶がありましたが、
それが何処なのか見当も付かなかったし、余りにも遠い存在で探してみる気にもなりませんでした。

ところが先日マーラー二番目の作曲小屋を調べていたら、何と同じ湖に面した町だと判明しました。

この間のバード・イシュルでもそうでしたが、マーラーはこの時期ブラームスを追いかけては近い所で作曲活動をしていたようですね。

ミュンヘンからはクラーゲンフルト行きの列車に乗れば直行でいけることも判明、いそいそと出かけました。
それでも5時間強と結構長い旅程でした。


早々にブラームスが最初の年に宿泊した「シュロス・レオンシュタイン」で荷を解きました。
ここはお城の施設を改装した旅籠だったようで、なんと600年前の建物とか、木が剥き出しの柱や床にその歴史の長さを伺い知ることができました。
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便利になった今でもこんなに疲れる長旅でしたが、恐らくウィーンを出発したブラームスは蒸気機関車しかなかった時代に、
よくもこんな遠く辺鄙な所まで来たものだと変な所で感心していました。
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お天気も良かったので湖畔を散歩してみました。

船着場には大勢の人たちが乗り降りをして賑わっています。
湖畔に面した小道も明るく綺麗に花々も植えられていて心地よい雰囲気です。
看板には「ヨハネス・ブラームス・プロムナード」と掲げられていて、今や地元も彼の功績にちゃっかりあやかっているようです。
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ここペルチャッハはオーストリア最南部に位置するヴェルーター湖畔北側の中央辺りに面する町で、
海を持たないオーストリアの人たちとっては貴重なリゾート地の一つだそうです。
湖は濃いエメラルドグリーンの水を湛え、その濃度はまるで「バスクリンを混ぜているの?」と思えるほどです。
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そう云えば途中この湖へ流れ込む川もすでに同じ色をしていて、この辺の山々にはこの色に染まってしまう何か含有物が含まれているのでしょうね。

湖の南側にはアルプスが連なっていて、西側はイタリア、東側はもうスロヴェニアだそうです。

ベンチに腰掛け遠く山々を眺めながら2番のシンフォニーに思いを巡らせていました。

ホテルの筋向いにはまるで甲州街道のような交通量の道路を挟んで古びたペンションが建っています。

ブラームスは2年目の夏から、こちらへ引っ越しています。
それは最初に訪れた時に、長逗留をしていた芸術愛好家で世話好きのとある男爵夫妻が食事や船旅などに誘ったり、何かと彼に気を遣ったそうです。

人付き合いが余り得意でない彼は作曲にも専念したかったので、翌年からはこの寂しいペンションを7部屋も借りて静かに作曲をしたそうです。
その甲斐あって、ここでは「ヴァイオリン協奏曲」や「ヴァイオリン・ソナタの1番」それに「ハンガリー舞曲」という名作の数々を生み出しました。
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唯、このペンションは本当に朽ちかけていて、壁に落書きのように「この家にブラームスは滞在しました。」
と書かれていなかったら唯の廃墟にしか見えず、ここで生れた名作を思うと悲しい気持ちになりました。

さて、翌朝も良い天気、・・・「裏山には城跡があって、そこからの眺めが良いよ。」との情報を得て登ってみることにしました。
途中からはキツイ山道になり、森の中をハァハァと息を切らせながら登って行きました。
所々石組みの城壁が残っていてかろうじて城跡かと思わせます。
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頂上には東屋が建っていてここからの眺めは遠くアルプスが見渡せ絶景です。
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東屋には大きな木製の安楽椅子が設置されていて、ここでゴロンと寝転べるようになっています。
枕元を見るとボタンが3ツ付いていて、上から「ハンガリー舞曲6番」、「子守唄」、そして「ヴァイオリン協奏曲」から2楽章と書かれています。
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上から押してみると元気良くハンガリー舞曲が鳴り出しました。
続いて「眠れ~眠れ・・・」で始まる例の「ブラームスの子守唄」、
ヴァイオリン協奏曲のアダージョではその心地よさに本当に眠ってしまいそうでした。


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by Atelier-Onuki | 2014-06-24 00:16 | オーストリア | Trackback | Comments(0)

「ルートヴィッヒ二世」の命日

先日ある調べ物をしていたら、6月13日の金曜日がちょうどルートヴィッヒ二世の命日だと分かりました。

せっかく近くに住んでいるので彼が入水自殺をしたシュタルンベルガー湖へ夕刻出かけました。
家から直線距離では近いのですが、電車だと遠回りをしなくてはならず、結局は1時間以上かかってしまいました。

