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「マウリツィオ・ポリーニ」の演奏会から

先週の金曜日もポリ-ニの演奏会があったのでケルンのフィルハーモニーへ出掛けました。
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演目はオール・ショパンでノクターン、バラード、スケルツォから数曲と最後はソナタの3番でした。

考えてみたらポリーニを聴くのも結構久しぶりで、
ウィーンで聴いたショパンの「前奏曲」とリストの「ロ短調」以来でした。

1960年、18歳でショパン・コンクールに優勝した時、審査委員長のルービンシュタインが
「今ここにいる審査員の中で、彼より巧く弾けるものが果たしているであろうか」と称賛したのは有名な話ですが、
その後はパタッと公の場から姿を消し、10年間ほどはピアノの研鑽に費やしていたのも良く知られている処です。

やっと沈黙を破りグラモフォンから発売されたストラヴィンスキーの「ペトルーシュカからの3楽章」や
ショパンの「12の練習曲」がなどは、その研ぎ澄まれた凄い演奏に音楽ファンの多くが衝撃を受けました。
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「練習曲」が発売された時など、音楽評論家の大御所、
吉田秀和さんが「これ以上、何をお望みですか」と大絶賛されていました。
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それ以来ポリーニといえば、シャープで“完璧”な演奏というイメージが先ず浮かびました。

事実、先ほどのストラヴィンスキーなどはレコード時代に聴いていたのですが、
“カキン!”と鋭い打鍵が続くとそのダイナミック・レンジの大きさにレコード針が何度も浮き上がったことがありました。

初めて彼のライヴを聴いたのは84年だったかウィーンでの事でした。・・・
あの時は珍しくバッハの「平均律」を演奏しましたが、
その研ぎ澄まされた緊張感が溢れる演奏にえらく疲れた思い出が残っています。

この頃は若い女性たちの「親衛隊」がいたほどでチケットを取るにも、毎回えらく苦労をしました。

90年代の一時期、ベートーヴェンのソナタに取り組んでいた頃は、
その余りにも集中した演奏姿勢に、ちょっと“シンドさ”さえ感じた時期もありました。

「そこまでピリピリした演奏をしなくても良いのになぁ~」 ・・・ 
「早くこの呪縛から開放されないだろうか・・・」などと勝手なことを思いながら聴いていました。

90年代も終ろうとしていた頃、ショパンとドビュッシーの「前奏曲」を聴きにいきましたが、
「いや~来ました、きました!!」、私が待っていた開放されたポリーニが・・・

鋭利なタッチは抑えられ、とても自然体の演奏は聴く側に安らぎすら与えてくれます。
テンポも幾分押さえ気味になり、こちらも年相応に安心して聴けるようになりました。

2000年代に入り、演奏は益々深みを増してきましたが、
鋭利な響きは押さえられあくまでも自然体で聴きやすくなりました。

ショパンの「夜想曲」など「ここまでやるか・・・」と思うほど中身が詰まった深い演奏をしていますが、
響きが柔らかくなった分、聴いていて疲れは感じさせず何度も繰り返して楽しんでいます。
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当日の会場はほぼ満席の状態、聴衆は老若男女入れ乱れ幅広い年齢層です。
それに小学生くらいのお子さんたちもチラホラ見かけられます。
熱心な親御さんが連れて来られているのでしょうね。

さて、そんな彼も75歳、ちょっとヨチヨチといった歩みで登場しました。

最初の曲、「夜想曲」7番は落ち着いた響きの中静かに弾き始められました。
テンポも幾分抑えられて、そのゆったりとした響きは味わい深く感じられます。
一音一音のいわゆる粒立ちも明晰で、決して鋭くはありませんがクッキリと浮かび上がってきます。

引き続き8番の夜想曲も滑らかに奏でられ、
抑えられた中にもポリーニらしい明晰な音楽が展開し心地よい世界へと誘われていきました。

3番と4番の「バラード」も落ち着きのある中にもメリハリの利いた素晴らしい演奏でした。

「子守唄」を挟んでスケルツォの1番が演奏されました。
この曲は力強い打鍵や速いパッセージが次から次から折り返される難曲です。

かのフランソワの演奏など指が回らないのが自分でも分かっていて
「クソッ・・・」とばかりにイライラした演奏をしています。
(唯、これはこれで味わいのある、とても好きな演奏なのですが・・・)

