カテゴリ:ウィーン( 30 )

ウィーンの中央墓地(ドイツ・ニュース・ダイジェスト2月のコラムより)

2月のコラムを掲載するのをすっかり忘れていまして、とてもタイミングが悪いのですが、せっかくなので一応upしておきます。
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空路ウィーンへ到着し、「シュヴェヒャート空港」から街へ向かうと、
一番先に通過する観光スポット、それは何と墓地です。

墓地が名所というのも実にウィーンらしいのですが、さすが“音楽の都” と言われるだけあって、
ここ中央墓地(Der Wiener Zentralfriedhof)にはウィーンで活躍した幾多の大作曲家たちが眠っています。

またこの墓地は映画『第三の男』、(1949年公開、キャロル・リード監督)のラスト・シーンの舞台としても有名です。

市街地からは6番か71番の路面電車で向かうのですが、
この中央墓地だけで停留所が4つもある広大な墓地で、墓地の中をバスが巡回しているほどです。
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音楽家のお墓参りには墓地の正面入り口に位置する「Zentralfriedhof 2. Tor」で下車し、
中央に建っている大きなドームを持つカール・ルエーガー記念教会に向かって並木道を進みます。
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教会の少し手前を左に折れると、そこには名だたる作曲家のお墓が目白押しに建っています。(Gruppe 32A地区)
 
ちょっとした広場になっていて、中央にはモーツァルトの仮のお墓があり
(最初に埋葬された聖マルクス墓地が共同墓地だったため、遺体がどれだか分からなくなったのです)、
その後ろにそびえ立つ(メトロノームのような)オベリスクのお墓にはベートーヴェン、
右隣にはシューベルトが眠っています。
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このお墓も元々は街中のヴェーリンガー墓地(現在はシューベルト・パーク)にあったのですが、後にここへ移されました。

ベートーヴェンを崇拝し、葬式で彼の棺を担いだシューベルトも、
後を追うように1年後に亡くなってしまいます。
没後はベートーヴェンの傍に埋めて欲しいと切望していましたが、それが実現され、ここでもお隣同士です。
 
さて、小道を挟んでシュトラウスⅡ世、その右隣にはブラームスのお墓が建っています。
音楽スタイルが正反対の二人ですが、意外と仲が良かったそうです。

ドナウの流れをイメージした若い女性が寄り添うシュトラウスに対し、
ブラームスは頭を抱えるようにうな垂れ、今なお悩んでいるようです。
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彼らの背中側にはシュトラウス父とライバルだったランナーが仲良く並んでいます。
他にもズッペを初め、グルックやヴォルフにシェーンベルクなど枚挙に暇がありません。
 
作曲家だけでなく、ウィーン・フィルの名コンサートマスターだったボシュコフスキーや
名歌手ロッテ・レーマンなども眠っていますし、
サリエリやベートーヴェン唯一の弟子チェルニーなどは入り口近くの0地区に眠っています。 

音楽愛好家にとって、一つまた一つと偉大な音楽家の名を発見する喜びは、
ゾクゾクするほどの感動を覚えます。
まるで宝探しのように……。




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by Atelier-Onuki | 2017-03-07 00:06 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ベートーヴェンの「フィデリオ」 ウィーン国立歌劇場の公演から

この日の公演は指揮者にペーター・シュナイダー、演出オットー・シェンク、
装置シュナイダー・シームッセンと大御所が揃い、安心して観ていられるものです。
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演出はもう数十年も前からのプロジェクトですし、指揮者のシュナイダーもオペラ・ハウスの叩上げで、
いわゆるカペルマイスターと王道路線です。

彼は昔デュッセルドルフの音楽監督をしていたので、
その頃はワグナーやシュトラウスの作品を何度か聴いた事がました。

それとこの「フィデリオ」はウィーンの歌劇場とは深い縁があって、特に大戦で空襲を受け殆どを失いましたが、
ようやく1955年に再開にこぎつけた最初の公演がカール・ベームの指揮でこの「フィデリオ」でした。
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それは苦難から開放されるという内容にもよりますが、ウィーン初演のこの作品は深い関わりもあり、
なによりもその音楽がもつ力強い推進力が人々に勇気や希望を与えるのしょうね。

ちょうど昨年がこの再演の60周年にあたり、ロビーでは(ゴブランの間)その展覧会が開催されていました。
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それにもう一つ今日の楽しみは「フィデリオ」序曲と
2幕への間奏曲として扱われている「レオノーレ3番」の序曲をこのオーケストラで聴く事です。

特に「レオノーレ3番」の序曲は、大昔からウィーン・フィルの録音で親しみ、その素晴らしい演奏を楽しんでいました。

最初はイッセルシュテットとの録音、その後はバーンスタインとのものでしたが、
いずれもウィーン・フィル独特のスタイルで特にフィナーレで叩かれるティンパニーの音が素晴らしく興奮したものでした。

というのはこのオーケストラのティンパニーは未だに革張りの古いタイプが使われていて、
そのズシンとお腹に響く渋くて味わいのある響きは他では聴けない感動的な音です。

それにここのティンパニー奏者はメチャクチャ上手い(ベルリンと双璧)・・・
たかが太鼓なのにオ~ッと思わずため息をついてしまうほど味わい深く惚れ惚れと聴き入ってしまいます。

それに伝統なのでしょうかこの曲のクライマックスではティンパニーの連打で盛り上がるのですが、
他のオーケストラよりダイナミックに大きな音で叩いていて、聴き終わったあとの達成感や満足度は格別です。

