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カテゴリ:コラム( 33 )

ゴッホ - 6 (サント・マリー・ドゥ・ラ・メール)

[ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 11月のコラムから ]
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ゴッホは題材を求めてアルル近郊を精力的に歩き回っていましたが、
20kmほど南へ下った、地中海に面した街サント・マリー・ドゥ・ラ・メールへも行っています。

途中、ローヌ川の河口でカマルグと言われる広大なデルタ地帯を通りますが、
ここには野生のフラミンゴや馬がたくさん生息しています。
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この馬は小振りで白馬も多く愛らしい姿です。
それに本物のカウボーイも居て牛の放牧をしています。
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水田地帯も広がり、ちょっと日本の原風景を思い起こさせますが、
何でも日本人が農法を教えたそうで、そりゃ日本の風景に似るわけですね。

さて、サント・マリー・ドゥ・ラ・メールにある教会の塔が見えてきました。

この街の名の由来は何でも、キリストが昇天した後、エルサレムを追われた3人のマリア、
すなわちマグダラのマリア、マリア・サロメ、そしてマリア・ヤコベたちを乗せた小舟が、
妙なる風に乗って一晩で漂着したのがこの街で、「海からの聖マリアたち」と言う意味を地名にしたそうです。

彼らはこの地で布教を始めるのですが、その内のサラと言うエジプト人の従者が、
不治の病に苦しんでいたシンティ・ロマの子供を癒したことから、守護神として崇められるようになったそうです。

この地にはシンティ・ロマがたくさん住んでいたそうで、サラの命日には大きな祭りが催されます。

またサラの肌が黒かったことから、この教会の地下には黒いマリア像が祭られておりアルジェリア辺りからも大勢参拝するようになったそうです。
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このアルジェリアから大勢やってくるスアブ族の噂をゴッホも聞きつけていたようで、
そのユニークな衣裳を纏ったスアブ人の肖像を描いています。
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未だ、それほど知り合いもなく、モデルになってくれる人が居なかったゴッホにとっては
珍しくもあり、貴重な存在だったようです。

風景画もたくさん描いています。

畑を通した遠景の街並みや、初めて見る明るい海に感銘を受け、
明るく伸びやかでキラキラとした海の風景を描いています。

遠くに浮かぶカラフルな漁船も波に揺られる躍動感に溢れています。
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その内の1枚は浜辺に上げられている漁船を描いていますが、
ここでもマストの角度はリズミカルでいかにも心地よさそうです。
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これは高校生のころ買ったゴッホの画集の表紙に使われていて、
観る度に懐かしく当時のころを思い浮かべています。



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by Atelier-Onuki | 2019-11-18 20:44 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 5 (跳ね橋とクロー平原) [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 10月のコラムから ] 

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アルルでのゴッホは絵の題材を求めて精力的に歩き回っています。

到着した2月には雪景色を2枚も描き上げていますし、
翌3月には街から1km以上も南に下がったラングロア運河に掛かる
「アルルの跳ね橋」を見つけ、2枚も描いています。
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跳ね橋はフランスでは数少ないのですが、故郷オランダでは典型的な橋なので郷愁を感じたのでしょうね。

余程気に入ったのか4月にもう1枚と5月には対岸からの眺めを描いています。
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一度見たかったので近くまで行きそうなバスに乗り込み、跳ね橋を目指しました。
降りたところ周りは何もなく、カラッカラッの畑ばかりが広がる平原をそこそこ歩きました。

やっとそれらしき跳ね橋が遠くからポツンと見えて来ました。

橋を渡った袂には一軒の古い農家が寂しく建っています。

この跳ね橋は復元された物だそうですが、彼が描いたアチコチの位置に立って感慨深く眺めていました。

3月から5月にかけては果樹が見事に咲き誇るので、絵描きの気持ちを沸きたたせます。
ゴッホも桃を初めアンズやリンゴ、梨にアーモンドなどの果樹園を連作のように描いています。

そして6月にはクロー平原で麦畑や収穫の風景をこれまた数多く描いています。

中でも私が好きなのは「クロー平原の収穫」と題された1枚ですが、
穏やかで長閑な田園風景が描かれています。
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時期的にも6月で最も過ごし易い季節ですし、ゴッホも穏やかな気持ちで描いているようで、
ここには彼独特の激しいタッチや強烈な色使いなどは見受けられません。

