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秋とブラームス

この処は気持ちの良い秋晴れが続いています。
木々もボチボチと色づき始め紅葉のシーズンを迎えようとしています。
「こんな季節はやっぱりブラームスの音楽が良く似合う。」と、何度も同じ事を繰り返して云っているのですが、これほど秋に相応しい音楽が他にあるでしょうか。・・・
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若かった頃は体力もあったせいかポピュラーな「ハンガリー舞曲」とか「交響曲1番」などちょっと重厚で迫力のある曲を好んで聴いていました。

家にあった古いファン・ベイヌムがコンセルトヘボウを振ったデッカのモノラル盤を繰り返し良く聴いたものでした。
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これはデッカが開発した潜水艦のソナー技術を駆使した「ffrr」と銘打った録音が当時としては群を抜いて素晴らしく、
演奏も芯がしっかりしながらモダンな表現でこの時代とは思えないような男性的でスッキリとした演奏でした。
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最初に聴いたレコードがこれだったので、以来コンセルトヘボウと云えばブラームスを真っ先に思い浮かぶほど印象深いものでした。
事実このオーケストラ独特のちょっとベールを被ったような音で、くすんだ燻銀の輝きはブラームスにピッタリの響きでした。

14・5年前だったかジュリーニとの共演でこの曲を聴きましたが、あの四楽章で弦のトレモロに乗っかってホルンが最初のテーマを萌えいずるように吹く所は、
このホール奥にあるパイプオルガンあたりに霧が立ち込めその中からホルンがメラメラと浮き上がってくるように見えたような気がしました。
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さて60年代後半にはあの有名なミュンシュとパリ管のデビュー第二段のレコードが発売され、こればすっかり気に入って良く聴いていました。
ミュンシュはこの曲を大阪でのライブを聴いた事もあり、その熱い演奏は忘れがたい思い出で、このレコードも一方ならぬ思い入れで聴いていました。
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これとは全く違う演奏スタイルながらシューリヒトが南西ドイツ放送管を振ったコンサート・ホール・ソサエティ盤の「3番」もお気に入りでした。
何の愛想もなくサラサラとした演奏ですが、ヨクヨク聴くと中々味わいがあって田舎オーケストラの素朴な響きがこの曲に良くマッチしていました。
あの三楽章で出てくるホルンのソロの所が好きで良く聴いたものでした。
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その後も交響曲や協奏曲を長年好んで聴いてきましたが、段々と歳と共に食べ物の好みが変わって行くように、
音楽も静かで落ち着きのある室内楽やピアノ曲を好むようになってきました。

「お茶漬けを食べているような民族にはブラームスは弾けませんよっ~」とあの日本を代表するピアニストだった園田高弘さんも何処かで言っておられました。

ピアノ曲では「パガニーニの変奏曲」のようにブラームスらしくない派手目ではなく、晩年に昔を思い出すように作曲した「間奏曲」などを好んで聴いています。
これはグールドの録音が普段の彼らしくないスタッカートを抑えたシミジミとした演奏で何度聴いても飽きない味わいがあって好きです。
それにグールドと云うと・・・カナダ・・・紅葉した楓の風景・・・と想像も膨らんで行きます。
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室内楽では何時ぞや秋のルツェルンでプレヴィン・トリオの演奏でピアノ三重奏の1番を聴いた事があったのですが、
二楽章でのあの甘く切ないヴァイオリンのメロディには目に熱いものを感じて止まりませんでした。
この頃はまだ再婚前のプレヴィンとムターが仲睦まじく演奏していましたが、チェロのハレルがちょっと仲間はずれ的で気の毒でした。
唯、意外と短い間に離婚をしてしまったので、この組み合わせによる録音が行われなかったのが残念です。
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それと演奏会での強烈な印象は、やはり晩秋のウィーンで初めて行った演奏会でのツィマーマンとバーンスタインのピアノ協奏曲1番でした。
この事は前にも書いたのですが、あの最初オーケストラが大音量でガリガリ弾く所はムジークフェラインのホールが揺れているほどで、それは度肝を抜かれました。
その堂々としたオーケストラに対して未だ若くて見た目は弱々しい感じのツィマーマンが静かに落ち着き払って静かに弾き出しました。
研ぎ澄まされピアノの音は芯がしっかりとしてキラキラと輝いていました。
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後日に分かったのですが、この時に使用したピアノは会場の備え付けの物で、本来ならば彼のピアノを弾く予定だったのですが輸送中の事故で間に合わなかったそうです。
彼はこの事に関して何処かで語っていて、この時録音されたライブ盤も気に入っていないそうです。
まぁ私にはそこまで分からない素晴らしい演奏でしたが。・・・

