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カテゴリ:コラム( 37 )

ゴッホ - 10 (サン・レミー・ド・プロヴァンスの街へ)

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ゴッホが入院していたサン・レミー・ド・プロヴァンスのサン・ポール・ド・モーゾール修道院のすぐ裏手には
アルピーユ山脈を背景に「グラヌム」と言う古代遺跡が広がっています。
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歴史は古く紀元前500年ころケルト人によって開拓されました。

ここにはアルピーユ山脈からの良質な水が湧いていたそうで、
ケルトの神グラニスを祭る為に祭礼用として集まって来たそうです。

この水に浸かると治療効果もあると信じられていたようで、
ローマ時代には、あのアグリッパも治療のため遥々訪れたとの記述があるそうです。

この遺跡の周辺はオリーブ畑が広がり、ちょっと不思議な形をした古代の巨石なども点在し興味をそそられます。
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さらにアルピーユ山脈の奥のほうにレ・ボーという町がありますが、
隆起した巨大な岩盤の上に登ると、忽然と趣きのある中世の町並みが現れます。

岩肌には無数の穴が開いていて一部住居になってた形跡もあります。

何でもここでボーキサイトが採れ、それを採掘した穴だそうで、
ボーキサイトは町の名前に因んで付けられたそうです。
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ゴッホは修道院周辺の広々とした景色が気に入ったようで、オリーブ畑や松並木など精力的に何枚も描いています。

彼が描いた場所を見て回れるようにゴッホ・プロムナードと名付けられた散歩コースになっていて、
其々描いた場所に何を描いたのか絵のパネルが立てられています。
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観光案内所でも場所と作品の番号が示された詳しい地図をもらうことができます。
(The Landscapes of Vincent van Gogh trail)

修道院から街へ向かう道は今では、“Avenue Vincent van Gogh”と名付けられ
歩道には所々Vincent と書かれた真鍮のプレートが埋め込まれています。
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街の中心に建つサン・マルタン教会はゴッホの「星月夜」に描かれている教会で、
ステンド・グラスや手の込んだ内装が見事です。
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街は小さく歩いて見て回ることができますが、
小道などはよく手入れされた古い家並みが続き、散策を楽しめます。
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そうそう、それにあの「大予言」が外れたノストラダムスの生家も残っています。
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さて、ゴッホはこの後、ピサロの紹介で精神科医だったガッシュを訪ね
オーヴェルへ向かい最後の7ヶ月を過ごすことになります。

このオーヴェルでのことは2015年に「オーヴェルを訪ねて」と題してご紹介しましたので、
「これも読んでやるか!」と思われる方は電子版を参照して下さい。



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by Atelier-Onuki | 2020-03-31 22:23 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 9 (サン・レミー・ド・プロヴァンスの修道院)

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アルルから北東へ20kmほど、サン・レミー・ド・プロヴァンスにある
サン・ポール・ド・モーゾール修道院へゴッホはどのような気持ちでやって来たのでしょうか。
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街から南へ1kmほど離れたこの修道院の周りは麦畑やオリーヴ畑が広がり
近くには紀元前に作られた「グラヌム」という遺跡が残っています。
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遺跡の背景にはアルピーユ山脈が広がっていきますが、
鷲が羽根を下ろしているような特徴的な形をした山はゴッホも気に入ったようで何枚か描いています。
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この修道院はほぼ彼が入院をしていた当時のまま残っています。

彼が居た部屋ではありませんが同じ形状の1室が公開されていて、当時の様子を伺い知る事ができます。
狭くて暗い部屋に窓には頑丈な鉄格子が取り付けられ、ここが精神病院であった事を再認識させられます。
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それでも鉄格子越しに見える裏庭は右側に行くに連れなだらかな傾斜をしていて、
そうそうゴッホが描いた絵もちゃんと斜めになっていたなと思い出せます。
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ここに入院中も驚くほどたくさんの絵を描いています。

窓越しの絵はもとより庭の花壇や木々を何枚も描いています。
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ここで描かれた絵のコピーが裏庭の壁に沿ってズラッと展示されています。
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あの弟テオに長男が生れたお祝いにと描いた「花咲くアーモンドの木の枝」も・・・
その傍にはちゃんとアーモンドの木が実をつけていました。
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精神的にも体力的にもどん底にありながら、絵を描いている間だけは
自尊心を保つことができる貴重な時間だったようです。