空も南仏の抜けるようなブルーではなく、くすんだエメラルド・グリーンに抑えられています。

青みを帯びた荷車が中央に置かれ、西洋画の構図としてはアレッと思ってしまうのですが、
浮世絵の奇抜な構図を意識したのでしょうか。・・・

それを中心に収穫をする人たちや家路に向かう荷車が、
そして遠景には彼らが帰るであろう農家が点在しています。

遠くにはアルピーユ山脈が描かれていますが、それほど高くない山脈は安心感すら漂い、
暖かく長閑で平穏な日常が描かれています。

私はこの絵を見ていると必ずビゼーの「アルルの女」からの「パストラール」が
頭をよぎりプロヴァンスの暖かい風を感じています。



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by Atelier-Onuki | 2019-10-22 23:58 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ - 4 (アルル-夜のカフェテラス) [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 9月のコラムより ]

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ゴッホのアルルでの代表作品と言えば真っ先に「ひまわり」と「夜のカフェテラス」が浮かびます。

その「夜のカフェテラス」を描いたフォーラム広場へと向かいました。

城壁を抜け暫く行くと古代闘技場の姿が堂々とした姿で見えてきます。

この先にもローマ時代に建てられた古代劇場の遺跡など観光名所を通りますが、
ゴッホはこれらの名所には、全く興味を示さず一枚も描いていません。

それは他の画家たちも観光名所を描いていないのと同様で、
どうしても「売り物の絵」的な出来栄えを避ける為でしょうね。

さて、フォーラム広場を挟んで「夜のカフェテラス」(現在は Café van Goghと改名)
の向かいに建つホテルに到着しました。
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チェックインをしていると、別の女性従業員がバタバタと帰って来て
「今さっき、カフェ ゴッホで置き引きがあって!」と半ば興奮気味に話しています。

私にも「あそこへは行かないようにね!」・・・「No~Gogh!!」と念をおしていました。

いやはや~、ゴッホの足跡を訪ねてアルルまで来ているのに、いきなり「No Gogh!」です。

気を取り直して、そのカフェ・ゴッホを繁々と眺めにでかけました。
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この建物の壁は恐らく黄色だったと思うのですが、
下半分はまるでゴッホが描いた「夜のカフェテラス」そっくりの色に塗り替えられています。
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彼は夜に描いているのでランタンの光や影を反映させた色使いをしているのですが、
黄色地に緑やオレンジなどで絵と同じタッチで描かれています。
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彼のアルルでのテーマの一つに夜の風景を描きたかったようです。

やはり尊敬をしていたミレーの「星の夜」からの影響かと思われますが、
この「夜のカフェテラス」と同じ9月に描いた「ローヌ川の星月夜」では
明らかにミレーを意識した感覚で描かれています。
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黒色を使わないで夜の表現をしようと試みていますが、屋外で描くのを基本にしていた彼は、
麦藁帽にロウソクを立てて描いていたとも言われています。

まぁあくまでも噂であって本当の事はわかりませんが、
赤毛で汚い格好をしたオランダ人が奇妙な行動をとっていたようで、
さぞかし地元の人たちにとっては怪しい人物だった事でしょう。

事実、アチコチで誤解をされたり、からかわれたりして問題を起こしています。

それでもこの変な外人にも、絵描きとしての才能を認めていた理解者たちもいたようです。


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by Atelier-Onuki | 2019-09-23 23:50 | コラム | Trackback | Comments(0)

ゴッホ-3 (アルルへ)  [ ドイツ・ニュース・ダイジェスト 8月のコラムより ]

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パリで多くの刺激を受けたゴッホはいよいよ新しい絵画運動のユートピアを夢見てアルルへと旅立ちます。