シュタルンベルク北駅からバスに乗り継ぎベルクまで行けばあとは歩いて20分ほどの所です。
バスを降りてダラダラと坂道を下り、湖に沿って歩き出しました。
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私の前を近くの家から出てきたご家族が歩いておられますが、其々が手に小さな花を携えています。
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十字架が建っている湖畔にはパラパラと訪れている人たちがいて、皆さん神妙に佇んでいて彼の根強い人気を伺い知ることができました。
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歴史上は狂気の沙汰で自殺を図ったことになっていますが、バイエルンで彼の事を悪く云うのを聞いたことがありませんし、
むしろ未だに愛されている王様のようでです。

純粋で妄想家でもあった彼はワグナーに心酔し、自らを理想の騎士像ローエングリンとすり替え、
ディズニーランドのような発想でノイシュバンシュタイン城やリンダーホーフ城を建て一人で閉じこもりがちでした。

これらの巨額に上る建築費やワグナーへ巨大な援助、折りしも敗戦による巨額な賠償金の支払いなどが重なり、
浪費家のレッテルを貼られた彼はとうとう「気が可笑しくなった!」との宣告を受けて退位させられてしまいます。

この事件の真相は未だに明確ではなく、主治医を伴った入水自殺も謎に包まれたままです。

浪費をして建てたと云われるキーム・ゼーの宮殿を含む三つのお城は、
今ではすっかり大事な観光資源として地元に充分な還元をしています。

劇場史に関心のあった人達にとっては、リンダーホーフ城の洞窟は興味深いものです。
これはルートヴィッヒがワグナーの「タンホイザー」一幕目での“ヴィーナスの洞窟“に似せて作らせ、
自らはローエングリン気分で金の船を浮かべて妄想をしていたと云われていますが、
何と世界で初めて電気照明を取り付けたのでした。

それは蓄電池から供給される最も古い方式ですが、演出照明として初めて応用されました。
時を同じくして建設されたバイロイト祝祭劇場も同じ方式で、それは未だ光力に乏しい暗い照明でした。

戦後、暫くの閉鎖のあと1950年代に入って再開されますが、この暗い照明を逆手に取ったヴィーラント・ワグナーの演出は
その象徴的な装置や動きと共にワグナーの世界にピッタリで一大センセーショナルを引きおこしました。
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このヴィーラントが演出をしていた60年代半ばまでの時期は指揮者も大物がずらりと出演していましたし、
歌手もワグナー歌いと云われる伝説の大歌手たちが出演して、恐らくバイロイト上演史上の全盛期だったのでしょうね。

さて、丘の上に建つチャペレからシミジミと十字架を眺めてここを後にし、
少し下った所にある、お城ビア・ガーデンを目指しました。
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ここの事はこの対岸に住んでいるドイツ人スタッフから「ここのビア・ガーデンは特に夕方の眺めが良いぞぉ~」と聞いていました。
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湖畔に面した大きなビア・ガーデンで、折りしも披露宴をしているので大勢の人たちで賑わっています。
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奥のちょっと静かなテーブルに陣取り、取り合えずはビールです。
程よく冷えたビールはサラッと飲み干し、今日の気分は白ワインです。
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夕日を眺めながら静かにゆっくりと時間が過ぎていきました。


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by Atelier-Onuki | 2014-06-18 23:02 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

「マドリッド王立歌劇場」にて

スペインの歌劇場と云えば真っ先にバルセロナのリセウ劇場を思い浮かべ、マドリッドの歌劇場は正直な処、今までノーマークでした。

調べてみると開場が1850年ということですからリセウより5年ほど後で、パリやウィーンの歌劇場よりも長い歴史をもっています。

当初から王立歌劇場として建てられましたので、なるほど王宮に向かい合って建っている訳です。

まだ、知らない歌劇場を訪れるのはとても楽しみで、
特にラテン系の劇場は独特の雰囲気を醸しだしていますし期待しながら出かけました。
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公演予定を見てみるとドミンゴのリサイタルがあったり、
オペラにも何人かビッグ・ネームの歌手が出演しているので中々レヴェルが高いのではと思われます。