この時の印象が余りに強かったので彼が近場でこの曲を弾く時は暫く追っかけたことがありましたが、その止めがラトルと組んだベルリンでの演奏会でした。

ブラームスと云えばかつては低音が良く響く重厚な演奏が主流でしたが、ここではスッキリとしたスタイリッシュな表現ながらキリッと引き締まったクリスタルな響きで
芯がしっかりとした凛々しい演奏です。
この演奏会の直後行われた録音もとても良い音で、今はこれを一番気に入って聴いています。
出来たら2番の方もラトルと録音をしてもらいたいものです。
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それとブラームスの演奏でもう一人面白いピアニストはグリモーでしょうか。
彼女はフランス人なのにドビュシーとかラヴェルといったフランス物には余り興味がないそうで、むしろドイツ物を多く取り上げ、中でもブラームスは昔から熱心に演奏しています。
あの男勝りで有名なアルゲリッヒですらこの曲は避けていますのに、グリモーは飄々として弾いています。
泥臭いドイツ風味など一点もない軽やかで暖かいフランスの風がフワッ~と吹いているようで、
その今までなかったブラームスの表現は心地よく「これはこれでありだなぁ~」と納得してしまいます。
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最近新しく二度目の録音も出たようですが、ちょっと聴いてみたくなります。
実は1番の方はこの録音時の演奏会も聴いたのですが、
伴奏のネルソンスが余り面白くないかも知れません。・・・

まぁ今日の処はまたツィマーマンとラトルで熱燗でも一杯やりながらじっくりと聴こうかな。・・・
ブラームスに熱燗・・・これが意外とよく似合うのですね。・・・




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by Atelier-Onuki | 2013-09-27 00:26 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

秋のビア・ガーデン

今日もお天気が余りにも清々しいので 「よし、お昼は川原でサンドイッチでも食べよッ~!」っと思いつきました。
ハムやチーズなど挟めそうな具材を適当に放り込んで、近くのパン屋で2・3個仕入れて河原へと向かいました。

残念ながらミュンヘンには美味しいパン屋が少ないのですが、このパン屋はバウアー・ゼンメル(農家の丸パン?)なるものが
モチモチしていて中々気に入っています。
それにクロワッサンのサンドイッチも大好きなのでこれもゲットしました。

このクロワッサン、本当は中央駅構内にあるDoréeと云うフランスのパン屋がピカイチに美味しいのですが、
駅まで行くのは面倒なのでここのもので我慢です。

最初はウィーンで「トルコとの戦勝記念に作られた。」と云われる三日月型をしたパン(キプフェアル)は、
マリー・アントワネットと共にフランスに広まり今日のクロワッサン(croissant de luneで三日月となるそうです)に発展したそうですが、
どうしてフランスでは他国の物とは比べ物にならないほど美味しいのでしょうか。
恐らく使っている小麦粉やバターそれに作り方まで違うのかしら。・・・

