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マーラー「マイヤーニッヒの作曲小屋」

さて、今回の主な目的だったヴェルター湖南岸マイヤーニッヒにあるマーラー二番目の作曲小屋を訪ねました。

彼の三つある作曲小屋の中でもここが一番長く訪れていて1899年この土地を購入し1900年から1907年までの8年間に渡ります。

この時期はウィーンの音楽監督就任、アルマとの結婚と彼の絶頂期とも云え、交響曲4番の後半から8番まで、
そして「リュッケルトの詩による五つの歌」、「亡き子をしのぶ歌」の二つの歌曲集と中期の重要な名作の数々を生み出しています。

唯、忍び寄る運命の影はヒタヒタと静かに歩み寄っていました。・・・

クラーゲンフルトからバスに揺られ”Strandbad”で下車、作曲小屋への案内看板はすぐに見付かりました。
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Gustav-Mahler-wegと名付けられた小道には至るところに案内板が立っていて分かり易く親切です。
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唯、途中からは茂みを掻き分け、道なき道を登ったり下ったりと苦戦を強いられます。
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やっと視線が広がったころ森の奥に忽然とそれらしき小屋が見えてきました。
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ここは他の二つの作曲小屋よりもはるかに大きな建物で、ちゃんと管理人もいて中はちょっとした展示をしています。
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久しぶりの訪問者だったのか、管理人のお兄ちゃんは嬉しそうにCDをかけてくれました。
壁に展示されている初版盤のジャケットを指差しながら、「これはマーラーから作曲を習ったクレンペラーの指揮で、
歌手もフランツ・ヴンダーリッヒとクリスタ・ルートヴィッヒの演奏なのだよ~!」と得意顔です。

一瞬間をおいて「あっ、他に聴きたい曲があったらかけ替えるけど~?」とちょっと気も遣いました。
「まぁここで作曲した曲じゃないけど、これで良いよぉ。」・・・
間髪を入れずに「これはトブラッハだものね!」と益々得意顔に、彼もマーラーが好きなのだなぁ~。

付近を散策したり、外の椅子に腰掛けてボーッとしている内に、曲はもう終楽章の「告別」が鳴り始めました。
「もうこうなったらこの長~い楽章を、このゆったりとしたテンポで最後まで付き合おう!」と覚悟を決めしました。
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それにしても静かでCDで流れている「大地の歌」以外は鳥の鳴き声しか聞こえません。
途中やっと一人の女性が訪れましたが、それ以外は何の気配もしませんでした。
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帰りはあの険しい道を又歩くのは嫌だったので、もう一本あったフラットな道も”Strandbad”に出られるのかと尋ねた処、
「反対方面へ行ったら。」と云うのである。
「5分ほど遠回りだけど、途中にマーラーが泊まっていたヴィラもあるよっ!」って云うので彼の意見に従いました。

これは比較的なだらかな下り坂であっと云う間に大通りまで下り、彼のヴィラまでも物の10分ほどの距離で、
「これだったら毎日作曲小屋まで通えるなぁ~」と納得、行くときに抱いた疑問も解消しました。
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1901年ごろから何を思ったのか彼はリュッケルトの詩に啓発されて「亡き子をしのぶ歌」の作曲に取り掛かり1903年に完成します。

作曲を始めたころは未だ長女マリア・アンナが生れる前でしたが、完成からたった4年後に忽然と幼くして亡くなってしまいます。

それ以来、彼はこの地を売り払い二度と訪れることはありませんでした。


by Atelier Onuki
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by Atelier-Onuki | 2014-06-25 00:37 | Trackback | Comments(0)
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