カテゴリ:音楽( 40 )

ラトル ベルリン・フィル ケルンの演奏会から

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昨夜はケルンでラトル指揮ベルリン・フィルの演奏会がありました。

今、最高の状態にあるにも関わらず、彼は今シーズンで音楽監督を辞任しますから、
聴ける機会があればなるべく行くようにしています。

演目はWidmannと云う作曲家のダンス曲で、どうもベルリン・フィルから委託されたものらしいが、
ポップス風でさっぱり良さが分からなかった曲と、
これまたLutoslawskiという作曲家でベートーヴェンを意識して作曲されたらしい交響曲の3番でした。

ババババンと鳴る最初のテーマが、ベートーヴェンの運命の頭、
ジャジャジャジャ~ンの4つのモチーフからきているそうですがサッパリ分かりませんでした。

処で、この曲の後半に入ってポディウム(ステージ後ろの席)でザワザワとした動きが・・・
どうもこの辺に座っていた女性に異変が起こったようです。
周りにいた人たちやホールの係員によって抱かれながら退場していきました。

私の座っていた近くからも2・3人の紳士がサッと向かって行きました。
恐らくお医者さんなのでしょうか・・・
この辺はさすがドイツ、未々正義感や使命感はしっかり残っています。

さあ気を取り直して、後半はお目当てのブラームスの交響曲1番です。

ティンパニーの連打を伴って弦群が緊張感を保ちながら堂々と弾き始められました。

ラトル氏はよく何か新しいことに挑戦するところがあって、キビキビとした若干早めのテンポで活気があるのですが、
ここではむしろ落し気味のテンポでゆったりと鳴らしています。

この辺はブラームスという事で、さすが重厚な印象を与えようとしているようです。

途中、弦や木管が絡み合い、複雑なテンポで構成されている所でも、
アンサンブルは流麗な動きで見事にハモっています。
いやぁ~さすがベルリン・フィルと思わず唸ってしまいそうです。

柔らかな響きで2楽章が静かに始まりました。
その甘いメロディにウットリとして聴き入っています。

後半に入り、いよいよヴァイオリンのソロが弾きはじめられました。
今日のコンマスはシュタブラーヴァさんです。
ソロの響きは浮き上がってきますが、その柔らかくて清涼な弾きぶりは決してデシャバラない上品なバランスです。
木管とのやり取りも甘く夢見心地で、もうウットリとして聴き入るしかありませんでした。

フィナーレに差し掛かりヴァイオリンのソロがス~と浮き上がって来ますが、
どこまでも滑らかに引っ張られた響きは静かに消え入るように終りました。

3楽章では軽やかなメロディ・ラインに乗って木管群が煌びやかにくり広げられます。

クラリネットからフルートに、そしてオーボエと受け継がれながら展開して行きますが、
この楽器間の受け渡しが実にスムース、何時何処で吹きだしたのか分からないほど滑らかです。
それでいてソロで吹いている木管はフワッと浮き立ち、周りの楽器たちが絶妙に絡み合っています。

あっという間の3楽章が終わり、間髪を入れずに4楽章へと引き継がれました。

低音域の弦がグ~ンと盛り上がったところにティンパニーの一撃・・・

にわかに緊張感が高まって、複雑なメロディーが交差し今度はティンパニーの連打で、
一瞬の静寂が訪れると、弦群のトレモロに乗ってホルンのソロが朗々と響きます。

ウ~ン、上手い!!! 惚れ惚れするような甘くロマンティックな旋律です。

ここでも一旦ピッチカートで見切りをつけると、いよいよメイン・テーマのメロディーが弦群によって浪々と弾かれますが、
まるで柔らかなビロードの絨毯の上を転がっているような心地よさで、自然と体が音楽にあわせて揺れているようです。

曲は盛り上がりブラームス特有の複雑なメロディーが折り重なり、クライマックスを迎えました。

フィナーレはスピード感に溢れていますが、アンサンブルは一糸乱れず、
音量も絶妙のバランスが保たれ、フォルテシモでもあくまでも柔らかく心地よい響きです。

ジャン・ジャン・ジャン・ジャ~ン、と格好よく閉じられました。

いや~久々に良いブラームスを聴かせてもらいました。

今月末にはいよいよベルリンで彼のグッドバイ・コンサートが予定されています。

その直後には最後の演奏会があってマーラーの6番で幕を閉じるようです。
因みに、アバドの最後もマーラーで、その時は7番でした。

さて、終演後はいつも通り駅裏の屋台へ直行、今宵のビールは格段に美味しく感じました。



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by Atelier-Onuki | 2018-06-10 00:04 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ダニエル・ハーディングとウィーン・フィルの演奏会から(ケルン)

昨夜はハーディング指揮でウィーン・フィルの演奏会があったのでケルンへ向かいましたが、
開演が19時と何時もより1時間も早いのでバタバタと出掛けました。
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演目はドビュッシーの「ペリアスとメリザンド」から組曲と
メインはマーラーの交響曲6番でした。

ウィーン・フィルの演奏会は何時も混んでいるのですが、特に年配の方々が目立ちます。

席に着くとステージにはこれ以上入らないほどの椅子が並べられていて、
如何に編成が大きな曲かが伺われます。

最初のドビュッシーから既にそこそこの奏者が入っていて、
「この曲でこれだけの人数がいるのかなぁ?」と思っている中、静かに始められました。
オペラも「印象派」と言われ具体的な状況表現を避け、
ちょっと抽象的に描いているのでいまひとつ掴み所がないのですが、これは組曲になっても同じことです。

余り盛り上がらない同じような旋律が繰り返され大編成の金管群が吹き出しても、
全く大きな響きは出さず、グッと押さえられています。

チューバも入っていますが、ほんのちょっとブファとサビを利かす程度で
鳴ったか鳴らないか分からないほどです。

それでもヴァイオリン群が甘いメロディを奏でている時など、
さすがウィーン・フィルだけあって、ウットリとするような柔らかな響きです。

「こんな所はあの自然光が差し込んでくるムジーク・フェラインの昼間に聴いたら気持ちいいだろうな!」と
想像をしていました。

まぁ結局は山場らしき所もなく、静かに終ったか終っていないのか分からないまま終了していました。

さて、休憩後はお目当てのマーラーです。

管弦楽だけの曲では一番大きな編成なので、これでもかとばかりの奏者が登場しました。
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ザン・ザン・ザン、ザザザン・・・と勢い良く弦群と打楽器によってバリッと刻まれました。
これを受けてヴァイオリンが甘いメロディを面々と奏でます。

イヤァ~さすがウィーン・フィルです。冒頭からこんな柔らかい響きを聴かされるとウットリしているだけです。

ハーディングも溌剌とした棒運びですが、慌てるような所がなく堂々としたテンポです。

曲は複雑に絡み合い万華鏡のようにキラキラと突き進んで行きます。

打楽器などは忙しく、二種類ほどの打楽器を掛け持ちし、
一番右端でドラ担当の奏者などは忙しくステージバックで鳴らすカウベルや
鐘のシーンの度に行ったり来たりしています。