回復するに従い、病院を出て近くを描くことも許されるようになりました。

オリーヴ畑や彼にしては珍しく遺跡も描いています。

それに尊敬をしていたミレーの模写も連作で描き初心に戻って描いていますし、
レンブラントの模写や宗教画の世界も多く描いています。

絵はこのころから益々うねり出し木々や空、道に建物までウネウネとした曲線だけで
描かれています。

その内の名作「星月夜」ではうねった糸杉の背景に渦巻く空に右端の月に向かって
大小様々な星が11個描かれています。(これは「ヨセフとその兄弟」の暗示か?)

背景のアルピーユ山脈の手前にサン・レミーの街並みと中央に教会が描かれていますが、
恐らく修道院の2階辺りから描いているようです。
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さあ、この名画に描かれたサン・マルタン教会へ向かうことにしました。


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by Atelier-Onuki | 2020-02-21 23:29 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 8 (エスパス・ゴッホ) [ドイツ・ニュース・ダイジェスト 1月のコラムより]

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ゴーギャンがアルルを去るのを止めようと、カッとなったゴッホは発作的に自分の右耳を切り落としてしまいます。

それだけでも大事件なのですが、何を思ったのかその耳をハンカチに包み
知り合いの娼婦の所へ届けに行きました。

普段から地元では胡散臭く煙たがられたゴッホですが、
これで完全に「狂人」のレッテルを貼られてしまいます。

すぐさま病院に運ばれますが暫くは厳しい監視の元に置かれます。

それでも彼の数少ない理解者の一人で肖像画のモデルにもなった
郵便集配人のジョゼフ・ルーランや彼の妻も見舞いに来てくれました。
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それに何と3月には心配をしていたポール・シニャックがお見舞いに来ています。

一般人にとってゴッホは変人でしたが、若い画家からは、その才能を慕われていたようです。

彼は何ヶ月も長く入院していましたが、回復に向かいだした頃には絵を描く事も許されました。

何枚描いたかは不明ですが、これらの作品は彼の退院後に処分されてしまったそうです。(勿体無い!)

入院中はフェリックス・レイと言う若い未だインターンのような医者が治療を担当しました。
彼は辛抱つよく親身になって診察してくれたので、ゴッホも彼を信頼するようになります。
退院後には彼の肖像画を描くほどでしたが、
彼はこの絵を気に入らなかったようで、後にゴッホが亡くなってから画廊に売ってしまいます。
その画廊で偶然見かけたとあるロシア人が買い取りますが、今ではプーシキン美術館に展示されています。
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更に退院後、2階の回廊から見た「アルルの病院の中庭」を描いていますが、
現在、庭の花々はこの絵を元にして植えられています。
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フォーラム広場からもほど近いこの建物は現在病院ではなく図書館などの公共施設となり、
名前も「エスパス・ゴッホ」として一般公開されています。
(あれほど嫌っていたのに、今やゴッホと冠されて、勝手なものですね。)
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この病院にも長く居られなくなり、規則が緩やかと聞いていた
サン・レミー・ド・プロヴァンスの修道院サン・ポール・ド・モーゾールへ自ら望んで移る事になります。



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by Atelier-Onuki | 2020-01-28 23:44 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 7 (ゴーギャン来る) [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト12月のコラムから ]

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アルルで新しい絵画運動のユートピアを夢みていたゴッホの元へ、とうとうゴーギャンがやって来ます。

当初、渋っていたゴーギャンですが、テオからの経済的援助をするという申し出は、
困窮していた彼の気持ちを動かします。

知らせを聞いたゴッホは喜び、急いで彼が来るまで準備を始めます。

それまではカフェの1室で寝泊りしていましたが、「黄色い家」をアトリエ兼住居として借り、
ゴーギャンのための家具なども揃えています。
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部屋を飾る為に、あの有名な「ひまわり」の連作も描いていますが、ゴーギャンが来るまでに4枚も描いています。