当日の演目はオフェンバッハの「ホフマン物語」で大好きな演目の一つです。

歌手もニクラウス役にオターとビッグ・ネームも入っています。

この出し物はシュトットガルト州立歌劇場との共同制作で、
指揮者のシルヴァン・カンブルランがこの歌劇場の主席指揮者なので、その関係かも知れません。

最近はコストセーヴのためか良く歌劇場や音楽祭などの共同制作を多く見受けられますが、
時間とコストを掛けて良い公演をしてくれるのならとても良い試みだと思います。

遠く離れた歌劇場で同じ演目を観る観客なんて、
何処かのおバカな日本人(私自身のことですが)を除いてまずいないでしょうから。・・・
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歌劇場内部は小ぶりながらゆったりとした時間の流れを感じさせる雰囲気を醸しだしています。
階段室は最上階まで吹き抜けになっていて其々の階が見渡せますが、舞台衣装や小道具などが展示されていて興味深いものです。
なかでも小道具のチェンバロは作り物とは思えないほど細部まで拘った作りで感心させられました。
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二階の両サイドには小部屋があって、その調度品と共に良い雰囲気を出していました。
ここから大きなテラスに出る事ができ、王宮越しに沈む夕日をゆったりと眺めることができます。
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ステージの間口は大きくて、ひょっとしたらウィーン辺りより大きいかもしれませんが、
観客席は一般的な大劇場の2/3位と浅くて、これはある意味贅沢で歌手の声もよく通りそうです。
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いよいよ開演、音楽がなり始める前にカーテンが開きました。

台本上は劇場前の“飲み屋”という設定ですが、ここでは左端にバー・カウンターはあるものの、後ろには劇場用の椅子がズラーッと並び、
中央ではデッサン教室の真っ最中で、ステージ上には何と素っ裸のモデルさんが立っています。

手前にも石膏像に見立てた真っ白なモデルさんがやはり裸で寝そべっています。

音楽も始まりだしましたが、どうもこのモデルさんが気になります。
普通プロのモデルさんでも20分持てば凄いことなのですが、
この幕は結構長いので「途中でやめるのかなぁ?」とか如何するのか心配していました。

結局は20分ほど微動だにしないまま、次のモデルさんが現れ交代をしました。
彼女は別のポーズですが上からぶら下っている吊り輪を持って、やはり立ちポーズです。
この人も15分ほど立ったままで静止状態、また次のモデルさんが現れました。

オペラもオランピア登場くらいまで進んで来ましたが、デッサンは延々と続けられ入れ替わり立ち代り新しいモデルさんが出現します。
それもなんと皆さん美形なのです。
それに引き換えオランピア・・・この人形役にしてはちょっと・・・

とうとう二幕目が終るまで7人ものモデルさんが出現しました。

もう、モデルさんばかりに気を取られてオペラどころではありません。

三幕目のアントニアは病死するはずなのに元気印みたいな方が演じ、次のジュリエッタも同じこの元気な歌手が二役です。

その間も意味深げに裸にバスローブだけを纏った女性が奥の方を歩いていたりで、
フームいかが解釈をしたら良いものなのか分からないまま終幕を迎えました。

演出家のMarthalrと云う人はやはり演劇畑の演出家で、何か意味付けをしようと試みたと思うのですが、
まぁオペラですし、しかも幻想的でロマンティックな内容ですから、もう少し音楽にも集中したかったなぁと感じました。

歌手は歌に関しては小粒ながら良く歌っていました。
唯、期待のオターはこの役を演じるにはちょっとお歳をめされたかなぁ~
大柄でクールなイメージの彼女は同じズボン役でも、「バラの騎士」でのオクタビアンなんかピッタリの役柄でした。

オーケストラも練習中の音はノンビリとしたもので、それ程期待はしていませんでしたが、
いざ始まってみると中々の腕前で、雰囲気や表情も明るく充分楽しめました。
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二回も休憩が入ったので終演はもう12時近くになっていました。
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幾らスペインとはいえ未だ食事にありつけるか心配で、慌てて劇場近くのちょっとお洒落なレストランを覗いてみました。
看板のメニューをみるとやはり普段の倍くらいの値段です。

グッと我慢をしてもう少し探してみましたら、ちょっと外れに場末感満載のバルが未だ営業中。
もう上がりモードでビールを片手にサンドウィッチをほおばっていましたが、
遠慮がちに「未だ何か食べられる?」の問いに、「シー!」と心強い返事が人懐っこい笑顔と共に返ってきました。
間髪を入れずに「ウノ・セルベッサ」を注文、ギンギンに冷えたビールは一気に飲み干し、
お代わりと共に頂いた「塩ダラ入りコロッケ」の美味しかったこと。・・・