曲はより複雑な絡み合いをみせ最強音の一撃で長い一楽章を閉じました。

打って変わって2楽章は穏やかにヴァイオリンの甘い旋律で静かに面々と奏でられ始めました。

この面々とした進行はこの楽章の最後までくり広げられ壮大な中にもマーラーの充実した精神状態が伺われます。

徐々に盛り上がって行った曲はグッと静かな響きへと移りこの楽章を終えました。

打楽器を伴って弦楽器群がガリガリと行進曲風に刻み、3楽章が始められました。

途中絡んでくる金管楽器などはちょっとグロテスクな表現でサビを利かせています。
チューバのソロが入るところなど空ろな感じで何処へ行くのだろうかと思いきや、
急に甘いメロディで木管が答えたりと支離滅裂です。

それでもホルンが甘く吹く辺りなどはアルプスの光景を連想させ、
「ああやっぱりこの人は山が好きだったんだなぁ~」と思わせます。

ハープにチェレスタを伴いボァ~ンと不思議な雰囲気の響きで4楽章は間髪を入れずに始まりました。

曲はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと定まらないまま、ホルンのメロディを頭に
段々とメインテーマが序々に現れ出し打楽器も加わり盛り上がりを見せるのかと思ったら、
拍子を抜かれたように又、グッと落ち着き・・・と

やっとスピードも増してきてここでも万華鏡よろしく色んなメロディが絡み合います。

曲も後半に入りいよいよ、お待ちかねのハンマーをひっぱたくシーンが訪れます。

さっきまでシンバルを叩いていた奏者が厳かに持ち上げたハンマーは特注なのでしょうね、
一般的な木槌の4・5倍位あろうかと思われるほど大きなものです。

そして一旦溜めを作ってからダン!とタイミングよく叩き降ろしました。

曲はまた空ろになり紆余曲折を繰り返しながら2回目のハンマー・シーンが訪れました。
ここでもピタッとタイミングがあった一打・・・

奏者も緊張していたのか叩き終ったあとは、崩れるように座り込み表情は安堵からか呆然とした顔をしていました。

その後も未々、雑然とした曲はあっちへこっちへとウネリ、一旦グッと静まり返り、暫くの緊張の後、
ジャ~ン!大爆発、ボン!とピチカートで終了しました。

イヤァ~曲が支離滅裂だけに文章も纏まらないものになってしまいました。

演奏は全体的にボリューム満載でヘビーでした。

特に金管などは深い奥行きと、ウィーン・フィル独特の良い意味で荒々しさもあって余計ヘビーに感じました。

もう終った後はグッタリです。
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この曲は3月にラトルとベルリン・フィルでも聴いていて、どうしても比較をしてしまいます。

ベルリン・フィルでの演奏は精密さの極みで、アンサンブルは完璧だったし、
何一つ濁りのない清涼な響きには威厳を感じるほどでした。

この複雑な曲にも関わらず理路整然とディティールまで磨き上げた演奏は
曲の全体像を透して見てとれるような圧巻の名演奏でした。

まぁこの辺は常任と客演の違いもあるでしょうし、演奏の精度を重視しているベルリン・フィルと、
むしろ豊かな音楽性を大事にしているウィーン・フィルの違いが出たのかも知れません。

それにしても歳のせいか最近はこんなヘビーな曲を聴くとグッタリと疲れてしまいます。


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by Atelier-Onuki | 2017-09-16 01:24 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「パッパーノとサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団」エッセンでの演奏会から

「パッパーノは面白いよ・・・」と誰かから聞いたことがあったので楽しみにしてでかけました。
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それとサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団も昔オペラのCDで親しんでいて、
その可愛らしい名前には好感を持っていました。

音楽の守護神でもある聖チェチーリアの名前を冠するこのオーケストラは、
イタリアでは数少ない純粋なシンフォニー・オーケストラですが、
150年以上の歴史がある由緒正しきオーケストラです。

同じ名前を持つ世界最古の音楽院サンタ・チェチーリア国立アカデミアの出身者を
中心に構成されています。

唯、紀元2.3世紀、この聖チェチーリアを巡っては悲しい奇跡の物語がありました。

音楽院の近く彼女の実家跡に建てられた教会には、
棺が祭られていてその上にはマデルノ制作による大理石の彫像が横たわっています。
遺体は千数百年後に棺が開けられたにも関わらず、
腐敗がなく生々しかったそうで、マデルノはそれを忠実に再現したそうです。

少女だったせいか若干小振りに感じますが、
手の表情など未だ血が通っているかのように、柔らかく温かみすら感じました。

さて、話しが横道に逸れすぎたので本題に戻します。

演目は
ロッシーニのオペラ「コリントの包囲」から序曲
チャイコフスキーのピアノ協奏曲 (ピアノ: ユジャ・ワン)
レスピーギ: 「ローマの泉」と「ローマの松」

この日は開演に先立って30分前からパッパーノのレクチャーがありました。

オーケストラ団員も7・8名入っています。
話しは主にレスピーギの「ローマの松」をメインに進みました。

先ず、彼が作曲した当時のイタリアはプッチーニを初めとするヴェリズモ・オペラの全盛期で、
イタリア人の心に流れるオペラへの熱い情熱に対抗して、オペラ以外の曲を発表するのは大変な戦いだったと。・・・
彼はザンクト・ペテルスベルクの歌劇場でヴィオラを弾いていた当時に、
リムスキー・コルサコフから作曲を習ったので、管弦楽法に長けた教えを受けました。

この「ローマの松」は光輝くローマの一日を表現していて最初の「ボルゲーゼの松」では,
朝この素敵な庭園でキラキラとした太陽のもと遊ぶ子供たちの情景が描かれていますと。・・

「これはイタリアの音楽ですか?」との司会者の問いに、「カタコンバの松」の一節を演奏し、
「ここなどちょっとドビュッシー風だし、ヨーロッパ音楽とも言えるでしょう。・・・
でもやっぱりイタリアの音楽だなぁ~」と笑いを誘っていました。

「ジャニコロの松」では「ここは私の一番好きな箇所なのですが・・・」と最後の静かに木管が奏でる部分を演奏しました。 
(私もここが好きです。)

さて、コンサートはロッシーニの序曲から軽快に始まりました。
このオペラは決して喜劇ではありませんが、軽妙で転がるようなリズムの乗りは
やはりイタリアのオーケストラならではの演奏です。

ウィーンを初めドイツの主要歌劇場のオーケストラはレヴェルが高く、素晴らしい演奏をしてくれるのですが、
唯一不満があるとすればイタリア物のオペラにおいて、この弾むような乗りに乏しい事でしょうか。・・・