処でこの「ひまわり」は生涯7枚描いていますが、そこに描かれたひまわりの半数以上が枯れています。

これは単に形として面白く感じていたのか、それともそこにハカナサを感じ表現していたのでしょうか。
そこに「侘び寂」の世界を感じ取っていたかも知れませんね。
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そう言えばオランダの伝統的な花や果物の静物画でも、
蝶に虫、中にはトカゲなどが一緒に描かれている作品がたくさんあります。

これは生ある物はやがて朽ちる儚さを表現したものでキリスト教的な教えの影響もあるかも知れません。
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さて、ゴーギャンが到着すると2人は連れ立って精力的に出かけています。
アルル郊外にある「アリスカン」にも足繁く通っています。

ここはローマ時代のお墓で石棺がゴロゴロと無造作に置かれた不思議な空間で、彼らも好んで何枚も描いています。
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ゴッホは感情をそのままにキャンバスにぶつけていますが、ゴーギャンは緻密に計算された構成で描いています。

お墓に沿って流れる小川での一枚には3人の女性が佇んでいますが、
白いショールを肩から掛けていることから、アルル地方の民族衣装と推測されます。
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ゴーギャンは実際のモチーフを描きながらも想像を働かせて、画面構成をしています。

ゴッホにもその方法を勧め、1枚描いていますがどうも上手く行かなかったようです。

そんな正反対の性格をもった2人の共同生活は長く続くはずもありませんでした。
そしていよいよ12月、その事件は起こってしまいます。



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by Atelier-Onuki | 2019-12-24 18:57 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 6 (サント・マリー・ドゥ・ラ・メール)

[ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 11月のコラムから ]
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ゴッホは題材を求めてアルル近郊を精力的に歩き回っていましたが、
20kmほど南へ下った、地中海に面した街サント・マリー・ドゥ・ラ・メールへも行っています。

途中、ローヌ川の河口でカマルグと言われる広大なデルタ地帯を通りますが、
ここには野生のフラミンゴや馬がたくさん生息しています。
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この馬は小振りで白馬も多く愛らしい姿です。
それに本物のカウボーイも居て牛の放牧をしています。
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水田地帯も広がり、ちょっと日本の原風景を思い起こさせますが、
何でも日本人が農法を教えたそうで、そりゃ日本の風景に似るわけですね。

さて、サント・マリー・ドゥ・ラ・メールにある教会の塔が見えてきました。

この街の名の由来は何でも、キリストが昇天した後、エルサレムを追われた3人のマリア、
すなわちマグダラのマリア、マリア・サロメ、そしてマリア・ヤコベたちを乗せた小舟が、
妙なる風に乗って一晩で漂着したのがこの街で、「海からの聖マリアたち」と言う意味を地名にしたそうです。

彼らはこの地で布教を始めるのですが、その内のサラと言うエジプト人の従者が、
不治の病に苦しんでいたシンティ・ロマの子供を癒したことから、守護神として崇められるようになったそうです。

この地にはシンティ・ロマがたくさん住んでいたそうで、サラの命日には大きな祭りが催されます。

またサラの肌が黒かったことから、この教会の地下には黒いマリア像が祭られておりアルジェリア辺りからも大勢参拝するようになったそうです。
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このアルジェリアから大勢やってくるスアブ族の噂をゴッホも聞きつけていたようで、
そのユニークな衣裳を纏ったスアブ人の肖像を描いています。
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未だ、それほど知り合いもなく、モデルになってくれる人が居なかったゴッホにとっては
珍しくもあり、貴重な存在だったようです。

風景画もたくさん描いています。

畑を通した遠景の街並みや、初めて見る明るい海に感銘を受け、
明るく伸びやかでキラキラとした海の風景を描いています。

遠くに浮かぶカラフルな漁船も波に揺られる躍動感に溢れています。
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その内の1枚は浜辺に上げられている漁船を描いていますが、
ここでもマストの角度はリズミカルでいかにも心地よさそうです。
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これは高校生のころ買ったゴッホの画集の表紙に使われていて、
観る度に懐かしく当時のころを思い浮かべています。



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by Atelier-Onuki | 2019-11-18 20:44 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 5 (跳ね橋とクロー平原) [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 10月のコラムから ] 

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アルルでのゴッホは絵の題材を求めて精力的に歩き回っています。