さてバスを降りダラダラと坂道を下っていくと、最初にHinterbrühlにある大きなビア・ガーデンに出くわします。
屋外の席には、もうパラパラと昼食を取っている人達がいるので、「そうだここで食べよう!」と思いつきました。
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川原はゴツゴツとした石しかありませんし、ここだとテーブルもありセルフ・サービスのエリアだと飲み物さえ注文すれば持ち込みが自由です。
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小さいビール、と言ってもこの街では500mlもありますが、サラダと一緒に頼みました。
ちょっと離れたところにある東屋にも年配のグループがやはり食べ物を持ち込んで気持ち良さそうに食事を取っています。
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我が自家製サンドイッチも美味しく、昼間に飲むビールはもうほろ酔い気分です。

食後は近くの池までブラブラ歩き、日向のベンチに座ると池端の木々は少し色づき始めています。
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こんな時はやっぱりブラームスが恋しくなります。
Iphoneを取り出して、ピアノ協奏曲1番の二楽章から聴きはじめました。
ポカポカ陽気に酔いも回ってきてもうウットリ気分、時の経つのを忘れて聴き入っていました。


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by Atelier-Onuki | 2013-09-23 21:56 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

オクトーバーフェスト

ミュンヘンに住んでいると人から良く「そりゃオクトーバー・フェストがあってよろしいねぇ。」とか
「今度オクトーバーフェストの時、遊びに行きます。」とか言われます。
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まぁ有名な行事なので仕方がないのですが、私はどちらかと云うと毎年このシーズンが来ると憂鬱な気分になります。
何故かと言うとこの期間中は650万人と言う人が訪れますから街中の人口が一気に増え何処へ行っても人で溢れています。
朝の通勤電車から既に混んでいるし、帰りのラッシュ時はもっと酷い状態です。
それにもう朝から酔っ払っているような連中もいたりして、大抵これらのグループは元気なので大声で騒いでいます。

まぁ若かったらこんなドンちゃん騒ぎの飲み方もタマには面白いのかも知れませんし、
いや実際若かった頃は馬鹿騒ぎをして飲んでいたこともありました。

それでもルートヴィッヒとテレーズの結婚を祝うため始まったこのお祭りは200年以上の歴史があり
花嫁の名前を冠したテレージアン・ヴィーゼと云う広大な緑地で開催されます。
大きなテントと云っても結構ちゃんと外装も内飾も飾りつけられた建物がビア・ホールとして何件も建ち並びます。
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その周辺には無数の屋台が出ていますし、移動式の遊園地も本格的な乗り物やお化け屋敷などありとあらゆる種類の出し物が勢ぞろいしています。
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この開催期間はミュンヘンで統計的に一番お天気が良い時が選ばれているそうですが、
今日も不思議と先週までの天気とは打って変わってスカッとした秋晴れになりました。
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バイエルンの州旗に使われている格子のブルーはその空の色だそうで、ここは晴れると本当に綺麗な少し深めの青に染まります。

余りに良い陽気なので午後からちょっと覗いて見ることにしました。

もう向かう地下鉄から混雑していて、あのバイエルンの民族衣装である男はレザー・ホーゼと云われる革の半ズボン、
女性はディアンドルと云われる胸元が大きく空いたドレスにエプロン姿の人たちが大勢乗っています。
この格好をしていたら何処へ行くのかは一目瞭然で、皆さん既にちょっと気合が入っている感じです。
会場も未だ日中にも関わらずもう大勢の人達で賑わっています。
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老若男女に関わらずこの民族衣装を着ている人達が多いこと。・・・
それは日本の縁日での浴衣姿どころではありません。
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どこもかしこも人が大勢集まっているのですが、ビア・ホールは特に一杯で無数の人たちが入口で順番待ちをしています。
こりゃ予約をしておかないと中々席にありつかないでしょう。

それでも周りの景色を含めちょっとレトロな感じは時代が少し遡ったような気分になってそれなりに楽しめました。

これから夕方にかけて益々人が増えて行くので、この辺にして今日は家で静かに一杯やる積もりです。


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by Atelier-Onuki | 2013-09-22 18:18 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