2曲目はチャイコフスキーのピアノ協奏曲で、「イタリアのオケでチャイコ?」と
それにソリストも最近ちょっと写真は見かけたことがあるけど若い中国人女性。
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しかも出てきた彼女は「オッ!」と思うほどの衣裳・・・ラメ入りの黒いワンピースは露出度も高く、
超ミニスカートにピン・ヒール・・・こりゃキャパクラに来たような錯覚に陥ります。
唯、露出されている肩や腕は、よく鍛えられた筋肉が盛り上がっています。

それにしてもヴァイオリン群の女性奏者たちは競うように肩が露出したドレスを着ていて、
こんなのはドイツ辺りのオーケストラでは見たこともなく、何だか微笑ましさすら感じました。

ポポポポ~ン、ポポポポ~ンとホルンが高らかに鳴る、あの有名なテーマは浪々と高らかに響き、
「ああ明るいな~」、・・・「こりゃイタリアの燦々と輝く太陽の下で鳴り響くチャイコフスキー」 ・・・
この浪々と響くオーケストラをバックにピアノが対抗しますが、「響きが滑らか・・・」
全く力んだりしないで、むしろ柔らかく流れるような節回しです。

それでいて、芯はしっかりとしたタッチでピアノの音が浮かび上がっています。

「おう、こりゃちょっと良いぞ・・・」と姿勢を正し直して聴き入っていきました。

一楽章の後半、カデンツァの部分では更に流麗な指運びで、ちょっと崩したように弾くあたりは、
何だかジャズの即興を聴いているような趣で益々引き込まれました。

ピチカートで静かに始まる2楽章は木管が奏でる甘いメロディにピアノも静かに絡んできます。
そのロマンティックで甘い雰囲気のなか、今度はピアノが伴奏にまわりチェロが切ないメロディを奏でるあたりでは、胸に熱いものすら感じました。

ティンパニーに一打に弦がガリガリと刻み、一気に3楽章へと突入しました。
スピードはドンドン上がり一気呵成に曲は進んでいきます。

もうオーケストラはノリノリの演奏、ピアノも負けじと気持ちが良いほどのスピード感で進みますが、決して荒くなる事はありません。

最後のコーダはどの様に弾くのか楽しみに待っていました。
猛スピードはそのままに、最後の早いパッセージをものの見事に弾ききりました。

弾き終わった瞬間、オーケストラ部分は残っているにも関わらず安堵感からか彼女は鍵盤に指を置いたまま「ニッコリと笑いました。」・・・

いや~・・・失礼しました。・・・それほど期待をしてなくて済みませんでした。

こんなチャイコも充分ありというよりも、とてもとても素晴らしい演奏でした。
彼らがあえて取り上げただけの内容のある、気持ちの良い独特のチャイコフスキーでした。

まぁチャイコフスキーもローマ賞を得てイタリアにも行っていますし、
その後に作曲した「イタリア奇想曲」なんて明るい曲ですから。・・・

喝采は鳴り止まぬなか、コンマスに促されてアンコール曲を弾きました。
先ほどの乗りのまま「カルメン幻想曲」(これってホロヴィッツ編曲だったか)
演奏が終るとこの技巧的な演奏に更に大きな喝采が止みません。・・・

また、またコンマスに促され、ピアノの前に座りました。
こんどはモーツァルトの「トルコ行進曲」ですが、途中から編曲された部分に突入し、
益々彼女の技巧の凄さを示しました。
聴衆はほぼ全員スタンディング・オベーで、もう割れんばかりの喝采でした。

まぁ一般的な聴衆やプロモーターは喜んでいると思いますが、彼女は技巧だけでなく、
ちゃんとした音楽性の持ち主だと思いますので、アンコール以外ではこのような曲には取り組んで欲しくないなぁと、オジサンは心配になりました。
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さて、メインは「ローマの泉」、と「ローマの松」です。
これはレスピーギがここの音楽院の先生をしていた位ですから彼らにとっては得意中の得意曲です。

もう多くをここで語らなくても、その素晴らしさは知れている処だと思いますが、
特に「ローマの松」は素晴らしく、あの幹がス~と延びた上の方だけが茂った柔らかい独特の形をしたローマの松を思い浮かべながら聴いていました。

キラキラと太陽が煌く庭園で遊ぶ子供たちの「ボルゲーゼの松」、

厳かな「カタコンバの松」、ここでは客席の外から聴こえてくるトランペットのソロが、
音のパースペクティヴをしっとりとした雰囲気を醸しだしていました。

そして「ジャニコロの松」では何といっても最後の方で、静かに奏でる木管に絡むよう入るナイチンゲールの鳴き声が、
シンミリとしながらもロマンティックな夕方の雰囲気を演出していました。

泣き声を遮るように遠くから打楽器と金管によって行進曲風のリズムがかぶって「アッピア街道の松」が始まりました。

アッピア街道を行く、いにしえのローマ軍の行進に思いをはせていますが、段々と近づいてきた行進は、いよいよ目の前にと差し掛かります。

ステージ中央の上階にはブッキーナといわれる古代ローマ軍が用いていたといわれる金管が二人、両サイドにもトランペットが二人づつ陣取って立体感を出しています。
オーケストラは最高潮に達し全奏のジャ~ン!!で閉じられました。

盛り上がる曲だけに、もう聴衆の興奮は最高潮で割れんばかりの喝采でした。

ここでもアンコール・・・「ちょっと雰囲気の違う曲を」と一声かけ、始まったのはシベリウスの「悲しきワルツ」でした。 
厳寒の国からの音楽ですが、この明るい太陽の国のオーケストラは明るいなりのも丁寧で爽やかな表現・・・シベリウスもイタリアにやって来たのでしょうか。・・・

拍手喝采にコントラバスのオジサンが更に煽るがごとく、ボンボンとコントラバスを叩いて響かせています。 さすが明るい国のオーケストラ・・・こんな光景は初めてです。

パッパーノがステージ脇から歩いて出てきた途中から、パラパン・パラパン・パラパパパと「ウィリアム・テル」の序曲の最後スイス軍の行進が鳴り始めました。

オーケストラも指揮者もノリノリで自由に楽しんでいるようでもあります。
余りにもポピュラーな曲ですが、意外と演奏会で聴く機会がありませんので、こちらも理屈抜きで楽しく聴かせてもらいました。

この日は選曲も良いし、盛りだくさんの演目で大いに楽しませてもらいました。

彼らの演奏会があったら、また聴きたいなぁ~と思わされました。
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by Atelier-Onuki | 2017-05-18 22:33 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「デュトワとロイヤル・フィル」 エッセンの演奏会から

