人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団の演奏会

ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団の演奏会_a0280569_105774.jpg
先日に引き続きベートーヴェン・チクルスの一環でこの日の演目は二番と六番の
シンフォニーでした。

こう頻繁に演奏会やオペラ行くので高額なチケットなどは購入せず、
なるべく立見などのリーズナブルな所で我慢をしています。

この日の会場はヘラクレスザールでここは立見席があります。
唯、公演によって区々で、一般のエージェントが主催だと全く売り出されませんし、
BR主催だと大抵は開放されるのですが、これが又ややっこしく
多分チケットの売れ具合によっては販売したりしなかったりで、
行って見ないと分からないと云う何ともバイエルン的曖昧さで困惑をしています。

早々に窓口で尋ねてみると、「今日はありません」との返事・・・
「全くでないの?」と聞き返すと「ひょっとしたら後で出るかも」と曖昧・・・
近くのカフェで時間を潰してから再度行って見ると、未だその状況が変らないらしく
同じような目論見の人達が、窓口付近でもう20人ほどウロウロしています。
手に「チケット求む!」と書いたカードを持っている人達もいて思いは区々です。

開演も近づき人気はパラパラとしてきました。
そして開演を知らせる最初のベルが鳴り出しました。
今日はもう家に帰ってフロでも入って一杯やろうかなぁ~と思いかけた頃、
急に窓口付近に人々が殺到して殺気すら立っています。
何事かと見てみると一斉に残った席を一律でさばき始めました。
こりぁ何てことだと思いつつ列に加わりましたが、こんな緊急事態でも
この国では要領が悪くやっと4~5人位捌いた辺りで、プリンターが不調、
慌てて修理しようとしていますが全く上手く行きません。
もう二回目のベルが鳴っています。・・・
とうとう修理を諦めた窓口嬢が、「私に付いてきて」と窓口を飛び出し、
ゾロゾロと十四、五人の老々男女が小走りに付いていきました。
ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団の演奏会_a0280569_115051.jpg
長いクロークを抜け一番奥の大階段を駆け上り、
今度はターンして又階段、とにかく一番近い入り口から滑り込みましたが、
何だ未だオーケストラも入っていない状態で拍子抜け・・・

空いている席を目指しましたがとうとう一番前までありませんでした。
仕方なく第二バイオリンの真下に陣取って息を整えました。
ここでは各楽器のディティールや、楽器間のやり取りなど面白く聴けますが、
どうしても偏った響きで、二楽章などあの蕩けるような円やかな響きは
もっとブレンドされた状態で聴きたかったなぁと思い、後半は二階席へと移動しました。

後半は大好きな「田園」です。
五番のシンフォニーと同時進行のように作曲されたこの曲は冒頭の四つのテーマが
同じにも関わらずテンポと表情を変えただけで、これ程、性格が違う雰囲気の曲に仕上げた作曲家の才能にはさすがと云うしかありません。

滑らかで丁寧にすべりだした弦は木管へと受け継がれ、
ふくよかで気分が盛り上がって行きます。時折付けられる絶妙な強弱は
曲にコントラストを与えあっと云う間に一楽章が演奏されました。
二楽章の出だしも柔らかくて綺麗なこと・・・もうウットリとしてしまいます。
ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団の演奏会_a0280569_112361.jpg
演奏しているのはここのオーケストラなので頭の中では
この近くの森や小川を連想しようとしていますが、どうしても思いつかず
ツイツイあのハイリゲンシュタットからウィーンの森に続いていく小道、
ベートーヴェン・ガングと云われる所が浮かんで来ます。

ベートーヴェン時代にはまだ無かった住宅地を暫く歩かなければなりませんが、
それでも小川の周辺は緑豊かな散歩道で、
庭もたっぷりとゆとりがある家々は気持ちの良い環境です。
もう墓地を抜けるとそこから葡萄畑が広がり、
緩やかな丘陵がカーレンベルクの丘へと滑らかに続いて行きます。

彼の時代は今よりももっと冬が厳しくて春がどれだけ待ちどうしかったことでしょうか。
そうこの曲はやはり春に聴きたいものです。
自然描写だけに留まらず自然を通した心の動き・・・
そして自然への讃美と感謝へと曲は進んで行きます。

「風はやみ日差しもれぬ、牧場にまた春来たりぬ・・・」
と終楽章のメロディに付けられた唱歌の歌詞は、
その気持ちを上手に伝えていて、ふと口ずさんでいる時があります。

by Atelier Onuki
~ホームページもご覧ください~

応援クリックありがとうございます!

人気ブログランキングへ
by Atelier-Onuki | 2012-11-12 01:05 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
<< 秋はやっぱりブラームス あの頃のウィーン生活 >>