さて、この日の公演は通常のレパートリー公演にも関わらずトップにはキュッヒルさんが入っておられます。
彼が入ると演奏はさらに引き締まるのでこれは期待できます。

それに今日はちょっとサイドの席でオーケストラ・ピットからの直接音がガンガン伝わってくる場所です。

さぁシュナーダーが堂々と登場しました。
挨拶の後、手馴れた感じで序曲は振り下ろされました。

バン ババン・バン ババン・バンバ・バンバンバン・・・
この引き締まった出だしを聴いただけでコリャ良いなぁ~と、今日全般の素晴らしさが予測できそうす。

それほど長い曲ではありませんがフィナーレに向かって弦群がザバザバと揺れ動くあたりは
ゾクゾクするほどで(ここ好きなのです)最後までキリッとした演奏でした。

もう、この序曲を聴いただけでも満足して帰れそうです。

まぁオペラ自体はあの不器用で無骨なベートーヴェン好みの題材で、
芝居っ気にも乏しく面白みには欠けますが、さすが音楽は素晴らしく立派で聴き応えがあります。

この当時はオペラが流行っていて、似合わないにも関わらず彼も書いてみたかったのでしょうね。

さて、オペラの方は一気に飛ばして、いよいよ2幕目を迎えました。

お目当ての「レオノーレ3番」の序曲です。

この序曲は余りにも立派な曲で演奏時間もそこそこ長く、これ一曲で完結しているほどです。

そのせいか、どの箇所で演奏するかを巡って論議もされたようですが、
今はマーラーが決めたこの箇所で演奏されるのが通例になっています。

ベームなどは物語の筋が途切れてしまうとの理由で、一時これを演奏しなかった事もあったようですが、
聴衆としてはやはり是非とも聴きたい一曲です。

シュナーダーの演奏はもう確信に満ちたもので堂々としています。

中盤あのフルートが活躍するところはドキドキしながら迎えました。
それは余りにも難しく、多分ベートーヴェン時代の穴が開いただけのフルートでは吹けなったのではと云われています。

さすがウィーン・フィル(まぁオペラに入っている時は歌劇場管弦楽団ですが)、余裕をもって味わい深く吹き切りました。

いよいよ終盤に掛かり、ヴァイオリンから始まり段々と低弦へと一目散に刻まれて、フィナーレを迎えました。

金管群の堂々とした鳴りっぷり(でも全然煩くない・・・むしら心地良く身を任せ)・・・

そしてティンパニーのスゴイ連打が入り素晴らしいクライマックスを築きました。

いやぁ・・・大満足・・・ 

こんな演奏で聴きたかったのが、今、現実に・・・

当然ながらこの夜一番の喝采が沸き起こりました。

物語は無実の政治犯たちが解放され、声高々に 「Heil sei dem Tag!」(この日に敬礼 ! )と力強く歌います。
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私も心地よく一緒に歌っているような気分になりました。
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それほど長いオペラではありませんが、集中して観たせいか喉はカラカラです。

気分も良く、早く、おビール、おビール・・・
今夜は焼き鳥で一杯いくか !!


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by Atelier-Onuki | 2016-06-01 00:32 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

マーラーの墓参り (グリンツィング墓地)

昨日までマーラーの重い曲を続けて聴いたので今日はグリンツィングにある彼のお墓参りに行く事にしました。

地下鉄とバスを乗り継げば直ぐの所に泊まっていたのですが、
今日は何だかノンビリと町の景色を楽しみたかったので路面電車を乗り継いで気ままに行く事にしました。

リング沿いのブルク劇場で途中下車・・・
この直ぐ隣、ホーフブルク庭園にある薔薇の咲き具合を確かめに寄りましたが、
まだパラパラと咲いているだけです。
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中にはとても芳しい薔薇が咲いているので楽しみにしていたのですが残念です。

それども、少ないながら試してみようと近づいたのですが、
丁度私の行きたい方向から一つ一つ匂いを嗅いでいるオジイサンがやってきました。

それも相当汚い格好をしていて、あのオジイサンが嗅いだところに又鼻を突っ込む勇気は生れませんでした。

まぁ諦めて私の好きな庭園内のカフェテリアでノンビリとしていましたが、
時折バラの香りが漂ってきて心地よく過ごしていました。
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さぁグリンツィング方面への停留所があるショッテントアに向かって歩き出しました。

途中、小高いところに建つアパートにはベートーヴェンが時期を隔てて2度も住んでいます。
ここでは交響曲の4・5・7番を初め「フィデリオ」やピアノ協奏曲の4番、
それにヴァイオリン協奏曲など彼の中期における重要な作品をたくさん作曲しています。
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さて、路面電車は街中を出てダラダラと郊外へ向かって進みます。

最寄り駅で降り、ダラダラと長い坂道をグリンツィング墓地目指して上って行きました。

門を潜ると花を一杯抱えたオジサンが近づいてきて「グスタフ・マーラー?」といきなり尋ねてきました。
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どうも墓守の人らしく手招きをしながら案内をしてくれました。
きっと多くの人が訪れるのでしょうね・・・何度か来ているので知っていたのですが、
このご親切を裏切る訳にはいかず、素直に従いました。
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「ここがそうだよ。」と誇らしげです。
墓の上を指差して「彼はユダヤ人だから石がいっぱい積んであるんだよ~」、
ほっ~確かに沢山乗っています。
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「処でアルマ・マーラーのお墓は何処ですか?」・・・「フ~ン、そりゃ知らんな・・・」と
親切だけど、ちょっといい加減な墓守さんでした。

この石を積む風習は日本でも見受けられるお墓がありますが、調べたところによると、
大戦中にユダヤ人を多く救ったシンドラーのお墓に誰かがお礼の意を込めて石を積み始めたのが始まりだと云われていて、
石の持つ不変性から不滅とか永遠とかの意味があるようです。

さて、このマーラーのお墓をあっちへ行ったりこっちへ行ったりとシミジミ眺めながら佇んでいました。
高台に立つ、このお墓の後ろからはウィーンの町が望めます。

さて、アルマは斜め後ろに背中合わせであるはずです。
植え込みを抜け4つほどずれた所に立っていました。

それは何と最後の彼氏ワルター・グロピウス家のお墓でファミリーが埋められているようです。
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唯、立っている細長いブロンズ製の墓石にはアルマの名前だけが刻まれ、
そこにはフルネームでAlma Mahler Werfel とグロピウス家の墓なのにマーラーあり、
旧姓ありとややっこしい関係を表していました。
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名前の下には生年と没年が刻まれていましたが、1964年没なので私が14歳の時・・・

まだ生きておられたのですね・・・ちょっと身近な存在に感じました。


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by Atelier-Onuki | 2016-05-30 22:35 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ネルソンスとボストン交響楽団 「マーラー9番」の演奏会から

今回のウィーンでは偶々マーラーの交響曲を取り上げた公演が続いていて、マーラー週間にするつもりでしたが、
予定の一つだったウェーベルン交響楽団の指揮者が当初予定されていたデュダメルから違う指揮に変更されました。
その代役の人は私的にはあまり好みではないので、この公演は見送りました。

といってこの日のネルソンスにもそれほど興味はないのですが、
ボストン交響楽団は小澤さんとのヨーロッパ最終ツアーの折りに聴いて以来えらい久しぶりだったので行く事にしました。

会場は満席で観客の熱気が感じられるほどです。
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殆どは地元の人たちだと思われますが、ウィーンでアメリカのオーケストラを聴く機会は少ないので大勢集まったのでしょう。
(ウィーンに住んでいると贅沢になり、偶にはウィーン・フィル以外も聴きたいなぁなんてとんでもない欲望に駆られる時があります。 
結局は「やっぱりウィーン・フィルの方が良いなぁ。」なんて勝手な事を云っていますが、彼らもその確認をしに来たのでしょうか?)

