クラウディオ・アバドのこと

a0280569_3372381.jpg
先日はヘラクレス・ザールで折角アバドの演奏会があったのですが、
この処、忙しさも佳境でちょっと神経も疲れていたので残念ながら行けませんでした。
彼は癌を患って、復帰後も演奏会は年に10回あるか無いかと激減いたしましたので、
とても貴重な機会だったのですが、体力・精神ともに負けてしまいました。

これは彼が作ったボローニャのモーツァルト・オーケストラとバッハばかりのプログラムでしたが、
この後ジェノバとパレルモでも同じ演目で公演を行うようです。
健康に気をつけて余り無理をされないことを願っています。

彼はベルリン・フィルの在任中に癌に侵され、暫くの闘病期間をおいてから復帰しましたが、
彼自身もこの少ない演奏機会を大切に取り組んでいるように思います。
元々素晴らしい指揮者ですが、何かもっと吹っ切れたような、
別次元の境地に入ったかの印象を受けます。
元来、純粋でピュアな濁りの無い音楽作りをしていたように思いますが、
それが更に純化してその精神はとてつもなく高い所に来ているような気がします。

初めて彼の演奏を聴いたのはロンドン交響楽団と来日した時で、
演目はラヴェルの「ラ・ヴァルス」とマーラーの5番のシンフォニーでした。
あのラ・ヴァルスの冒頭、静かに出始めた音がきしみながら交差して行くあたり、
もうゾゥとするような神秘的な響きで何か別世界へ引き込まれそうな感覚で鳥肌が立ちました。
(録音でも彼のラヴェルは本当に良いですね)
マーラーも当然ながらアダージョなどウットリとした世界に浸れました。

その後はウィーンでの演奏会やオペラで聴きましたが、
特にオペラはもう素晴らしいの一言です。 
スカラと同じストレーレル演出の「シモン・ボッカネグラ」
あの一幕二場目、大きな帆を張った船が中央にセットされ、
印象的で綺麗、何ともお洒落な演出。
a0280569_3375723.jpg

歌手も豪華な布陣で、男声歌手ではブルゾンとライモンディ低音域二人の二重唱など
はっきり張り合っているのが分かるほどの熱唱。
もうテノールやソプラノ(多分リッチァレリだったか)が誰だったか
その存在が霞む位の印象でした。
こうなったらもうアバドの独壇場、全体をキリリと引き締め、
素晴らしい集中力と歌にも充分満ち溢れた、
これぞヴェルディという世界を表出してくれました。

アバドが「シモン・ボッカネグラ」を取り上げるまでは、それほど頻繁には
上演されなかったこのオペラですが、これ以降注目をされるようになりました。
もう「シモン」と云えばアバドと真っ先に思い出すほどです。

それとパヴァロッティが出た「仮面舞踏会」や、
テアター・アン・デア・ウィーンでの「ドン・ジョバンニ」も
生涯忘れられない程の素晴らしいものでした。
ウィーンに現存する一番古い劇場テアター・アン・デア・ウィーン
(ウィーン川沿い劇場と云う名ですが、現在は川に蓋をして上にズラーと市場が並んでいるので見えません)
 はモーツァルトの「魔笛」でこけら落としをした劇場として知られています。
古いのでギシギシ雑音も多いのですが、このオーケストラ・ピットに
モーツァルト自身が立って指揮をしていたと思うと感慨深いものがありました。
真っ黒な街角に雨が降っているシーンから始まったアバドによるドン・ジョバンニは、
演出もスマートで仕掛けも一杯で楽しめました。
例えばレポレロの「カタログの歌」のシーンでは舞台の端にカタログを引っ掛けて
ドンドン読み上げるたびに延ばして行き、最後は舞台一杯まで延びて行きますが、
それに腹を立てたエルヴィラが火をつけると、花火になっていたカタログは一気に消滅してしまいました。
演奏もスタイリッシュでスマートにドンドン進行していきます。
レチタティーヴォの伴奏ではチェンバロではなくフォルテ・ピアノとチェロによるもので
特にチェロを多用しちょっと今まで聴いたことがない豊かな潤いを与えていました。

ベルリン・フィル在任中の演奏会では特にマーラーの何曲かのシンフォニーが印象強く残っています。
中でも、ケルン聴いた9番なんか彼の体質にも合っているのでしょうか特に素晴らしかったと思います。
それとウィーンでの7番、・・・ これはラトルのベートーヴェン・チクルスを
聴きに行った時の最終日の夜に聴きました。
a0280569_32989.jpg

こんな風に一日の間にウィーン・フィルとベルリン・フィルを両方聴けるなんて現象は
ウィーン以外では知らないのですが、
午前の11時からベートーヴェンの9番を、夜はマーラーの7番と云う超ハードなものでした。
しかもアバドはこの日の演奏会が音楽監督として
ベルリン・フィルとの最後の共演という記念すべき演奏会。
ベルリンではなくウィーンを選んだのは、ここの音楽アカデミーで学んだ彼にとっては
思い出の地なのかも知れません。
実際、ここの聴衆は彼をこよなく愛していて、いつも暖かく迎えていました。
貴賓席にはアバドの前任者であったカラヤンの夫人エリエッテさんと、
後任者となるラトルも来賓しています。
会場は着飾った年配の婦人で溢れんばかりです。
彼も若い頃は本当に格好が良くて(今も勿論ですが)大勢の追っかけファンがいました。
当時その追っかけていたファンも今はそれなりの年配になって時の移り変わりを感じます。
そして緊迫した演奏の幕が終わると、あちこちからステージめがけて花束が投げ込まれました。
a0280569_3384824.jpg

それはそれは、何時終わるのか分からないほど延々と雨のように降っています。
もうステージは足の踏み場も無いくらいに花で埋め尽くされました。
オーケストラが去った後も拍手は一向に鳴り止もうとはしません。

何度も何度も名残を惜しむように・・・

by Atelier Onuki
~ホームページもご覧ください~

応援クリックありがとうございます!

人気ブログランキングへ
[PR]
by Atelier-Onuki | 2012-12-11 03:30 | ウィーン | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://geigenberg.exblog.jp/tb/16956507
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< ヴィシネフスカヤさん逝去によせて 束の間の木漏れ日 >>