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新フェスティバルホールのオープニングに寄せて-3

もう夏休みも終わろうとしていた8月末にはバーンスタインとニューヨーク・フィルが二度目の来日をしました。
演目は三種類あったのですが、私が行ったのはハイドン101番の交響曲「時計」、
お国物であるコープランドのクラリネット協奏曲、最後がベルリオーズの「幻想交響曲」と云うものでした。

まぁこの当時は私にとってこれが一番親しみ易かった演目だったので、これを選んだのですが、
後年少し音楽が分かるようになって来た頃、この前日に行われたマーラーの9番が滅法素晴らしい演奏だったそうで
今では伝説の様に語り継がれているのを知りました。
今となっては返す返す残念に思いますが致し方ありません。
当時は未だマーラーは今日のように一般的には親しまれてなく、ごく一部のマニアックなファンの間でしか
聴かれていませんでした。

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それでも登場してきたバーンスタインは格好が良くて、まるで映画俳優のような面持ちでした。
それに指揮をする姿が又格好良い。
肩を怒らせ、ひじを両脇に付けながらリズミカルに興じる指揮ぶりはまるでジャズバンドを前にタクトを振っているバンド・マスターのようで、如何にもアメリカンそのものでした。
ピアニッシモでは体をこれ以上小さくなれないほど屈んだと思えば、音楽が高揚するシーンでは飛んだり跳ねたりとダイナミックそのものです。

ハイドンは作曲家と同じようなウィットに富んだ性格からか、それはそれは自由で遊び心満載の演奏です。
二楽章、例の時計の名称となったリズムが刻まれる所など、リタルダントはしまくるわテンポは好き気ままに動かすわで思わず笑い出しそうになりました。
それでも音楽は生き生きとしていて最後まで楽しく聴く事ができました。
バーンスタインは本当にハイドンが好きなのだなぁと思います。
それは晩年ウィーン・フィルとの演奏でも実証済みで、喜びに満ち溢れた楽しいハイドンでした。
コープランドを挟んで、最後は「幻想交響曲」、ステージには溢れんばかりのオーケストラが並びました。
それでも足りなくてステージから外れた両サイドにある通路、日本独特のいわゆる花道にまで座っています。
特に左側にはエッこれってあり?と思うほど、トロンボーンやチューバなどの金管群が陣取っていました。
曲はスタイリッシュに始まりドンドンと盛り上がっていきます。
3楽章フィナーレの遠雷が静かに遠ざかって行き、いよいよ4楽章そして最終楽章の金管が華々しく活躍する楽章へと移って行きました。

もう4楽章辺りからやたら左の金管が気になるほど飛び出してきます。
終楽章のフィナーレに向かってボンボン出てくる金管の饗宴は、もうハチャメチャ、
各々の楽器のリズムやハーモニーはグジャグジャと乱れまくりです。
まぁアヘン自殺を図った人が見た夢の中で、亡霊の饗宴が最高潮に達するシーンですから、
返ってこれくらい乱れた方が面白いのかも知れませんが、
これは何十年も後に聴いたラトルとウィーン・フィルでも乱れまくり(これは楽器が機能的ではない古いタイプなので仕方が無いかもしれませんが)、
今まで私の幻想交響曲の体験史上、一番見事に乱れた二大事件でした。

演奏会も終わり、やはりその格好の良さにサインを貰いに行く事にしました。
フェスティバルホールには便利な事にグランド・ホテルが併設されていて、
大抵の出演者はここに泊まっているはずです。
唯、何処へ如何行ったら良いものやらさっぱり分からないまま、ホテルへ通じる地下駐車場を、
その後家内となる女性を引き連れて歩いていました。

暫くすると向こうの方から何処かで見た事のある男性二人が歩いて来ました。
よく見ると何とそれは小澤さんと音楽評論家の福原信夫さんでした。
恐る恐る「あのぉ~、サインを貰いに行きたいのですけど・・・どう行ったら良いのでしょうか?」と尋ねると
「ああ、僕らも行くところだから一緒に行きましょう。」とえらく気さくに答えてくれました。
もうドキドキしながら何とか一緒にエレベータに乗って何階かは忘れましたが、
かなり上の方まで昇っていきました。
小澤さんがドアをノックし、中から忘れもしない濃紺のバスローヴに身を包んだバーンスタインが現れました。
すかさず小澤さんが我々の希望を早口で伝えてくれた処、にこやかに「カモン・カモン」と
部屋の中へ招き入れてくれました。
右手にタバコ、左手にはオンザ・ロックでソファーの所まで移動して、サインをしてくれました。
それに握手までしてくれて、緊張の余り「サ・・サンキュー」としか云えなかったのですが、
なんと彼女には「ユーアー ウェルカム」と頭を撫でてくれました。
もう緊張と興奮でどのようにお暇したかは忘れてしまいましたが、
これ以来すっかりバーンスタインと小澤さんのファンになりました。

音楽ファンにとって其々がこのホールでの貴重な思い出がある事と思います。
母も新しいフェスティバルホールの完成を楽しみにしていて、
「死ぬまで、もう一回聴きに行きたいわぁ~。」と云っていましたが、その思いは果たされぬまま昨年亡くなってしまいました。
これから新しい一ページづつが綴られて行く事でしょうが、本当に音楽ファンから愛される素敵な音楽の殿堂であり続ける事を願って止みません。

by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2013-03-16 03:59 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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