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[日本へ出張します」

この処ずっとタイトな仕事が続いていて、中々ブログの更新もできない状態でいます。

そこへ明日から7日までの予定で急遽日本へ仕事で行く事になりました。
途中、小倉へも訪問したり、もう仕事の予定だけで目一杯埋まってしまいました。

本来は5月ころにプライベートで行く積りをしていて、その際には「飲みましょう!!」と
何人かの人と約束をしていたのですが、それが果たせないまま失礼をしています。

少し落ち着いたら、自由な日本旅行を楽しみたいのですが、
この状況は来年の3月まで続いてしまうので、今の処その機会が見えて来ません。

それでも寸暇を縫って遊ぶ積りですので、
何処かで何か面白いことに遭遇しましたら更新させて頂きます。

では、暫くご無沙汰させて頂きます。


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by Atelier-Onuki | 2014-07-31 22:55 | 日本 | Trackback | Comments(2)

指揮者「ロリン・マゼール」さん逝去によせて

前回に引き続き残念ながら、今回も大物指揮者の訃報です。
先日の7月13日に指揮者ロリン・マゼールさんが亡くなりました。
ちょうどサッカーW杯の決勝戦を見ていたのですが、ハーフ・タイムに流れたニュースで報じていました。
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彼は有名なのでグダグダ書かなくても、その指揮スタイルや輝かしい経歴、そしてベルリン・フィルを巡る不運な経歴も良く知られている所です。

20歳代で既に世界的に有名だった彼はキャリアも長いので聴く機会も多くありました。

特に私がウィーンにいた83年ころは、ここの歌劇場の音楽監督をされていましたので、
オペラは勿論のこと「ニュー・イヤー・コンサート」を始め演奏会もよく聴く機会がありました。

それに彼の音楽監督として最終地となったミュンヘン・フィルも今住んでいる街なので、
レストランで見かけることがあったり個人的には深い縁があった指揮者と云えます。

彼の演奏を初めて聴いたのは当然ながらレコードでしたが、30代でウィーン・フィルを振ったシベリウスや
チャイコフスキーなど録音の良さも相まって気に入って聴いていました。

その後はベルリン・ドイツ・オペラと録音した「椿姫」はローレンガーやフィッシャー・ディスカウなど
ドイツ人の歌手を中心に揃えながらもスマートな表現で独特の素晴らしさを発揮していました。

続けて出た「カルメン」は初めてアルコーア版を使用した録音で、今日ではそれが当たり前の演奏スタイルとなりましたが、
それまでギロー版のレチタチーヴォに慣れ親しんできた身にはそれはそれは新鮮な驚きでした。

何時もながらテンポを大胆に動かしていますが、この演奏では必然的と思えるほどピッタリとはまっていますし、
風などの効果音もふんだんに交えた録音は臨場感もたっぷり伝わってきます。

それにこのレコードではモッフォのカルメンが魅力的でした。
彼女は歌唱力としては難点を指摘する人もいますが、そのチャーミングな声と歌いまわしにはトロッとしてしまう程です。
(もっとも美人なのでそれも手伝ってチャーミングに聴こえるのでしょうか!)

セルの後を受けたクリーブランド時代では何と云ってもプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」が素晴らしい演奏でした。

このレコードは先日書いた例の「大十」で買ったのですが、実は同時期に発売されていたプレヴィン盤を買う積もりでした。
プレヴィンはこの様な情景音楽を描くのが得意で、以前からチャイコフスキーのバレエで感心しながら親しんでいました。

レコードを持って親父さんの所へ行くと、「フーン!!」と云いながら脇から別のアルバムを出してきて
「こっちの方がエエヨ !!」と云うのであります。
この存在を知らなかったのですが、ジャケットも綺麗だったし、信頼している親父さんの云うことに従いそちらに決めたのですが、
これは素晴らしい出来栄えで、すっかり気に入りました。
これは今でもこの曲のベスト録音ではないでしょうか。

初めてライヴ演奏に接したのはもうかれこれ40年ほど前で、ベルリン放送交響楽団と来日された時でした。
この頃はよく上野の文化会館に出入りしていたのですが、ちょっと親しかった会館の人に楽屋から入れてもらいました。