さて、今日の座席は2階ロジェのサイド2列目です。
ステージの半分くらいは見えるでしょうか、背伸びをして辛うじて指揮者が見える席です。
1階のロジェもそうですが、このサイド席2・3列目は椅子が置いてあるだけなので、
聴きやすい方向を向けたり、座りやすいポジションに自分で調整致します。

この日も周り近所と申し合わせながら動かしましたが、後ろのオジイサンは何だかゴソゴソとトラぶっているようです。
振り返ってみると3列目のハイ・チェアーをステージ側に向けようとした処、台座から足が抜けてしまい焦っています。
周りは皆立って協力し、何とか向きを変えられました。
「イヤー、ありがとう・・・これで足が延ばせて楽だわ~」と開演前の微笑ましい光景に包まれました。

さて、オーケストラは全員と言って良いほどの人が既にスタンバイをして各々が物凄い勢いで練習を繰り返しています。

このマーラーの9番は演奏がとても難しいらしく、早めから練習に取り組んでいるのでしょうが、その気合は充分伝わってきます。

いよいよ、ネルソンスが登場しました。

朝靄の彼方から聞えてくるようなコントラバスの静かな刻みはハープに導かれ、管が不気味なサビをつけると、
弦によってビャ~ン、ビャ~ンと柔らかく引きずるように最初のテーマが現れます。

マーラーは9番目の交響曲を書くのを異常に恐れていて、
この曲の直前に作曲された交響曲は9番と言うタイトルを避け、「大地の歌」として発表されました。
(ベートーヴェンが9番の交響曲を発表後、間もなくして死んだことから。)

その最後の曲「告別」の終わりはこのメロディでEwig(永遠に)と繰り返し奏でられますが、
この9番では冒頭でその同じメロディ・ラインを引きずって繋がっています。

曲は間もなく盛り上がりを見せ、楽器の饗宴よろしく鳴り響きますが、
これは彼が作曲をしていたドブラッハ周辺の険しい山々を現しているようです。

それにしてもこのオーケストラは上手い。・・・
金管はもとより弦も柔らかく深い味わいもあり、アメリカで最もヨーロッパ的な響きのするオーケストラだと言われるのが肯けます。

1楽章も後半に入りグット音量を落として、
甘いヴァイオリンのソロ部分を過ぎると再び激しくなり一頻り云いたい事を全部ぶつけて落ち着くと、
また不吉で憂鬱な感情に陥ります。
何だかヤケクソぎみの歩みが刻まれると、遠くからのイメージで鐘の音が聞えてきます。

ここではトブラッハの作曲小屋を思い出していました。
この山の中腹にある小屋へは夕刻に訪れていましたが、折りしも麓の村から教会の鐘が聞えてきました。
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暫く「ああ良いな~。」と感傷に浸りながら聞いていたのですが、
ふと気が付くとこれはこの部分で鳴る鐘と同じメロディーでカンコン~、カンコン~と響いています。
音程も全く同じで、きっとマーラーもこれを聞いて取り入れたのではないでしょうか。
(実際にはこの教会の鐘はもう一種類、違う鳴り方があります。)
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曲は名残惜しむように何度も同じ音型を繰り返し、ハープに導きられながら静かで絶妙なピチカートで閉じました。

ファゴットのおどけたような吹き出しで始まる風刺的な趣の2楽章は迫りつつある死に対し
半ば皮肉れた気持ちを表しているようです。

今度はトランペットのおどけたような一吹きではじまる3楽章では更に開き直り、踏ん切りが付いたように思われますが、
曲は直ぐに感傷的になり、過去の追憶が走馬灯のように次から次へと現れては消え、
ヤケクソ気味ながらも悶え苦しんでいる有様が浮かび上がります。

この病弱で気難しい作曲家にとって恋多き妻アルマとの関係もグロピウスを巡って最悪の状態で、
その心の苦しみや葛藤が渦巻いているようです。

そしていよいよ死に向かい合う決意を面々と語られる4楽章へと突入して行きました。

甘いメロディがどこまで続くのかと思われるほど名残惜しみながら(或いは未練がましく)綴られ、最後の一絞りのクライマックスを築き上げます。
グット落された音量は凄い緊張感をもって静かに静かに締めくくられます。

特にこの楽章ではネルソンスもオーケストラも、凄い緊張感をもって引き締まった演奏をしきり、
曲はいよいよ消え入るような音で聞えるか聞えないほどの繰り返しで最後を迎えました。

奏者も聴衆も固唾を呑むような瞬間が訪れました。

その時、遠くギャラリエの方から・・・コンコロ・コンコロ・コッコッ・コン・・・とI-phoneの
軽快なマリンバの響きがこだましました。 (バカヤロ~ !!!)

よりによってこの一番の聴き所で・・・ この長い曲を集中して耐えながらやっと辿りついた至福の瞬間に・・・

誰だか分かりませんが、周りの人たちが真っ赤になって憤慨している様子が浮かびます。

何とか最後の数秒前には消えましたが、人事ながら冷や汗が出ていました。

大昔、ベルティーニの指揮でこの曲の素晴らしい演奏を聴いたときも
この部分で一番前に座っていた人が居眠りでもしていたのでしょうか、
荷物をガシャンと落してしまい、この演奏会を台無しにした事がありました。

まぁそれでも誰も動かない長~い静寂の後、パラパラと始まった拍手は大喝采へと広がっていきました。
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それにしてもこのオーケストラは上手くて味わいも素晴らしく、
こんなオーケストラが地元にあったら良いだろうなぁとボストンの人たちを羨ましく思っていました。

