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「ヌエネンのゴッホ」(ドイツ・ニュース・ダイジェスト3月のコラムより)

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フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh,1853-1890)は
19世紀オランダのポスト印象派の画家で、後の美術に大きな影響を与えました。

彼の短くも激しく燃え尽きた生涯は、伝記本や映画にもなっていて有名ですので、
ご存知の方も多いと思います。
 
生涯に1枚しか絵が売れず、弟テオからの仕送りに頼りながら生活をしていたこともよく知られている事実。

33歳の時にテオを頼ってパリへ赴き、その当時やっと主流派としての地位を築き上げていた
印象派の絵画から影響を受けて、彼の絵は急に明るくなりますが、
オランダやベルギーでの修業時代の絵は暗く、テーマも重苦しいものでした。
 
オランダ・ブラバント地方のベルギー国境に近い小さな町ズンデルトで、
牧師の長男として生まれたゴッホは、生来の性格も暗く、人付き合いも良くありませんでした。

高等学校時代に初めて絵の手ほどきを受けたようです。
11歳の時に描いた「農場の家と納屋」(1864年)の鉛筆画が残っていて、
素直な筆運びの穏やかな絵に、才能の一旦を覗かせています。
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16歳で叔父が経営する画商「グーピル商会」に就職しますが、人付き合いの悪い性格から、
事あるごとに問題を引き起こし、とうとう23歳の時に解雇されてしまいます。

この頃から本格的に画家になりたいと思うようになり、ブリュッセルやハーグで絵の修行に打ち込みます。
ところが修行中も各地でトラブルメーカーとなったゴッホは、失意のうちに父親の元に戻ってきます。
 
父親の新しい赴任地であるオランダの「ヌエネン」では、
画家になることに反対していた父親の許しも得て、風景画を描き続けました。

最も力を入れて描いたのは農民達の姿。ゴッホは、
同じく牧師を父親に持つミレーから題材を始め、大きな影響を受けています。

ミレーはゴッホの精神的なバックボーンでもあり、その集大成として描かれたのが「ジャガイモを食べる人々」(1885年)でした。
 
これは習作を含め3作も描いていますが、「ジャガイモを掘った手で、ジャガイモを食べている……。
顔も土で汚れたように描きたかった」と、ここに農民の労働に対する尊厳や尊さを見出しているようです。
まるでミレーの「晩鐘」のように……。
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ここヌエネンは、ゴッホ・ミュージアム「フィンセンター(Vincentre)」があり、彼が描いた教会も残っています。
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それほど期待をしなまま出向きましたが、この小さな町は整備もよく行き届き、可愛い街並みは大いに気に入りました。
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by Atelier-Onuki | 2017-03-30 20:06 | コラム | Trackback | Comments(0)

「春が来た~」

ここ一週間ほどお天気も良く、気温がグングン上がりました。

例年、シュニー・グロッケンの可憐な白い花が咲き始めると、
ああ春が近づいたなぁ~と嬉しい気分になってきます。

引き続いてクロッカス、水仙、そしてスミレが咲き始めると、やっと春らしくなりイースターの頃には本格的な春到来となります。
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その頃には、いよいよ桜も咲き始めるのですが、今年は急に暖かくなったせいか、早く咲き始め、今はもう峠を過ぎてしまいました。
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そんな折、先日Uバーン(地下鉄)に乗っていてハインリッヒ・ハイネの駅からトーンハレに向かう途中で地上に出るのですが、木立越しにホーフガルテンがチラチラ見えます。

ふと気付くと、何だか紫色で帯状のものに目が留まりました。
「あれってひょっとしてクロッカスかも知れないなぁ」と
気になったので、トーンハレで降りて確認しに行きました。

ホーフガルテンに入ると、「オオ・なんだこれ!!」と言わんばかりの見事さ・・・
昨年までなかった光景で、きっと昨年末に植えたのでしょう。
新しく植えたせいかもうとっくに最盛期が終っているはずなのに、見事な咲きっぷりです。
それにまぁ何と広範囲に植わっている事でしょう。
これほどまでに見事なクロッカスは初めて見かけました。
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これを見たらキューケンホフ(オランダの見事なチューリップ公園)に行かなくても済かもと思えるほどです。