ステージ脇にはハープやコントラバスなど大きな楽器ケースには「RIAS」と刻印され所狭しと立ち並んでいて、
「RIAS」がこのオーケストラの名称だ位しか知らないのに、何の意味かも分からずに海外からの憧れのオーケストラというだけで興奮を覚えました。
(後に分かったことですが、正式にはベルリンRIAS交響楽団“RIAS-Symphonie-Orchester Berlin”と云って、
RIASとはRadio in American Sector“アメリカ軍占領地区放送局“の略とのことだそうです。)
何だかこの戦後間もない頃の表現にも歴史を感じさせます。

この時はコンサート・マスターをされていた豊田耕治さんをソリストにベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と7番の交響曲を演奏されました。

その後はフランス国立放送管との「幻想交響曲」はその演出の上手さで印象に残っています。
それとプロコフィエフの「古典交響曲」では二楽章の終わりの所、
手をクルクルと回して宙でパンと放った時などまるで指の先から音が出ているようで、
この時「この人は一番指揮が上手いかも・・・」と大いに感心しました。

ウィーンでは「カルメン」が再演出の形で上演されました。
それは10年ほど前に新演出された公演でしたが、その長い歳月の間に崩れて行った演出を再び指導し直すもので、
ゼッフェレッリ自ら演技指導に来られていました。
歌手もカルメンに当時絶頂期のバルツァ、ホセにドミンゴそしてエスカミーリォにはライモンディと
今思い出してもヨダレが出てきそうなキャスティングでした。

当然チケットを手に入れるのは大変で雪が舞う厳寒のウィーンで一晩並ばなければなりませんでした。
それも劇場をグルッと一周とり囲むほどの人々が列を作りました。
厳しい状況下でしたが、長い時間待っている間に、並んでいる周り近所の人たちとも仲良くなって行き、
何だか目的が一つのコミューンが出来上がりました。

パヴァロティが出演した「アイーダ」も同じような状態で並びました。
この時は全くの新演出でその斬新な演出、装置に戸惑った観客は結構「ブーイング」も放っていました。
二幕目、マゼールが出てきて振り出したのですが、間髪を入れずに大きな「ブーイング」が起こり、
彼は暫くジット身動きせずに耐えていましたが、とうとう押さえきれず「プン」と怒って退場してしまいました。

結局この日は公演中止という残念な結果に終りましたが、今となっては懐かしい思い出として残っています。

思い出を書き出したら長々となってしまいそうですが、
結局彼の演奏はこの2月に聴いたシベリウスの2番の名演奏が最後になってしまいました。

昨夜は聖ミカエル教会で追悼演奏がミュンヘン・フィルとやはり以前に音楽監督をしていたバイエルン放送交響楽団の合同で、
ゲルギエフ指揮のもとブラームスの「ドイツ・レクイエム」が執り行われたようです。

未だ19世紀的ないわゆるヴィルトオーゾ的でカリスマ性も持っていた巨匠でしたが、
心より安らかなご冥福をお祈りいたします。


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by Atelier-Onuki | 2014-07-23 03:27 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

指揮者「ブルゴス」さん逝去によせて

ちょうど一ヶ月前の11日に指揮者のラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスさんが亡くなられました。
彼の思い出を書こうと思っていたのですが、タイトな仕事をズート抱えていて今日まで延び延びになってしまいました。
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スペインのブルゴス生まれでお父さんがドイツ人、お母さんがスペイン人であることは有名で、
音楽も地元ビルバオとマドリッドそしてミュンヘンで学ばれたので、ラテン系、ドイツ系とも得意にされていました。

私が彼の事を初めて知ったのは大昔で未だ浪人時代、45年ほど前のことでした。

それは偶々ジャケットの写真が綺麗だったので、ジャケ買いのレコードでした。
シューマンの交響曲3番でいわゆる「ライン」と云う副題を持っていて、当然ジャケットはライン川の写真でしたが、
小高い山間に横たわるラインを撮った幻想的なジャケットでした。
(ジャケットの写真を探してみたのですが見付からず、ケルンの大聖堂が使われた別のジャケットを見つけました。どちらが初版盤なのかは不明です。)
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この頃は大阪の難波駅へ通じる高架線路の脇に「大十」と云う間口一間、奥行き三間ほどの小さなレコード店がありました。
本店は別の所にありましたが、ここは左の壁にはクラシック、右側はジャズの二種類しかなくて壁一杯に所狭しとレコードが陳列されていました。