マーラーのゴツイ曲を続けて聴いたので、明日は久しぶりにお墓参りでも行こうかな・・・



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by Atelier-Onuki | 2016-05-29 23:52 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ルストへの遠足・・・

明けて次の日は五月晴れ・・・

夜のオペラは一度観た事がある「ボリス・ゴドノフ」、ムジークフェラインではボストン交響楽団の公演もありますが、
これは明日のマーラーを聴く予定なのでフリーです。

こんな日は遠足に限ります。

もう2度ほどスケッチをしに行ったことがあるのですが、ハンガリーの国境に近いルスト行く事にしました。

バス・ターミナルのある私の好きなSudtirol Platz (南チロル広場)へ向かいました。

ここはかつてイタリア方面への南駅という鄙びた駅があったのですが、
最近大改装され名前も中央駅と変えられました。

周りにもたくさん高層ビルが立ち並び、何だか違う町に来たようで寂しくなります。

まぁ気を取り直しここから2時間バスに揺られます。

途中、エステルハージ公が収めていたアイゼンシュタットを通りますが、彼らはかつてハンガリー領から来た貴族なので、
この町には既に何処となくハンガリーの香りがするようです。

ハイドンはこの宮廷音楽学長として長年勤め数々の名作を残しています。

バスは緩やかな丘陵地帯を抜け乾いた大地にブドウ畑が点在する頃にはルストへ到着しました。

ブラブラと市役所を目指し、ちょっとお昼には早かったのですが、もう料理が作れるそうなので済ませることにしました。
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普通、市役所のレストランは大した事がないのですが、ここは美味しかった記憶があったので、
この湖で捕れた魚(サンダー)料理を注文しましたが記憶通り、美味しく頂きました。

この店も私の好きなBudweiserの生があったのですが、ここはぐっとミネラル・ウォーターで我慢しました。
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旧市街をちょっとだけブラブラ・・・この町はコウノトリが飛来することでも有名ですが、
ちょうどその時期なのかあちこちの煙突の上に巣を作っていました。
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さて、これから自転車をレンタルして湖畔をサイクリングです。

広場を挟んだアーチの奥にとても気の良いオジサンが経営するレンタル屋さんがあって
何時もここで借りるのですが、料金もウィーンで借りる半額位で良心的です。
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颯爽と風を切ってと行きたい処ですが、まぁ歳相応にダラダラと走り出しました。

さて、ノイ・ジードラー湖という国境にまたがる広大な湖を目指しました。

この湖は水深が1.5mほどと浅く殆どを萱が茂っていますが、面積は琵琶湖の半分くらいあるそうです。

そのせいか野鳥の楽園よろしく水鳥をはじめ色んな種類の野鳥がいて自然保護区になっているそうです。

先ずは以前スケッチをしたことがある船小屋へと向かいました。
ここは萱の向こうに船小屋が立ち並びここから狭い水路を通って湖に出られるようです。
ちょっとノスタラジックな風景で気に入っています。
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更に水路に沿って波止場へと向かいました。

途中にはこれも萱の林越しに何軒もの家が水の上に建っていて、どの家も茅葺屋根です。
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住んでいる風ではないし、多分船小屋のようで船に乗るときだけ利用しているようですが、シュールな風景には違いありません。

この集落に通じる門が一箇所開いていました。
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恐る恐る中へと向かい、誰もいない桟橋をソロソロと奥へと進みました。
葦の茂みに包み込まれ何だか違空間へ迷い込んだようで恐怖心すら湧いてきました。
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再び町へと引き返し今度は湖沿いに南にある国境の町メルビッシュを目指しました。

途中は長閑な草原やブドウ畑を通って、心地よいサイクリング・ルートです。
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所々には萱が干してあって、多分先ほどの船小屋などの屋根に使うのでしょうね、
その積み方が可愛らしく暫く眺めていました。
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メルビッシュには湖上劇場があって、夏にはウィーンのフォルクス・オーパーが引越し公演をしています。
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もうこの先はハンガリーでこのまま突っ込んでみたかったのですが、パスポートを持ってきていなかったので自粛致しました。
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帰りもダラダラと自転車を漕ぎましたが、さすが15kmほど走ったのでヘトヘトです。
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バス停へと引き返し、以前来た時を懐かしく思い出しながら出発までの時間を過ごしていました。
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それは、数年前で今日のように出発まで時間があったのでバス停近くの鄙びた飲み屋で一杯やりながら時間を潰していたのですが、
ツイツイ調子が出てきて1杯が2杯にと盛り上がり、店を出た時には既に最終バスが出た後でした。
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仕方なく近くにあったホイリゲの2階に宿を取り一晩過ごしたことがありました。
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この日はちゃんとバスに乗り込んだのですが、ウィーンまでの道のりはグッタリとして殆ど眠っていました。

さて、バスで英気を養ったので今夜はグリンツィングのホイリゲで気勢をあげることにしました。
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by Atelier-Onuki | 2016-05-26 03:58 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

デュダメルの「トゥーランドット」、ウィーン国立歌劇場の公演から

朝からマーラーの2番という物凄いゴツイ曲を聴いてグッタリと疲れましたが、
今夜はダブル・ヘッダーでオペラを観なければなりません。
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それはプレミア公演の「トゥーランドット」でデュダメルが初めて国立歌劇場に登場します。
ベルリンでは「ボエーム」を振ったそうですが、未だ未だオペラ経験のない若い指揮者にも関わらず、
ベネズエラ出身という環境のバックグランドを擁護すべく皆で協力をして大事に育てようとしているようです。
それに何よりも彼には稀にみる凄い音楽的才能が備わっているので、とても期待されているようです。
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さて、ササッとお昼をとって夜の公演に備えシエスタを目論んでいました。

一番近いリング沿いのホテルに入っている日本レストランに飛び込み、
熟睡できるようにと迷わずGösser(オーストリアで一番好きなビール)を注文しました。
このレストランは最上階にあってテラス席など心地よいですが、お味は昔と比べて段々と落ちているようで残念です。

さて、宿屋で一息いれちょっとだけ「復活」をしたので、イソイソとオペラへ向かいました。

席に着くと昼間の演奏会にも来られていた日本からの方々も見受けられます。

座席も皆さんロイヤル・ボックスの1列目やパルテレ(地上階)の真ん中付近の一番良い席に散らばっておられます。

私はそれらの席が見渡せるギャラリー(最上階)のしかも一番サイド席です。

ここはオーケストラ・ボックスの真上なので直に上がってくる音はダイナミックで素晴らしいのですが、
ステージは3分の1ほどしか見えません。

ステージのカーテンはこの公演にあわせブルー地に赤い龍が描かれています。

そんな中デュダメルが元気に登場しました。(まぁ若いから元気なのは当然か・・・)