クロッカスに沿ってホーフガルテン内を遠回りで散歩しました。

ここではクロッカスが目立っていますが、スミレや水仙も咲いていて楽しい気分になれました。
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そろそろ最盛期も過ぎようとしていますので、明日もまた行ってみようかと思っています。



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by Atelier-Onuki | 2017-03-28 23:32 | デュッセルドルフ | Trackback | Comments(0)

アルベルト・ゼッダさんとクルト・モルさんの思い出

昨日と今日にかけてデュッセルドルフの歌劇場に縁のある音楽家が二人も相次いで亡くなりました。

一人は指揮者のアルベルト・ゼッダさんともう一人は歌手のクルト・モルさんでした。
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私がデュッセルドルフへ移り住んだは1985年だったのですが、
この頃のデュッセルドルフ歌劇場には未だ何人かの大物指揮者が出演していました。
(昔はベームやクライバーが指揮したこともあったそうで、その頃が羨ましい・・・)

それに正式な名称が「Duetsche Oper am Rhein (ライン川沿いドイツ・オペラ)」と言って
何だか憧れていたベルリンの「Deutsche Oper」に似ていて嬉しく思ったことでした。

中でもレコードで聴き親しんでいたアルベルト・エレーデがいて「リゴレット」など良く聴きに行ったものでした。

ドイツ物ではハンス・バラットやペーター・シュナイダーなどがいて本格的なドイツ音楽を聴かせてくれました。

イタリア物は先ほどのエレーデと昨日亡くなられたゼッダさんでした。

特に彼はロッシーニ研究で有名な方で彼の研究成果を反映したゼッダ版があるほどです。
(どこがどう違うのか私には分かりませんが・・・)

ロッシーニの生誕地ペーザロではアバドと協力して「ロッシーニ・フェスティバル」を主宰し、
一時期ちょっと人気が落ちかけていたロッシーニの再評価に尽力され、
「ロッシーニ・ルネッサンス」と言われるほどに人気が復活しました。

ロッシーニの死後、完全に忘れられていた「ランスへの旅」や「湖上の美人」などの再演にも大きく貢献されていました。

私は観た公演は「チェネレントラ(シンデレラ)」でその小気味の良いリズム感や軽やかな節回しなど、
如何にも本物のロッシーニを聴かせてもらった感じで大いに感心したことを思い出します。

それにこの演出が素晴らしい。

それは何とかの天才演出家ジャン・ピエール・ポネル、装置も自らデザインしたもので
切絵風の軽やかな装置は、ロッシーニの軽妙な音楽にピッタリとマッチしています。
演出はもう当然納得の一言で、コミカルな動きと軽やかな振り付けに気品まで漂って何度観ても飽きない演出です。

これはミュンヘンのシュターツ・オーパーやチューリッヒのものと同じものです。

そんな中1986年に芸術監督が変わりハンブルクから実力者クルト・ホレスがやってきました。
さすがこの人は人派が広く、新監督就任記念として、その頃活躍していた一線級の歌手を集め特別公演を開催しました。

5演目を15回ほどの公演を、それはあっと驚くような陣容でコトルバシュを初めポップにグルベローヴァ、
それにバルツァといった女声歌手にアライサ、コロ、カップチッリ、ベリー、モルといった男声歌手陣でした。

ゼッダさんが指揮をした「チェネレントラ」もその一つで王子にアライサ、隠者にベリー
それにチェネレントラにはバルツァと云った歌手陣で、これはウィーンあたりの大劇場でも揃わないほどのキャスティングです。

その上、劇場が大きくないので、まぁなんと良く声が通ること・・・これは大劇場では味わえない贅沢な公演でした。

バルツァなど堂々としていて義理のお姉ちゃん二人に虐められるのですが、
何とも動じない雰囲気でむしろお姉ちゃん二人がオロオロしていて思わず微笑んでしまいました。

ここでもゼッダさんの指揮は手馴れたもので、素晴らしいロッシーニを聴かせてもらいました。

さて、もう一人のモルさんもこの公演に参加されていて、シュトラウスの「バラの騎士」にオックス男爵の役で出演されていました。
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この頃のかれは大劇場でしか歌っていませんでしたが、昔この歌劇場に出演していた縁で出てくれたのでしょう。