先週末はエッセンであったデュトワとロイヤル・フィルの演奏会に出掛けました。

演目は
ベルリオーズの「ローマの謝肉祭」
メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲」 V.ルノー・カピュソン
ドヴォルザーク「交響曲9番」 新世界から
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デュトワの思い出は、もう20年ほど前にアムステルダムで聴いた
コンセルトヘボウとの共演によるラヴェルの「ダフニスとクロエ」でした。
それはそれはキラキラとした演奏でしたが、オーケストラのいぶし銀のような響きは決して派手になることはなく、
素晴らしかった演奏が深く印象に残っています。

この「ダフニスとクロエ」が当初予定されていたので行く事にしたのですが、
どういう訳かドヴォルザークの9番いわゆる「新世界から」に変更されてしまいました。

「まぁドヴォルザークも良いか!」と開き直って聴きにいきました。

会場はアレッと思うほど閑散としていて、最上階席は全く人を入れていませんでした。
デュトワではそんなに集客が出来ないのでしょうか・・・
先日のラトル、ベルリン・フィルの超満員との差は歴然としていました。

最初のベルリオーズはデュトワの得意曲の一つでもあるので、
やはり手馴れたものでキラキラと輝くような演奏で楽しめました。
それにしてもベルリオーズって面白い作曲家です。

二曲目のメンデルスゾーンはヴァイオリンにフランス人のカピュソンを起用し、
フランス系スイス人のデュトワとは同じような演奏スタイルなのでしょう。
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事実、演奏され始めた音色はやや軽めでニュートラルな印象です。
ヴァイオリンも濁りのない繊細な弾き方で好感がもてます。

下手な感情移入やポルタメントなど一切なく素直に曲が進んで行きます。
オーケストラも正攻法で上質の音楽を楽しませてくれました。
ヴァイオリンの線の細さとか、堂々とした巨匠風の表現はないので、
やや物足りなさも感じましたが、それは贅沢というものでしょうか・・・充分立派な演奏でした。

唯、後から知ったのですが、彼はアイザック・スターンが愛用していたグァルネリを使っているそうで、
これだったらもう少し芯の太い表現もできるのでは・・・と思ってしまいます。
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さて、メインはドヴォルザークの9番です。
デュトワとロイヤル・フィルであえてドヴォルザーク? と思っていましたが、
いざ演奏が始まってみると、どうしてなかなか聴き応えのある演奏です。
ニュートラルな表現ながらツボを得た、聴きやすい演奏でドンドン引き込まれて行きます。

二楽章の有名なイングリシュホルンが吹くメロディに木管たちや、
衣擦れのように弦が絡まってくる辺りでは、不覚にもウルッと来てしまいそうになりました。
三楽章や終楽章では金管群が待ってましたとばかり活躍するシーンが目立ちますが、
ここでもバランスのとれた綺麗なハーモニーが保たれ気持ちよく委ねることができました。

「新世界から」と言えば私は真っ先にケルテスとウィーン・フィルの演奏を思い出し、
何かとこの演奏と比べてしまって、辛めの評価をしてしまいがちですが、
この日の演奏は決して熱い表現ではありませんが、とても上質の素晴らしい演奏でした。
彼らがこの曲を選んだのも納得ができました。

アンコールにはドヴォルザークに縁のあるブラームスの「ハンガリー舞曲の1番」、・・・
オケもノリノリの演奏でしたが、まぁこれは余興として楽しめました。



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by Atelier-Onuki | 2017-05-01 22:16 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

アルベルト・ゼッダさんとクルト・モルさんの思い出

昨日と今日にかけてデュッセルドルフの歌劇場に縁のある音楽家が二人も相次いで亡くなりました。

一人は指揮者のアルベルト・ゼッダさんともう一人は歌手のクルト・モルさんでした。
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私がデュッセルドルフへ移り住んだは1985年だったのですが、
この頃のデュッセルドルフ歌劇場には未だ何人かの大物指揮者が出演していました。
(昔はベームやクライバーが指揮したこともあったそうで、その頃が羨ましい・・・)

それに正式な名称が「Duetsche Oper am Rhein (ライン川沿いドイツ・オペラ)」と言って
何だか憧れていたベルリンの「Deutsche Oper」に似ていて嬉しく思ったことでした。

中でもレコードで聴き親しんでいたアルベルト・エレーデがいて「リゴレット」など良く聴きに行ったものでした。

ドイツ物ではハンス・バラットやペーター・シュナイダーなどがいて本格的なドイツ音楽を聴かせてくれました。

イタリア物は先ほどのエレーデと昨日亡くなられたゼッダさんでした。

特に彼はロッシーニ研究で有名な方で彼の研究成果を反映したゼッダ版があるほどです。
(どこがどう違うのか私には分かりませんが・・・)

ロッシーニの生誕地ペーザロではアバドと協力して「ロッシーニ・フェスティバル」を主宰し、
一時期ちょっと人気が落ちかけていたロッシーニの再評価に尽力され、
「ロッシーニ・ルネッサンス」と言われるほどに人気が復活しました。

ロッシーニの死後、完全に忘れられていた「ランスへの旅」や「湖上の美人」などの再演にも大きく貢献されていました。

私は観た公演は「チェネレントラ(シンデレラ)」でその小気味の良いリズム感や軽やかな節回しなど、
如何にも本物のロッシーニを聴かせてもらった感じで大いに感心したことを思い出します。

それにこの演出が素晴らしい。

それは何とかの天才演出家ジャン・ピエール・ポネル、装置も自らデザインしたもので
切絵風の軽やかな装置は、ロッシーニの軽妙な音楽にピッタリとマッチしています。
演出はもう当然納得の一言で、コミカルな動きと軽やかな振り付けに気品まで漂って何度観ても飽きない演出です。

これはミュンヘンのシュターツ・オーパーやチューリッヒのものと同じものです。

そんな中1986年に芸術監督が変わりハンブルクから実力者クルト・ホレスがやってきました。
さすがこの人は人派が広く、新監督就任記念として、その頃活躍していた一線級の歌手を集め特別公演を開催しました。

5演目を15回ほどの公演を、それはあっと驚くような陣容でコトルバシュを初めポップにグルベローヴァ、
それにバルツァといった女声歌手にアライサ、コロ、カップチッリ、ベリー、モルといった男声歌手陣でした。

ゼッダさんが指揮をした「チェネレントラ」もその一つで王子にアライサ、隠者にベリー
それにチェネレントラにはバルツァと云った歌手陣で、これはウィーンあたりの大劇場でも揃わないほどのキャスティングです。

その上、劇場が大きくないので、まぁなんと良く声が通ること・・・これは大劇場では味わえない贅沢な公演でした。

バルツァなど堂々としていて義理のお姉ちゃん二人に虐められるのですが、
何とも動じない雰囲気でむしろお姉ちゃん二人がオロオロしていて思わず微笑んでしまいました。

ここでもゼッダさんの指揮は手馴れたもので、素晴らしいロッシーニを聴かせてもらいました。

さて、もう一人のモルさんもこの公演に参加されていて、シュトラウスの「バラの騎士」にオックス男爵の役で出演されていました。
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この頃のかれは大劇場でしか歌っていませんでしたが、昔この歌劇場に出演していた縁で出てくれたのでしょう。