あの人の良さそうなオジサンたちに又会いたいなぁ。・・・


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by Atelier-Onuki | 2014-06-17 00:26 | スペイン | Trackback | Comments(0)

「トレド」にて

マドリッドでもとても乾燥しているのですが、
今日は更にカラッカラッのラマンチャ地方、ドン・キホーテの世界へ向け出発しました。

途中バスからの光景は既に麦が刈り取られ黄金色に輝く畑に赤茶色の土が所々むき出しになっていて見ているだけで喉が渇いて来そうです。
それでも時折アマポールの赤い花が群生して和ませてくれます。

この赤茶色の土はダリの絵の中でも同じような色で再現されていて、真っ黒な影にダラット解けてしまいそうな時計など、
強烈な太陽光とこの灼熱の光景を「良く表現しているなぁ~」と改めて感心していました。

そうこうしている内に意外と早くトレドへ到着、45分程乗っただけでした。

バスターミナルは町外れにあってここから丘を目指さなければなりません。

タイミングが悪いことに街へ向かうバスが出た所だったので、覚悟をして歩いて行くことにしました。
見上げただけでも相当きつそうな距離です。
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城壁に囲まれた町へはピサグラ門を潜るとようやく旧市街地へと入ります。
更に坂道を上り、太陽門を抜け迷路のような小道を登っていくとやっと活気のある通りへでました。
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家々の窓からは無数の古風な旗が飾られていて、フト「ロメオとジュリエット」の舞台を思い起こさせました。
もっともこれはヴェローナでの話しですが。・・・
それでも中世の雰囲気をプンプン漂わせています。
どうも昨日までお祭りがあったようで、このような装飾がされていたようです。
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それに通りの中央には布の天井が長く張りめぐらされていて、出来るだけ日陰を作ろうとしています。
天井からは所々古風なランタンが吊り下げられこれが又雰囲気を醸しだしています。
このランタンの形や模様からはイスラムの影響を受け継いでいるのが伺われます。
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通りを抜けると活気あるソコドベールと云う広場に出ました。
広場を抜け、先ずはエル・グレコの特別展が開催されているサンタ・クルズ美術館を目指しました。
坂道をダラダラ下ると直ぐに見つかりましたが、既に多くの人々が並んでいます。
その割にチケット売り場は閑散としていて直ぐに行けたのですが、何と窓口には“SOLD-OUT”と書かれています。
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尋ねてみると混雑を避けるため、予約制になっているようです。
しかも入場時間まで指定されているようで、これでは一介の旅行者にはチャンスがありません。
名残惜しく眺めていると、中庭への入り口へはフリーで出入りしている人もいて覗いてみると小さいながらも素敵なパティオです。
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聞くところによると普段の常設展は無料で開放しているようで、まぁそれだけでも見ることにしました。
入り口は二階のようですが、ここへ上がる階段は凄く立派な彫刻が施されていて、そのスタイルは天使のモチーフが施されているにも関わらず、
イスラム文化の雰囲気がプンプン漂っています。
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この常設の展示品も石器時代からはじまり絵画も中々充実した内容ですが、特別展の方に人々が流れているので閑散としています。
十字型をした建物の中央は吹き抜けになっていて、そこから階下で開催されている様子が伺えます。

中央の四面に大型スクリーンでイメージ映像が流されています。
残念ながらここから絵を見ることが出来なくなっていますが、入場者はそれほど多くなく皆さんゆったりと鑑賞をしています。
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「な~んだ、これ位だったら入れてくれても良いのに・・・」と思いつつ奥の方の壁面を見ると何と3枚もグレコの絵が展示されていました。
その前では絵にはまったく関心のない子供たちがベンチに座り込んでトランプに興じていました。
まぁのんびりしたもので、ちょっと微笑ましく感じました。
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さて、この街には、もう二箇所グレコの絵を見られる所があるので、それらを目指しました。
まずはここから更に奥に建つカテドラルです。

又迷路のような小道を登ったり下ったり、途中は雰囲気のある繁華街など抜けてたどり着きました。
巨大なカテドラルには大勢の人々が押し寄せていて、チケットを買うにも一苦労をしました。
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内部も立派そのもので、かつてはこのトレドが首都としていかに繁栄したかが伺えます。
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中央にはドーンと一対のパイプオルガンが向かい合ってそびえ立っています。
昔、スカルラッティの曲で「二台のパイプオルガンの為のコラール」か何かをCDで聴いたことがあったのですが、
こんな曲はラテン系の大聖堂でしか演奏が出来ないなぁと思い出していました。