これも予算があった昔の演出で、オットー・シェンクによるオーソドックスな王道演出です。
モルさんの歌唱、演技も堂々たるもので、理想的なオックス役を演じておられました。
特に2幕目での聴き所、バス歌手が出せる一番低い声を長く伸ばす所も見事に豊かな響きで聴かせてくれました。

デュッセルドルフの歌劇場もかつての財産的価値がある演目や演出を復活させてもらいたいものです。

また、二人の大物音楽家が亡くなり寂しくなりましたが、
ゼッダさんとモルさんのご冥福をお祈り致します。






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by Atelier-Onuki | 2017-03-09 02:56 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ウィーンの中央墓地(ドイツ・ニュース・ダイジェスト2月のコラムより)

2月のコラムを掲載するのをすっかり忘れていまして、とてもタイミングが悪いのですが、せっかくなので一応upしておきます。
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空路ウィーンへ到着し、「シュヴェヒャート空港」から街へ向かうと、
一番先に通過する観光スポット、それは何と墓地です。

墓地が名所というのも実にウィーンらしいのですが、さすが“音楽の都” と言われるだけあって、
ここ中央墓地(Der Wiener Zentralfriedhof)にはウィーンで活躍した幾多の大作曲家たちが眠っています。

またこの墓地は映画『第三の男』、(1949年公開、キャロル・リード監督)のラスト・シーンの舞台としても有名です。

市街地からは6番か71番の路面電車で向かうのですが、
この中央墓地だけで停留所が4つもある広大な墓地で、墓地の中をバスが巡回しているほどです。
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音楽家のお墓参りには墓地の正面入り口に位置する「Zentralfriedhof 2. Tor」で下車し、
中央に建っている大きなドームを持つカール・ルエーガー記念教会に向かって並木道を進みます。
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教会の少し手前を左に折れると、そこには名だたる作曲家のお墓が目白押しに建っています。(Gruppe 32A地区)
 
ちょっとした広場になっていて、中央にはモーツァルトの仮のお墓があり
(最初に埋葬された聖マルクス墓地が共同墓地だったため、遺体がどれだか分からなくなったのです)、
その後ろにそびえ立つ(メトロノームのような)オベリスクのお墓にはベートーヴェン、
右隣にはシューベルトが眠っています。
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このお墓も元々は街中のヴェーリンガー墓地(現在はシューベルト・パーク)にあったのですが、後にここへ移されました。

ベートーヴェンを崇拝し、葬式で彼の棺を担いだシューベルトも、
後を追うように1年後に亡くなってしまいます。
没後はベートーヴェンの傍に埋めて欲しいと切望していましたが、それが実現され、ここでもお隣同士です。
 
さて、小道を挟んでシュトラウスⅡ世、その右隣にはブラームスのお墓が建っています。
音楽スタイルが正反対の二人ですが、意外と仲が良かったそうです。

ドナウの流れをイメージした若い女性が寄り添うシュトラウスに対し、
ブラームスは頭を抱えるようにうな垂れ、今なお悩んでいるようです。
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彼らの背中側にはシュトラウス父とライバルだったランナーが仲良く並んでいます。
他にもズッペを初め、グルックやヴォルフにシェーンベルクなど枚挙に暇がありません。
 
作曲家だけでなく、ウィーン・フィルの名コンサートマスターだったボシュコフスキーや
名歌手ロッテ・レーマンなども眠っていますし、
サリエリやベートーヴェン唯一の弟子チェルニーなどは入り口近くの0地区に眠っています。 

音楽愛好家にとって、一つまた一つと偉大な音楽家の名を発見する喜びは、
ゾクゾクするほどの感動を覚えます。
まるで宝探しのように……。




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by Atelier-Onuki | 2017-03-07 00:06 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

