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「ドロミテで」・・・

先週はコラムでも取り上げたドロミテへスキーに行って来ました。

目は未だ二重に見えているので心配だったのですが、何とか事故も無く滑ることができました。

ミュンヘンからボローニャに向かう列車はシンシンと雪が降り注ぐオーストリーを抜け、インスブルックからは喘ぎながら登っていくようですが、
車窓からの眺めは木々に一杯雪が積もっていて綺麗な光景です。
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ブレンナー峠に着く頃には1mほどの積雪でした。
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このブレンナーでは運転手が交代するため15分ほど停車をするので、いつもホームへ降りて一服つけています。

ミュンヘンから乗務している車掌さんも降りてきて、これから下りなので一両一両のブレーキの位置を前後入れ替えています。
この人が年配ながらお茶目な人で、対抗するホームに泊まっている列車の車掌目がけて雪を投げつけたりとハシャイデいます。

投げつけられた車掌もゲラゲラ笑っていてノンビリした微笑ましい光景です。
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そんな雪景色もブレンナーを出発し南の斜面を下り出すと、
次第に雪は減り始めました。

乗換駅のBrixsenに着く頃にはベタベタした雪が、わずかに残っているだけでした。
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バスに乗り換え目的地の“Ortisei”に着いた頃には残雪が辛うじてへばり付いているだけでした。
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この辺のスキー・エリアは普段でも雪不足のことが多いのですが今シーズンは特に少なく
11月末にちょっとだけ降って以降は晴天続きで、牧草地は草がむき出しの状況です。

コースは辛うじて人工雪を降らせているだけで、ジャリジャリの状態です。

それでもゲレンデ整備は夜遅くまで頑張っていて、朝の段階ではラッセル車が固めた真新しい線がクッキリと付いていて気持ちよく滑れます。

でも、お昼くらいにはそれもスキーやボードによって固められカチカチの状態、
夕方には小さな氷の塊がゴロゴロしていて気をつけなければ引っ掛かってしまいそうです。

目も片目でないと正常に見えない上、距離感がつかみ辛く苦戦をします。

スピードが出そうなところでは先の斜面がどうなっているのか予測するのが難しく、
なるべく上手そうな人が滑っている跡をつけてそのままの格好を真似ていました。

ここのハイライトであるセラ・ロンダも天候の影響で何日かは封鎖されていました。

まぁ気を取り直して地元のスキー場で我慢していましたが、
目が不調の私には返って良かったかもしれません。

そこは“Seiser Alm“といってヨーロッパ最大の高原だそうで、
長閑な牧草地が広がっています。
山々を背景に景色はパァ~と広がり、
冬場でもハイキングを楽しむ人や馬車ソリがノンビリと走っていたりと穏やかな風景です。
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スキーのコースも概ね穏やかで安心して滑れます。

それでも一番奥まで行って帰るには一日見ておかなければならないほど広いエリアです。
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Ortiseiから長いゴンドラに揺られ15分ほどで出発点に到着します。

ここの頂上駅には大きなレストランがあって何時もこのテラスで一休み・・・
エスプレッソ・マッキャートで気合を入れてからスタートです。
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このスタート地点が曲者でちょっとキツメ傾斜の小道から滑り出さなければなりません。
しかも結構長い小道で、途中からは傾斜が穏やかになるのですが、
初めての人は先がどうなっているのか分からないので皆さん慎重に滑り出しています。
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昨年はここに“Caravinieri“の制服を身を纏った一団が集結していて、
「ほぅ~これからパトロールか、それとも訓練か?」と、
この優秀な国家憲兵の精鋭部隊に尊敬の眼差しで眺めていました。

ところがどうしたことでしょうか・・・中々滑り出しません。

やっと隊長らしき人に従って数人滑り出しましたが、なんとまぁ酷いものです。

最後尾の女性隊員などは最初のひと滑りで尻餅をついている有様です。

どこかスキーとは縁の無い地方から配属された隊員たちの初訓練だったのでしょうか。・・・
その優秀なイメージとは正反対の様相に思わず微笑んでしまったことを思い出していました。

そういう私も今回は片目滑走、・・・「ああ~なんて酷い格好だろう!」と思いながら
この小道をガリガリと無理やり曲がりながら小刻みに進んで行きました。

何とか中腹にあるヒュッテ“Sanon”に到達した頃にはすっかり疲れていました。
もう思わず一休み・・・眺めも良いし暫く休んでいました。
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それにここのコースは練習には打ってつけの穏やかなショート・コースなので
暫く調子を取り戻すべく何本か滑る事にしました。

二日目からはやっと片目での滑り方も身に付いてきたので、更に奥へと進みました。
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一番奥にある“Florian”と云う頂上を目指しました。

