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マーラーとの出会いは

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昔々、中学の2年生の頃に山口君と云う転校生が入って来ました。
時々クラスに一人か二人いる3年生になってもちゃんと学生服の詰襟を止め、帽子も校則にそって被っている真面目で大人しい性格の子でした。
別のクラスだったので余り喋ることもなかったのですが、その品格のありそうな身なりはちょっと気にはなっていました。

卒業後は別々の高校へ進んだのでそれ以来会う機会もなかったのですが、偶然に最寄り駅でバッタリと出くわしました。
その時「君、音楽・・聴くよね・・・」と思いもしない質問を朴訥とされました。
「まぁ、聴くけど・・・」、「一度家へ聴きに来ない?」と誘われ、数日後に訪れました。

そこはかつて水田ばかりで子供の頃はその奥にある池で良く遊んでいた家からはそれ程遠くない所でした。
そういえばこの数年前から新しい家が立ち並び、いわゆる新興住宅地という地域でした。

何でも彼の説明によると駅から我が家の前を通って帰るそうなのですが、時折家の二階から音楽が聞こえて来たそうで、
以前から「ハハッ~あいつも音楽を聴くのだ・・・」と思っていたそうです。

洋風の客間に通され、ソファーや本棚が置かれた洋間なる物も当時は珍しかった時代で新鮮な印象を受けたのですが、
そのステレオを見てオッカナ・ビックリ腰が抜けそうになりました。
その当時はオーディオなんて言葉は未だなくて、ステレオがやっと出始めた頃でした。
初めに目に飛び込んで来たのが正面にドーンと鎮座しているスピーカー二台の大きさです。
スピーカーが二台あるだけでも驚きだったのですが、繁々と眺めてみると何とそれにはGoodman-301と書いてあるではないですか・・・
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それにフト脇にあるキャビネットにはあの憧れのSMEのアームが付いたレコード・プレイヤーが・・・
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更に銀色に輝くオープンリールのStuderがドヤ顔で立っています。
Revox(Studerと同じメーカー)でも憧れだけで、決してその内大人になったら買いたいなんて思うような代物ではありませんが、
これはそのプロ仕様モデルで放送局か音楽スタジオにしかないような装置でした。
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実はこれらの機器はあるステレオ誌で写真だけは見た事があったのです。
と云うのは例の幼馴染のK君が「お父さんも同じ本を買ってしまったので・・・」とステレオ誌の年に一度発売される特集号をくれました。
それには「夢のリスニング・ルーム」と云う特集で評論家の人達が理想とする装置を実際のリスニング・ルームにセットすると云った内容でした。
それが今その夢の装置達が目の前に出現した訳です。

中でもSMEのアームは実際デパートの電気売り場で見たことがありましたが、
その柔らかく繊細な曲線のアームは一目見ただけで何と綺麗なことかと感動すら覚えていました。
恐る恐る慎重に触れてみた処、何と云う軽やかさ・・・まるで羽のように浮き上がりました。
その衝撃的な感触は今でも思い出せるほどで、家の古くてゴツイ、ガラードのオートチェンジャーに慣れた身には驚きと共に永遠の憧れとなりました。
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いよいよ厳かにズラーと並んだレコード棚から一枚が取り出され、「君、これ聴いたことあるぅ~」と手にしていたレコードは見開きのジャケットで
白い幹がむき出した枯れ木の写真が載っていました。
中々綺麗な写真が第一印象でしたが、銀色で書かれた文字はBernsteinとVienna Philでこれは読めたのですが、
上に書いてあるMahlerなる文字と「DAS LIED VON DER ERDE」なんて読める訳がありません。
「何、これ?」と云うのが関の山でしたが、これはマーラーの「大地の歌」と云う曲だそうです。
もうステレオだけでもすっかり打ちひしがれている処にマーラー??「大地の歌」??
と立て続けに追い討ちが掛かりました。

そんなの作曲家の名前すら知らないし、何だか難しいドイツ語らしき歌詞も付いています。
そんな事はお構いなしに山口君は平然とまるで儀式をするかの様にレコード針をソット下ろしました。

ポポーンポン・ポポポポーン何とも鮮明なホルンが勢い良く鳴り響きました。
ウワッ~何たる響き・・・それは録音の凄さも相まって初めて体験する音響体験です。
楽器群は次から次へと複雑に絡み合いキラキラと輝きながら最後は弦が緊迫するかのようにピーンと引き切った処で鋭くバシャと云う不思議な音で一曲目が閉じました。

これ多分ピチカートだと思うのですが、あえて弦を楽器にぶつけるように弾いているようです。
おそらく全曲を聴いたのだと思うのですが、この最初の部分が余りにも印象深くてはっきりとしたことは思い出せません。
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60年代中頃、マーラーは未だ一部のマニアの間でしか知られてなくて、80年代のマーラー・ブームを経るまでは、それ程親しまれていませんでした。

何年も後から分かった事ですが、これはバーンスタインがウィーンフィルと初めて共演したデビュー盤で、今では私の愛聴盤の一つにもなっています。

それは当初シュターツ・オパーに初出演し「ファルスタッフ」と後に「薔薇の騎士」を振りました。
そのチャンスを逃すまいと専属契約をしていたCBSが録音を企画しますが、問題はオーケストラで当時はデッカと専属契約をしていた為、
オペラはCBSが権利を得、見返りに同時期に行われた演奏会の演目をデッカが担当すると云う事で決着しました。

バーンスタインのウィーン初登場は現地でも大きな話題になったそうで、
この期間ウィーンの床屋では鏡を見ることが出来なかったと云う記事を読んだ事があります。
それはウィーンの床屋さんはユダヤ系が多く、彼らの誇りでもあるバーンスタインですから壁という壁はもとより、
鏡の上までも所狭しと彼のポスターやポートレート写真を貼っていたそうです。
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それにバーンスタインはもうマーラー演奏の第一人者である事は周知の事実だったのですが、このマーラー縁のオーケストラを前に、
「今回、私は皆さんからマーラーを学びに来ました。」と言ったものですから、
この気難しいオーケストラをすっかり虜にし、やる気満々の姿勢を勝ち取りました。
気さくで根っからのアメリカン、バーンスタインらしい微笑ましいエピソードですね。

その後、私もマーラーを親しんで聴くまでには何十年も掛かりましたし、未だに何曲かは良く分からないままでいます。

あのマーラーを教えてくれた山口君は今頃どうしているのでしょうか。・・・
私にとって彼は永遠(Ewig)に「風の又三郎」のような存在です。


by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2013-09-04 22:47 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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