「ラトルとベルリン・フィル」エッセンの演奏会から

先日の日曜日は我が今シーズン演奏会のハイライトとも云える
ラトルとベルリン・フィルの演奏会がエッセンのフィルハーモニーであったので楽しみにして出掛けました。
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今回はドルトムントとエッセンによる“Ruhrresidens”と題された初めての共同プロジェクトで、
ラトルとベルリン・フィルの演奏会は3種類のプログラムで6公演と、
メンバーによる室内楽のプログラムも数公演あって、いわばベルリン・フィル週間といった様相でした。

私が行った日はその最終日で演目のハイライトはマーラーの6番でした。

この曲は何とこのエッセンでドイツ音楽家協会が主催しマーラー自身による指揮で初演されています。
まぁこの当時は産業革命の最盛期で、鉄鋼で栄えたこの街は初演をするほどの力があったのでしょうね。

ラトルとベルリン・フィルも丁度、マーラー・プロジェクトが6番辺りに差し掛かっていましたが、
この曲を選ぶ辺りはサスガです。

演奏会が始まる前にフィルハーモニーの隣にあるシェラトン・ホテルで娘の彼氏と待ち合わせ、
暫くお茶をしていたのですが、開演の3・40分前辺りから、
このホテルに泊まっている楽団員がパラパラと会場へ向かって行きます。
中庭からは未だ部屋で練習をしているフルートやオーボエの音が聞こえていました。

今日の曲は長いので会場へ向かう前にトイレに行っておきました。

帰って来ると彼氏君が「さっきラ・ラトルさんがここを歩いて・・・」と興奮気味です。
彼にとっては初めて聴くベルリン・フィルだそうで、演奏を聴くまえからテンションは高まっていました。

さて、演目はマーラーに先立ってリゲッティの「Atmospheres」という曲と
ワグナーの「ローエングリン」から前奏曲が組まれていました。

リゲッティの曲はフル編成のオーケストラですが、それほど大きな音を出す曲ではなく、
むしろ重なり合うハーモニーを重視した曲で、現代曲ながら調整された音楽で聴きやすいものです。

まぁ何といってもベルリン・フィルですからここまで綺麗に聴こえたのかも知れません。

曲は静かに終わりましたが、まるで続いている曲のようにローエングリンが始まりました。
恐らく一つの曲のような扱いを意図して演奏したのでしょう。

静かに面々と重なりあいながら奏でられるフレーズは“綺麗”の一言。・・・

ワグナー自身も初めてウィーン・フィルを指揮したときは、途中で指揮することが出来なくなり、
オーケストラに全てを委ね一言“ Schön シェーン!”(綺麗)と呟いたそうです。

曲はいよいよ盛り上がりシンバルが大きく斜め叩く辺りでは“ジーン”と胸を打つものを感じました。

シンバルは曲がグッと落ち着く直前に、もう一度、今度はシャンと聴こえないほど小さく叩きますが、
ここでも味わいがあって、ちゃんとサビを利かせていました。

曲は静かに終わりを告げましたが、
このままズ~と全曲やってくれないかと思うほどで、想像以上の素晴らしさでした。

休憩後はいよいよメイン演目マーラーの6番です。

この曲は作曲家マーラーとしては絶頂期の作品で、ありとあらゆる手法が盛り込まれた完成度の高い曲ですが、
その背景には既に不吉な現実が迫っている作品でもあります。

オーストリア南部のヴェルター湖畔の作曲小屋で作曲されたせいか、
至るところにアルプスを連想させるメロディや、カウベルが時折鳴らされさらにその雰囲気を盛り立てています。
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それに何といっても、興味深いのは最終楽章で叩かれるハンマーでしょうか。・・・

オーケストラだけの曲としては最大編成で、もう一睡の余地も無いほど奏者で埋め尽くされています。
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ザン・ザン・ザン・ザッザ・ザンとチェロとコントラバスによってキリッとした刻みで始められました。
あぁなんと弦の濁りがないクリアな響き・・・軽やかなのにふくよかさや深みを兼ね備えています。
時折アクセントで入る小太鼓なんか硬質な響きで小気味良くなんと格好良いことでしょうか・・・
(さっきシンバルを叩いていた同じオジサン)