さてグレコが展示されている礼拝堂へと入っていきました。
まず、その天井画に圧倒されながらも正面を奥を見るとドーンと遠くからでもはっきりとグレコと分かる大きな絵が目に入ってきました。
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それは赤い服をまとったキリストがこれから十字架につけられるシーンを描いています。
これって先程サンタ・クルツにあった絵と同じではないですか。・・・
どのような関係なのかよく分からないまま壁面上部を見ると掛けられている絵の殆どがグレコで相当のコレクションです。

先ほどの正面にあるグレコの右側にも同じシーンを描いた別の画家による絵があり、これも相当のものです。
近づいて作者を見ると何とこれはゴヤではありませんか。・・・
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他にもカラバッジョなども展示されていて、やはりこのカテドラルの凄かった地位を察することができました。

名画に堪能しながらもこの聖堂の余りにも豪華絢爛さに、いささか重圧を覚えてきました。
重い足取りでカテドラルを後にしました。

さぁもうひと頑張り、更に歩いて今度はサント・トメ教会へ向かいました。
ここにもグレコが初めてその名声を高めた絵が一点展示されているそうです。

更に迷路の小道を下って行くと程なくすぐに見つかりました。

ここはちょっと小さな教会でチケット売り場から入ると直ぐにその絵があっけなく掛けられていました。

それはオルガス伯爵のお墓の前にある壁面で絵のタイトルも「オルガス伯爵の埋葬」と云って、
実はその伯爵が亡くなってから200年ほど後に依頼されて描いたそうです。
構図は十字架から降ろされるキリストそっくりな構成になっています。
その周辺に描かれている人物たちはこの絵を描いた当時のトレドにおける著名人たちだったそうです。
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グレコの絵では時々登場する自画像も後列左から6番目あたりに描かれていて、目が鑑賞者を直視するかのように描かれています。

最前列の左側にはちゃっかりと一人息子も描かれていて、ここからはよく見えませんでしたが
ポケットから覗いている白いハンカチ部分にグレコのサインが入っているそうです。

さて、ここを出て更に迷路になっているユダヤ人地区を、グレコ美術館に向かって下って行きました。

この迷路はセヴィリアのユダヤ人地区でもそうなのですが、けっして怪しいものではなく、
複雑な形をとることで多くの影を作ることができ、この灼熱を回避するための彼らの知恵だったそうです。

トレドでも一時ユダヤ人は追放されたそうですが、その後自発的に昔住んでいた地区に戻ってきたそうです。
当時としては読み書きが出来た彼らは珍重され、キリスト教に改宗をしたユダヤ人たちは政府の重要な地位に付いていたそうです。

所々レンガ作りの壁や床の隅っこには、象徴的なヘブライ文字がはめ込まれていて意味深げな雰囲気を醸しだしています。
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やっと広場に出てグレコ美術館に着きましたが、午後3時に閉館とありました。
まぁここにはグレコの絵はないそうなのであきらめて、この街を半分ほど取り囲んでいるタホ川の対岸へ向かいました。

この街の丘全体が城壁で囲まれた都市で、川向こうからの眺めは見ようによっては、まるで空中に浮かぶ島かと想像が膨らみます。
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この対岸にはポウサーダと云う国民休暇村みたいな立派な宿泊施設もあって、ここからの夜景はさぞかし綺麗だろうなと想像していました。
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一泊してもよかったのですが、この夜はオペラへ行くつもりをしていたので、後ろ髪を引かれつつもトレドを後にしました。



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by Atelier-Onuki | 2014-06-15 21:52 | スペイン | Trackback | Comments(0)

「プラド美術館」にて

先週は所要があってマドリッドへ行っていましたが、
週末が三連休に掛かったので、そのまま延長して滞在する事にしました。

早々に用事を済ませ夕方にはプラド美術館へ向かいました。
チケット売り場ではフリーのチケットを配っていて何と6時からは入場無料だそうです。
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ここへ来るのはもう20年ぶり位なので、今日は予行演習としてサッと見て回ることにしました。
それにしても大きな美術館で迷子になりそうです。
展示エリアも国と時代で分類されていますが、ちょっと慣れないと何処から観て行ったら良いのやら見当が付きません。
恐らく絵画部門に関してはルーブルに匹敵するほどの質と量を誇っているのではないでしょうか。
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収集作品は12世紀辺りから19世紀位までと多岐に渡っていますが、まぁ何と云ってもこの美術館の目玉はスペイン絵画と云えるでしょう。