バ~ン、バ~ン、バンと勢い良く振り下ろされ、この奇妙な中国の物語が始まりました。
カーテンは出だし同時にサッと開けられ斜めに歪んだ室内が登場しました。

部屋の奥にはピアノが置いてあってその前で、作曲家なのか詩人なのか何やら忙しく書き込みをしています。
(多分これはカラフなのでしょうか)
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役人が登場し「トゥーランドット姫の謎解き」の宣言をする辺りでは、
忙しく装置が左右に動きステージ手前3分の1ほどが舞台の設定で奥には観客席が現れました。

どうもこれから起こる物語は劇中劇風に扱われているようです。

メインの登場人物はこの仮設舞台上で群集は観客席から絡み合うといった手法です。
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衣裳なども現代風ですが、それほど嫌味のない演出です。

装置は5・6層に分かれた部分が何度も左右にスライドしカーテンや窓などもそれに連動していて中々凝った作りです。
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さて、勢い良く振り始めたデュダメルはその後もスピードを緩めることなく颯爽としたテンポが保たれ、
若々しく新鮮な感覚で進んでいきます。

といっても決して荒っぽい所がなく、むしろ丁寧で柔らかい表現は心地よい響きの連続です。

歌手にもちゃんと指示を出しているし、振り様も柔らかく丁寧に振っています。

上から見たロン毛頭での振っている様は、何だか昔のムーティを思い出すようでした。

それに彼の特徴はアリアにせよ各々の楽曲がフィナーレに掛かる折にみせる自然なクレッシェンドが
素晴らしく音量だけでなくテンポも微妙に上げていきます。

この効果は絶大で其々のシーンで盛り上がりをみせ、
音楽がグイグイと軽快に進んで行き、生きいきとした躍動感に溢れています。

オーケストラ・ピットを覗き込むと、指揮者用の大きな譜面台には楽譜が乗っておらず、彼は暗譜で振っています。
そこそこ長いオペラなのに暗譜とは恐れ入りました。

随分勉強をしたのでしょう、完全に自分のものにしているので自信に溢れた音楽が
若々しくグイグイ進む颯爽たる運びには心地よさを感じます。

時折コーラスが複雑に絡んでくるシーンでは若干のズレも感じられましたが、
もうそんな細かいことはどうでも良いと思うほど音楽の流麗な流れが優勢でした。

オペラはプッチーニが未完のまま亡くなってしまい作曲家の手による最後のリューが自殺するシーンまでで終る公演もありますが、
今回は多分アルファーノ補作による完全版で結局トゥーランドットとカラフが結ばれて幕となりました。

唯、補作部分から音楽は明らかにつまらなくなりますが、
幕切れ近くになってプッチーニ作曲の部分を再び使ったのが功を奏し、幕切れは引き締まった音楽で終ります。
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一回の休憩を挟んだ「トゥーランドット」は音楽の進みの良さもあって、アットいう間に終了してしまいました。

いや~、デュダメルさん・・・どう育っていくのか・・・これかも楽しみです。
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(終演後はトゥーランドットを観たこともあり、私の好きな中華レストランへ急行・・・
シエスタをとった効果は絶大でこんなヘビーな一日にも関わらず、Gösser,Gösser、と絶好調でした。)


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by Atelier-Onuki | 2016-05-25 18:09 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

メータ・ウィーン・フィルによるマーラー交響曲2番「復活」の演奏会から

5月の爽やかな空気に包まれて会場のムジークフェラインへと向かいました。
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今朝は今回ウィーンでのメイン・コンサートと位置づけたメータとウィーン・フィルによる
マーラーの交響曲2番「復活」の演奏会です。
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というのも私が初めてこの曲に接したのは40年ほど前にやはりメータがウィーン・フィルと録音したレコードで、
それは録音の素晴らしさも相まって大変話題になったものでした。
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尤もその頃は私も未熟で曲の内容など余り理解が出来ないまま、むしろ録音の方に興味があったのかもしれません。

と言っても今でも成熟したとは云いがたいのですが、4・5年前からこの曲のライヴに接するようになってから、
少しずつ親しみが湧いてきて、その内容の凄さをやっと楽しめる様になってきました。

そんな訳で彼らへの思い入れは熱く、昨年この演奏会が発表されたときから、是非とも聴きたいと思っていました。

それに会場の大きさの問題か、ウィーン・フィルがこの曲を取り上げるのは、ここ何十年とありませんでした。

メータもベルリン・フィルやイスラエル・フィルなど色んなオーケストラとの共演を聴きましたが、
やはりウィーン・フィルと一番相性が良いようです。

10代後半からウィーンの音大で勉強したので、ウィーン流を心得ていますし、
本質的な部分からくる彼の濃厚な表現はウィーン・フィルの体質にもピッタリです。

事実、昔聴いたバルトークのオケコンやブラームスの3番など、今までこれ以上の演奏に接した事がないほど圧倒的な名演でした。

そんな彼も80歳・・・昨年はキャンセルした公演も幾つかあったので、体調を心配していたのですが、
3日前の演奏会は元気に振ったようで、ワクワクしながら開演を待ちました。

長~い曲なので何時ものように入り口付近で開演前のニコチンを補給していると、
引率者を先頭にバラバラとシニアの方々が30人ほど集まって来られました。
皆さんのバリッとした着こなしから、その気合が充分に伝わってきます。

今日の席はパルテレ・ロジェという、私の好きな平土間サイドの一段高いところです。

何時もより興奮気味の観客たちを掻き分けメイン階段を上って、いよいよ席に着きました。

オーケストラはすでに殆どの団員が入っていて各々が各パートを練習をしています。

オーケストラ編成は最大級ですし、150人ほどの合唱も入りますから、前から3列ほどの客席が取り払われ、
弦楽器群が全部入れるほどの仮設のステージが張り出しています。