ひょんなことからここの親父さんと親しくなり、よく通うことになりました。
店内にはいつも新譜レコードから選ばれたクラシック音楽が流れていて、
ちょっと強面の親父さんは最初取っつきにくかったのですが、話してみると優しい人で2割もまけてくれました。
それにしても半分はジャズだったけど、あの親父さんあの顔でジャズも聴いていたのかしら?(まぁ顔で音楽を聴く訳ではありませんが・・・)

そんな折、何故かは分かりませんが、Deccaの英国盤が大量に半額で放出されました。
この当時Deccaの録音は他の追随を許さないほど素晴らしい音でしたが、
中でも英国盤はプレス過程が原盤に近いので更に素晴らしく憧れのレコードでした。
もう見ているだけでヨダレが出てきそうな数々、実際デレッとしながら何時間も見入っていました。

とはいえ浪人の身ですから僅かな持ち合わせしかありません。
当時アルバイトをしていて週に一度単位でもらうアルバイト代が出ると、
その足でこのレコード屋に直行していましたが、欲しい枚数には程遠い持ち合わせです。

手に持ちきれない程のレコードを取りあえずは選んでそこからフームと悩んでから、厳選するのですが、どうしても絞りきれません。
そんな時は残りの何枚かを「あのぉ~すみませんがこれ取っといてもらえますかぁ~?」、
の問いに「ああ~エエヨ!」と優しく奥の方へ保管してくれました。

アルバイト代が出ると急いで引き取りに行くのですが、又新しい掘り出し物が出ていて、これも又保管の依頼と、こんな事をズート続けていました。

まぁその中の一枚がブルゴス盤だった訳です。

それ以降、彼のレコードはファリャを振った物など持っていましたが、ライブは一度聴いた位で余りよく聴いた指揮者ではありませんでした。

そんな折の一昨年、義弟がウィーンへ来るというのでデュッセルドルフから家内も交えて集合することになりました。
(結局、彼は来られなくなり家内とだけ集合したのですが。)
折角なのでと演奏会の予定を入れ、ウィーン交響楽団のシーズン最終公演を抑えていました。

当初はプレートルが指揮する予定でしたが急病の為、ブルゴスに変更されました。

普通このようなケースでは若い指揮者が代役で登場するのですが、
こちらも充分キャリアを積んだ超ベテランで、実際歩くのもままならない程でした。
指揮も椅子に座ってのもので、「彼も年取ったな~」と感慨深く見ていました。
(尤もこちらもそれだけ年をとっているのですが。・・・)

曲はベートーヴェンの「エグモント」序曲に始まり、堂々とした安定感のある演奏です。
二曲目はレオンスカヤをソリストにやはりベートーヴェンのピアノ協奏曲5番「皇帝」です。
冒頭から落ち着きのある演奏で気を衒わない何処も彼処も安定しています。
もう安心して身を委ねられるのですが、ゆったりとした二楽章ではもう襲い掛かる睡魔との闘いでした。

後半はレスピーギの「ローマの泉」と「松」です。
特に「ローマの松」での冒頭「ホルゲーゼ荘の松」から音楽がキラキラとまるで生まれ変わったように生き生きと輝きだし、
こちらもパッと目が覚めて座り直したほどです。

やはり彼の演奏はこういった曲に真価が発揮されるようです。

それにこのオーケストラの上手い事、金管や木管など円やかでありながら輝いています。
このオーケストラはとかくウィーン・フィルの影に隠れて地味な扱いをされていますが、
もっと高い評価をされてもいいのではないでしょうか。

「ジャニコロの松」での夜のシーンの表現も見事で、ナイチンゲールの鳴き声が被ってくる辺りなど怪しげな響きが混沌とする中、
幻想的でロマンティックな雰囲気を醸しだしていました。

最後の「アッピア街道の松」も遠くからローマ軍の足取りが段々と力強く迫ってきて、
クライマックスにかけてはオルガンも加わりバリッとした音の洪水で溢れていました。

これはレコードも含め我が「ローマの松」体験史上、最も感動した演奏でした。

又、一人一つの時代を築きあげた巨匠が亡くなり寂しくなりましたが、
ブルゴスさんの安らかなご冥福をお祈り致します。


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by Atelier-Onuki | 2014-07-11 17:54 | 音楽 | Trackback | Comments(0)