それはエル・グレコに始まりヴェラスケス、ムリーリョ、そしてゴヤと繋がって行きます。
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先ずエル・グレコですが、彼の先進的な画風からそれ程古い時代の画家とは思えないのですが、なんと400年以上も前ですから、
ルネッサンス末期の画家で、そのモダンな表現や感覚には恐れすら感じます。
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ちょうど今年が彼の没400年にあたり、彼が住んでいたトレドでは特別展を開催しています。

この名前は本名ではなく自分で付けたようで、イタリア語のギリシャ人と云う意味でクレタ島イラクリオンの出身だそうです。

私は今までエル・グレコのことが理解できず好きな画家とは云えませんでした。
唯、今回じっくりと観ることができて、少しは親しみを感じられるようになりました。

それに彼は研究熱心で、この当時としては凄い数の蔵書を所有していたようです。
そして多くの題材はその書物に描かれたエッチングによる挿絵からヒントを得ていて、それをあの彼独特のスタイルで描いたのですね。
人物は縦長に描かれ恐らく12頭身くらいあるでしょうか。・・・

彼の蔵書の中には初めて発刊された“美術評論”の本があって、グレコ自らアンダーラインを引いて、その横に几帳面な書体でメモ書きをしています。
そのアンダーラインの部分には生存する注目すべき美術家の名前が書かれていますが、
当然ながら「ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ」の名が示されていました。
グレコが生きていた時代には未だ彼らが活躍をしていたと思うと、「こりゃ凄い時代だったのだなぁ。!!」と興奮すら覚えました。

さて、この美術館で最も充実しているヴェラスケスを初めセヴィリアから購入したといわれるムリーリョの優しい絵画の数々、
そしてあのゴヤ、ある時は宮廷画家として、或いは正反対にスペインの影の部分を描いた天才画家など、
今日の処はサッと観て別の日に改めてじっくりと観ることにしました。
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その他の絵画では真贋がはっきりしていない「モナリザ」が、他の絵画と並列にサラッと展示されて、そのあっけのなさに親しみを感じました。
ポーズは勿論のこと、服装や背景の描き方など素晴らしいもので、ダ・ヴィンチだと云われてしまえば、「そうなのだ!」と納得できるほどの一枚でした。
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今日はこれ位にして、バルで一杯です。
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「明日はトレドを目指すぞ。!!」


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by Atelier-Onuki | 2014-06-13 00:33 | スペイン | Trackback | Comments(0)

「ヴュルツブルクでの視察」

昨日はヴュルツブルクにある“Watershow”と云う会社へ視察に行ってきました。

これは来年のプロジェクトで使うかもしれない重要なアイテムの一つなので、
実際に仮組みをしてもらい、どのような効果や問題があるのかを確かめるためでした。

ミュンヘンからICEに乗り込み、暫くしてホップ畑を抜けると間もなくインゴールシュタットへ到着します。
ここは“Audi“があることで有名ですが、さすが駅に停められた貨車という貨車には未だ未開封のアウディが
コレデモカとばかりに山済みされていました。
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ニュルンベルクを経由したら一時間ほどでヴュルツブルクに到着です。
ここも何度か通過したことがあったのですが、降り立つのは初めてでした。
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マイン川に沿ったこの街は対岸に素敵なお城が建っていたり、レジデンスなど観光する所も多いようです。
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残念ながら今日はその余裕もなく、すぐさまタクシーに乗り込み工業地帯を目指しました。
到着後は寂しいエリアに建つ倉庫へと案内されました。

地下室ではすでにウォーター・カーテンのショーを流しています。

動きのあるパターンやテキストも全て水自体が形作る様に制御されています。
これは事前にデータを仕込んでいますが、I-phoneやI-padで制御することもでき、
その場で描いた絵やテキストなど瞬時に表現されアイ・キャッチャーとしては面白いアイテムです。

音や水しぶきなども心配をしていたのですが、殆ど気にならない程度でこれなら使えるなぁと思っていました。

違う装置では3Dの立体で表現する事もできて、これは更に面白く、実際どう扱うかあれこれと考えを巡らせていました。
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これ以外にも使うべき候補が幾つかあって悩ましい処です。

入念に打合せをすませて帰路につきました。

列車に揺られあれこれと考え事をしながらボーと景色をながめていましたが、
途中から雨も降り出し、しっとりとした気分で眺めていました。
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by Atelier-Onuki | 2014-06-06 02:56 | ドイツ | Trackback | Comments(0)