これも予算があった昔の演出で、オットー・シェンクによるオーソドックスな王道演出です。
モルさんの歌唱、演技も堂々たるもので、理想的なオックス役を演じておられました。
特に2幕目での聴き所、バス歌手が出せる一番低い声を長く伸ばす所も見事に豊かな響きで聴かせてくれました。

デュッセルドルフの歌劇場もかつての財産的価値がある演目や演出を復活させてもらいたいものです。

また、二人の大物音楽家が亡くなり寂しくなりましたが、
ゼッダさんとモルさんのご冥福をお祈り致します。






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by Atelier-Onuki | 2017-03-09 02:56 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「ラトルとベルリン・フィル」エッセンの演奏会から

先日の日曜日は我が今シーズン演奏会のハイライトとも云える
ラトルとベルリン・フィルの演奏会がエッセンのフィルハーモニーであったので楽しみにして出掛けました。
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今回はドルトムントとエッセンによる“Ruhrresidens”と題された初めての共同プロジェクトで、
ラトルとベルリン・フィルの演奏会は3種類のプログラムで6公演と、
メンバーによる室内楽のプログラムも数公演あって、いわばベルリン・フィル週間といった様相でした。

私が行った日はその最終日で演目のハイライトはマーラーの6番でした。

この曲は何とこのエッセンでドイツ音楽家協会が主催しマーラー自身による指揮で初演されています。
まぁこの当時は産業革命の最盛期で、鉄鋼で栄えたこの街は初演をするほどの力があったのでしょうね。

ラトルとベルリン・フィルも丁度、マーラー・プロジェクトが6番辺りに差し掛かっていましたが、
この曲を選ぶ辺りはサスガです。

演奏会が始まる前にフィルハーモニーの隣にあるシェラトン・ホテルで娘の彼氏と待ち合わせ、
暫くお茶をしていたのですが、開演の3・40分前辺りから、
このホテルに泊まっている楽団員がパラパラと会場へ向かって行きます。
中庭からは未だ部屋で練習をしているフルートやオーボエの音が聞こえていました。

今日の曲は長いので会場へ向かう前にトイレに行っておきました。

帰って来ると彼氏君が「さっきラ・ラトルさんがここを歩いて・・・」と興奮気味です。
彼にとっては初めて聴くベルリン・フィルだそうで、演奏を聴くまえからテンションは高まっていました。

さて、演目はマーラーに先立ってリゲッティの「Atmospheres」という曲と
ワグナーの「ローエングリン」から前奏曲が組まれていました。

リゲッティの曲はフル編成のオーケストラですが、それほど大きな音を出す曲ではなく、
むしろ重なり合うハーモニーを重視した曲で、現代曲ながら調整された音楽で聴きやすいものです。

まぁ何といってもベルリン・フィルですからここまで綺麗に聴こえたのかも知れません。

曲は静かに終わりましたが、まるで続いている曲のようにローエングリンが始まりました。
恐らく一つの曲のような扱いを意図して演奏したのでしょう。

静かに面々と重なりあいながら奏でられるフレーズは“綺麗”の一言。・・・

ワグナー自身も初めてウィーン・フィルを指揮したときは、途中で指揮することが出来なくなり、
オーケストラに全てを委ね一言“ Schön シェーン!”(綺麗)と呟いたそうです。

曲はいよいよ盛り上がりシンバルが大きく斜め叩く辺りでは“ジーン”と胸を打つものを感じました。

シンバルは曲がグッと落ち着く直前に、もう一度、今度はシャンと聴こえないほど小さく叩きますが、
ここでも味わいがあって、ちゃんとサビを利かせていました。

曲は静かに終わりを告げましたが、
このままズ~と全曲やってくれないかと思うほどで、想像以上の素晴らしさでした。

休憩後はいよいよメイン演目マーラーの6番です。

この曲は作曲家マーラーとしては絶頂期の作品で、ありとあらゆる手法が盛り込まれた完成度の高い曲ですが、
その背景には既に不吉な現実が迫っている作品でもあります。

オーストリア南部のヴェルター湖畔の作曲小屋で作曲されたせいか、
至るところにアルプスを連想させるメロディや、カウベルが時折鳴らされさらにその雰囲気を盛り立てています。
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それに何といっても、興味深いのは最終楽章で叩かれるハンマーでしょうか。・・・

オーケストラだけの曲としては最大編成で、もう一睡の余地も無いほど奏者で埋め尽くされています。
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ザン・ザン・ザン・ザッザ・ザンとチェロとコントラバスによってキリッとした刻みで始められました。
あぁなんと弦の濁りがないクリアな響き・・・軽やかなのにふくよかさや深みを兼ね備えています。
時折アクセントで入る小太鼓なんか硬質な響きで小気味良くなんと格好良いことでしょうか・・・
(さっきシンバルを叩いていた同じオジサン)

もう最初からウットリです。

曲はガラリと雰囲気を変え柔らかくロマンティックな旋律へと移りますが、
ここでもトロケそうな響きで、益々身を委ねて行きます。

この日座っている席は第一ヴァイオリン末席の真上なので響きがそりゃ豊かに伝わって来ます。

特にチェロとコントラバスは正面を向いていますから、こちらにグァングァンと響いてきます。

軽やかで濁りの無い響きの弦群はフォルテッシモになっても心地よく、全くの煩さを感じません。
それでいてふくよかさや深みが伴っていて純粋な響きです。

あぁ同じような音を出しているのですが、この目の詰まった響きの質は数段違うようです。

散りばめられたトランペットやホルンのソロも“上手い”・・・ウットリとしてしまいます。

30分近くと長く万華鏡のような1楽章は怒涛を打つように終ってしまいました。

2楽章にはラトルさんはアダージョをもってきました。
(マーラー自身が入れ替えたこともあり、指揮者の解釈によって2楽章と3楽章を入れ替えられます)

ゆったりと弦によって始められたメロディーは何と甘美なことでしょうか。・・・
もうこの辺でウットリとしているのですが、これに木管が怪しげな旋律で絡んできます。
どこか懐かしい雰囲気が醸され、山岳地方を連想させるような長閑さも感じられます。
途中、コロン、コロンと鳴らされるカウベルもその雰囲気を助長しています。
マーラーってやっぱりアルプス的な作曲家だなぁ・・・
それは森の中の小屋で作曲をしていたからでしょうか。・・・

ティンパニーとコントラバスの刻みで3楽章が始まりました。
この風刺風の楽章も、複雑なアンサンブルを見事にコントロールされ、
煌めくような音楽のディティールが手に取るように伝わってきます。