作曲家の名前は

最初ドイツにやって来たのはアーヘンにあるディスプレイ会社での就職が決まったからでした。
もう30年も前のことでアーヘンという地名も知らなかったのですが、
いざ行ってみると小さいながら中々落ち着いた雰囲気の良い街でローマ時代から栄えていたそうです。
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街の中心には温泉が出るのでローマ時代からの浴場がまだ現役で続いていますし、
何といっても街の象徴の様に建っている大聖堂は北ヨーロッパ最古だそうで、そのドーム天井などはグニャと歪んでいて歴史の長さを伺わせます。
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ロマネスク様式の内装は純金のモザイクが施され格式の高さを感じさせます。
歴代の皇帝がここで戴冠式を行って来たそうですが、中でもカール大帝の戴冠式が有名です。
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ギリシャ様式の白いファサードをもつ歌劇場も小ぶりながら趣がありますし、
あのカラヤンも音楽監督を務めていたので、それは誇らしげに胸像がロビーに飾られています。
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まぁ街の案内はこれくらいにして、先ず会社に入って嬉しかったのは作曲家と同名の社員が何人も居たことでした。
先ず受付嬢がワグナーさん、営業にはウェーバーさん、それに管理部にはシューベルトさん、
オマケに社長のファーストネームがクラウスさん(指揮者ですが)と音楽ファンにはたまらない巨匠の名前が一同に会しています。
更にデザイナーにはベルギー人で画家と同名のファン・ダイク君までいました。

余りに嬉しいのである時「この会社にはこんなに多くの作曲家と同名の人がいて嬉しいよ。」と同僚たちに話した処、
皆「何処が面白いの?」とばかりキョトッとした顔をしています。
「エッ~何で??」とその場は何の反応もなく終ったのですが、後から逆の立場で良く良く考えてみると何となく納得ができました。
例えば日本にいる歌舞伎ファンの外人が「ここには市川さんや中村さんそれに片岡さんに坂東さんまでいて嬉しい。」
と云われてもやはりキョトンとしてしまいます。

まぁ珍しい名前ならともかく先ほど出てきた人達は比較的多く存在します。

逆に今まで出会った事がないのが、バッハ、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、ブラームス辺りでしょうか。
何とかバッハさんと前に色々付いている人は大勢いるのですが、バッハ(小川さん)のみの人には出会ったことがありません。

ベートーヴェンもこんなに有名なのに一人も居ませんでした。
この語尾のヴェン(フェンの方が自然)はフラマン人独特で、知り合いでデンホーフェンとかファーホーフェンなんて人もいましたが、
やはり先祖の出身地はフランドルだと云っていました。
それにオランダ人のゴッホもそうですが苗字の前に付く van もフラマン独特で,
ドイツにおける von 何とか家と云う貴族の証とは残念ながら違うもので平民です。
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ドイツ系の名前には意味がはっきり分かる名前もあれば意味を持たない名前まで様々ですが、
作曲家で意味が分かる何人かを書いてみますと。

先ほどのバッハ「小川さん」初め、ウェーバーは「糸紡ぎ」、シュトラウスは「束さん」、
ズッペは「スープさん」、シュッツは「保護さん」、ベルクは「山さん」にシェーンベルクとなると「美山さん」ですね。
その他ちょっと違うだけだと、Gluckはuにウムラルトと云うドイツ語独特の点々が上に付くと「幸運さん」、
逆にウムラルトがなかったらHändelは「商人」となるしMahlerのhを取ると絵描き、ペンキ屋となります。

シューベルトやシューマンなども明らかではありませんが、先祖はきっと靴関連の仕事に携わっていたのでしょうね。

長年、仕事上の協力機関にシューマンさんと云う電気屋さんがいますが、
この人が現場で社員のリヒァルト(苗字はワグナーではないのですが)を「リヒァルト・・・リヒァルト・・・」と良くこき使っています。

そんな光景を私は一人ほくそえんで眺めています。

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追記 : 
ドイツを代表する現役歌手でもバリトンの Matthias Goerne はo が付かなかったら 「喜びさん」で、
逆にテノールの Michael Schade は 「お気の毒さん」となり、その実力とは裏腹にお気の毒な名前です。