到着した2月には雪景色を2枚も描き上げていますし、
翌3月には街から1km以上も南に下がったラングロア運河に掛かる
「アルルの跳ね橋」を見つけ、2枚も描いています。
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跳ね橋はフランスでは数少ないのですが、故郷オランダでは典型的な橋なので郷愁を感じたのでしょうね。

余程気に入ったのか4月にもう1枚と5月には対岸からの眺めを描いています。
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一度見たかったので近くまで行きそうなバスに乗り込み、跳ね橋を目指しました。
降りたところ周りは何もなく、カラッカラッの畑ばかりが広がる平原をそこそこ歩きました。

やっとそれらしき跳ね橋が遠くからポツンと見えて来ました。

橋を渡った袂には一軒の古い農家が寂しく建っています。

この跳ね橋は復元された物だそうですが、彼が描いたアチコチの位置に立って感慨深く眺めていました。

3月から5月にかけては果樹が見事に咲き誇るので、絵描きの気持ちを沸きたたせます。
ゴッホも桃を初めアンズやリンゴ、梨にアーモンドなどの果樹園を連作のように描いています。

そして6月にはクロー平原で麦畑や収穫の風景をこれまた数多く描いています。

中でも私が好きなのは「クロー平原の収穫」と題された1枚ですが、
穏やかで長閑な田園風景が描かれています。
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時期的にも6月で最も過ごし易い季節ですし、ゴッホも穏やかな気持ちで描いているようで、
ここには彼独特の激しいタッチや強烈な色使いなどは見受けられません。

空も南仏の抜けるようなブルーではなく、くすんだエメラルド・グリーンに抑えられています。

青みを帯びた荷車が中央に置かれ、西洋画の構図としてはアレッと思ってしまうのですが、
浮世絵の奇抜な構図を意識したのでしょうか。・・・

それを中心に収穫をする人たちや家路に向かう荷車が、
そして遠景には彼らが帰るであろう農家が点在しています。

遠くにはアルピーユ山脈が描かれていますが、それほど高くない山脈は安心感すら漂い、
暖かく長閑で平穏な日常が描かれています。

私はこの絵を見ていると必ずビゼーの「アルルの女」からの「パストラール」が
頭をよぎりプロヴァンスの暖かい風を感じています。



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by Atelier-Onuki | 2019-10-22 23:58 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 4 (アルル-夜のカフェテラス) [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 9月のコラムより ]

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ゴッホのアルルでの代表作品と言えば真っ先に「ひまわり」と「夜のカフェテラス」が浮かびます。

その「夜のカフェテラス」を描いたフォーラム広場へと向かいました。

城壁を抜け暫く行くと古代闘技場の姿が堂々とした姿で見えてきます。

この先にもローマ時代に建てられた古代劇場の遺跡など観光名所を通りますが、
ゴッホはこれらの名所には、全く興味を示さず一枚も描いていません。

それは他の画家たちも観光名所を描いていないのと同様で、
どうしても「売り物の絵」的な出来栄えを避ける為でしょうね。

さて、フォーラム広場を挟んで「夜のカフェテラス」(現在は Café van Goghと改名)
の向かいに建つホテルに到着しました。
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チェックインをしていると、別の女性従業員がバタバタと帰って来て
「今さっき、カフェ ゴッホで置き引きがあって!」と半ば興奮気味に話しています。

私にも「あそこへは行かないようにね!」・・・「No~Gogh!!」と念をおしていました。

いやはや~、ゴッホの足跡を訪ねてアルルまで来ているのに、いきなり「No Gogh!」です。

気を取り直して、そのカフェ・ゴッホを繁々と眺めにでかけました。
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この建物の壁は恐らく黄色だったと思うのですが、
下半分はまるでゴッホが描いた「夜のカフェテラス」そっくりの色に塗り替えられています。
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彼は夜に描いているのでランタンの光や影を反映させた色使いをしているのですが、
黄色地に緑やオレンジなどで絵と同じタッチで描かれています。
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彼のアルルでのテーマの一つに夜の風景を描きたかったようです。

やはり尊敬をしていたミレーの「星の夜」からの影響かと思われますが、
この「夜のカフェテラス」と同じ9月に描いた「ローヌ川の星月夜」では
明らかにミレーを意識した感覚で描かれています。
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黒色を使わないで夜の表現をしようと試みていますが、屋外で描くのを基本にしていた彼は、
麦藁帽にロウソクを立てて描いていたとも言われています。