盛り上がっては盛り下がり、奇妙な旋律が複雑に絡み合い、
その精神分裂的なヨジレタ音楽ですが、綺麗に統制され見事なバランス感覚です。
チューバとトロンボーンで怪しげなサビを入れますが、ここでも品の良さを保っています。

チェレスタやハープを伴った怪しげで萌え出でるような響きではじまる4楽章は、
休みを入れずに続けて始まりました。

この甘美な雰囲気も打楽器群によって打ち消され、益々怪しげな雰囲気を木管や金管が絡み、
半ばヤケクソぎみの感じで打楽器も乗っかって不気味な雰囲気です。

ジワジワと金管群が主旋律らしき旋律を組み立てて行き、段々と盛り上がりをみせるかと思いきや
今度は突風のような木管が邪魔をしたかと思うと、
急に落ち着いた雰囲気になりカウベルなどが加わり牧歌的な穏やかさに・・・

支離滅裂とも云えそうな音楽が勢いを取り戻し、グイグイと進むなか、
とうとう一度目のハンマーが打ち落とされます。

これは何かの運命なのでしょうか、それとも打ち消すための物なのか・・・

色んな説が論されていますがマーラー自身も打つ回数を含め迷っていましたから、
結局はなんとも言えませんが・・・まぁ大きな特注のハンマーでした。

結局、ラトルは2度打つ方の解釈でした。(バーンスタインは3度)

曲は大伽藍のフィナーレに入り、一旦静かに落ち着き終るかに思わせた後、
ジャ~ン・バン・バン・バン!と大きな一撃で閉じました。

いやぁ~それにしても素晴らしかった。
もうこれ以上を求めるのは難しいほどの演奏でした。

ベルリン・フィル恐るべし・・・(ラトルさんベルリンを去らないで・・・)

こんな素晴らしいオーケストラが地元にあったらなぁと叶わぬ事を思っていました。
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それにしてもローエングリンの演奏は飛びっきり素晴らしかった。






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by Atelier-Onuki | 2017-03-03 02:05 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「マウリツィオ・ポリーニ」の演奏会から

先週の金曜日もポリ-ニの演奏会があったのでケルンのフィルハーモニーへ出掛けました。
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演目はオール・ショパンでノクターン、バラード、スケルツォから数曲と最後はソナタの3番でした。

考えてみたらポリーニを聴くのも結構久しぶりで、
ウィーンで聴いたショパンの「前奏曲」とリストの「ロ短調」以来でした。

1960年、18歳でショパン・コンクールに優勝した時、審査委員長のルービンシュタインが
「今ここにいる審査員の中で、彼より巧く弾けるものが果たしているであろうか」と称賛したのは有名な話ですが、
その後はパタッと公の場から姿を消し、10年間ほどはピアノの研鑽に費やしていたのも良く知られている処です。

やっと沈黙を破りグラモフォンから発売されたストラヴィンスキーの「ペトルーシュカからの3楽章」や
ショパンの「12の練習曲」がなどは、その研ぎ澄まれた凄い演奏に音楽ファンの多くが衝撃を受けました。
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「練習曲」が発売された時など、音楽評論家の大御所、
吉田秀和さんが「これ以上、何をお望みですか」と大絶賛されていました。
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それ以来ポリーニといえば、シャープで“完璧”な演奏というイメージが先ず浮かびました。

事実、先ほどのストラヴィンスキーなどはレコード時代に聴いていたのですが、
“カキン!”と鋭い打鍵が続くとそのダイナミック・レンジの大きさにレコード針が何度も浮き上がったことがありました。

初めて彼のライヴを聴いたのは84年だったかウィーンでの事でした。・・・
あの時は珍しくバッハの「平均律」を演奏しましたが、
その研ぎ澄まされた緊張感が溢れる演奏にえらく疲れた思い出が残っています。

この頃は若い女性たちの「親衛隊」がいたほどでチケットを取るにも、毎回えらく苦労をしました。

90年代の一時期、ベートーヴェンのソナタに取り組んでいた頃は、
その余りにも集中した演奏姿勢に、ちょっと“シンドさ”さえ感じた時期もありました。

「そこまでピリピリした演奏をしなくても良いのになぁ~」 ・・・ 
「早くこの呪縛から開放されないだろうか・・・」などと勝手なことを思いながら聴いていました。

90年代も終ろうとしていた頃、ショパンとドビュッシーの「前奏曲」を聴きにいきましたが、
「いや~来ました、きました!!」、私が待っていた開放されたポリーニが・・・

鋭利なタッチは抑えられ、とても自然体の演奏は聴く側に安らぎすら与えてくれます。
テンポも幾分押さえ気味になり、こちらも年相応に安心して聴けるようになりました。

2000年代に入り、演奏は益々深みを増してきましたが、
鋭利な響きは押さえられあくまでも自然体で聴きやすくなりました。

ショパンの「夜想曲」など「ここまでやるか・・・」と思うほど中身が詰まった深い演奏をしていますが、
響きが柔らかくなった分、聴いていて疲れは感じさせず何度も繰り返して楽しんでいます。
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当日の会場はほぼ満席の状態、聴衆は老若男女入れ乱れ幅広い年齢層です。
それに小学生くらいのお子さんたちもチラホラ見かけられます。
熱心な親御さんが連れて来られているのでしょうね。

さて、そんな彼も75歳、ちょっとヨチヨチといった歩みで登場しました。

最初の曲、「夜想曲」7番は落ち着いた響きの中静かに弾き始められました。
テンポも幾分抑えられて、そのゆったりとした響きは味わい深く感じられます。
一音一音のいわゆる粒立ちも明晰で、決して鋭くはありませんがクッキリと浮かび上がってきます。

引き続き8番の夜想曲も滑らかに奏でられ、
抑えられた中にもポリーニらしい明晰な音楽が展開し心地よい世界へと誘われていきました。

3番と4番の「バラード」も落ち着きのある中にもメリハリの利いた素晴らしい演奏でした。

「子守唄」を挟んでスケルツォの1番が演奏されました。
この曲は力強い打鍵や速いパッセージが次から次から折り返される難曲です。

かのフランソワの演奏など指が回らないのが自分でも分かっていて
「クソッ・・・」とばかりにイライラした演奏をしています。
(唯、これはこれで味わいのある、とても好きな演奏なのですが・・・)