ふとコンマスの席を見ると、キュッヒルさんが入っておられますが、何と昨夜観た「フィデリオ」でもピットのトップに入っておられました。
夜10時位まで掛かった公演をこなし、翌朝11時からの演奏会でもトップと凄い体力と精神力の持ち主です。
彼は私と同い年ですが定年の延長をオーケストラ側から依頼され
今年の8月まで第一、コンサート・マスターを勤められる予定です。

開演が迫りゾロゾロと聴衆が席に付き始めました。
先ほどの日本から来られている人たちも数箇所に別れていますが、其々がカテゴリーの一番高い席に付いておられます。
何人かのご婦人は和服姿でニューイヤー・コンサートの時よりも多くおられるようでした。

私の前の一列目にも5・6人の方々が陣取られました。
暫くして前に座っていた紳士が私の方を振り返り 「日本の方ですか?」・・・「は、はぁ~ぃ」 と答えると、
「昔、ホールの見学に参加したことがありまして、その時モスクワ・フィルのリハーサルをやってたんですけど、
ピアニッシモが綺麗でね~、演奏会を聴くのは初めてなんですけど楽しみですわ~・・・」、
「この床の下と天井の上にも空間があるんで良い音がするんですわ~」
と一気にお話をされ半ば興奮気味です。・・・

その後も隣の同行紳士とお互い汗を拭き拭き熱く語られていました。

そんな中、拍手と共にいよいよメータがゆったりと登場致しました。
この大曲の演奏を前に落ち着いた振る舞いはさすが巨匠です。

颯爽としたテンポで弦楽のトレモロが奏でられ、
それに乗っかるように ザバザバザンとコントラバスが勢い良く刻み込みました。

この奇妙なリズムの行進曲風に始まった曲は、
これまた不気味な音色のオーボエに受け継がれ長~い長~い一楽章目が始まりました。

メータの棒は意外と足取りも速くキビキビとしたテンポです。
これは40年前に録音した時よりも速いかも知れません。
表現も下手な思い入れなどなくグイグイと練られた趣で進んで行きます。

曲は盛り上がりをみせ打楽器を伴った金管群の最初の炸裂へと進みました。
もう、既に会場が割れんばかりに鳴っていて、聴覚の限界を超えそうですが、
いや未々これからもっと大きな炸裂が幾つも待っているし、フィナーレの大爆発など如何なる事やと不安がよぎります。

それでもメータの指揮ぶりは、決して大げさな動きをしなくてもこれだけ大きな音量を引き出せるあたり、さすが巨匠です。

奇妙な行進曲はハープを伴ってハタと表情を一変させ、ヴァイオリンによる甘い旋律が夢見心地に漂います。
この感じは作曲をしていたアッター湖畔の自然を思い浮かべているのでしょうか・・・

この穏やかな一時は長続きせずに、すぐさまガリガリと奇妙な行進曲風によってかき消されてしまいます。

そしてこの長い一楽章のフィナーレへと盛り上がったと思うと、ぐっと音量を落し、
消え入るような力のないトランペットが震えるように響きます。

この部分、4・5年前BRとヤンソンスのゲネプロを聴きにいった時、
演奏を前に、一音楽ファンでありながらこの曲に人生をかけたようなギルバートさんのレクチャーがあって、
「これは沈み行く夕日のイメージで描かれているのだ。」と説明していました。

私もアッター湖畔に漂う夕刻を思い出していました。
曲はさらに音量を下げ再弱音のピッチカートで緊張感あふれるフィナーレを閉じました。
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2楽章は奇妙な節回しながら弦楽器群の静かで甘美な旋律で始まりますが、
ここではさすがウィーン・フィル独特の柔らかく甘い響きで心地よく酔いしれます。

普通このような甘美な旋律が続くシーンではテンポを揺れ動かすような感情移入も入るのですが、
さすがメータは下手な感情やテンポをいじらず淡々と進められていきます。

面々と綴られた旋律は金管が加わり一時の盛り上がりもみせますが、
ぐっと音量を絞り静かに舞曲風のピチカートへと移ります。

ここでも弦楽器間のピチカートのやり取りが絶妙で、思わず固唾を呑んでしまいます。
フィナーレもハープを伴った柔らかいピチカートで閉じられました。

ドドンと打楽器の一撃で始められた3楽章は“魚に説教をした”と伝えられている
「聖アントニウス」の話をテーマにしていますが、
軽快なリズムに乗ってありとあらゆる打楽器が活躍しますが、滑稽で奇妙な楽想です。

闊達なヴィオラのソロが入り金管によるおどけたリズムはまるで「鳥獣戯画」を見ているようで、
“魚は我々人間のこと”だったのかなぁと思わされます。

一転して甘美なメロディーを金管で奏でられますが、
ここでは一楽章で出てきたトランペットが再び力ない響きでサビが加えられ回想をしているようです。

曲は又々一変しグロテスクな盛り上がりをみせ金管群による奇妙な爆発のあと、
静かに噛みしめるように面々と奏でられ、ゴーンとドラの一撃で静まり、
「原光」と題された4楽章をアルトによる「おお、赤い小さな薔薇よ・・・」と静かに歌い出されます。

中間部での面々と歌われるシーンではチ~ン、チ~ンと弱々しく鐘が叩かれますが、
まるで仏壇の「鈴」(リン)を連想させ、何だか仏教的な彼岸のイメージが浮かびます。

曲は全奏によって一旦盛り上がるとホルンや弦楽によって希望を連想させられる旋律が暗示的に示され、
休むことなく金管の遠吠えのような掛け合いで5楽章へと入っていきました。

ここでも楽想が急に一変しトランペットが弦のピチカートに乗って、この曲のメイン・テーマを暗示し始めます。

暫くしてホールの外からホルンが遠吠えのようにかぶっています。

又一変(何度も変るのですが)した曲はフルートとファゴットで不気味な旋律に移り、
段々と盛り上りを見せメーンの旋律が一度目の爆発でその一部をお披露目します。

この直前でもシンバルが叩くのではなくシャラ~ンと軽く擦る音も何だか仏教的な雰囲気・・・
(マーラーはコテコテのユダヤ教なのですが・・・)

ドドドドドド~とティパニー2台を初め打楽器群の轟きで、いよいよクライマックスが始まると暗示させますが、・・
・ここからが紆余曲折を経て中々終らないのがマーラー・・・

金管、木管、弦群と狂ったような勢いの奇妙な掛け合いで一旦盛り上がるかと思うと、又々一変し、
不安げな旋律がたちこめ舞台裏からは軍楽隊を連想させる行進曲風の
バンダが被ってきて歪な音響で満たします。

