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カテゴリ:ウィーン( 34 )

「ゾフィエンザール」詣で

今回のウィーン滞在では長年「行ってみたいなぁ~」と憧れていた「ゾフィエンザール」へやっと訪れる事ができました。
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憧れていたと言っても漠然としていたし、それが何処にあるのかも分かりませんでした。

唯、昔のレコード・ファンにとってゾフィエンザールと言えば、
真っ先に英Deccaが録音した数々の名録音を思い出し、一種の聖地のような所です。

それは他を圧倒し群を抜く素晴らしい録音の数々で、この当時としては完成された録音技術だったのではないでしょうか。

Deccaは元来、録音が優秀なレコード会社で、
モノラル時代から“ffrr“(Full Frequency Range Recording)と銘打って,
その録音の優秀さをジャケットに表示されていました。

当初は潜水艦のソナーを開発した会社で、その周波数を広く拾い上げるマイクが開発され、
レコード会社になった際も録音に採用されました。
(確かにダイナミック・レンジが広く豊かなサウンドでした。)

このゾフィエンザールで録音が始められたのは1950年代初めで、ウィーン・フィルと完全専属契約をとった直後でした。

本来ならウィーン・フィルの本拠地ムジークフェラインで録音をすれば良いのにと思うのですが、幾つか問題があったようです。

1つには彼らの競合会社EMIがここを専属の録音会場として独占していた事です。
それに演奏会場ですから時間的にも場所的にも制約があったようです。

もう一つは残響が2.6秒と演奏会場としては驚異的な長さに、
当時の録音技術が整わず収録が難しい会場だったことです。

そこで、見つけてきたのがこのゾフィエンザールで、元々は温水プールでした。
夏場はプールですが冬場は板で蓋がされ舞踏会場として使われていたそうです。

あのヨハン・シュトラウスもここで「天体の音楽」や「観光列車」の初演をしているそうです。
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床の下が空っぽのプールなのが功を奏してとても良い響きだったそうです。
そう言えばムジークフェラインの床下も空間が設けられていて、それもあの素晴らしい響きを助けているそうです。

録音をするためだけに借り上げ、もの凄い時間とコストを掛けたなんて今では考えられないことです。

ここでの名録音の数々は枚挙に暇がありませんが、
中でもショルティとのワグナー「指輪」のセッションでは、
理想的な歌手陣(ドリーム・キャスト)を揃え、何と10年もの歳月を掛けて丁寧に録音されました。
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唯、残念なことにゾフィエンザールは2001年に殆どを焼失しています。
2012年には取り壊されたそうですが、現在は見事に復帰してくれました。
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一部はホテルとして、この録音会場は催し物会場として使われています。

ウィーン・ミッテ(Landstrasse)の駅を降り、東へと向かいました。

この辺はあまり来た事がなく人通りも少ない大通りはちょっと寂しい感じです。
しばらく進むと写真で見たアーチ状の屋根が見えてきました。
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「これだ、これこれ!」まぁ録音などに興味のない人には何の面白みもありませんが、
我々、レコード・ファンには聖地のような場所です。
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ドアを恐る恐る開けると、目の前の入り口にはアレッ「Fitness」の看板が、・・・
お姉ちゃんがヒョイ・ヒョイと気楽に入って行きました。

気を取り直し右側の古めかしい階段をホテルと書いてある方向へ上って行きました。
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ロビーを想像していましたが、そこはイキナリ暗い感じのバーです。
何人かパラパラと座っていましたが、ホテル客を装ってグイグイと進みましたら、行き止まりは厨房です。

でもそこの窓から録音会場がチラチラと見えます。
「オォ、コレコレ・・・」と何枚か写真に収めました。
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再び、正面玄関へと降り、今度は幾つかの会社の看板しか掲示されていませんが左側の階段を上がりました。

ありゃ何と・・・イキナリ録音会場の入り口が・・・
この日は何かのパーティがあるらしく、テーブル・セッティングやプロジェクターなどの設営をしています。
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「オウここが、あの幾多の巨匠たちが演奏した会場だ!」、と半ば興奮気味で緊張していますが、
すれ違うスタッフは気楽なもので、何の違和感もなく「ハロー」と声を掛けて行きます。
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アチコチを歩いて「オォ、この辺にカラヤンが立っている写真があったな~、
ショルティの時はこの辺だったなぁ~」と見たことがある写真を思い出していました。

会場は新しく立て直されたこともあり、若干派手な感じを受けましたが、
「良くここまで昔通りに復元してくれたものだなぁ~」と嬉しくなりました。

ここで録音された曲の一節を思い浮かべようとしましたが、
ちょうど音響のテストをしていて、クリスマス音楽が軽妙に流れていました。



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by Atelier-Onuki | 2019-12-20 00:35 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ウィーン国立歌劇場 「トスカ」と「ドン・ジョヴァンニ」の公演から

今回のウィーン滞在中、コンサート以外にもオペラを2公演楽しむことができました。
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一つ目は「トスカ」で演出も美術もトラディショナルなので安心して楽しめます。
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指揮者アルミリャートもここのオペラ・ハウスの常連なので手馴れたものです。

トスカ役のムラヴェヴァ、カラヴァドッシ役のカレッヤも実力のある歌手で、演技を含め
良く演じていました。

2幕目トスカのアリア「歌に生き、愛に生き」や終幕のカラヴァドッシの
「星はきらめき」などは聴き応えのある熱唱で大きな喝采を浴びていました。

今回もう一つの楽しみは警視総監スカルピア役でターフェルがでる事でした。

歌唱の凄さは勿論ですが、この悪役を見事に演じていました。
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1幕目のフィナーレでは教会に響く荘厳なテ・デウムをバックにトスカへの嫉妬と欲望に燃え、
その思いを吐き出すように歌うシーンは圧巻で見事でした。
(私はこの部分が一番好きかも・・・)

それにしてもプッチーニは音のパースペクティヴを描くのが本当に得意で、
ここでも遠くから迫り来る革命軍が放つ大砲の音が聞こえスカルピアにも
危機が迫って来ているのを暗示しています。

このオペラは実際に存在した有名な歌手をモデルに創作された作品ですが、
舞台になった場所がはっきりとコジツケられています。

1幕目の教会は市内のサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会、
2幕目のフェルレーゼ宮殿は現在フランス大使館、
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終幕のサンタンジェロ城は観光地としても有名です。

其々がそれらしくオペラの情景に相応しい所が選ばれていますが、
サンタンジェロ城など、先にオペラを観ていたせいか、
屋上の回廊へ行った時など「エェ~舞台装置にソックリ!!」と何とも本末転倒な思いが頭を過りました。


次の日は「ドン・ジョヴァンニ」でした。
この公演は2・3年前に新しく演出されたもので初めて観る舞台です。
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演出及び装置は若干モダンな処理をされていますが、全く違和感のない親しみ易いものです。

元々5度程度の傾斜が付けられている地舞台上に更に装置としての傾斜が付けられ奥行きを強調しています。

それも奥に対して高くなっているだけではなく、左右にも傾斜していて中々複雑な構造です。

シーンに合わせて降ろされるスクリーンにも斜めを強調したモチーフの背景で、
より奥行きを出したかったのと、ドン・ジョヴァンニという話しの歪な内容を表現したかったのでしょうか?

