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ベートーヴェン・イヤー - 5 (最後のアパート) 8月のコラムより

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ウィーンのリンク沿、ショッテントア(Schottentor)の広場に2つの立派な塔をもつヴォーティフ教会が建っています。

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その裏手にシュヴァルツスパーニヤァー通り(Schwarzspanierstraße)が横切っていますが、

ここに、もの凄く引越しを繰り返したベートーヴェンが最後に住んだアパートがありました。


このシュヴァルツスパーニヤァー通りは当時多くの修道士が、

あの山上に修道院が建っているモンセラートからやって来て、

この辺りで布教をしていたそうで、彼らが黒い僧衣をまとっていたことから

「黒いスペイン人通り」と名づけられたそうです。


今の建物は建て替えられたそうですが、ここで晩年の深い精神の曲の数々が作曲されています。


ただ、体調は思わしくなかったようで苦しみながらの生活でした。

それは長年飲み続けた安ワインに含まれていた酢酸鉛が原因とされ、

肝硬変を引き起こし、まだ56歳という若さで亡くなってしまいました。


お葬式はヴォーティフ教会を挟んで反対側のアルサー通りに面した

三位一体教会(通称アルサー教会)で執り行われたのですが、

なんと2万人もの参列者がいたそうです。

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当時ウィーンの人口は20万そこそこなので、なんと住民の1割が参列したことになります。

その殆どの人たちは実際の演奏を聴いたことのないような人たちでしたが、

この出来事だけでも彼の名声の凄さが伝わってきます。


生前、彼を崇拝し、街で見かけても一度も声を掛けられなかった恥ずかしがり屋のシューベルトも参列し、

自ら志願してお棺を担がせてもらっています。


そのシューベルトもまさか1年後には彼の後を追うように31歳という若さで亡くなり、

隣に埋葬されようとは思ってもいなかったことでしょう。

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ここからヴェーリンガー墓地まで500mほどの道のりを馬車で運び、その後には200台もの馬車が続いたそうです。

この模様はフランツ・シュテーバーと言う画家が描いた絵が残っていてその出来事を偲ぶことができます。

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絵に描かれている広場は通りに面し建物が建ったので見えなくなりましたが中庭として残っていて、

現在はウィーン大学の所有ですが、一般の人も入ることができます。

一角にはビール醸造所や学食的な居酒屋もあって、ここで一杯傾けるのも、

ちょっと古き良き時代を思い起こし興味深いものです。

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追記 : 尚、このアパート中央部分は通り抜けられ、裏側からベートーヴェン・ガッセという小道になります。

     その突き当たりは大きな総合病院で、あの映画「アマデウス」に登場したサリエリが入院してた病院です。




by Atelier-Onuki | 2020-08-27 00:16 | コラム | Trackback | Comments(0)
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