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ヨーロッパの春は

今年の冬は本当に長く、やっと先々週クロッカスやシュニーグロッケンの小さな花々が咲き出したのに、
また雪が降り出しました。
もうイースターだと云うのに… 春が待ち遠しいです。
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さてシスレーの洪水の項でも書いたのですが、昔々日本で開催されたルーブル展で、
洪水の絵以外で印象に残ったのがミレーの描いた「春」と題された絵でした。
(この絵も当時はルーブルに展示されていました。)
重々しいテーマの絵が多かった中、子供だった私にはホッと出来る一枚で親しみを感じました。
この一見穏やかで奥行の深そうな絵は、嵐が通り過ぎた直後を描いているようで、中央の木陰には
雨宿りをする人が祈るような姿で立っていますし、遠くの空にはまだ暗い雲が立ち込めています。
かすかに青空がのぞいて、反対側の画面には二重の虹が力強く描かれていますが、春というと、
お雛祭りや宮城道男の「春の海」など静かなイメージで育った日本人の子供には、嵐のような
力強さが春のイメージとは合わず、ずっと気になっていました。

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                               ミレー作 「春」

その後、西洋音楽を聴くにつれ、この時から思っていたのと同じような疑問を、春に因んだ曲から
時々感じるようになりました。もっともいくつかの歌曲を始め、シュトラウスの「春の声」とか、
ベートーヴェン若き日の清々しいヴァイオリンソナタ「春」等、明るく爽やかでウキウキとした春の
イメージにぴったりの曲もありますが、例えばよく知られているヴィヴァルディの「四季」からの
春でさえも、一楽章で確かに嵐のシーンが聴かれます。イタリアの嵐ですからご愛嬌程度ですが。

それからシューマンの第一シンフォニー「春」では、荘厳に始まった曲は一気にクレッシェンドして
最強音となり、はち切れそうな気持ちで曲がぐいぐいと進んで行きます。
室内楽的な二楽章の夢見る様なロマンティックな所もあり、全体として確かに春の喜びに溢れています。
この曲はシューマン自身が当初「春の交響曲」と題しながら、先入観を与えるのを避けるため、
発表時には単に「交響曲第1番」と変更していますが、やはり春を意識した作品で、
ベートーヴェン以降幾多の作曲家が交響曲を発表するのに苦労したのと同様、いや特に意識した
作曲家の初めての交響曲で、春の様な初々しい気持ちで書かれたのでしょうが、やはり我々の
「春の海」からは遠い世界でした。

更に、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に至ってはどうでしょうか。
いくら原始的な内容のバレエ音楽とは云え、この土音を立てて力強くやって来るものの
どこに春を感じたらよいのか、ずっと戸惑っていました。
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                                     初演版「春の祭典」の1シーン  小貫恒夫画


しかし、これらの疑問はウィーンやデュッセルドルフで暮らし、だんだんと理解出来るようになって来ました。
暫くヨーロッパにお住まいの方はもうお気付きと思いますが、ここの春は本当に力強く土音を立てて
やって来る感じがします。あの可憐なクロッカスが一斉に顔を出し始めると、もう一気に駆け足で春がやって来ます。
もちろん嵐もやって来ますし、一雨一雨、日増しに暖かくなるのが肌で感じられます。

ウィーンにいたある日、待ち遠しかった穏やかな陽がやっと窓から差し込んで来ました。
もうじっとしていられず、あのグリンツィングにあるベートヴェンが「田園」のインスピレーションを受けた
小道に出かけたくなりました。
ウィーン市街から僅か30分位の所ですが、まだ往時を偲ばせるのどかな田園風景が残っています。
緩やかな丘陵、ウィーンの森を背景にブドウ畑が広がっています。長くて厳しい冬からやっと解放され、
気持ちはうきうき、気が付けば自然にスキップを踏んでいる有様です。
ウィーンの冬は本当に寒いんですよ。古い建物で暖房もセントラルヒーティングではなく、
ストーブの所が多く、田舎では薪で暖を取っている家もありました。
ましてやベートーヴェンの時代はどうだったでしょうか。きっと今の私達よりもずっと春の訪れを
恋しく待ちわびたことでしょう。
ザワザワと一瞬木立が騒ぐように風が吹き抜けました。ポツリ、ポツリがボタ、ボタと大粒になり、
一気に滝の様な雨が嵐の轟きと共に降りだしました。それは激しく、大地の全てを洗い流す様です。
でも、こんな時は慌ててはいけません。
どこかの軒先でじっとしていれば、一通り降るだけ降った雨はすぐに去って行きますから。
暫くして散歩を再開しますと、木々は先程よりもさらに瑞々しさを増して生き生きと輝いています。
全ての生命が生き返ったように、また力強く動き始めたようです。
遠くに流れて行く雲の間からは、幾筋もの光が漏れ大地を照らし、大きな天との架け橋がかかりました。

この光景は脳裏に残像として残っていた、いつか見た風景そっくりではありませんか。
その瞬間、大きな喜びと共に少年時代から抱いていた謎がパーッと解けました。

by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2013-03-30 20:37 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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