この舞台は2幕仕立てですが、各々12場もあり音楽を止めることなく
シーンの変更を進行して行かなくてはなりません。

これを滞りなく、どう変更して行くのか装置家にとっては1番難しい演目の1つでもあり、
かつ1番腕の見せどころでもあります。

この舞台は傾斜した床はそのままで、額縁のように設置された3ツのアーチは
柱や建物の入り口としての役割を果しているのですが、
これも其々違う角度で組み合わされ、更に歪な表現になっています。

其々のシーンに合わせて降ろされるスクリーンには建物や天井の写真がプリントされていますが、これも上手な写真処理がされているので納得ができます。
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私が携わっていた40年以上前など各シーンを精密に描いていたものですが、
時代は変わり写真やプロジェクターを駆使した装置が多くなりました。
でも、こんな最新技術を使いこなせるのなら、これで良いのはと思い知らされます。

さて、舞台はアダム・フィッシャーの指揮で序曲が始まりました。

その指揮ぶりは手馴れた感じで、ツボを得ています。
無理強いをするような所は1箇所もなく、凄く演奏しやすいだろうなと思います。

この人は時々便利屋のように代役で呼ばれることが多く気の毒なのですが、
「人柄のとても良い指揮者なのだろうな!」とその指揮ぶりから察することができました。

歌手陣も概ね揃っていました。

特に、ドン・ジョヴァンニを演じたテツィール、
それにコケティッシュで役柄にぴったりのツェルリーナを演じたカロールなどが特に印象に残りました。

最後、ドン・ジョヴァンニが地獄落ちするシーンなど奥の床が裂け、
真っ赤に燃える地獄へとテーブルから滑り落ちる演出はスペクタクル性もあり見事でした。
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まぁ両公演とも充分に楽しませてもらいましたが、
演奏会2つとオペラ2つの全公演にコンサート・マスターとしてストイデさんが入っておられました。

私なんぞ観ているだけでグッタリと疲れ果てているのに、
プレッシャーが掛かるコンマスとして出演するなんて、
どんな体力と気力の持ち主なのだろうと感心をしつつも、
病気とかならなければ良いが・・・とちょっと心配にもなりました。

このオーケストラには3人もコンマスが居るのですから上手に回して欲しいものです。

追記:処でこの歌劇場は今年で節目の150周年を迎えました。
   この歌劇場にある4箇所のロビーに展開しているカフェ・ゲルストナーも開場からの出店で、
   その150周年を祝い、お菓子で作った歌劇場の模型を展示していました。

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by Atelier-Onuki | 2019-12-14 01:40 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ムーティとウィーン・フィルの演奏会

先週ウィーンへ行ったのは1週間の滞在でウィーン・フィルの演奏会を2つも聴けたからです。

こんなに短期間で2公演を聴けるチャンスは数年に1度ある程度ですし、
しかも今回はヤンソンスとムーティという豪華な顔ぶれだったからです。

残念ながらヤンソンスは演奏会の初日に亡くなってしまいましたが、
気を入れなおして、ムーティの演奏会へと足を運びました。

演目は1曲目がブッフビンダーのピアノで
ベートーヴェンのピアノ協奏曲5番、「皇帝」、
休憩後の2曲目はストラヴィンスキーの「妖精のキス」ディヴェルティメント、
3曲目はレスピーギの「ローマの松」でした。

大きな拍手と共に2人が登場しましたが、背格好と言い、年齢と言い、
ロングの髪型までソックリな2人が登場し一瞬どちらが誰か分からないほどでした。
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ダ~ンとオーケストラの一撃で始められ、すぐさまピアノが連打で対応しますが、
もうこの瞬間で「オォこれだ!」と感心させられます。

これぞ王道の堂々とした演奏で、安心して身を委ねられます。

ブッフビンダーはこの10数年ベートーヴェンのピアノ協奏曲に力をいれていて、
2年ほど前にはウィーン・フィルと弾き振りで全曲演奏会を行ったほどです。

演奏は終始堂々と手馴れたもので、正に正統派の演奏です。
叙情的なところも流れるような綺麗さで滞る事無く進められて行きます。

2楽章のあの静かで夢見心地のところもハッとタメ息が思わず出てしまいそうな美しさでした。
ピアニッシモから途切れることなくスムースに3楽章へと移行していきました。
オーケストラもフォルテで堂々としたテーマを奏でだし、グイグイと盛り上がっていきます。

いやぁ~こんな立派な曲を作曲したベートーヴェンも凄いし、
それを見事に表現している奏者たちにも大いに感心致しました。

幼い頃からウィーンで育ったブッフビンダーは聴衆からも好意的に受け止められているようで、
終演後は盛大な拍手で答えていました。

さて、2曲目の「妖精のキス」は元来バレエ音楽として作曲されていますが、
後に演奏会用に編曲されたディヴェルティメントが演奏されました。

正直あまり馴染みのない曲なので、
やはりムーティが昔フィラデルフィア管を振った映像で数回予習をしていました。

フルートのソロによって静かに始められましたが、やはり未だピンと来ません。

2曲のスイス舞曲はチェロのソロがハープの伴奏を伴って奏でられます。
そこにクラリネットが甘いメロディを浮かび上がらせ、まるで室内楽を聴いているような雰囲気です。
これは綺麗・・・ウットリと夢を見ているような心地に・・・
しばし天井を眺めながら聴き入っていました。