ここでは“Sasso Lungo”や“Sasso Piatto”など3000m級の山々が間近に迫り迫力があります。
反対側にはパァ~と広がったパノラマも楽しむことができて絶景です。
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一般のコースとは別に裏側を通るソリ用のルートがありますが、
このコースはさすがそり用だけあって緩やかです。

暫く傾斜を滑ったあとは小川にそってダラダラとした行程です。

それにもう一つのお目当ては途中にある“Tirler”というヒュッテで昼食を取ることでした。
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ここへは昨年も来たのですが、とても美味しかったので後から調べた処、
このエリアで人気No.1のヒュッテでホテルも併設されています。

お天気が良かったこともあって、テラスには大勢のお客が座っていました。
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この辺のエリアは他でもそうなのですが、
純粋のイタリアンではなく、むしろチロル料理に近い感じです。
パスタ料理はあるのですが、ピザやラザーニャといった典型的なイタリア料理は見かけません。

ポルチーニの入ったキノコのタリアテッレ(キシメン)を注文しましたが、
20分以上待たされ「これは期待できるな~」とジット空腹を堪えていました。

出てきたお皿は見るからに美味しそうです。
麺も自家製で程よい茹で具合・・・キノコ・ソースもタップリで良く麺に絡みつきます。

それにここの面白いのは、近くに“魔女の泉”と言われる源泉があって、
ミネラル・ウォーターを頼むと「ビン入りか・・・それとも泉の方か?」と訪ねられます。

当然面白いので「泉の方!」と頼むのですが、
ガス入りを頼むとちゃんと炭酸を入れてくれます。
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もう一つ、気になるヒュッテがありました。

それはこのエリアではないのですが、“Seceda”から“Ortisei”へのダウン・ヒルの途中、
“Anna渓谷”にあるヒュッテで何時も焚き火をしているので気になっていました。

昨年、初めて食した処、ここも実に美味しかったので今回もよってみました。

ここも大勢の人たちが来ています。
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寒かったので“グラーシュ・スープ”を頼みました。
このドイツやオーストリアの何処にでもあるハンガリー風・スープなのですが、
この辺では味は別格に美味しく、円やかさや深みが増しています。

コースを挟んで向かい側のモミの木には未だクリスマスの赤い玉が取り付けられていますが、
その横を見ると“Hot”と書かれた赤いソファがズラリを並んでいます。
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「本当に“Hot”なのだろうか?」と、食後に試してみましたが、
ソファには熱線が仕込まれているようで暖かく、
あまりの気持ちの良さに暫く立ち上がれないでいました。
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余裕のある粋な配慮に嬉しくなってきました。

最終日に名残惜しくゴンドラ駅で休憩していると、あるスキー教室も最終日のようで、7~8人のグループがテーブルを囲んで座っていました。

教官からのリキュールの差し入れで乾杯をしています。

おもむろに大きなビニール袋から取り出したのは、なんとビーチ・サンダル。・・・
一人一人に「夏のビーチで又僕の事を思い出してね!」と渡していました。
ここでも又微笑ましい光景に温まりました。
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まぁ今回は雪も少なく、目も不調だったので遠出やセラ・ロンダは出来ませんでしたが、
早く目を治して次回はまた、あの不思議空間のロング・コースへ行って見たいものです。

帰ってきて未だ3日ですが、もうウズウズとしてきました。


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by Atelier-Onuki | 2017-01-26 21:48 | イタリア | Trackback | Comments(0)

「スキーの楽しみ」 (ドイツ・ニュース・ダイジェスト 1月のコラムから)

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長く、暗くて寒いドイツの冬。
気分も落ち込んでしまいそうな季節にも楽しみがあり、その一つがスキーです。
 
欧州各地のスキー場はそれぞれに特徴があって、
地形や雪質、眺めなどを堪能できるのですが、
私はここ20年来、スキーをするならイタリア・アルプス東部にあるドロミテと決めています。

その理由は、何と言ってもまず、その特徴的な景色です。
 
イタリア北部(南チロル)の山々はほかのアルプスのように
グレーでギザギザと尖がった険しい山脈が連なる形ではありません。

隆起した茶褐色の岩肌が、
長年の侵食によって複雑な形に削られており、見る者を圧倒します。

まるで西部劇に出てくるサボテンのような形をした山もあって、
その変化に富んだ形状は見ているだけで飽きる事がありません。

朝や夕方の光が当たるとこの茶褐色の山肌がピンクや強烈なオレンジ色に美しく輝き、
刻一刻と変わる幻想的な瞬間を演出してくれます。
 
そして、「食のイタリア」と言われる国でもこの地方の料理はとても美味しく、
山岳エリアの山小屋でも本格的な料理を提供しています。

その上、人々はみんな親切で人懐こい。
ちなみに彼らはイタリア人と言われるのを好まず、南チロル人であることを誇りにしています。
 
スキー場は大きく12のエリアに分れていますが、
コースの長さが総長1200kmと、一生掛けても滑りきることができないほどの規模です。

「ドロミテ・スーパー・スキー」というパスを買えば、どのエリアでも共通で使えて便利です。

天気も概ね良く、滅多に吹雪いたりしませんので安心して滑れます。
近年は雪不足の年が多いようですが、心配は要りません。
ゲレンデ整備は素晴らしく、その上とても上質の人工雪を降らせていて、
気持ちの良い滑りが楽しめます。
 
