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明けてプラハは雨・・・

今朝はショボショボと雨が降っていますが、遅い朝食を取ってから旧市街の広場へと向かいました。

それにしても街は見違えるほど綺麗になって、かつての煤で汚れたグレーと褐色の街の面影はありません。
外壁は綺麗に塗装が塗り替えられて、建設当時の美しさを蘇らせていました。
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それにかつては人影もまばらだった広場や至る所に観光客が溢れています。
それは異常なほどの多さです。
ミュンヘンも立派な観光地ですし、ウィーンなどもっと一級品の観光地ですが、ここまでの賑わいはありません。
一体どうしたのでしょうか、世界的に今プラハが流行っているのでしょうか。・・・

街を後にして、今日のお目当てはお墓参りです。
トラムに乗り込みモルダウに沿って南へ3駅ほどで到着、小高い丘を目指しました。
ここはヴィシェフラトと云うそうで、プラハで一番古いお城があった跡地です。
あのスメタナ「我が祖国」の一曲目「高い城」はこのヴィシェフラトのことだそうです。
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ダラダラと丘を登りだしましたが、パラパラと訪れている人達がいます。
丘を登りきると城壁の中央には教会が建っていて、その左側にへばり付く様に趣のある墓地が広がっています。
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観光客もそこそこ来ていて墓地にしては賑わいがあります。
お目当てはスメタナとドヴォルザークですが、ここでは案内板がなくても観光グループが集っている辺りを目指せば直ぐに見付かります。
墓地自体もそれ程、大きくなくほとんど全体を見渡せるので安心です。
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最初のグループに付いていくと案の状、あっけなくドヴォルザークにぶつかりました。
それは回廊の一角に胸像が座していて、バックの壁面には竪琴に木が絡まった様な装飾が施され、
そこから台座が浮き上がっている立派なお墓です。
前のスペースには幾つも鉢植えのお花が供えられていて今なおその功績を称えているようです。
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若い頃は「新世界から」辺りから聴きだして、「スラヴ舞曲」や8番の交響曲いわゆるドボ8に親しみ、チェロ協奏曲なんて大好きな曲ですし、
最近もルサルカのアリア「月に寄せる歌」を聴く機会があって、その甘くも不思議な雰囲気にウットリと聴き入っていました。

さて、回廊に沿って中ほどまで歩き出しました。
途中にはカレル・チャペックのお墓もありますが、私は彼の作品を読んだ事がなくて残念です。
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小高くなっている方を見ると、別のグループが説明を受けています。
遠巻きに聞いているとガイドさんが「タラーラ、ラァーラ、ラァー、ラァー、ラーララァ」と「モルドウ」の一節を歌いながら説明しています。
そうここは間違いなくスメタナさんのお墓です。
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白い大小三本のオベリスクで構成されたお墓は、中央が何処となくベートーヴェンのお墓に似ていますが、
正面にはレリーフ状の大人しい横顔が埋め込まれています。
ここでは先程のガイドさん同様に自然とモルダウの一節が頭の中を巡っていました。

ミシャもここにいるそうですが、余り目立たないお墓だそうで、結局見つける事ができず、これは宿題ということにしました。

お墓を出て城壁に沿って歩いてみましたが、なるほど結構高い位置に城壁が建っています。
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途中小さなブドウ畑もあったりして、ここからの眺めも中々素晴らしいものでした。
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街へと引き返し、カレル橋を渡ってお城へと向かいました。
橋の上には露天商や大道芸までいて、その混み具合はまるでここは「竹下通り?」と
思ってしまうほどの人出です。
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人ごみを掻き分けながら、橋の袂にあるレストランで昼食を取る事にしました。
ここはその30年ほど前に来た時、チェコ人で唯一ウィンブルドンの大会で優勝した
元テニス選手のヤン・コデシュさんに連れていって頂いた思い出深い所でした。
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[ U Tri Pstrosu ] 三羽のダチョウと云う名のホテル・レストランです。
当時は見るからに格別なレストランと云う趣で、それは美味しく頂いたものでした。
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今はお昼のメニューもあるほどで、気さくな感じになり結構若い人達も入っていました。
前菜と主食にデザートが付いて240コルナ、1200円位ですからとてもカジュアルに変容していましたが、
お味はとても美味しく質は保っているようです。

腹ごなしは散歩、丘の上のお城を目指してダラダラと登って行きました。
お城も大勢の観光客で溢れています。
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小さく可愛い家が並ぶ、お決まりの「黄金小路」を抜けお城の裏側まで歩きました。
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今は人で溢れていますが、母親と来た当時は人影もなく寂しいものでした。
ここまで来て、下りの坂道は階段混じりで延々と続いています。
足が悪い母親にはここまでが限界かと、微動だにしない門兵に「これこれシカジカで歩けないのでタクシーを呼んでもらえないか」と頼んだのですが、
これは共産主義時代の当時としては規則違反の難しい問題でした。
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結局はもうすっかり暮れてしまい空には満月が輝く中、延々と待ち続けました。
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この結末は前にも書いた様に母親が良い文章を書いていますので、次回にでも載せさせて頂く事にします。

そんな思い出に耽りながらも、喉は虎屋、虎屋と云いだしました。
今夜はあの気難しいオジサンたちどうしているだろうか。・・・


by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2013-11-06 04:15 | チェコ | Trackback | Comments(0)
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