因みにウィーン・フィルもこの曲を取り上げるのは始めてだったそうです。

さぁいよいよ「ローマの松」です。

レスピーギはローマ3部作として、この「ローマの松」、「ローマの泉」、「ローマの祭り」
とローマ独特の情景を作曲していますが、やはり「松」が一番の名曲です。

確かにローマの松は特長的な形をしていて、
幹がス~と延びた上の方だけにフワフワとした円形の葉を付けています。
不思議なことにこのような形の松は他の地域ではあまり見かけたことがありません。

大きな拍手が鳴り止まぬ間にサッと振り返りながらムーティのタクトが振り下ろされました。
会場にザワメキが残るなかキラキラと「ボルゲーゼ荘の松」が鳴りだしました。

これはこの公園にある松の木陰で遊ぶ子供たちの様子を描いているそうで、
鳴り子などのオモチャを連想するような打楽器がいっぱい鳴っていてキラキラを賑やかに奏されます。

打楽器奏者がマックスで必要なので、トライアングルはティンパニー奏者が叩いている有様です。

その上にアチコチの金管が鳴り出し、これはローマの喧騒を表現しているのでしょうか?

それでも流石はウィーン・フィル喧しさは一切なく、むしろ心地よい響きです。

音量がマックスに達しパタッと音楽は止まると、低音の弦楽器で静かに「カタコンバの松」が奏でられ出しました。

厳かで荘厳なメロディが重なるなかバルコニー席の奥からソロのトランペットの甘いメロディが聴こえてきます。

まぁ何とも立体感のある表現でしょうか・・・まるで夕日が沈んで行くかのようです。

すぐさまザバザバ・ザバザバ・ザバザバ・ザバザバ・ザバザバン・バン・バンと弦楽器
で刻まれますが、まるでフーガの様に、この特徴的なメロディが続き、
盛り上りみせたあと、静かにクレッシェンドしながら消えて行きます。

コロコロとしたピアノの音でロマンティックに「ジャニコロの松」が始められました。

それにクラリネットの甘いメロディに弦楽器が対応していきます。
チェロのソロとクラリネットが絡み合うなかオーボエが切ないメロディで加わります。

再びクラリネットのソロが静かに吹き出したころ、
会場のアチコチからナイチンゲールの鳴き声が聞こえてきますが、
ここも立体感に溢れていて夢見心地の瞬間が訪れます。
夕方でしょうか・・・ウットリとするところです。

そういえばコロッセオの前の松並木には夕方になると無数のナイチンゲールが集まってきていました。

曲はハープと弦楽によって静かに閉じられると、静かにティンパニーの連打で「アッピア街道の松」が始まりました。

不安定なメロディの弦にバス・クラリネットが不気味な旋律を加えコールアングレが更に不安さを増して行きます。

曲はホルンの遠吠えが始まると序々に行進曲風になって行きます。

これは古のローマ軍がアッピア街道を凱旋してくる様子を表現しているそうです。

行進が近づくにつれ金管楽器が段々と増して行き、
バルコニー両サイドに配置されたバンダが加わり出すと曲はマックスの音量へと高まって行きます。

360度の音の洪水にホールは崩れんばかりに響いています。

曲は長いフォルテッシモの一撃で閉じられました。

そりゃブラボーまじりの拍手もマックスに達しました。

2度目、挨拶に現れたムーティはバルコニーの聴衆に向かって
「ちょっとバンダが煩くて御免なさい!」とドイツ語交じりの英語で誤っていて、微笑ましい光景でした。
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まぁこの曲をこの最高の演奏で聴けただけでも
「ホント、ウィーンまで来て良かった!!」とツクヅク感じていました。


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by Atelier-Onuki | 2019-12-12 01:03 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

マリス・ヤンソンスさんの追悼演奏会

実は先週ヤンソンスさんの演奏会を聴きにウィーンへ行っていました。
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1ヶ月ほど前にエッセンであった演奏会でもハーディングが代役で演奏したと
娘婿から聞いていましたし、ムジークフェラインのホーム・ページでも
フルシャと言う指揮者に代わったとのお知らせが載っていました。

そこにはアキレス腱を故障した為と知らされていましたが、
元来心臓に問題を抱えていたので、実際はもっと悪いのかも・・・と心配をしていました。

それが悲しいことに11月30日に亡くなってしまいました。

3公演ある、この演奏会の初日の事で未だ誰も知らなかった初日は予定通りの演目で行われましたが、
曲はよりによってドヴォルザークの「謝肉祭」という場違いな演目でした。

2日目にウィーン・フィルの団員の一人がこの件を知り、急遽演目を変更し
ヤンソンスが生前好きだったラフマニノフのエチュードをソリストのピアニスト、マツエフが演奏したそうです。
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私が知ったのも12月1日でやはり音楽ファンの知り合いからメールをもらいました。

すごすごと重い足取りで地下鉄の駅からムジークフェラインへの階段を上がっていきました。

ライトに照らされたファサードには北風に黒い旗が悲しげにはためき、関係者が亡くなったことを報せていました。
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会場内もやや重い雰囲気に包まれホールの入り口にはヤンソンスの遺影が掛けられ
前のテーブルには記帳簿が置かれていました。
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演奏に先立ち挨拶がありました。
「当オーケストラの桂冠指揮者でもあるヤンソンスさんが11月30日に亡くなられました。・・・
演目も「謝肉祭」ではなくモーツァルトの「フリーメイソンの為の葬送曲」に変更し、
演奏のあと3分間の黙祷をお願いします。」との事でした。

指揮者なしで厳かに演奏された後、全員が起立して静かに黙祷を捧げました。

最初の演目はチャイコフスキーのピアノ協奏曲1番で、
これも当初、予定されていたラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」から変更です。

それでもウィーン・フィルがこの曲を演奏することは滅多になく、
録音でも私の知る限り60年ほど前のカーゾンとショルティの盤があるだけです。

ホルンが冒頭のテーマを高らかに吹きました。
もう、このホルンの3連譜を聴いただけでゾクゾクです。

その渋みと深み、それにこのオケ独特の野性味も感じられ、
「アァ、ウィーンに来て良かったなぁ~」と最初から虜にさせられました。

ピアニストのマツエフは堂々と渡り合い、その硬質で力強い打鍵はギレリスを思い浮かべる程です。

技術的には完璧、それでもちゃんと抜けるところは抜き、叙情的な部分は柔らかく弾いています。
この人は相当練習もし、これからドンドン良くなっていく予感を沸々と感じさせてくれました。