まぁあくまでも噂であって本当の事はわかりませんが、
赤毛で汚い格好をしたオランダ人が奇妙な行動をとっていたようで、
さぞかし地元の人たちにとっては怪しい人物だった事でしょう。

事実、アチコチで誤解をされたり、からかわれたりして問題を起こしています。

それでもこの変な外人にも、絵描きとしての才能を認めていた理解者たちもいたようです。


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by Atelier-Onuki | 2019-09-23 23:50 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ-3 (アルルへ)  [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 8月のコラムより ]

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パリで多くの刺激を受けたゴッホはいよいよ新しい絵画運動のユートピアを夢見てアルルへと旅立ちます。

そもそも何故アルルを選んだのか分からなかったのですが、
どうも浮世絵に大きな衝撃を受けた彼は、本当は日本へ行きたかったそうです。

唯、当時の人たちにとって日本は遥か彼方の異国でした。

ゴッホは浮世絵には影が描かれていないのに疑問を抱き、
それは太陽が真上から照っているので人物などの影が真下に来る為だと結論付けました。

そう言われて繁々と浮世絵を見直してみると、ゴッホの言う通り確かに影が描かれていません。
まぁ凄い洞察力を持っていたのでしょうね。

彼にとって日本は太陽が燦々と輝く国だと思っていたようです。

そこでパリから行ける範囲ではプロヴァンスも、確かに太陽は燦々と輝いています。

しかし彼がアルルに到着したのは2月で雪が積もっていました。

さぞかし想像していた景色とは違ったと思いますが、そこにも日本的なモチーフを見つけています。
最初に描いた「雪景色」では広重が描いた雪の「沼津」を意識しているようですし、
春に描いた「花咲く桃の木」にははっきりとした浮世絵へのオマージュが見て取れます。
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ゴッホは冬にパリからアルルに来ましたが、私は夏に反対側のマルセイユから向かいました。

途中、丘陵が広がる草原はカラッカラッに乾いて茶褐色に枯れています。
その所々にはゴツゴツとした白っぽい岩が点在していて、まるで秋吉台のようです。

生えている木々はカサカサとした松が多く、「フムフム、この景色を描こうとすると、
確かに短いタッチでゴリゴリと描くしかないなぁ~」とセザンヌの描き方を思い浮かべていました。

列車はアルルへ到着、ヨーロッパに何処にでもあるような田舎の駅です。

ローヌ川に沿って街中を目指しました。

暫くして直ぐに城門の手前のロータリーに出ますが、ここで振り返り、プ
ラタナスの広場越しに家並みを感慨深く眺めていました。

そうここにはゴッホが借りた「黄色い家」が建っていた場所です。

もうこの家は建て替えられましたが右側奥に掛かっている鉄道橋は当時のままで、
彼の描いた風景に思いを馳せていました。
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いよいよ「夜のカフェテラス」を描いたフォーラム広場を目指します。



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by Atelier-Onuki | 2019-08-20 22:17 | コラム | Trackback | Comments(0)

「ウィーン芸術週間」  (ドイツ・ニュース・ダイジェスト5月のコラムから)


「ウィーン芸術週間」  (ドイツ・ニュース・ダイジェスト5月のコラムから)_a0280569_00423866.jpg

よく「ヨーロッパで何処がお勧めですか?」と訊かれることがあるのですが、

それは何に興味があるのかで違ってくるので答えるのに苦労をします。


唯、もしその人がクラシック・ファンだったら迷わずウィーンを一押しします。


音楽の種類も多岐に渡っているので一概には言えないのですが、

オペラも含め平均値が飛びぬけて高いからです。


9月から6月までのシーズンは年間を通して演奏会やオペラが組まれていますが、

特に5月半ばから6月一杯まで催される「ウィーン芸術週間」の期間中は力の入った

演奏会に外来のオーケストラやソリストなど大物を呼ぶことが多いのです。


オペラもプレミエ(新演出)が多く組み込まれたり、

歌手や指揮者も実力のある人たちを招いてレヴェルの高い公演を催しています。


まぁここ数年は大物の指揮者やソリストが激減してきましたが、

それでもウィーン・フィルを聴くだけでも行く価値はあると思います。


彼らの定期演奏会は月に一度程度、土曜と日曜の昼間に行われます。

(この期間中はエクストラで別の日にも演奏会が組まれることも多いです。)