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by Atelier-Onuki | 2013-09-17 22:48 | ドイツ | Trackback | Comments(2)

四年前の出来事

昨日、通勤に使っている最寄駅でブルンナーさんと云う方の追悼式が行われたようです。

ちょっと郊外にあるこの無人駅は普段とても長閑なものなのですが、丁度4年前の9月12日にある痛ましい事件が起きました。
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その頃は未だデュッセルドルフに住んでいたのですが、TVや新聞でも大きく取り上げられていましたので、この事件のことは知っていました。
まさかその駅が最寄駅になるとは、その時には思いもしなかったのですが。・・・
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この事件は先ず電車の中で四人の児童が何人組かの若者に恐喝をされていました。
これを見かねたブルンナーさんが注意を促し児童達を助けました。
それまでは良かったのですが、この駅に着いた時にホームでブルンナーさんは若者達から報復を受け酷い暴行をされた末にここで亡くなってしまいました。

その後、逃げ去った若者達は逮捕されたのですが、彼の痛ましい結末に対して多くの悔やみや反響が起こりました。
初めてこの駅に行った時から既にその場所には十字架が取り付けられていましたし、十字架も少し古くなると、
すぐに新しい十字架が取り付けられ頻繁に献花もされていました。
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ちょうど四年経った昨日はこの場所に新しくスチールのしっかりとしたプレートが付き、
スペースが広い向かいのホームには記念のモニュメントも設置されました。
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そこには人々が手を繋いだスチール制のモニュメントが植え込みの中に立っています。
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そのコーナーにあるプレートにはモリエールの格言が刻まれていました。

「私たちは自分がした行為に責任を負うだけではなく、なにもしなかったという行為にも責任を負うべきである。」と・・・
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また別のプレートには[ 彼は死ななければならなかった、それは彼が荒くれ物の若者達から四人の児童を護ったから。] と、
[ 彼に対しては誰も助けに来なかった。]
そして [ 結束することで強くなれる。] と明記されていました。
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このような事件は何処ででも起きそうな危険をはらんでいますし、
もし、自分がそんな場に居合わせたら如何したら良いのか分からず、きっとパニックに陥るだけでしょう。

何か自分から行動を起こすほどの勇気もないし、と言って見てみぬ振りをするのも後ろめたいし。・・・

とっさに周りの人達と上手く結束して対抗できるのでしょうか。・・・
やはり難しい問題です。・・・

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追記

今朝ふと駅に沿っている小径を見ると、そこには彼の名を冠した通り名が付けられていました。
この辺の徹底ぶりはさすがドイツと感心させられました。
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by Atelier-Onuki | 2013-09-14 00:10 | ミュンヘン | Trackback | Comments(2)

夏の名残を惜しんで

もうすっかり秋めいて急に冷え込んで来ました。
お天気も来週は秋の長雨の予報で、かろうじて夏らしい陽気はこの週末がラストチャンスでした。

折角なのでビア・ガーデンへでも行って、残り少ない夏の名残を惜しもうと、最寄駅から二駅先のPullachのビア・ガーデンを目指しました。
最初ミュンヘンに来た頃はこのプーラッハがどうもプラハに聞こえて変な感じでいました。
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それでも静かで閑静な住宅街は中々感じが良くて川にも近く初めて行った時から気に入っていました。
駅からも近い教会前の広場は小さいながら商店やレストランが何軒か集まっていてちょっと良い雰囲気を醸しだしています。

お目当てのビア・ガーデンもここに古くからあるようで渋くて趣があり、大きなテラスも川側に張り出していて気持ちよく飲む事ができます。
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夕食も兼ねていたので何を食べようかなぁとメニュー板を見たのですが、
主食の一番上にはSchweinebraten (ロースト・ポーク)とやはり典型的なドイツ料理が、・・・
まぁ美味しいのですが、どうもヘビーな感じです。