3楽章、後半など目もくらむほどの猛スピードで進みますが、
ピアノもオーケストラも完璧で心地よい突進に身を委ねるばかりでした。

後半はバルトークの「オーケストラの為の協奏曲」で、私の大好きな曲です。

それにウィーン・フィルならではの楽しみも最集楽章でやって来ます。

それはティンパニーの一撃が“ボワァ~ン“と音程を下げる瞬間です。

普通プラスティック製のティンパニーにはペダルが付いていて、それを踏めば緩んで音程が下がるのですが、
このオケは革張りなので6箇所で張っているノズルを手動で緩めなければなりません。

今まで何度かこのオケで聴きましたが、大忙しで上手に緩めていました。

この日の指揮者はフルシャという若いチェコ人で、この演奏会が彼のウィーン・フィルのデビューです。

バルトークではまだ馴染みが薄いのかスコアを置いての指揮でしたが、
逆にオーケストラの方が「任せとけ!!」と言わんばかり気持ちが入っていて、
コンマスが指揮者との連携を全員に気合で伝えていました。

最終楽章は普通でも速いのに、更に猛スピードで一気に進められましたが、
ちゃんと丁寧な演奏で最後まで絶妙なアンサンブルやバランスが保たれていました。
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ヤンソンスが亡くなったのは悲しい出来事でしたが、演奏会は実に素晴らしい内容のあるものでした。

考えたら今までの歴史の中でも代役が素晴らしいパーフォマンスをして、
大指揮者から世代交代を繰り返して来たなぁと感慨深く思いを馳せていました。

ヤンソンスさんは亡くなってしまいましたが、数々の名演が思い浮かべられます。
特にミュンヘンに住んで居た頃は毎月のように彼の演奏を聴くことができました。

特に印象深かったのは、先ずウィーン・フィルとの「オベロン」序曲、
バイオリン群が奏でる衣擦れのような響きはまるで天国にでも登るような心地良さでした。

又、コンセルトヘボウとのアンコールでやったシベリウスの「悲しきワルツ」
美しくも本当に悲しく冷たいロマンチズムに包まれ、まるで夢を見ているようでした。

ヤンソンスさんは亡くなられましたが、その演奏は記憶として心の中に蘇ってきます。

安らかなご冥福をお祈りいたします。


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by Atelier-Onuki | 2019-12-10 02:02 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ウィーンの中央墓地(ドイツ・ニュース・ダイジェスト2月のコラムより)

2月のコラムを掲載するのをすっかり忘れていまして、とてもタイミングが悪いのですが、せっかくなので一応upしておきます。
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空路ウィーンへ到着し、「シュヴェヒャート空港」から街へ向かうと、
一番先に通過する観光スポット、それは何と墓地です。

墓地が名所というのも実にウィーンらしいのですが、さすが“音楽の都” と言われるだけあって、
ここ中央墓地(Der Wiener Zentralfriedhof)にはウィーンで活躍した幾多の大作曲家たちが眠っています。

またこの墓地は映画『第三の男』、(1949年公開、キャロル・リード監督)のラスト・シーンの舞台としても有名です。

市街地からは6番か71番の路面電車で向かうのですが、
この中央墓地だけで停留所が4つもある広大な墓地で、墓地の中をバスが巡回しているほどです。
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音楽家のお墓参りには墓地の正面入り口に位置する「Zentralfriedhof 2. Tor」で下車し、
中央に建っている大きなドームを持つカール・ルエーガー記念教会に向かって並木道を進みます。
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教会の少し手前を左に折れると、そこには名だたる作曲家のお墓が目白押しに建っています。(Gruppe 32A地区)
 
ちょっとした広場になっていて、中央にはモーツァルトの仮のお墓があり
(最初に埋葬された聖マルクス墓地が共同墓地だったため、遺体がどれだか分からなくなったのです)、
その後ろにそびえ立つ(メトロノームのような)オベリスクのお墓にはベートーヴェン、
右隣にはシューベルトが眠っています。
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このお墓も元々は街中のヴェーリンガー墓地(現在はシューベルト・パーク)にあったのですが、後にここへ移されました。

ベートーヴェンを崇拝し、葬式で彼の棺を担いだシューベルトも、
後を追うように1年後に亡くなってしまいます。
没後はベートーヴェンの傍に埋めて欲しいと切望していましたが、それが実現され、ここでもお隣同士です。
 
さて、小道を挟んでシュトラウスⅡ世、その右隣にはブラームスのお墓が建っています。
音楽スタイルが正反対の二人ですが、意外と仲が良かったそうです。

ドナウの流れをイメージした若い女性が寄り添うシュトラウスに対し、
ブラームスは頭を抱えるようにうな垂れ、今なお悩んでいるようです。
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彼らの背中側にはシュトラウス父とライバルだったランナーが仲良く並んでいます。
他にもズッペを初め、グルックやヴォルフにシェーンベルクなど枚挙に暇がありません。
 
作曲家だけでなく、ウィーン・フィルの名コンサートマスターだったボシュコフスキーや
名歌手ロッテ・レーマンなども眠っていますし、
サリエリやベートーヴェン唯一の弟子チェルニーなどは入り口近くの0地区に眠っています。 

音楽愛好家にとって、一つまた一つと偉大な音楽家の名を発見する喜びは、
ゾクゾクするほどの感動を覚えます。
まるで宝探しのように……。




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by Atelier-Onuki | 2017-03-07 00:06 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ベートーヴェンの「フィデリオ」 ウィーン国立歌劇場の公演から

この日の公演は指揮者にペーター・シュナイダー、演出オットー・シェンク、
装置シュナイダー・シームッセンと大御所が揃い、安心して観ていられるものです。
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演出はもう数十年も前からのプロジェクトですし、指揮者のシュナイダーもオペラ・ハウスの叩上げで、
いわゆるカペルマイスターと王道路線です。

彼は昔デュッセルドルフの音楽監督をしていたので、
その頃はワグナーやシュトラウスの作品を何度か聴いた事がました。

それとこの「フィデリオ」はウィーンの歌劇場とは深い縁があって、特に大戦で空襲を受け殆どを失いましたが、
ようやく1955年に再開にこぎつけた最初の公演がカール・ベームの指揮でこの「フィデリオ」でした。
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それは苦難から開放されるという内容にもよりますが、ウィーン初演のこの作品は深い関わりもあり、
なによりもその音楽がもつ力強い推進力が人々に勇気や希望を与えるのしょうね。