そもそも何故アルルを選んだのか分からなかったのですが、
どうも浮世絵に大きな衝撃を受けた彼は、本当は日本へ行きたかったそうです。

唯、当時の人たちにとって日本は遥か彼方の異国でした。

ゴッホは浮世絵には影が描かれていないのに疑問を抱き、
それは太陽が真上から照っているので人物などの影が真下に来る為だと結論付けました。

そう言われて繁々と浮世絵を見直してみると、ゴッホの言う通り確かに影が描かれていません。
まぁ凄い洞察力を持っていたのでしょうね。

彼にとって日本は太陽が燦々と輝く国だと思っていたようです。

そこでパリから行ける範囲ではプロヴァンスも、確かに太陽は燦々と輝いています。

しかし彼がアルルに到着したのは2月で雪が積もっていました。

さぞかし想像していた景色とは違ったと思いますが、そこにも日本的なモチーフを見つけています。
最初に描いた「雪景色」では広重が描いた雪の「沼津」を意識しているようですし、
春に描いた「花咲く桃の木」にははっきりとした浮世絵へのオマージュが見て取れます。
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ゴッホは冬にパリからアルルに来ましたが、私は夏に反対側のマルセイユから向かいました。

途中、丘陵が広がる草原はカラッカラッに乾いて茶褐色に枯れています。
その所々にはゴツゴツとした白っぽい岩が点在していて、まるで秋吉台のようです。

生えている木々はカサカサとした松が多く、「フムフム、この景色を描こうとすると、
確かに短いタッチでゴリゴリと描くしかないなぁ~」とセザンヌの描き方を思い浮かべていました。

列車はアルルへ到着、ヨーロッパに何処にでもあるような田舎の駅です。

ローヌ川に沿って街中を目指しました。

暫くして直ぐに城門の手前のロータリーに出ますが、ここで振り返り、プ
ラタナスの広場越しに家並みを感慨深く眺めていました。

そうここにはゴッホが借りた「黄色い家」が建っていた場所です。

もうこの家は建て替えられましたが右側奥に掛かっている鉄道橋は当時のままで、
彼の描いた風景に思いを馳せていました。
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いよいよ「夜のカフェテラス」を描いたフォーラム広場を目指します。



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by Atelier-Onuki | 2019-08-20 22:17 | コラム | Trackback | Comments(0)

「ウィーン芸術週間」  (ドイツ・ニュース・ダイジェスト5月のコラムから)


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よく「ヨーロッパで何処がお勧めですか?」と訊かれることがあるのですが、

それは何に興味があるのかで違ってくるので答えるのに苦労をします。


唯、もしその人がクラシック・ファンだったら迷わずウィーンを一押しします。


音楽の種類も多岐に渡っているので一概には言えないのですが、

オペラも含め平均値が飛びぬけて高いからです。


9月から6月までのシーズンは年間を通して演奏会やオペラが組まれていますが、

特に5月半ばから6月一杯まで催される「ウィーン芸術週間」の期間中は力の入った

演奏会に外来のオーケストラやソリストなど大物を呼ぶことが多いのです。


オペラもプレミエ(新演出)が多く組み込まれたり、

歌手や指揮者も実力のある人たちを招いてレヴェルの高い公演を催しています。


まぁここ数年は大物の指揮者やソリストが激減してきましたが、

それでもウィーン・フィルを聴くだけでも行く価値はあると思います。


彼らの定期演奏会は月に一度程度、土曜と日曜の昼間に行われます。

(この期間中はエクストラで別の日にも演奏会が組まれることも多いです。)


夜には彼ら本来の仕事であるオペラの公演があるので、自主的に始められた演奏会は昼間となりました。


そんな訳で、ウィーン・フィルを聴いたその日の夜にオペラや外来のオーケストラを楽しむことも可能なのです。


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私の体験では、11時から小澤さんとウィーンフィルの演奏会を聴いて、

夜にはムーティとフィラデルフィアの演奏会と言う贅沢な一日を過ごしたことがありました。


また極々偶に、ウィーン・フィルとベルリン・フィルという世界最高のオーケストラ2つを

同じ日に聴けるなんて夢のようなこともあり、これはウィーン以外では考えられません。


その日は午前11時からラトルでベートーヴェン・チクルスの最終日

当然ながら「第9番」の交響曲が演奏されましたが、

同日夕19時半からはアバドとベルリン・フィルによる演奏でマーラーの「7番」を聴きました


これはアバドがベルリンフィルの音楽監督として登場する最後の演奏会で、

かつて追っかけをしていたと思しき、ご婦人たちの熱気で溢れかえっていました。

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会場はムジーク・フェライン(楽友協会)とコンツェルト・ハウスが隔年で担当会場となります。


