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「クラウディオ・アバドの思い出」

二月にある大きなイベントの準備に追われ朝からカリカリと仕事をしていたのですが、そこへショッキングなニュースが飛び込んで来ました。
「クラウディオ・アバドの思い出」_a0280569_562657.jpg

それは今朝クラウディオ・アバドが亡くなったと云う知らせで、余りのショックに暫く轟然としていました。
昨年の夏から病気のためキャンセルが相次ぎ、楽しみにしていたウィーンでの演奏会も結局は代役を立ててキャンセルされてしまいました。

2000年に胃がんの手術を受けられその後は順調に回復されて年に数回とは云え演奏活動も慎重に続けておられました。
唯、今回は病気が長く続いていましたので心配をしていたのですが、再び復帰される事を願っていた音楽ファンの願いは叶いませんでした。

彼の音楽家として、教育者として、そして人として音楽界に与えてきた功績は計り知れないほど偉大なもので、それは多くの方々が語られる事と思います。

私個人の思い出も書ききれないほどありますが、最初に接したのはやはり彼のデビュー盤で、
それは60年代後半に発売されたウィーン・フィルと共演したベートーヴェンの7番と8番の交響曲でした。
それは若々しく溌剌としながらも正統的な演奏で、何と云ってもウィーンの良き時代の香りを漂わせた雰囲気の、
これからの活躍を大いに期待させるものでした。

その後、多くの録音がリリースされ、中でもグルダと組んだモーツァルトの20番と21番のピアノ協奏曲、
それに何と云っても「シモン・ボッカネグラ」は強烈な印象を与えました。

初めて生演奏に接したのはロンドン交響楽団と来日した折に文化会館で聴いたラヴェルとマーラーでした。
最初の「ラ・ヴァルス」では出だしからその怪しげで不思議な世界に引き込まれ、もう完全に虜になってしまいました。
後半のマーラーもグイグイ引き込まれ、あのアダージョの楽章ではまるで夢をみているようでした。

私もその後はウィーンやドイツで聴く機会が増えたのですが、中でも印象が深く残っているのは、
やはりウィーンで観た「シモン・ボッカネグラ」や「仮面舞踏会」のオペラでした。
それにマーラーの交響曲は特別で、9番や4番なども印象深い物でしたが、これもウィーンのムジーク・フェラインで聴いた
ベルリン・フィルとの告別演奏会での7番が大勢のアバド・ファンと共に思い出深い演奏会として刻まれています。

私のパスポートの最終ページにはサイモン・ラトルとマウリツィオ・ポリーニのサインが入っています。
それは偶然が重なっただけなのですが、最初は10年ほど前に出張でミュンヘンに来ていた折に偶々休暇で訪れていた
ラトルさんと寿司屋でバッタリと隣の席で出くわしました。

折角なのでサインをと思ったのですが、相応しい紙を持ち合わせてなくて、
考えた挙句これなら失礼にはならないかとパスポートを差し出しました。
「エッ・・・パスポートだけど良いの?」と云いながらもご機嫌良くサインを頂きました。

その数年後ケルンでポリーニからサインを貰う機会があったのですが、この時も偶々出張帰りでパスポートを持参していました。
ラトルがサインをしたページを開いて差し出した処、最初は怪訝な顔をしていましたが、ゆっくりと読んだ処、
ああラトルか・・・と云った感じでニッコリと笑ってサインをしてくれました。

その二人のサインの間にはもう一人分のスペースが空いています。
ここにサインを貰えばこのパスポートは完成するのですが、ここにできる人は唯一人、
それはアバドさんにしかできないと勝手に思い込んでいました。

私は決してサイン収集家ではないのですが、
12月の演奏会でもしアバドから貰う事ができたらこれでこのパスポートは完了と思っていました。

それは残念ながら叶うことはできませんでしたが、
彼の優雅な指揮姿、そして何よりも高貴な音楽は何時までも私の心の中で鳴らすことができるでしょう。

心からご冥福をお祈りいたします。

by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2014-01-21 05:06 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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