ポリーニのCDでは、何食わぬ顔で軽々と弾ききっていますが、
今日はライヴでしかもこのお歳ですから心配をしていました。

まぁ私の心配は無用だったようで、ここではテンポもそれほど落さず、
あの複雑で厄介なパッセージを見事に弾ききりました。

休憩後は「夜想曲」1曲を挟んでメインのピアノ・ソナタ3番です。

これは中々の大曲で難易度も高い名曲ですが、
頭の部分も何の気負いもなく落ち着いた表現で弾き始められました。

それにしてもショパン特有の節回しなどはサラッとしながらも表情豊かに品良く表現されていて流石です。

揺れ動くようなパッセージが続く2楽章も、滑らかな指の動きで年齢を感じさせません。

時折入るアクセントも引き締まっていますが嫌味の微塵もありません。

曲はいよいよ3楽章に入り鋭い打鍵に始まり面々と速いパッセージが繰り返し奏でられます。
更にスピードを増して高音を流れるように弾ききる辺りは、さすがギリギリの表現か、
「ウッ・大丈夫か」と心配する瞬間もありましたが、最後まで緊張感を切らさず見事に弾ききりました。

ウヒャ~「お疲れ様でした~」・・・

鳴り止まぬ喝采のあと「夜想曲」から1曲アンコールしてくれました。

以前だと2・3曲アンコールを弾いてくれたのですが、さすがこの辺が体力の限界なのでしょう。

その辺はご本人が一番良く知っておられることでしょうね。
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現役で活躍している巨匠が少なくなった昨今、とても貴重な演奏会でした。



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by Atelier-Onuki | 2017-02-14 00:22 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「セガンとヨーロッパ室内管弦楽団」の演奏会から

昨夜はケルンのフィルハーモニーでのコンサートに行ってきました。

指揮者はモントリオール出身で最近は引っ張りだこのヤニック・ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管弦楽団、
ソリストにやはりモントリオール出身のチェリスト、ジャン=ギアン・ケラスを迎えてのコンサートでした。
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演目はハイドンの交響曲44番(悲劇的)と1番のチェロ協奏曲、
後半はベートーヴェンの6番(田園)でした。

セガンの指揮で聴くのは3回目ですが、4年ほど前に聴いたウィーン・フィルとの
ベルリオーズ「幻想交響曲」は我が幻想体験の中でも一番の出来だったので強く印象に残っています。

昨年はやはりウィーン・フィルとの共演でブルックナーの9番を聴いていました。

ヨーロッパ管を聴くのは久しぶりで、創設者のアバドや良く客演していたアーノンクールといった大物が亡くなってしまい、
最近はあまり気をそそらせる演奏会がありませんでした。

かつてアーノンクールと共演したモーツァルトの「29番」2楽章における弱音効果の利いた絹擦れの弦など
この世のものとは思えない響きは“鳥肌もの”でゾクゾクしながら聴いたのを思い出します。

“室内管弦楽団”と室内が付けられていますが、編成は一般的な大きさで、
これは創設当時、室内楽団かと思わせるほど整ったアンサンブルの精度を目指そうとアバドが命名したそうです。
当時はヨーロッパ中から若くて優秀なメンバーが集められ、
演奏会ごとに臨時で召集されていましたが、現在はやっとロンドンに本拠地を得たようです。

1981年創設当初は若者だった人たちも半数近くは年配の領域になってしまいました。
(そう書いている本人も年配の領域をとうに越えてしまいましたが・・・)
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さて、最初のハイドンの交響曲44番は余り演奏会に取り上げられる機会も少ない曲で、
実際取り立てて特徴がある曲ではなく地味に纏まった曲といった印象です。
それでも3楽章などは柔らかく気品のあるフレーズが随所に聴かれました。

一般的にハイドンはウィットもあり軽妙な曲の印象が強いのですが、
様式美を踏み外さないので、どの曲からも気品が漂っています。

2曲目もハイドンのチェロ協奏曲で、
何と家にあったCDにはこの日に演奏するケラスのものもありました。
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溌剌としたテンポで始まる曲に気分もウキウキしてきます。
指揮者、ソリスト共にテンポ良くキリリとした演奏スタイルで心地よく進みます。

それでもチェリストの演奏は丁寧でガリガリとは弾かず品格を保っています。
それにフランス系という事もあってか、音色も幾分明るく伸びやかです。

2楽章緩やかに流れるメロディも濁りの無い柔らかい響きで、
こちらは益々心地よい世界に身を預けていました。

軽快な3楽章でも決してテクニックに流されず、
あくまでも丁寧かつふくよかに進行して行きアッという間にジャン・ジャンと終ってしまいました。

喝采が鳴り止まぬ中、ケラスがもう一度座りなおしたので、どうやらアンコールを弾くようです。

演奏に先駆けてたどたどしいドイツ語で「バッハの無伴奏から一節を弾きます。」と挨拶をしました。

喋り出した声はあの気品を感じられるチェロの響きとは裏腹に、
えらく甲高い声でビックリ・・・彼は聴衆の前ではチェロだけで喋る方が得かなぁ・・・
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さて、後半はベートーヴェンの“田園”です。

先ほどのハイドンでも編成が小さく、コントラバスなど2本しか入っていませんでしたが、
このベートーヴェンでも大きな編成を取らずコントラバスは1本加わっただけで驚くほどの小編成です。

まぁベートーヴェン時代はこれ位だったと思われますが、
この編成から使用する楽譜はベーゼンライトナー版だなぁと予測されました。

そういえばアーノンクールのベートーヴェンもこの楽団と録音をしていますし、
今日もその時と同じくティンパニーとトランペットは古いオリジナル楽器を入れています。

颯爽としたテンポで始められた曲は、サラサラとドンドン進んで行きます。
それでも落ち着きがないという事も無く、むしろ心地よく軽快です。
これで音の質がもっと磨かれ、凝縮された味わいが加わると申し分ないのですが。・・・

ゆったりとした2楽章もサラサラと流れていきます。
ヴァイオリンがチャラ・チャラと繰り返し清らかな小川の流れを表現しますが、
「こんな清涼に流れていたかなぁ~」とヌスドルフのベートーヴェン・ガング脇を流れる小川を思い出していました。
(まぁベートーヴェンの時代はもっと綺麗だったのでしょうね。)

曲はぐっと落ち着き、フルートやクラリネットによってナイチンゲールやカッコウの鳴くさまが表現され、
穏やかな田園風景が目の前に映るようです。

民族舞踊風に始まる3楽章は農村での楽しい一時を表現していますが、
舞踊風の音楽が激しくなってくる辺り、これってひょっとして“チャルダッシュ?”と感じてしまします。

これはウィーンの森の麓でインスピレーションを受けてスケッチをしているのですが、
ベートーヴェンが良く訪れていたハンガリーの農村での思い出も加わっているのではないでしょうか。・・・

舞曲は盛り上がり、それを遮るように森の奥からホルンがコダマします。

待ってました・・・ ホルン奏者、一番の聴かせ所・・・

いやぁ~ ここで外す?? 
まぁ音程の取り辛い楽器であることは承知していますが・・・
よりによってここで・・・ さあもう一回チャンス・・・二度目の繰り返しが・・・ああここでもパハッ?・・・ 