気候も一番良い季節ですし、昼間はカフェ巡り、夜、演奏会やオペラに行かない日は

グリンツィングのホイリゲで一杯傾けるのもとても気持ちの良い瞬間です。


by Atelier-Onuki | 2019-05-22 00:55 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 8  番外編 「アヌシー湖」 (ドイツ・ニュース・ダイジェスト 4月のコラムから)

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かつて4年毎にジュネーヴで大きなイヴェントがあって、準備の為に長逗留をしていました。

長い時は2ヶ月にも及んだので、週末は休もうと決めました。
そんな折、「アヌシーは良い所だよ!」との情報を得ました。

ジュネーヴからフランス側へ1時間足らずとのことなので行ってみる事にしました。

街はアヌシー湖から引かれた疏水沿いに連なり、石作りの家並みは情緒豊かでとても素敵なところでした。
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湖も水質が改善されヨーロッパ隋一の透明度だそうです。

それから何年かして私の好きな絵の一つセザンヌが描いた「アヌシー湖」を思い出しました。

「これは何処から描いているのだろうか?」と調べた処、対岸の小さな村タロワールで描いたようです。

彼は病気療養のため風光明媚で空気の良いタロワールを勧められたようで、
修道院あとに作られた“Abbaya de Talloires”というホテルに滞在しています。
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唯、ここは何もない小さな村なので、彼はそれほど気には入らず
「早くエクスへ戻りたい!」と洩らしていたようです。

描かれた場所を探すべく湖側の庭を歩いてみました。
対岸に見える浮島には確かにセザンヌが描いたシャトーが見えます。
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隣のホテルには芝が敷かれた庭があって、どうもこの位置あたりかなという場所をみつけました。
左手前には、ドンと描かれた太い木の幹もちゃんとあります。
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セザンヌの絵では、シャトーは実際に見えるよりも近くに捉えているようで、
その凛とした風景のなかに静寂と堂々とした落ち着きを与えています。

手前の水面は静かながら力強い垂直の線で映りこみや透明度を表現しています。

山々は簡素化されたタッチで遠景であることに留め、中央のシャトーは力強い線で
アクセント付けられメインの被写体である事を主張しています。
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この絵を観たくて調べた処、ありましたロンドンのコートールド美術館に・・・

ここはキングズ・カレッジ内のサマセット・ハウスの一角に美術館として併設され、
美術史や保存方法などの研究の役目もあるそうです。

それほど大きな美術館ではありませんが、所蔵作品は目を見張るような名作揃い・・

2階には印象派の画家たちが飾られ、
その奥にはセザンヌの部屋として彼だけの作品が6枚展示されています。
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by Atelier-Onuki | 2019-04-24 00:35 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 7  ビベミュスの「石切り場」 (ドイツ・ニュース・ダイジェスト 3月のコラムより)

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セザンヌの画風は晩年になるに従って、より知的で論理的な画法の傾向が強まってきます。

目の前のモチーフを感じるままに描くのではなく、
純粋に形と色の世界を彼流に組み立てなおし構築していきます。

山や木々、人や静物など自然の形状も幾何学的な形に構成し円、球、円錐に分析し
そして、正三角形には不動の安定感を見出していました。

この時期の彼の作品を観るとき、描かれているモチーフの輪郭線を外し、
すこし目を細めて純粋に形と色の作品として観賞してみると、
それは実に絶妙なバランスで構成されています。

この頃から影も描かず無視し始めているようです。

そんな彼が晩年好んで出かけたのはビベミュスの「石切り場」でした。
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ここはセザンヌが生れる前に起こった建設ブームの時に掘り出されたそうで、
彼は若い頃からゾラたちと訪れ興味を抱いていたようです。
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小高い山はかなり深く掘り下げられ、まるで迷路のような谷になっています。
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ほぼ垂直に掘られた岩肌は明るい茶褐色で
「これこれ・・・セザンヌが描いていた色と同じだ !」と俄かに気持ちが高ぶって行きます。
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所々、通り抜けられるようにトンネル状の岩もありますが、これが正三角形の形をしていて
「ここでも構図のインスピレーションを受けたのだろうな~」と感慨に耽っていました。
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彼が描いた場所には絵のコピーが取り付けられていて、興味深く観賞できます。

