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マーラーの作曲小屋1-オーストリア、アッター湖畔 (ドイツ・ニュース・ダイジェスト7月のコラムから)

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グスタフ・マーラーは生涯に3カ所の作曲小屋を作りました。

彼は毎年9月から翌年の6月までの音楽シーズンは優秀な指揮者として活躍していましたので、
夏休みの間に集中して作曲に取り組んでいました。
 
作曲に専念するため、最初に訪れたのはザルツカンマーグートの湖水地方にある湖の一つ、
アッター湖畔のシュタインバッハという小さな村でした。
 
当時マーラーは33歳、ハンブルク歌劇場の音楽監督時代でしたが、
1893年から1896年まで4年にわたり弟や妹達と休暇を兼ねて滞在していました。
それにしても、誰から聞いたのでしょうか、よくもこんなへんぴな所まではるばる来たものです. 

彼が滞在したホテルは「ガストハウス フェッティンガー」といって現在は名称こそ変わりましたが
当時のまま現存していて、2階の階段室にはマーラーが滞在していた部屋が再現されています。
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最初はホテルの部屋で作曲に勤しんでいたのですが、
何かと騒がしくて集中できなくなり湖畔に小屋を建ててもらったそうです。
 
事実、私が行った時も、ちょうどマイバウム(“5月の木”といって、
町のシンボルとして5月1日に建てられる)を建立した日で、
ホテルの庭では楽隊がくつろいでいて、ご機嫌な音楽が時折演奏されました。
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これではあの神経質で深刻な内容がたっぷり盛り込まれている曲の発想は邪魔されたことでしょう。
 
小屋はホテル裏手にある湖畔にポツリ(マーラー時代の写真だと)と建っています。
今はキャンピング場を抜け、小屋の隣にはダイビング・スクールも建っています。
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気を取り直してドアを開け慎重に歩を進めると、突然、弦のトレモロと共にザバザバザンと
お腹に響くようにコントラバスが力強く刻みました。
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それはセンサーが反応してここで作曲された交響曲2番の冒頭が鳴り始めたのでした。

ここでは、牧歌的な交響曲3番も作曲されていて、意欲に満ちた名作が生れています。
 
この頃、ウィーンへの進出を目論んでいた彼はコネを得ようと
近くのバド・イシュルに滞在中のブラームスの元を訪れています。
 
私も従って翌日はバド・イシュルへと向かいました。
(何のあてもなく!)


by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2017-07-27 21:53 | コラム | Trackback | Comments(0)