そして、このエリア最大の目玉は「セラ・ロンダ」と言う、隆起した巨大なセラ山脈の斜面を1日掛けて回るコースです。

左右両方の回り方があり、一周45kmほどのコースをリフトで登ったり滑ったり。
滑走自体は約25kmですが、行く先々で雰囲気が異なる絶景が待ち受けていて、
何度訪れても興味が尽きません。

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by Atelier-Onuki | 2017-01-25 00:05 | コラム | Trackback | Comments(0)

「ジョルジュ・プレートルさんの思い出」

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新年早々、こんな訃報を書くのは気が引けるのですが、
一昨日フランスの大指揮者ジョルジュ・プレートルさんが亡くなられました。

昨年のピエール・ブーレーズ、ニコラウス・アーノンクールやネヴィル・マリナーと
長年活躍されて来た大音楽家が相次いでなくなりましたが、
又一つの時代の移り変わりを痛切に感じさせられます。

92歳と云う事なので大往生と言えば大往生なのですが、
キャリアも長いので音楽ファンの私にとっても思い出が沢山ある指揮者でした。

私が本格的に音楽を聴き始めた50年ほど前には、もう既に有名な指揮者で、
マリア・カラスと共演した「カルメン」や「トスカ」など話題になっていてレコードで聴いていました。

それに私にとっては大好きなアンドレ・クリュイタンスに指揮法を習ったと云う事でも印象深い人でした。
そのクリュイタンスも1967年に亡くなってしまい、
てっきりプレートルがその継承者になるだろうと思っていましたが、そう簡単ではありませんでした。

クリュイタンスが常任指揮者をしていたパリ音楽院管弦楽団は、
間もなく当時の文化相で強烈な個性の持ち主アンドレ・マルローによって解体され今日のパリ管へと再編されました。

当時この強引とも言えるマルローの政策を嫌って何人ものフランス人芸術家が
他国へと活動の拠点を移した時期でもありました。

プレートルも暫くはフランスで活躍されていましたが、
結局はウィーン交響楽団の常任時代が長く、晩年はシュトゥットガルトで常任をされていました。

彼の一番の思い出は、もう30年以上も前のことですが、
フィレンツェのテアトロ・コムナーレでマスネーの「ウェルテル」を観る機会がありました。

それも座席は前から四列目のど真ん中というもので、殆ど指揮者の後ろという感じでした。

彼の指揮ぶりは熱のこもったもので、動きも細やかに躍動していました。
音楽が盛り上がってくると自らも歌い出します。

それは歌詞ではなく「ブツブツ」と呟いているようですが、
自然に歌いだされたもので気持ちが乗ってきていたのでしょうね。

この日は歌手も素晴らしく「ウェルテル」はアルフレード・クラウス、
「シャルロッテ」にはヴァレンティーニ=テラーニという当時では理想的なキャスティングでした。

それに装置が綺麗だった。・・・教会前のシーンでは紅葉した並木道が舞台を斜めに横切っています。

それも何と土手になっていてその一部開いた奥に教会が建っている設定でした。
こんなオーソドックスながらも見応えのある装置は、もう滅多に見られなくなりました。

かれのウィーン時代にも聴いたことがありました。

それはウィーン・フィルとの演奏会でしたが、
当時得意としていたリヒャルト・シュトラウスの「バラの騎士組曲」とラヴェルの「ラ・ヴァルス」、
後半は「ブラームスの2番」という、墺、独、仏、混合で如何にも彼の経歴を表したようなプログラムでした。

処で、「ラ・ヴァルス」なんてウィーンの人たちはどんな感情で演奏しているのでしょうか。・・・
一般的にはウインナ・ワルツの称賛として作曲されたと言われていますが、
他方これはオーストリー帝国の不安と崩壊を表しているとも言われています。

このウィーンでの演奏会ではプレートルさんは、もう85・6歳だったと思いますが、
お元気で相変わらず「ブツブツ」と歌いながら躍動されてました。

もう昔のフランスの響きを出せる人が殆どいなくなりましたが、
数少ない証言者だったプレートルさんのご冥福をお祈りしています。


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by Atelier-Onuki | 2017-01-07 01:36 | 音楽 | Trackback | Comments(0)