ちょうど昨年がこの再演の60周年にあたり、ロビーでは(ゴブランの間)その展覧会が開催されていました。
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それにもう一つ今日の楽しみは「フィデリオ」序曲と
2幕への間奏曲として扱われている「レオノーレ3番」の序曲をこのオーケストラで聴く事です。

特に「レオノーレ3番」の序曲は、大昔からウィーン・フィルの録音で親しみ、その素晴らしい演奏を楽しんでいました。

最初はイッセルシュテットとの録音、その後はバーンスタインとのものでしたが、
いずれもウィーン・フィル独特のスタイルで特にフィナーレで叩かれるティンパニーの音が素晴らしく興奮したものでした。

というのはこのオーケストラのティンパニーは未だに革張りの古いタイプが使われていて、
そのズシンとお腹に響く渋くて味わいのある響きは他では聴けない感動的な音です。

それにここのティンパニー奏者はメチャクチャ上手い(ベルリンと双璧)・・・
たかが太鼓なのにオ~ッと思わずため息をついてしまうほど味わい深く惚れ惚れと聴き入ってしまいます。

それに伝統なのでしょうかこの曲のクライマックスではティンパニーの連打で盛り上がるのですが、
他のオーケストラよりダイナミックに大きな音で叩いていて、聴き終わったあとの達成感や満足度は格別です。

さて、この日の公演は通常のレパートリー公演にも関わらずトップにはキュッヒルさんが入っておられます。
彼が入ると演奏はさらに引き締まるのでこれは期待できます。

それに今日はちょっとサイドの席でオーケストラ・ピットからの直接音がガンガン伝わってくる場所です。

さぁシュナーダーが堂々と登場しました。
挨拶の後、手馴れた感じで序曲は振り下ろされました。

バン ババン・バン ババン・バンバ・バンバンバン・・・
この引き締まった出だしを聴いただけでコリャ良いなぁ~と、今日全般の素晴らしさが予測できそうす。

それほど長い曲ではありませんがフィナーレに向かって弦群がザバザバと揺れ動くあたりは
ゾクゾクするほどで(ここ好きなのです)最後までキリッとした演奏でした。

もう、この序曲を聴いただけでも満足して帰れそうです。

まぁオペラ自体はあの不器用で無骨なベートーヴェン好みの題材で、
芝居っ気にも乏しく面白みには欠けますが、さすが音楽は素晴らしく立派で聴き応えがあります。

この当時はオペラが流行っていて、似合わないにも関わらず彼も書いてみたかったのでしょうね。

さて、オペラの方は一気に飛ばして、いよいよ2幕目を迎えました。

お目当ての「レオノーレ3番」の序曲です。

この序曲は余りにも立派な曲で演奏時間もそこそこ長く、これ一曲で完結しているほどです。

そのせいか、どの箇所で演奏するかを巡って論議もされたようですが、
今はマーラーが決めたこの箇所で演奏されるのが通例になっています。

ベームなどは物語の筋が途切れてしまうとの理由で、一時これを演奏しなかった事もあったようですが、
聴衆としてはやはり是非とも聴きたい一曲です。

シュナーダーの演奏はもう確信に満ちたもので堂々としています。

中盤あのフルートが活躍するところはドキドキしながら迎えました。
それは余りにも難しく、多分ベートーヴェン時代の穴が開いただけのフルートでは吹けなったのではと云われています。

さすがウィーン・フィル(まぁオペラに入っている時は歌劇場管弦楽団ですが)、余裕をもって味わい深く吹き切りました。

いよいよ終盤に掛かり、ヴァイオリンから始まり段々と低弦へと一目散に刻まれて、フィナーレを迎えました。

金管群の堂々とした鳴りっぷり(でも全然煩くない・・・むしら心地良く身を任せ)・・・

そしてティンパニーのスゴイ連打が入り素晴らしいクライマックスを築きました。

いやぁ・・・大満足・・・ 

こんな演奏で聴きたかったのが、今、現実に・・・

当然ながらこの夜一番の喝采が沸き起こりました。

物語は無実の政治犯たちが解放され、声高々に 「Heil sei dem Tag!」(この日に敬礼 ! )と力強く歌います。
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私も心地よく一緒に歌っているような気分になりました。
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それほど長いオペラではありませんが、集中して観たせいか喉はカラカラです。

気分も良く、早く、おビール、おビール・・・
今夜は焼き鳥で一杯いくか !!


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by Atelier-Onuki | 2016-06-01 00:32 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

マーラーの墓参り (グリンツィング墓地)

昨日までマーラーの重い曲を続けて聴いたので今日はグリンツィングにある彼のお墓参りに行く事にしました。

地下鉄とバスを乗り継げば直ぐの所に泊まっていたのですが、
今日は何だかノンビリと町の景色を楽しみたかったので路面電車を乗り継いで気ままに行く事にしました。

リング沿いのブルク劇場で途中下車・・・
この直ぐ隣、ホーフブルク庭園にある薔薇の咲き具合を確かめに寄りましたが、
まだパラパラと咲いているだけです。
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中にはとても芳しい薔薇が咲いているので楽しみにしていたのですが残念です。

それども、少ないながら試してみようと近づいたのですが、
丁度私の行きたい方向から一つ一つ匂いを嗅いでいるオジイサンがやってきました。

それも相当汚い格好をしていて、あのオジイサンが嗅いだところに又鼻を突っ込む勇気は生れませんでした。

まぁ諦めて私の好きな庭園内のカフェテリアでノンビリとしていましたが、
時折バラの香りが漂ってきて心地よく過ごしていました。
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さぁグリンツィング方面への停留所があるショッテントアに向かって歩き出しました。

途中、小高いところに建つアパートにはベートーヴェンが時期を隔てて2度も住んでいます。
ここでは交響曲の4・5・7番を初め「フィデリオ」やピアノ協奏曲の4番、
それにヴァイオリン協奏曲など彼の中期における重要な作品をたくさん作曲しています。
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マーラーの墓参り (グリンツィング墓地)_a0280569_2232731.jpg