ちょっと広くなった高台では数枚描いて、その一枚には岸壁の向こうにサント・ヴィクトワール山が
描かれていますが、この位置からは見えません。
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恐らく別の場所から見えるヴィクトワール山を合成しているようで、
画面を構成するという意識がしっかりと見て取れます。
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彼は石切り場内にポツンと建つ古い家をアトリエとして借りていたそうです。
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ここに数日間滞在し制作をしていたようですが、街からはかなり遠いので
60歳を過ぎているにも関わらず軍隊で乗馬の手ほどきを受け通っていたそうです。
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なんの変哲もない石切り場だと、それほど期待をしないで行ったのですが、
イヤイヤとても興味深い所でした。

ここへは観光案内所で申し込み、町外れの駐車場で指定された時間に集合し
ガイドさんと一緒でないと入山することが出来ません。
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by Atelier-Onuki | 2019-03-16 21:42 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 6  ローヴのアトリエ (2月のコラムより)

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セザンヌはその知的な画風で印象派からポスト印象派の時代にかけ、
押しも押されぬ最高峰の画家として知られ、
ピカソを初め後世の画家たちに与えた影響は絶大なものでした。

ところが、生前は先進性が強かったせいか意外な事に余り絵は売れていませんでした。

資産家だった父親からの仕送りに支えられ、内縁の妻と母親は折り合い悪く、
家を点々とせざるを得ないような苦労を強いられていました。

そんな彼も、父親が他界し母親も亡くなった47歳の時に、
別荘だったジャス・ド・ブッファンが売却され膨大な遺産を相続します。

やっと経済的に余裕ができた彼は街の北側ローヴの丘への途中に念願のアトリエを構えます。

この土地も父親の所有だったそうで、広大な敷地に彼自らが設計をして建てられました。

さあいよいよ彼のアトリエ詣でです。

街から歩くのは上り坂だし、ちょっと遠かったので5番のバスに乗って向かいました。
停留所名はセザンヌと至って簡単です。
下車をして町のほうへと下るのですが、通り名も "アヴェニュー・ポール・セザンヌ" と誘ってくれます。

石塀に沿うようにそのアトリエは建っていました。
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中へと入ると、そこにはいたるところに絵の中に登場するモチーフの数々が置かれています。

それらは全て彼が描いたオリジナルだそうで、俄かに気持ちが高ぶってきます。
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タンスや机などの調度品を初め、生姜壺やリンゴが入った籠などが所狭しと置かれていて、
まるで彼の静物画の世界に迷い込んだような錯覚に陥ります。
壁に掛けられているマントや鞄なども実際彼が着用した物で、彼の温もりすら感じられます。
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北側の壁には巾が30cmほどで、壁一杯の高さの長細いドアが取り付けられていますが、
これは大作「水浴」のキャンバスを出し入れする為に取り付けられたそうです。
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このアトリエから彼は足繁くレ・ローヴの丘にあるテラン・デ・パントルと言われている展望台へと通い、
サント・ヴィクトワール山を何枚も描いています。
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さて、私もそのテラスへと向かう事にしました。
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by Atelier-Onuki | 2019-03-01 00:39 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 5  ジャス・ド・ブッファン (ドイツ・ニュース・ダイジェスト1月のコラムより)

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セザンヌお父さん(ルイ・オーギュスト)はエクス・アン・プロヴァンスの中心地
ミラボー通りに帽子の製造販売店を構えていました。

頑固で勤勉な性格でしたが、商才もあったようで、とうとう地元の銀行を買収できるまでの財力をつけます。

銀行業でも順調に発展していったようで、この頃エクスの中心部から800mほど西へ行った所に建つ
ジャス・ド・ブッファンという館を別荘として購入します。

銀行を継がせたい父の思いとは裏腹にセザンヌはゾラの影響もあり、
画家になるとの憧れを強く持ち出した頃でもありました。

彼の最初の作品はこの館のホール壁面に描かれた「春夏秋冬」と題された4枚の壁画でした。
(これは現在、パリのプティ・パレに展示されています。)
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そんな中、この厳格な父親の肖像画も2枚描いていますが、その2枚目では、
大きな背もたれの肘掛け椅子に座り、気難しい顔をして新聞を読んでいる姿が描かれています。