もう最初からウットリです。

曲はガラリと雰囲気を変え柔らかくロマンティックな旋律へと移りますが、
ここでもトロケそうな響きで、益々身を委ねて行きます。

この日座っている席は第一ヴァイオリン末席の真上なので響きがそりゃ豊かに伝わって来ます。

特にチェロとコントラバスは正面を向いていますから、こちらにグァングァンと響いてきます。

軽やかで濁りの無い響きの弦群はフォルテッシモになっても心地よく、全くの煩さを感じません。
それでいてふくよかさや深みが伴っていて純粋な響きです。

あぁ同じような音を出しているのですが、この目の詰まった響きの質は数段違うようです。

散りばめられたトランペットやホルンのソロも“上手い”・・・ウットリとしてしまいます。

30分近くと長く万華鏡のような1楽章は怒涛を打つように終ってしまいました。

2楽章にはラトルさんはアダージョをもってきました。
(マーラー自身が入れ替えたこともあり、指揮者の解釈によって2楽章と3楽章を入れ替えられます)

ゆったりと弦によって始められたメロディーは何と甘美なことでしょうか。・・・
もうこの辺でウットリとしているのですが、これに木管が怪しげな旋律で絡んできます。
どこか懐かしい雰囲気が醸され、山岳地方を連想させるような長閑さも感じられます。
途中、コロン、コロンと鳴らされるカウベルもその雰囲気を助長しています。
マーラーってやっぱりアルプス的な作曲家だなぁ・・・
それは森の中の小屋で作曲をしていたからでしょうか。・・・

ティンパニーとコントラバスの刻みで3楽章が始まりました。
この風刺風の楽章も、複雑なアンサンブルを見事にコントロールされ、
煌めくような音楽のディティールが手に取るように伝わってきます。

盛り上がっては盛り下がり、奇妙な旋律が複雑に絡み合い、
その精神分裂的なヨジレタ音楽ですが、綺麗に統制され見事なバランス感覚です。
チューバとトロンボーンで怪しげなサビを入れますが、ここでも品の良さを保っています。

チェレスタやハープを伴った怪しげで萌え出でるような響きではじまる4楽章は、
休みを入れずに続けて始まりました。

この甘美な雰囲気も打楽器群によって打ち消され、益々怪しげな雰囲気を木管や金管が絡み、
半ばヤケクソぎみの感じで打楽器も乗っかって不気味な雰囲気です。

ジワジワと金管群が主旋律らしき旋律を組み立てて行き、段々と盛り上がりをみせるかと思いきや
今度は突風のような木管が邪魔をしたかと思うと、
急に落ち着いた雰囲気になりカウベルなどが加わり牧歌的な穏やかさに・・・

支離滅裂とも云えそうな音楽が勢いを取り戻し、グイグイと進むなか、
とうとう一度目のハンマーが打ち落とされます。

これは何かの運命なのでしょうか、それとも打ち消すための物なのか・・・

色んな説が論されていますがマーラー自身も打つ回数を含め迷っていましたから、
結局はなんとも言えませんが・・・まぁ大きな特注のハンマーでした。

結局、ラトルは2度打つ方の解釈でした。(バーンスタインは3度)

曲は大伽藍のフィナーレに入り、一旦静かに落ち着き終るかに思わせた後、
ジャ~ン・バン・バン・バン!と大きな一撃で閉じました。

いやぁ~それにしても素晴らしかった。
もうこれ以上を求めるのは難しいほどの演奏でした。

ベルリン・フィル恐るべし・・・(ラトルさんベルリンを去らないで・・・)

こんな素晴らしいオーケストラが地元にあったらなぁと叶わぬ事を思っていました。
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それにしてもローエングリンの演奏は飛びっきり素晴らしかった。






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by Atelier-Onuki | 2017-03-03 02:05 | 音楽 | Trackback | Comments(0)