さて、路面電車は街中を出てダラダラと郊外へ向かって進みます。

最寄り駅で降り、ダラダラと長い坂道をグリンツィング墓地目指して上って行きました。

門を潜ると花を一杯抱えたオジサンが近づいてきて「グスタフ・マーラー?」といきなり尋ねてきました。
マーラーの墓参り (グリンツィング墓地)_a0280569_22324492.jpg

どうも墓守の人らしく手招きをしながら案内をしてくれました。
きっと多くの人が訪れるのでしょうね・・・何度か来ているので知っていたのですが、
このご親切を裏切る訳にはいかず、素直に従いました。
マーラーの墓参り (グリンツィング墓地)_a0280569_22332089.jpg

「ここがそうだよ。」と誇らしげです。
墓の上を指差して「彼はユダヤ人だから石がいっぱい積んであるんだよ~」、
ほっ~確かに沢山乗っています。
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マーラーの墓参り (グリンツィング墓地)_a0280569_22334282.jpg

「処でアルマ・マーラーのお墓は何処ですか?」・・・「フ~ン、そりゃ知らんな・・・」と
親切だけど、ちょっといい加減な墓守さんでした。

この石を積む風習は日本でも見受けられるお墓がありますが、調べたところによると、
大戦中にユダヤ人を多く救ったシンドラーのお墓に誰かがお礼の意を込めて石を積み始めたのが始まりだと云われていて、
石の持つ不変性から不滅とか永遠とかの意味があるようです。

さて、このマーラーのお墓をあっちへ行ったりこっちへ行ったりとシミジミ眺めながら佇んでいました。
高台に立つ、このお墓の後ろからはウィーンの町が望めます。

さて、アルマは斜め後ろに背中合わせであるはずです。
植え込みを抜け4つほどずれた所に立っていました。

それは何と最後の彼氏ワルター・グロピウス家のお墓でファミリーが埋められているようです。
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唯、立っている細長いブロンズ製の墓石にはアルマの名前だけが刻まれ、
そこにはフルネームでAlma Mahler Werfel とグロピウス家の墓なのにマーラーあり、
旧姓ありとややっこしい関係を表していました。
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名前の下には生年と没年が刻まれていましたが、1964年没なので私が14歳の時・・・

まだ生きておられたのですね・・・ちょっと身近な存在に感じました。


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by Atelier-Onuki | 2016-05-30 22:35 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ネルソンスとボストン交響楽団 「マーラー9番」の演奏会から

今回のウィーンでは偶々マーラーの交響曲を取り上げた公演が続いていて、マーラー週間にするつもりでしたが、
予定の一つだったウェーベルン交響楽団の指揮者が当初予定されていたデュダメルから違う指揮に変更されました。
その代役の人は私的にはあまり好みではないので、この公演は見送りました。

といってこの日のネルソンスにもそれほど興味はないのですが、
ボストン交響楽団は小澤さんとのヨーロッパ最終ツアーの折りに聴いて以来えらい久しぶりだったので行く事にしました。

会場は満席で観客の熱気が感じられるほどです。
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殆どは地元の人たちだと思われますが、ウィーンでアメリカのオーケストラを聴く機会は少ないので大勢集まったのでしょう。
(ウィーンに住んでいると贅沢になり、偶にはウィーン・フィル以外も聴きたいなぁなんてとんでもない欲望に駆られる時があります。 
結局は「やっぱりウィーン・フィルの方が良いなぁ。」なんて勝手な事を云っていますが、彼らもその確認をしに来たのでしょうか?)

さて、今日の座席は2階ロジェのサイド2列目です。
ステージの半分くらいは見えるでしょうか、背伸びをして辛うじて指揮者が見える席です。
1階のロジェもそうですが、このサイド席2・3列目は椅子が置いてあるだけなので、
聴きやすい方向を向けたり、座りやすいポジションに自分で調整致します。

この日も周り近所と申し合わせながら動かしましたが、後ろのオジイサンは何だかゴソゴソとトラぶっているようです。
振り返ってみると3列目のハイ・チェアーをステージ側に向けようとした処、台座から足が抜けてしまい焦っています。
周りは皆立って協力し、何とか向きを変えられました。
「イヤー、ありがとう・・・これで足が延ばせて楽だわ~」と開演前の微笑ましい光景に包まれました。

さて、オーケストラは全員と言って良いほどの人が既にスタンバイをして各々が物凄い勢いで練習を繰り返しています。

このマーラーの9番は演奏がとても難しいらしく、早めから練習に取り組んでいるのでしょうが、その気合は充分伝わってきます。

いよいよ、ネルソンスが登場しました。

朝靄の彼方から聞えてくるようなコントラバスの静かな刻みはハープに導かれ、管が不気味なサビをつけると、
弦によってビャ~ン、ビャ~ンと柔らかく引きずるように最初のテーマが現れます。

マーラーは9番目の交響曲を書くのを異常に恐れていて、
この曲の直前に作曲された交響曲は9番と言うタイトルを避け、「大地の歌」として発表されました。
(ベートーヴェンが9番の交響曲を発表後、間もなくして死んだことから。)

その最後の曲「告別」の終わりはこのメロディでEwig(永遠に)と繰り返し奏でられますが、
この9番では冒頭でその同じメロディ・ラインを引きずって繋がっています。

曲は間もなく盛り上がりを見せ、楽器の饗宴よろしく鳴り響きますが、
これは彼が作曲をしていたドブラッハ周辺の険しい山々を現しているようです。

それにしてもこのオーケストラは上手い。・・・
金管はもとより弦も柔らかく深い味わいもあり、アメリカで最もヨーロッパ的な響きのするオーケストラだと言われるのが肯けます。

1楽章も後半に入りグット音量を落として、
甘いヴァイオリンのソロ部分を過ぎると再び激しくなり一頻り云いたい事を全部ぶつけて落ち着くと、
また不吉で憂鬱な感情に陥ります。
何だかヤケクソぎみの歩みが刻まれると、遠くからのイメージで鐘の音が聞えてきます。

ここではトブラッハの作曲小屋を思い出していました。
この山の中腹にある小屋へは夕刻に訪れていましたが、折りしも麓の村から教会の鐘が聞えてきました。
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暫く「ああ良いな~。」と感傷に浸りながら聞いていたのですが、
ふと気が付くとこれはこの部分で鳴る鐘と同じメロディーでカンコン~、カンコン~と響いています。
音程も全く同じで、きっとマーラーもこれを聞いて取り入れたのではないでしょうか。
(実際にはこの教会の鐘はもう一種類、違う鳴り方があります。)
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曲は名残惜しむように何度も同じ音型を繰り返し、ハープに導きられながら静かで絶妙なピチカートで閉じました。

