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あの頃のウィーン生活

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この歳になってくるとちょっと前に考えた事を何だったっけ?? あれっ・・・
とすっかり忘れてしまうくせに、やたらと昔の事は懐かしく思い出されたりします。

そんな中でも最初に住み始めたウィーンでの生活は、特に懐かしく思い出されます。
三十年ほど前のことでしょうか。
この頃は、働く気苦労から開放されて一時だけの自由気ままな生活を楽しんでいました。
朝は気が向いたらシェーンブリュンで散歩、午後からは単に滞在ヴィザ取得の為に
大して気が乗らないまま語学学校へ、夜は大抵オペラで過ごし、
週末には仲間と近郊へ遠足と、もう夢のようなボヘミアン生活。
と云っても決してリッチな生活という訳ではありません。
僅かばかりの手持ちが無くなるまでの筍生活・・・
暫くは先の心配をしないで一時の自由を楽しんでいるだけです。

それにしても当時の食事事情は今と違ってひどいものでした。
スーパーなどはまだ余り無くて、食料品はナッシュ・マルクトと云う
半分露天のような所で購入するのですが、
当時は魚などはほぼ諦めなくてはならないし、野菜の種類も
極端に少なくて、これが冬場になるともっと深刻な問題になりました。
玉ねぎなどは一回凍った物すら売られていて、いよいよ売る物がなくなると
一軒、また一軒と店が閉じられていく有様でした。

毎晩オペラと云ってもここではありがたい事に立見席という制度があり、
信じられない位の料金で観ることができます。
でも不思議なもので、お金はドンドン無くなる一方ですが、
それとは反比例するように夢だけは膨らんでいくようでした。

仲間にも恵まれていました。
絵描き、彫刻家、舞台美術家、それに作曲家やギタリストなど、
其々日本でそれなりの成果を上げて来た人達で気概も知識もあり、
其々が更なる研鑽を積んでいました。
それに、偶々かもしれませんがとてもラッキーな事に、
彼らは純朴でとても良い人達でした。
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それとこの街にいると、普段から大物芸術家にあっけなく出会う機会もしばしばあります。
ウィーン・フィルの人達も演奏会があると地下鉄や路面電車に普通に乗って、
一般客と一緒に会場へ向かっているし、クラリネットのシュミードルなんかVespaに乗って
バタバタとやって来ていました。
街中でも良く見かけますし、つい先ほど聴いた演奏会の指揮者ですら
演奏会からの帰りの路面電車で遭遇したこともありました。

そうそう、あの小澤先生なんかもっと気さくで気取らない方なので、
赤い野球帽にヨレヨレのジャンバー姿、
それにスーパーのビニール袋をぶら下げてウロウロされていました。
この後、オペラの楽屋入口では案の定、守衛の人に呼び止められていました。

ここで生活をしていると、知らず知らずの内に
自分もその延長線上に居るような錯覚に陥ってしまう事があります。
これはパリやニューヨーク辺りの大都会でも同じような現象があるかもしれませんが、
余りにも身近なため自分の実力も顧みず、同系列と思い込んでしまう危険な現象が
おこることもあります。
我々の気の良い仲間内でもそんな議論がなされる事も良くありました。
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そんな中、以前にも登場した絵描きのKさんは全く欲のない純朴な飾り気のない人で、
自然と皆からも愛されていました。
そもそもウィーンへやって来たのも、友達に誘われるまま出品した作品が
ニューヨークでのコンクールで何と一等賞に輝き、賞金におよそ100万円を得たそうです。
それを元に彫刻家のAさんを頼って遊びに来たままウィーンに住みついていました。
アパートの大家さんにもすっかり気に入られて、
家賃の代わりとして、時々彼の版画が請われたそうです。

映画を見に行ったり、森へ山菜摘みに行ったり、皆で出かける時は何時も彼が一緒でした。
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そんな中、ある日、K子さんと云う清楚な美人が仲間に加わりました。
この人はフォルクス・オーパーの合唱団員で、歌手の割には大人しい性格、
何時も静かで 「男気なしのK子さん」 として通っていました。

ところがこのK子さん、初めて見たその日から、
純朴な絵描きのKさんの事が気になっていた様なのです。

ある日、郊外へ出かけた時の事、ポピーを知らなかったK子さんに
草原の中にそれを見つけたKさんが花を摘んで来て
「K子さん、これがポピーですよ」と真っ赤なポピーを差し出しました。
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これが又、すっかりK子さんの心を捉えたようで、以来二人だけのデートが始まりました。
Kさんは、なんと二回目のデートで 「K子さん、結婚しませんか?」 
と朴訥にプロポーズをしたそうです。

それを知った仲間達は、こりぁメデタイと、早々に結婚式や披露宴の準備。
知り合いの助けを借りてトントンと決まって行きました。
このK子さんは歌劇場所属ですから公務員扱いで、何と国からお祝い金が出るらしい。
当時、この国で10年以上働いて税金を納めた人には、
初婚に限り結婚祝い金が支給されたそうで、これは外国人にも適応されました。
それも60万円ほどの大金です。
地理的にも歴史的にも微妙な立場にある小国は、唯一の【自由な】社会主義国家で、
東西それぞれにちゃっかり気を使った政策を取っていました。
こんなユルい制度も、自由な社会主義国家ならではのことだったのではないでしょうか。
その後、彼らは新婚旅行でヨーロッパ中を旅し、今は日本で挿絵の仕事をされているとか。
たくさんのお子さんにも恵まれ、きっと暖かい家庭を築いておられる事でしょう。

私は今でも、野原でポピーを見つける度に 「あっK子さんが・・・」 と呟いてしまいます。

by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2012-11-09 23:48 | ウィーン | Trackback | Comments(0)
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