ここは回想シーンなのでしょうか、歪で不気味なシーンですが、私はここが結構好きな瞬間です。

一旦爆発したあと又ホール外の左右からホルンの掛け合いで立体感溢れるシーンが続き、
ステージ上の木管群との絡みあい落ち着きをみせると、いよいよこの曲最大のテーマ「復活」が
合唱によって「よみがえるのだ・・・」と静かに静かに歌われだします。

このテーマにソプラノとアルトも乗っかり、柔らかいヴァイオリンによる調べでこのテーマが受け継がれます。

木管や金管も加わり面々と歌われ、もう一度静かな合唱に戻ります。

それにしてもこの合唱は上手い・・・ピアニッシモでも豊かに響いているし、微妙なハーモニーが手に取るように表現されています。

慈しむようにこの主題が出てきますが、アルトの歌と共にまた歪みだします。

ヴァイオリンのソロに続いて再び合唱が希望に向かうかのようなメロディーを盛り上げかけたり、
落ち着いたりを繰り返しソリストが「あらゆる痛みよ・・・」と絡みだしいよいよ最後のフィナーレへと向かって行きます。

盛り上がった曲は合唱によって「私が勝ち取った翼で・・・」歌い始めジワジワ、ジックリと
もったいぶりながらもクライマックスへと突入・・・

打楽器の一撃を合図に金管群が弦群に乗って高らかに堂々となり始め、
オルガンに鐘も加わりこれ以上出せないほどの大音量に、
ホールは揺れ動き天井や壁が崩れ落ちないか心配になるほど・・・
私の耳も可聴範囲を超え頭も割れんばかしの限界に達したころ、最後の一撃で鳴り止みました。

しばらくの静寂のあと、今度は割れんばかりの拍手が轟きました。
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全身が打ちのめされたようにグッタリとして会場を後にし放心状態でリング沿いを歩いていました。

周りには楽団員数名が楽器を担いでオペラの方面へ歩いています。

彼らはダブル・ヘッダーで今夜のオペラにも入ります。
これもウィーンのオペラ初登場のデュダメルが振る「トーランドット」のプレミエで気の抜けない公演です。

いやその凄い体力と精神力にはいつも敬服していますが、実は私も観る予定なので
どこかでササッとお昼をすませ夜の公演に備えました。

いや~この曲が長かったせいか、この文章もダラダラと長くなってしまいました。


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by Atelier-Onuki | 2016-05-22 23:53 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

「ウィーンのシェーンブルン宮殿界隈」 (ニュース・ダイジェスト 5月のコラムから)

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ウィーンはどの季節も趣きがあって素敵な町ですが、私にとって特に5月のウィーンはソワソワしてくる町です。

それは5月半ばから「ウィーン芸術週間」が始まり、オペラやコンサートで特に気合いが入った公演が多いからです。

夜の公演までは散歩やカフェ巡りをしますが、どこも味わいがあって、ゆったりとした時間の流れを楽しんでいます。

たいていは西駅界隈に宿を取ることが多いのですが、朝から路面電車に揺られヒーツィング(Hietzing)で下車、
ここから一駅分ブラブラと大通りに沿ってドムマイヤーガッセへと向かいます。

お目当てはカフェ・ドムマイヤーで朝食を取るのですが、お天気が良ければ中庭で時間を忘れるほど心地良い一時を過ごしています。
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中ほどにはちょっとしたステージがありますが、
なんとあのヨハン・シュトラウス二世のデビューは、このステージだったそうです。
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朝食後はシェーンブルン方面に戻り、教会脇の坂道を宮殿の壁に沿って上って行きます。

途中シュトラウス二世がオペレッタ「こうもり」を作曲した家をチラッと眺めながら、お墓参りのためヒーツィング墓地へ向かいます。
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ここには、ウィーンにまだ多く現存する建造物でユーゲント・シュティール(ドイツ語圏でのアール・ヌーボー様式)の
代表ともいえる数々の名作を設計した、オットー・ワーグナーの堂々としたお墓がありますし、
その少し先、しだれ白樺の脇にひっそりと白い大理石が斜めに突き刺さった画家のグスタフ・クリムトのおしゃれなお墓、
そして作曲家のアルバン・ベルクも少し離れた寂しい所に眠っています。
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しみじみとした時間の後はシェーンブルンの庭へと引き返し、
ワーグナーが設計したガラス張りの温室パルメン・ハウスを横切って動物園へ。
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これは宮殿内にマリア・テレジアが作らせた動物園で、
厩舎(【ルビ】きゅうしゃ)や柵などロココ調の装飾がされた優雅な動物園です。
 
グロリエッテの丘にのぼるのも一考です。丘の上にはギリシャ風の建物やカフェもあり、町が一望できて絶景です。
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丘を下り宮殿脇のバラ園を散歩する頃には足がガタガタ悲鳴を上げ始めます。
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シェーンブルンを後ろに、すぐ前のU4に乗れば、
シュターツ・オーパーもコンサート会場のムジークフェラインやコンツェルト・ハウスへも一本で行けます。
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さあ、もうひと頑張り……、まるで巡礼のような長い夜の業に備えます。



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by Atelier-Onuki | 2016-05-22 01:30 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

「ベートーヴェンとシューベルトの墓参」

日曜日の午後にはミュンヘンへ帰る予定で、午前中はどう過ごそうかボーッと考えていました。

11時からのウィーン・フィル定期演奏会へ行くこともできたのですが、予定していたヤンソンスが急病になり知らない指揮者に変更されましたし、
昨夜の「女狐」が余りにも素晴らしかったので暫く他の音楽を聴きたくない心境でした。

そこでふと浮かんだのが宿題の一つだったベートーヴェンとシューベルトの最初のお墓を訪ねることでした。

彼らの墓地は中央墓地として有名ですが、最初は街中のヴェーリングと云う墓地に埋葬されました。

町が大きくなるに従いあちこちにあった墓地も引越しを余儀なくされましたが、ここもその一つで彼らも後に中央墓地へと移されました。

ヴォルクス・オーパーからチンチン電車で二駅西に進みました。
この辺は来たことがなかったので、直ぐに見付かるか心配だったのですが、
暫く歩いているとそれらしき空間を発見しました。
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今はシューベルト公園と云う名称になり、住宅街の一角に広々とした明るい空間です。
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一部は墓地の形跡を残して塀で囲まれています。
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入り口の鉄城門は堅く閉じられていて、フムこの中にあったとしたら残念だなぁ~と思いながら塀伝いに進んで行くと
遠くの壁伝いにそれらしき囲いを見つけました。
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数人の人たちが眺めているので、それだと確信しました。