ファゴットのおどけたような吹き出しで始まる風刺的な趣の2楽章は迫りつつある死に対し
半ば皮肉れた気持ちを表しているようです。

今度はトランペットのおどけたような一吹きではじまる3楽章では更に開き直り、踏ん切りが付いたように思われますが、
曲は直ぐに感傷的になり、過去の追憶が走馬灯のように次から次へと現れては消え、
ヤケクソ気味ながらも悶え苦しんでいる有様が浮かび上がります。

この病弱で気難しい作曲家にとって恋多き妻アルマとの関係もグロピウスを巡って最悪の状態で、
その心の苦しみや葛藤が渦巻いているようです。

そしていよいよ死に向かい合う決意を面々と語られる4楽章へと突入して行きました。

甘いメロディがどこまで続くのかと思われるほど名残惜しみながら(或いは未練がましく)綴られ、最後の一絞りのクライマックスを築き上げます。
グット落された音量は凄い緊張感をもって静かに静かに締めくくられます。

特にこの楽章ではネルソンスもオーケストラも、凄い緊張感をもって引き締まった演奏をしきり、
曲はいよいよ消え入るような音で聞えるか聞えないほどの繰り返しで最後を迎えました。

奏者も聴衆も固唾を呑むような瞬間が訪れました。

その時、遠くギャラリエの方から・・・コンコロ・コンコロ・コッコッ・コン・・・とI-phoneの
軽快なマリンバの響きがこだましました。 (バカヤロ~ !!!)

よりによってこの一番の聴き所で・・・ この長い曲を集中して耐えながらやっと辿りついた至福の瞬間に・・・

誰だか分かりませんが、周りの人たちが真っ赤になって憤慨している様子が浮かびます。

何とか最後の数秒前には消えましたが、人事ながら冷や汗が出ていました。

大昔、ベルティーニの指揮でこの曲の素晴らしい演奏を聴いたときも
この部分で一番前に座っていた人が居眠りでもしていたのでしょうか、
荷物をガシャンと落してしまい、この演奏会を台無しにした事がありました。

まぁそれでも誰も動かない長~い静寂の後、パラパラと始まった拍手は大喝采へと広がっていきました。
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それにしてもこのオーケストラは上手くて味わいも素晴らしく、
こんなオーケストラが地元にあったら良いだろうなぁとボストンの人たちを羨ましく思っていました。

マーラーのゴツイ曲を続けて聴いたので、明日は久しぶりにお墓参りでも行こうかな・・・



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by Atelier-Onuki | 2016-05-29 23:52 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

ルストへの遠足・・・

明けて次の日は五月晴れ・・・

夜のオペラは一度観た事がある「ボリス・ゴドノフ」、ムジークフェラインではボストン交響楽団の公演もありますが、
これは明日のマーラーを聴く予定なのでフリーです。

こんな日は遠足に限ります。

もう2度ほどスケッチをしに行ったことがあるのですが、ハンガリーの国境に近いルスト行く事にしました。

バス・ターミナルのある私の好きなSudtirol Platz (南チロル広場)へ向かいました。

ここはかつてイタリア方面への南駅という鄙びた駅があったのですが、
最近大改装され名前も中央駅と変えられました。

周りにもたくさん高層ビルが立ち並び、何だか違う町に来たようで寂しくなります。

まぁ気を取り直しここから2時間バスに揺られます。

途中、エステルハージ公が収めていたアイゼンシュタットを通りますが、彼らはかつてハンガリー領から来た貴族なので、
この町には既に何処となくハンガリーの香りがするようです。

ハイドンはこの宮廷音楽学長として長年勤め数々の名作を残しています。

バスは緩やかな丘陵地帯を抜け乾いた大地にブドウ畑が点在する頃にはルストへ到着しました。

ブラブラと市役所を目指し、ちょっとお昼には早かったのですが、もう料理が作れるそうなので済ませることにしました。
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普通、市役所のレストランは大した事がないのですが、ここは美味しかった記憶があったので、
この湖で捕れた魚(サンダー)料理を注文しましたが記憶通り、美味しく頂きました。

この店も私の好きなBudweiserの生があったのですが、ここはぐっとミネラル・ウォーターで我慢しました。
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旧市街をちょっとだけブラブラ・・・この町はコウノトリが飛来することでも有名ですが、
ちょうどその時期なのかあちこちの煙突の上に巣を作っていました。
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さて、これから自転車をレンタルして湖畔をサイクリングです。

広場を挟んだアーチの奥にとても気の良いオジサンが経営するレンタル屋さんがあって
何時もここで借りるのですが、料金もウィーンで借りる半額位で良心的です。
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颯爽と風を切ってと行きたい処ですが、まぁ歳相応にダラダラと走り出しました。

さて、ノイ・ジードラー湖という国境にまたがる広大な湖を目指しました。

この湖は水深が1.5mほどと浅く殆どを萱が茂っていますが、面積は琵琶湖の半分くらいあるそうです。

そのせいか野鳥の楽園よろしく水鳥をはじめ色んな種類の野鳥がいて自然保護区になっているそうです。

先ずは以前スケッチをしたことがある船小屋へと向かいました。
ここは萱の向こうに船小屋が立ち並びここから狭い水路を通って湖に出られるようです。
ちょっとノスタラジックな風景で気に入っています。
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更に水路に沿って波止場へと向かいました。

途中にはこれも萱の林越しに何軒もの家が水の上に建っていて、どの家も茅葺屋根です。
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住んでいる風ではないし、多分船小屋のようで船に乗るときだけ利用しているようですが、シュールな風景には違いありません。

この集落に通じる門が一箇所開いていました。
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恐る恐る中へと向かい、誰もいない桟橋をソロソロと奥へと進みました。
葦の茂みに包み込まれ何だか違空間へ迷い込んだようで恐怖心すら湧いてきました。
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再び町へと引き返し今度は湖沿いに南にある国境の町メルビッシュを目指しました。