これには画家になることに猛反対をしている父親に対する皮肉や希望が込められています。

背景の壁には自分が描いた静物画が掛けられ、
彼が読んでいるのはゾラが論文を投稿していた「レヴェンヌマン」という新聞で、
当時はとても革新的な論調で、保守的な父親は絶対に読まない内容のものでした。
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ツーリスト・インフォで予約を取り、待ち合わせの時間にジャス・ド・ブッファンへ向かいました。

セザンヌはこの館を何枚も描いていて、一度は行ってみたいなと思っていたので気持ちは高ぶってきます。
門は開放されていて館までの庭を予定の時間まで散策していました。
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それにしても広い・・・入り口から館まで並木道になっていますが、100mほどあるでしょうか・・・

やっとガイドさんが到着し、館の中を案内してくれました。

さすがに古い建物なので2階へは行く事が出来ず、近々改装をするそうですが、往時を偲びながら眺めていました。

裏庭へも通されましたが、これが又広く何処まで続くのやら・・・
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ここでもレンガ作りの池をはじめ何枚も描いています。
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このジャス・ド・ブッファンという名前は昔隣にあった羊小屋に由来した
“ブッファンの羊小屋”という意味の古いフランス語だそうです。


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by Atelier-Onuki | 2019-01-23 00:10 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 4 サント・ヴィクトワール山への道 (12月のコラムより)

今月は21日から日本へ出発しますので、発刊日よりも早くフライングをして掲載いたします。

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セザンヌといえば真っ先に「サント・ヴィクトワール山」を思い浮かべます。

油絵を44枚、水彩画で43枚描いたと言われていますが、
一つのモチーフをこれだけ愛着を持って何枚も描き続けたのは驚異としかいえません。
(他にはモネの睡蓮がある位でしょうか?)

山は画家にとっては中々難しい題材で、技術的な問題というよりも、
絵葉書のように描くのではなく如何に芸術性の高みまで描けるかにかかっています。

同じ様に有名な山として富士山を思い浮かべますが、この山にも愛着を注ぎ挑んだ画家達がいます。

一人目の「富岳三十六景」で有名な葛飾北斎を初め、
日本画の大御所、横山大観は神秘性を通じ崇高な域にまで達しています。
それに日本画に絶妙なモダニズムを持ち込んだ片岡珠子さんなどは、芸術としての風格と格調を与えています。

セザンヌの頭の中には恐らく北斎の影響もあったかと思われますが、
それは富士山もサント・ヴィクトワール山も、山の稜線が長く広々とした裾野が広がっていて似ているといえば似ています。

そんなセザンヌ・ファン憧れのサント・ヴィクトワール山と出会うため、
彼の絵の中にも登場するシャトー・ノワールを目指しました。

交通手段がないので徒歩で向かいましたが、
地図で確かめると街から3kmほどの所にシャトー・ノワールが見付かりました。 

道も“Route Cézanne ”(セザンヌ道路)とあり、
「この道をセザンヌも歩いて通ったのだ!」と益々気持ちが高まっていきました。

街を出てセザンヌ道路へと入ると、松林や糸杉が点在するプロヴァンスらしい乾燥した田舎の景色が広がりました。

唯、このセザンヌ道路は幹線道路なのか頻繁に車が走っています。

道幅は4m程と狭く両端から50cm位の所に申し訳程度の線が敷かれて歩道と認識はできるのですが、
中央線も敷かれていないので車が交差する時には歩道まではみ出してきます。

トラックなど走ってくると脇の雑草が生えている所まで逃げながらの危険歩行です。 

もうシャトー・ノワールまでは諦めて小高い所に見えた館への脇道へ逃れました。

やっと庭先まで登り目を上げると、オット・・目の前にあのサント・ヴィクトワール山が堂々と横たわっています。・・・ 
これだ!正に絵で見たことのある風景で、まるでセザンヌの絵の中に紛れ込んだような錯覚にとらわれます。
やっと出会えた憧れの風景に暫し時を忘れて見入っていました。

帰り道、街に入る手前の石塀からサクランボの枝が飛び出しています。

ヒョイとジャンプして一粒手折りホオバリましたが、その瑞々しい果汁は乾いた喉を甘く潤してくれました。





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by Atelier-Onuki | 2018-12-19 00:17 | コラム | Trackback | Comments(0)