しばし迷ったあげく、「やっぱりイタリアンにしよう!」とこの先まで足を運びました。
以前ここへも来たことがあって、ミュンヘンにしては珍しく塩っぽくなくて、とても美味しかった事を思い出しました。
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このレストランにも大きなテラス席があるし、室内もガラス張りのウィンター・ガーデンになっていて明るく見晴らしの良い眺めです。
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窓から見下ろす庭には糸杉も生えているし、従業員も皆イタリア人だしこんな近いところで、思い様によってはフィレンツェ郊外の丘陵地にいるかのような錯覚に陥ることができます。
それにさり気ない気配りがドイツにいる事を忘れさせてくれます。

メニューには迷ってしまうほど其々美味しそうな品々でしたが、結局はベビー・カラマリのソテーと舌平目のムニュエルを注文しました。
最初はヨーロッパでは珍しくお通しまで出てきて、ルガーノ産のワインも美味しくゆったりとした気持ちの良い一時を楽しめました。
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帰りは腹ごなしに近くをぶらつきましたが、このレストランには惣菜などを扱う店も併設され美味しそうなハムなども並んでいました。
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おかげで「さあ来週も元気に働くぞ~」と云う気分になりました。



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by Atelier-Onuki | 2013-09-10 17:41 | ミュンヘン | Trackback | Comments(0)

マーラーとの出会いは

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昔々、中学の2年生の頃に山口君と云う転校生が入って来ました。
時々クラスに一人か二人いる3年生になってもちゃんと学生服の詰襟を止め、帽子も校則にそって被っている真面目で大人しい性格の子でした。
別のクラスだったので余り喋ることもなかったのですが、その品格のありそうな身なりはちょっと気にはなっていました。

卒業後は別々の高校へ進んだのでそれ以来会う機会もなかったのですが、偶然に最寄り駅でバッタリと出くわしました。
その時「君、音楽・・聴くよね・・・」と思いもしない質問を朴訥とされました。
「まぁ、聴くけど・・・」、「一度家へ聴きに来ない?」と誘われ、数日後に訪れました。

そこはかつて水田ばかりで子供の頃はその奥にある池で良く遊んでいた家からはそれ程遠くない所でした。
そういえばこの数年前から新しい家が立ち並び、いわゆる新興住宅地という地域でした。

何でも彼の説明によると駅から我が家の前を通って帰るそうなのですが、時折家の二階から音楽が聞こえて来たそうで、
以前から「ハハッ~あいつも音楽を聴くのだ・・・」と思っていたそうです。

洋風の客間に通され、ソファーや本棚が置かれた洋間なる物も当時は珍しかった時代で新鮮な印象を受けたのですが、
そのステレオを見てオッカナ・ビックリ腰が抜けそうになりました。
その当時はオーディオなんて言葉は未だなくて、ステレオがやっと出始めた頃でした。
初めに目に飛び込んで来たのが正面にドーンと鎮座しているスピーカー二台の大きさです。
スピーカーが二台あるだけでも驚きだったのですが、繁々と眺めてみると何とそれにはGoodman-301と書いてあるではないですか・・・
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それにフト脇にあるキャビネットにはあの憧れのSMEのアームが付いたレコード・プレイヤーが・・・
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更に銀色に輝くオープンリールのStuderがドヤ顔で立っています。
Revox(Studerと同じメーカー)でも憧れだけで、決してその内大人になったら買いたいなんて思うような代物ではありませんが、
これはそのプロ仕様モデルで放送局か音楽スタジオにしかないような装置でした。
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実はこれらの機器はあるステレオ誌で写真だけは見た事があったのです。
と云うのは例の幼馴染のK君が「お父さんも同じ本を買ってしまったので・・・」とステレオ誌の年に一度発売される特集号をくれました。
それには「夢のリスニング・ルーム」と云う特集で評論家の人達が理想とする装置を実際のリスニング・ルームにセットすると云った内容でした。
それが今その夢の装置達が目の前に出現した訳です。