途中は長閑な草原やブドウ畑を通って、心地よいサイクリング・ルートです。
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所々には萱が干してあって、多分先ほどの船小屋などの屋根に使うのでしょうね、
その積み方が可愛らしく暫く眺めていました。
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メルビッシュには湖上劇場があって、夏にはウィーンのフォルクス・オーパーが引越し公演をしています。
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もうこの先はハンガリーでこのまま突っ込んでみたかったのですが、パスポートを持ってきていなかったので自粛致しました。
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帰りもダラダラと自転車を漕ぎましたが、さすが15kmほど走ったのでヘトヘトです。
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バス停へと引き返し、以前来た時を懐かしく思い出しながら出発までの時間を過ごしていました。
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それは、数年前で今日のように出発まで時間があったのでバス停近くの鄙びた飲み屋で一杯やりながら時間を潰していたのですが、
ツイツイ調子が出てきて1杯が2杯にと盛り上がり、店を出た時には既に最終バスが出た後でした。
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仕方なく近くにあったホイリゲの2階に宿を取り一晩過ごしたことがありました。
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この日はちゃんとバスに乗り込んだのですが、ウィーンまでの道のりはグッタリとして殆ど眠っていました。

さて、バスで英気を養ったので今夜はグリンツィングのホイリゲで気勢をあげることにしました。
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by Atelier-Onuki | 2016-05-26 03:58 | ウィーン | Trackback | Comments(0)

デュダメルの「トゥーランドット」、ウィーン国立歌劇場の公演から

朝からマーラーの2番という物凄いゴツイ曲を聴いてグッタリと疲れましたが、
今夜はダブル・ヘッダーでオペラを観なければなりません。
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それはプレミア公演の「トゥーランドット」でデュダメルが初めて国立歌劇場に登場します。
ベルリンでは「ボエーム」を振ったそうですが、未だ未だオペラ経験のない若い指揮者にも関わらず、
ベネズエラ出身という環境のバックグランドを擁護すべく皆で協力をして大事に育てようとしているようです。
それに何よりも彼には稀にみる凄い音楽的才能が備わっているので、とても期待されているようです。
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さて、ササッとお昼をとって夜の公演に備えシエスタを目論んでいました。

一番近いリング沿いのホテルに入っている日本レストランに飛び込み、
熟睡できるようにと迷わずGösser(オーストリアで一番好きなビール)を注文しました。
このレストランは最上階にあってテラス席など心地よいですが、お味は昔と比べて段々と落ちているようで残念です。

さて、宿屋で一息いれちょっとだけ「復活」をしたので、イソイソとオペラへ向かいました。

席に着くと昼間の演奏会にも来られていた日本からの方々も見受けられます。

座席も皆さんロイヤル・ボックスの1列目やパルテレ(地上階)の真ん中付近の一番良い席に散らばっておられます。

私はそれらの席が見渡せるギャラリー(最上階)のしかも一番サイド席です。

ここはオーケストラ・ボックスの真上なので直に上がってくる音はダイナミックで素晴らしいのですが、
ステージは3分の1ほどしか見えません。

ステージのカーテンはこの公演にあわせブルー地に赤い龍が描かれています。

そんな中デュダメルが元気に登場しました。(まぁ若いから元気なのは当然か・・・)

バ~ン、バ~ン、バンと勢い良く振り下ろされ、この奇妙な中国の物語が始まりました。
カーテンは出だし同時にサッと開けられ斜めに歪んだ室内が登場しました。

部屋の奥にはピアノが置いてあってその前で、作曲家なのか詩人なのか何やら忙しく書き込みをしています。
(多分これはカラフなのでしょうか)
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役人が登場し「トゥーランドット姫の謎解き」の宣言をする辺りでは、
忙しく装置が左右に動きステージ手前3分の1ほどが舞台の設定で奥には観客席が現れました。

どうもこれから起こる物語は劇中劇風に扱われているようです。

メインの登場人物はこの仮設舞台上で群集は観客席から絡み合うといった手法です。
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衣裳なども現代風ですが、それほど嫌味のない演出です。

装置は5・6層に分かれた部分が何度も左右にスライドしカーテンや窓などもそれに連動していて中々凝った作りです。
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さて、勢い良く振り始めたデュダメルはその後もスピードを緩めることなく颯爽としたテンポが保たれ、
若々しく新鮮な感覚で進んでいきます。

といっても決して荒っぽい所がなく、むしろ丁寧で柔らかい表現は心地よい響きの連続です。

歌手にもちゃんと指示を出しているし、振り様も柔らかく丁寧に振っています。

上から見たロン毛頭での振っている様は、何だか昔のムーティを思い出すようでした。

それに彼の特徴はアリアにせよ各々の楽曲がフィナーレに掛かる折にみせる自然なクレッシェンドが
素晴らしく音量だけでなくテンポも微妙に上げていきます。

この効果は絶大で其々のシーンで盛り上がりをみせ、
音楽がグイグイと軽快に進んで行き、生きいきとした躍動感に溢れています。

オーケストラ・ピットを覗き込むと、指揮者用の大きな譜面台には楽譜が乗っておらず、彼は暗譜で振っています。
そこそこ長いオペラなのに暗譜とは恐れ入りました。

随分勉強をしたのでしょう、完全に自分のものにしているので自信に溢れた音楽が
若々しくグイグイ進む颯爽たる運びには心地よさを感じます。

時折コーラスが複雑に絡んでくるシーンでは若干のズレも感じられましたが、
もうそんな細かいことはどうでも良いと思うほど音楽の流麗な流れが優勢でした。

オペラはプッチーニが未完のまま亡くなってしまい作曲家の手による最後のリューが自殺するシーンまでで終る公演もありますが、
今回は多分アルファーノ補作による完全版で結局トゥーランドットとカラフが結ばれて幕となりました。

唯、補作部分から音楽は明らかにつまらなくなりますが、
幕切れ近くになってプッチーニ作曲の部分を再び使ったのが功を奏し、幕切れは引き締まった音楽で終ります。
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一回の休憩を挟んだ「トゥーランドット」は音楽の進みの良さもあって、アットいう間に終了してしまいました。

いや~、デュダメルさん・・・どう育っていくのか・・・これかも楽しみです。
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(終演後はトゥーランドットを観たこともあり、私の好きな中華レストランへ急行・・・
シエスタをとった効果は絶大でこんなヘビーな一日にも関わらず、Gösser,Gösser、と絶好調でした。)


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by Atelier-Onuki | 2016-05-25 18:09 | ウィーン | Trackback | Comments(0)