まぁそれでも、じっと我慢して座っていた4楽章しか出番のないティンパニー奏者のオジサンや、
ピッコロもこことばかり頑張っていましたし、全体としてはすっきりとした良い演奏だったのではないでしょうか。・・・

やっぱりこの曲はウィーン・フィルで聴きたいなぁ~と、また良からぬ欲求が沸々と湧いてきました。

それにしてもやはりベートーヴェンは偉大だな・・・とつくづく感じさせられました。
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by Atelier-Onuki | 2017-02-10 00:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「ジョルジュ・プレートルさんの思い出」

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新年早々、こんな訃報を書くのは気が引けるのですが、
一昨日フランスの大指揮者ジョルジュ・プレートルさんが亡くなられました。

昨年のピエール・ブーレーズ、ニコラウス・アーノンクールやネヴィル・マリナーと
長年活躍されて来た大音楽家が相次いでなくなりましたが、
又一つの時代の移り変わりを痛切に感じさせられます。

92歳と云う事なので大往生と言えば大往生なのですが、
キャリアも長いので音楽ファンの私にとっても思い出が沢山ある指揮者でした。

私が本格的に音楽を聴き始めた50年ほど前には、もう既に有名な指揮者で、
マリア・カラスと共演した「カルメン」や「トスカ」など話題になっていてレコードで聴いていました。

それに私にとっては大好きなアンドレ・クリュイタンスに指揮法を習ったと云う事でも印象深い人でした。
そのクリュイタンスも1967年に亡くなってしまい、
てっきりプレートルがその継承者になるだろうと思っていましたが、そう簡単ではありませんでした。

クリュイタンスが常任指揮者をしていたパリ音楽院管弦楽団は、
間もなく当時の文化相で強烈な個性の持ち主アンドレ・マルローによって解体され今日のパリ管へと再編されました。

当時この強引とも言えるマルローの政策を嫌って何人ものフランス人芸術家が
他国へと活動の拠点を移した時期でもありました。

プレートルも暫くはフランスで活躍されていましたが、
結局はウィーン交響楽団の常任時代が長く、晩年はシュトゥットガルトで常任をされていました。

彼の一番の思い出は、もう30年以上も前のことですが、
フィレンツェのテアトロ・コムナーレでマスネーの「ウェルテル」を観る機会がありました。

それも座席は前から四列目のど真ん中というもので、殆ど指揮者の後ろという感じでした。

彼の指揮ぶりは熱のこもったもので、動きも細やかに躍動していました。
音楽が盛り上がってくると自らも歌い出します。

それは歌詞ではなく「ブツブツ」と呟いているようですが、
自然に歌いだされたもので気持ちが乗ってきていたのでしょうね。

この日は歌手も素晴らしく「ウェルテル」はアルフレード・クラウス、
「シャルロッテ」にはヴァレンティーニ=テラーニという当時では理想的なキャスティングでした。

それに装置が綺麗だった。・・・教会前のシーンでは紅葉した並木道が舞台を斜めに横切っています。

それも何と土手になっていてその一部開いた奥に教会が建っている設定でした。
こんなオーソドックスながらも見応えのある装置は、もう滅多に見られなくなりました。

かれのウィーン時代にも聴いたことがありました。

それはウィーン・フィルとの演奏会でしたが、
当時得意としていたリヒャルト・シュトラウスの「バラの騎士組曲」とラヴェルの「ラ・ヴァルス」、
後半は「ブラームスの2番」という、墺、独、仏、混合で如何にも彼の経歴を表したようなプログラムでした。

処で、「ラ・ヴァルス」なんてウィーンの人たちはどんな感情で演奏しているのでしょうか。・・・
一般的にはウインナ・ワルツの称賛として作曲されたと言われていますが、
他方これはオーストリー帝国の不安と崩壊を表しているとも言われています。

このウィーンでの演奏会ではプレートルさんは、もう85・6歳だったと思いますが、
お元気で相変わらず「ブツブツ」と歌いながら躍動されてました。

もう昔のフランスの響きを出せる人が殆どいなくなりましたが、
数少ない証言者だったプレートルさんのご冥福をお祈りしています。


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by Atelier-Onuki | 2017-01-07 01:36 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ビゼー「アルルの女」から第2組曲(ドイツ・ニュース・ダイジェスト9月のコラムから)

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「アルルの女」第2組曲はジョルジュ・ビゼーが編曲の途中、
36歳という若さで亡くなったために親交のあったエルネスト・ギローによって編さんされました。

ギローは「カルメン」でも大歌劇場で上演できるようグランド・オペラ版に編曲し、ビゼーの名を世界に広めた功労者です。

さて、組曲の第1曲目は、金管楽器群が熱く伸びやかな「パストラール」。

牧歌的なプロヴァンスの暖かい空気を運びます。
続く弦と木管によるけだるいハーモニーはのどかな田園風景を想像させます。

しばらくして太鼓を伴った民族舞踊風に変わり、農村の収穫祭でしょうか、楽しさと切なさが漂います。

この場面ではゴッホ作「ラ・クローの収穫風景」の絵が浮かびます。
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曲は「間奏曲」へと移り、弦楽による荘厳で重々しい調べから、
一変してサクソホンと木管のハーモニーでメロディーが慈しむように吹かれますが……
あれっ、これってシューベルトの「アヴェ・マリア」にそっくりです。

再度同じ旋律を繰り返した後、サクソホンが新たな甘いメロディーを面々と吹くと、
それぞれの節目の終わり部分にも「アヴェ・マリア」のメロディーが何度も暗示されます。

そしてフィナーレではオーケストラの全奏で、今度は「アヴェ・マリア」をはっきりと強調します。

若い息子に先立たれた母ローズと聖母マリアを重ね合わせるかのようです。

ビゼーには「アルルの女」作曲後に第1組曲の「前奏曲」後半に出てくるメロディーを編さんした歌曲があり、
「アヴェ・マリア」というタイトルが付いています。

曲は一転して穏やかなハープの爪弾きを伴奏にフルートが甘いメロディーを奏でる「メヌエット」へ。
昔、この曲が吹きたくてフルートを買ったほどで、今でも大好きな曲です。

最後の「ファランドール」では再び「前奏曲」と同じメイン・テーマが荘厳に奏でられ、
そこに民族舞踊の「ファランドール」のメロディーが軽快に絡みます。

オーケストラは盛り上がり、明と暗のテーマが交差し合いながら一つのハーモニーへとなだれ込み、
フィナーレを迎えます。

アルルの夏は明るい太陽がさんさんと輝いていますが、
その影には深い闇をにおわせる瞬間があります。

物語の舞台となった農村、アルル近郊のカマルグ辺りにはより古い因習やしきたりなどが感じられ、
その影響も背景にありそうです。





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by Atelier-Onuki | 2016-09-21 23:35 | 音楽 | Trackback | Comments(0)