中でもSMEのアームは実際デパートの電気売り場で見たことがありましたが、
その柔らかく繊細な曲線のアームは一目見ただけで何と綺麗なことかと感動すら覚えていました。
恐る恐る慎重に触れてみた処、何と云う軽やかさ・・・まるで羽のように浮き上がりました。
その衝撃的な感触は今でも思い出せるほどで、家の古くてゴツイ、ガラードのオートチェンジャーに慣れた身には驚きと共に永遠の憧れとなりました。
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いよいよ厳かにズラーと並んだレコード棚から一枚が取り出され、「君、これ聴いたことあるぅ~」と手にしていたレコードは見開きのジャケットで
白い幹がむき出した枯れ木の写真が載っていました。
中々綺麗な写真が第一印象でしたが、銀色で書かれた文字はBernsteinとVienna Philでこれは読めたのですが、
上に書いてあるMahlerなる文字と「DAS LIED VON DER ERDE」なんて読める訳がありません。
「何、これ?」と云うのが関の山でしたが、これはマーラーの「大地の歌」と云う曲だそうです。
もうステレオだけでもすっかり打ちひしがれている処にマーラー??「大地の歌」??
と立て続けに追い討ちが掛かりました。

そんなの作曲家の名前すら知らないし、何だか難しいドイツ語らしき歌詞も付いています。
そんな事はお構いなしに山口君は平然とまるで儀式をするかの様にレコード針をソット下ろしました。

ポポーンポン・ポポポポーン何とも鮮明なホルンが勢い良く鳴り響きました。
ウワッ~何たる響き・・・それは録音の凄さも相まって初めて体験する音響体験です。
楽器群は次から次へと複雑に絡み合いキラキラと輝きながら最後は弦が緊迫するかのようにピーンと引き切った処で鋭くバシャと云う不思議な音で一曲目が閉じました。

これ多分ピチカートだと思うのですが、あえて弦を楽器にぶつけるように弾いているようです。
おそらく全曲を聴いたのだと思うのですが、この最初の部分が余りにも印象深くてはっきりとしたことは思い出せません。
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60年代中頃、マーラーは未だ一部のマニアの間でしか知られてなくて、80年代のマーラー・ブームを経るまでは、それ程親しまれていませんでした。

何年も後から分かった事ですが、これはバーンスタインがウィーンフィルと初めて共演したデビュー盤で、今では私の愛聴盤の一つにもなっています。

それは当初シュターツ・オパーに初出演し「ファルスタッフ」と後に「薔薇の騎士」を振りました。
そのチャンスを逃すまいと専属契約をしていたCBSが録音を企画しますが、問題はオーケストラで当時はデッカと専属契約をしていた為、
オペラはCBSが権利を得、見返りに同時期に行われた演奏会の演目をデッカが担当すると云う事で決着しました。

バーンスタインのウィーン初登場は現地でも大きな話題になったそうで、
この期間ウィーンの床屋では鏡を見ることが出来なかったと云う記事を読んだ事があります。
それはウィーンの床屋さんはユダヤ系が多く、彼らの誇りでもあるバーンスタインですから壁という壁はもとより、
鏡の上までも所狭しと彼のポスターやポートレート写真を貼っていたそうです。
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それにバーンスタインはもうマーラー演奏の第一人者である事は周知の事実だったのですが、このマーラー縁のオーケストラを前に、
「今回、私は皆さんからマーラーを学びに来ました。」と言ったものですから、
この気難しいオーケストラをすっかり虜にし、やる気満々の姿勢を勝ち取りました。
気さくで根っからのアメリカン、バーンスタインらしい微笑ましいエピソードですね。

その後、私もマーラーを親しんで聴くまでには何十年も掛かりましたし、未だに何曲かは良く分からないままでいます。

あのマーラーを教えてくれた山口君は今頃どうしているのでしょうか。・・・
私にとって彼は永遠(Ewig)に「風の又三郎」のような存在です。


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by Atelier-Onuki | 2013-09-04 22:47 | 音楽 | Trackback | Comments(0)