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「アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの演奏会」から

今回ウィーンでのメイン・コンサートの一つ、アーノンクールの演奏会でした。
演目はベートーヴェンの1番と3番「エロイカ」のシンフォニー。
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もう今から20数年前に彼のベートーヴェン全集が発売された時はセンセーショナルを引き起こしました。
それはベートーヴェンがこれらの曲を発表して以降、楽器の改良があったり会場も大きくなるにつれ、
19世紀、20世紀と色んな人達の手によって手が加えられ発展して行きました。

私のようなオールド・ファンはベートーヴェンに初めて接した時から、ズットこの手が加わったバージョンに慣れ親しんで来ましたので
それがスタンダードになっていて、この演奏スタイルは新鮮でもありながら、ちょっと戸惑いも感じました。

アーノンクールはご存知の通りバロック音楽の権威者としてスタートし、
楽譜も原典にこだわり楽器や演奏方法も基本のオリジナルを徹底的に研究をした人です。
この録音では現代のモダン楽器を使用しているヨーロッパ室内管との演奏でしたが、
トランペットとティンパニーはベートーヴェン時代と同じようなオリジナル楽器を使用し、演奏法は原典どおりノン・ビブラートのピリオド奏法です。

これが出る前にも初演と同じ規模の小編成によるオリジナル楽器での演奏もあったのですが、
如何せんそれらは未だ学研的な領域で面白さには欠けていました。

このグラーツでのライヴ録音はその後多くの演奏家に影響を与え、今日も続いているピリオド奏法ブームの火付け役となりました。

会場のムジーク・フェラインもさすがマニアックな聴衆が詰めかけているようで、ちょっとピリピリした雰囲気です。
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オーケストラが入場して来ましたが人数を数えたくなる位の小編成です。
まぁ最初は1番のシンフォニーなのでこれ位の人数でも大丈夫だと思うのですが、実際数えてみると39人しか入っていません。

きめ細かな調弦が終わり、アーノンクールが登場しました。
手にはマイクと紙切れを持っています。
この人はウィーンでの演奏会では時々あるのですがレクチャーが大好きで、この日も会場の緊張感とは裏腹に笑いを交えたトークが始まりました。

内容は半分も分かりませんでしたが、この時代のピッチの設定やその後フランスでそれが決まってきた旨や、
ナチュラル・ホルンでの音程の難しさなど解説していまいた。

いよいよ曲の始まりです。
この曲は未だハイドンやモーツァルトの影響を強く受けていると云われていますが、
どうしてどうして、ベートーヴェンは最初の一音から独創的なことを試みています。
それは木管楽器と弦のピッチカートで始められるのですが、こんなのはそれまで無かったアプローチだし、
現在の技術的に優秀なオーケストラでもこの頭を綺麗に揃えるのは難しいと思われます。

さすが鍛えられているこのオリジナル楽器によるオーケストラはものの見事なアインザッツで始められました。
曲は生き生きとしたテンポで推進していきます。
表現の幅も広く血が通った暖かさも感じさせてくれます。
強弱も充分取られアーノンクール特有のアクセントを付ける所、録音ではいささかきつく感じる部分でもライヴだと充分柔らかい表現で心地よく感じます。

木管など単に穴が空いているだけの代物でクラリネットにしろオーボエにしろ、小学校で習うリコーダーとなんら変わりはありません。
金管に至っては弁が付いていないので、唇と吹き方だけで音程を調整しなければならないので大変です。
ティンパニーも小ぶりでパラパラと乾いた古風な音がしています。
二楽章ではそれに薄手のショールみたいなものを被せ更にオドロオドロした表現をしていました。

時折、見事な装飾の天井を眺めながら、フーム、ベートーヴェン時代はこの様な響きで鳴っていたんだなぁと想像を膨らませていました。
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休憩を挟んで次は3番のシンフォニー「エロイカ」です。
演奏の前には又アーノンクールのレクチャーが入りました。
「今度は短いからね・・・」とちゃめっぽくナポレオンとの経緯などを語っておられました。
さすがこの曲はもう少し編成が大きいかと思っていましたが、たった一人ホルンが加わっただけでピッタリ40人でした。
まぁホルンは3本でハモル所があるのでギリギリで増えた感じです。
ジャン・ジャンと始まった響きはこの人数にしては充分な音量です。

あのモーツァルト最後のシンフォニー、あくまでもロココ風の優雅な曲からたった10年位後に発表されたこの曲は全く違う世界で、
音量も物凄く大きくなっているし、優雅さとは縁遠い無骨なもので精神的に深い音楽となっています。
(勿論モーツァルトのこれらの曲も深いのは承知の上ですが・・・)

鳴っている演奏は超一級でオリジナル楽器による演奏としてはこれ以上望めない程の事は充分心得ている積もりなのですが、
途中から段々とこのガット弦によるピッチや木管群も上手い演奏なのですが、疲れを感じる様になりだしました。

やはり、これくらいの規模の曲あたりからは、もう少し膨らみや響きの豊かさ、深みや柔らかさが欲しくなって来ます。

こんな感覚はモダン楽器で演奏する今日の一般的なオーケストラからは感じない物足りなさです。

ベートーヴェンが亡くなり、たった10数年くらい後から楽器は大きく改良され進歩して行きます。
そのこと知らないままだったのはお気の毒なのですが、
一方別の考え方をするとベートーヴェンは遥にその時代を超えた発想をしていたとしか思えません。

むしろ彼の曲が先にあったので、それが楽器の改良を要求したり、会場の大きさも要求して行ったのではないでしょうか。・・・
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この演奏会を通じて改めてベートーヴェンの偉大さ、凄さを痛感させられました。


by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2013-12-14 07:23 | Trackback | Comments(0)
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