夜には彼ら本来の仕事であるオペラの公演があるので、自主的に始められた演奏会は昼間となりました。


そんな訳で、ウィーン・フィルを聴いたその日の夜にオペラや外来のオーケストラを楽しむことも可能なのです。


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私の体験では、11時から小澤さんとウィーンフィルの演奏会を聴いて、

夜にはムーティとフィラデルフィアの演奏会と言う贅沢な一日を過ごしたことがありました。


また極々偶に、ウィーン・フィルとベルリン・フィルという世界最高のオーケストラ2つを

同じ日に聴けるなんて夢のようなこともあり、これはウィーン以外では考えられません。


その日は午前11時からラトルでベートーヴェン・チクルスの最終日

当然ながら「第9番」の交響曲が演奏されましたが、

同日夕19時半からはアバドとベルリン・フィルによる演奏でマーラーの「7番」を聴きました


これはアバドがベルリンフィルの音楽監督として登場する最後の演奏会で、

かつて追っかけをしていたと思しき、ご婦人たちの熱気で溢れかえっていました。

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会場はムジーク・フェライン(楽友協会)とコンツェルト・ハウスが隔年で担当会場となります。


気候も一番良い季節ですし、昼間はカフェ巡り、夜、演奏会やオペラに行かない日は

グリンツィングのホイリゲで一杯傾けるのもとても気持ちの良い瞬間です。


by Atelier-Onuki | 2019-05-22 00:55 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 8  番外編 「アヌシー湖」 (ドイツ・ニュース・ダイジェスト 4月のコラムから)

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かつて4年毎にジュネーヴで大きなイヴェントがあって、準備の為に長逗留をしていました。

長い時は2ヶ月にも及んだので、週末は休もうと決めました。
そんな折、「アヌシーは良い所だよ!」との情報を得ました。

ジュネーヴからフランス側へ1時間足らずとのことなので行ってみる事にしました。

街はアヌシー湖から引かれた疏水沿いに連なり、石作りの家並みは情緒豊かでとても素敵なところでした。
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湖も水質が改善されヨーロッパ隋一の透明度だそうです。

それから何年かして私の好きな絵の一つセザンヌが描いた「アヌシー湖」を思い出しました。

「これは何処から描いているのだろうか?」と調べた処、対岸の小さな村タロワールで描いたようです。

彼は病気療養のため風光明媚で空気の良いタロワールを勧められたようで、
修道院あとに作られた“Abbaya de Talloires”というホテルに滞在しています。
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唯、ここは何もない小さな村なので、彼はそれほど気には入らず
「早くエクスへ戻りたい!」と洩らしていたようです。

描かれた場所を探すべく湖側の庭を歩いてみました。
対岸に見える浮島には確かにセザンヌが描いたシャトーが見えます。
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隣のホテルには芝が敷かれた庭があって、どうもこの位置あたりかなという場所をみつけました。
左手前には、ドンと描かれた太い木の幹もちゃんとあります。
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セザンヌの絵では、シャトーは実際に見えるよりも近くに捉えているようで、
その凛とした風景のなかに静寂と堂々とした落ち着きを与えています。

手前の水面は静かながら力強い垂直の線で映りこみや透明度を表現しています。

山々は簡素化されたタッチで遠景であることに留め、中央のシャトーは力強い線で
アクセント付けられメインの被写体である事を主張しています。
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この絵を観たくて調べた処、ありましたロンドンのコートールド美術館に・・・

ここはキングズ・カレッジ内のサマセット・ハウスの一角に美術館として併設され、
美術史や保存方法などの研究の役目もあるそうです。

それほど大きな美術館ではありませんが、所蔵作品は目を見張るような名作揃い・・

2階には印象派の画家たちが飾られ、
その奥にはセザンヌの部屋として彼だけの作品が6枚展示されています。
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by Atelier-Onuki | 2019-04-24 00:35 | コラム | Trackback | Comments(0)