この二つのお墓は左がベートーヴェン、右がシューベルトで中央墓地にある墓石をちょっと小さくした感じで雰囲気が似ています。
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シューベルトはベートーヴェンを大変尊敬していて、町で彼を見かけると後ろを付いて歩いたそうですが、
小心者だったシューベルトは一度も声を掛けることができなかったそうです。

ベートーヴェンが亡くなった一年ほど後には、彼の後を追うように31歳と云う若さでこの天才は世を去ってしまいました。

「死んだらベートーヴェンの隣に眠りたい。」とのたっての願いは、兄フェルディナントの尽力によって叶えられました。



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by Atelier-Onuki | 2014-06-26 23:31 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

「利口な女狐の物語」ウィーン国立歌劇場の公演より

当初、今回の旅ではヴェルター湖周辺でボーッしてから帰ろうと思っていたのですが、
出発の数日前にウィーンの公演予定を見ていたらヤナーチェクの「利口な女狐の物語」があることを発見しました。

上演される機会が少ないこのオペラはかねてより「一度は観たいなぁ~」と思っていましたし、
しかもプレミエ公演なので迷わず予定を変更しウィーンへ立ち寄ることにしました。

クラーゲンフルトからウィーンまでは5時間程と結構な長旅です。

この路線は多分何度か通った事があると思うのですが、何時も夜行だったので景色を見るのは初めてです。

沿線は山岳地帯が多く中々の景勝路線で、途中ポッコリ盛り上がった丘全体がお城になっている所など
まるでお伽噺に出てくるお城のようで興味深く眺めていました。
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さて、この「利口な女狐の物語」には多くの動物や昆虫たちの着ぐるみが出てくるので、当日は綺麗に着飾った子供たちの姿も多く見かけました。
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ただ、内容は子供向けというよりも、もっと深い意味合いも含んでいます。

日本語タイトルは「利口な女狐」ですが原語には、もっとずる賢いと云う意味が含まれていて、
英語のタイトルでも「The Cunning Little Vixen」となっています。

生命の源である森を背景に生物の力強い再起や輪廻を表現しようとしています。
森もモラヴィア地方の寂しい森で全体に東欧圏独特のペーソスを醸しだしています。

開演前に降ろされているカーテンはこの出し物のために作られたオリジナルで、紗に森をイメージした図柄があしらわれ、
所々に取りつけられた豆球がほのかに付いたり消えたりして蛍を連想させます。
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音楽が始まると同時にうっすらと光が入り、紗越しに幻想的な森の情景が浮かび上がりました。
平行して倒れていた3本の大木がゆっくりと起き上がり、すでに自然の再起を暗示しているようです。

紗が開き現れた舞台はリアルで自然な森の情景を表現していて息を呑むほど素晴らしい出来栄えです。
特に小高く盛り上がった土手などこれだけデコボコを付けながらも自然の森さながらで
「こりゃ~良く作ったなぁ~」と唯々感心しながら呆然として見つめていました。

間もなくトンボや蝶々、芋牛にカタツムリなどありとあらゆる昆虫たちが登場してきました。
この着ぐるみが良くできていて、またまた感心・・・
昆虫の特徴を良く捉えながらも人が着ても可笑しな印象を与えるどころかお洒落なデザインです。
それに動きが素晴らしい。・・・
トンボや蝶々などは絶えずその薄い半透明の羽を小刻みに動かしてそれらしい感じを演技しています。
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森番が登場し「疲れた!」とウトウトと転寝をしたころ、いよいよビストロウシュカ(子狐時代の女狐)がカエルと戯れながら登場しました。

フトした拍子にカエルが森番に跳び乗ってしまい起こしてしまいますが、ここで初めて森番は女狐を見つけ、
そのちょっと愛くるしい姿に魅了されたのか捕まえて連れ帰ります。
このシーンでも土手の上ではトンボが踊っていて「束縛」を暗示しているそうです。
何故トンボなのか良く分かりませんが、この後も「束縛」を意味するシーンでは必ずトンボが現れ象徴的に踊っていました。
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森番の家では、ここでは大人になった女狐が比較的自由に飼われていますが、悪戯をする森番の子供に噛み付いたり、
挙句の果てはシツコク因縁をつけてくる鶏を噛み殺してしまいます。

これにはとうとう森番も彼女を厳重に縛ってしまいますが、
夜のシーンでは何を錯覚したのかこの魅力的な女狐にちょっと惚れてしまったような仕草もあって、
彼もハッと我に帰るシーンがありました。

それにしても女狐役のReissと云う歌手は美人だし、演技や仕草も色っぽくて魅力的、森番でなくても惚れてしまいそうです。

シーンは進み、逃げ出したビストロウシュカは逞しい雄狐と出会い、
仲良くなった二人(否二匹)はキツツキの祭司の元で結婚式を挙げます。

このシーンでは大勢の動物や昆虫たちに祝福されますが満天に蛍が輝きその喜びを盛り上げていました。
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その夜、二人(二匹)が結ばれるシーンもありますが、ここでもトンボが踊りだし「束縛」(結婚や子供)を暗示していました。

シーンは変り、多くの子狐に恵まれた彼らは幸せそうに森中を闊歩しています。

そこに通り掛かった鳥の行商人をカラカイます。
商売の鳥を食べられ怒った行商人が鉄砲を放ちますが、子狐をかばおうとしたビストロウシュカに命中してしまいます。

時は流れ、再び森番が昔を懐かしみながらウトウトし始めます。
そこへカエルが又飛び乗って彼を起こしてしまいますが、
「あの時、乗ったカエルは僕のお祖父さんだったのだよ!」と告白します。

そこへビストロウシュカそっくりな女狐が現れ、
生命の偉大さそしてビストロウシュカとの再開に感動した森番は彼女を抱きしめます。
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森の奥が大きく開き燦々とした光が輝いて感動のうちに幕となりました。




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by Atelier-Onuki | 2014-06-26 00:34 | ウィーン | Trackback | Comments(0)