ポリーニのCDでは、何食わぬ顔で軽々と弾ききっていますが、
今日はライヴでしかもこのお歳ですから心配をしていました。

まぁ私の心配は無用だったようで、ここではテンポもそれほど落さず、
あの複雑で厄介なパッセージを見事に弾ききりました。

休憩後は「夜想曲」1曲を挟んでメインのピアノ・ソナタ3番です。

これは中々の大曲で難易度も高い名曲ですが、
頭の部分も何の気負いもなく落ち着いた表現で弾き始められました。

それにしてもショパン特有の節回しなどはサラッとしながらも表情豊かに品良く表現されていて流石です。

揺れ動くようなパッセージが続く2楽章も、滑らかな指の動きで年齢を感じさせません。

時折入るアクセントも引き締まっていますが嫌味の微塵もありません。

曲はいよいよ3楽章に入り鋭い打鍵に始まり面々と速いパッセージが繰り返し奏でられます。
更にスピードを増して高音を流れるように弾ききる辺りは、さすがギリギリの表現か、
「ウッ・大丈夫か」と心配する瞬間もありましたが、最後まで緊張感を切らさず見事に弾ききりました。

ウヒャ~「お疲れ様でした~」・・・

鳴り止まぬ喝采のあと「夜想曲」から1曲アンコールしてくれました。

以前だと2・3曲アンコールを弾いてくれたのですが、さすがこの辺が体力の限界なのでしょう。

その辺はご本人が一番良く知っておられることでしょうね。
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現役で活躍している巨匠が少なくなった昨今、とても貴重な演奏会でした。



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by Atelier-Onuki | 2017-02-14 00:22 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「セガンとヨーロッパ室内管弦楽団」の演奏会から

昨夜はケルンのフィルハーモニーでのコンサートに行ってきました。

指揮者はモントリオール出身で最近は引っ張りだこのヤニック・ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管弦楽団、
ソリストにやはりモントリオール出身のチェリスト、ジャン=ギアン・ケラスを迎えてのコンサートでした。
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演目はハイドンの交響曲44番(悲劇的)と1番のチェロ協奏曲、
後半はベートーヴェンの6番(田園)でした。

セガンの指揮で聴くのは3回目ですが、4年ほど前に聴いたウィーン・フィルとの
ベルリオーズ「幻想交響曲」は我が幻想体験の中でも一番の出来だったので強く印象に残っています。

昨年はやはりウィーン・フィルとの共演でブルックナーの9番を聴いていました。

ヨーロッパ管を聴くのは久しぶりで、創設者のアバドや良く客演していたアーノンクールといった大物が亡くなってしまい、
最近はあまり気をそそらせる演奏会がありませんでした。

かつてアーノンクールと共演したモーツァルトの「29番」2楽章における弱音効果の利いた絹擦れの弦など
この世のものとは思えない響きは“鳥肌もの”でゾクゾクしながら聴いたのを思い出します。

“室内管弦楽団”と室内が付けられていますが、編成は一般的な大きさで、
これは創設当時、室内楽団かと思わせるほど整ったアンサンブルの精度を目指そうとアバドが命名したそうです。
当時はヨーロッパ中から若くて優秀なメンバーが集められ、
演奏会ごとに臨時で召集されていましたが、現在はやっとロンドンに本拠地を得たようです。

1981年創設当初は若者だった人たちも半数近くは年配の領域になってしまいました。
(そう書いている本人も年配の領域をとうに越えてしまいましたが・・・)
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さて、最初のハイドンの交響曲44番は余り演奏会に取り上げられる機会も少ない曲で、
実際取り立てて特徴がある曲ではなく地味に纏まった曲といった印象です。
それでも3楽章などは柔らかく気品のあるフレーズが随所に聴かれました。

一般的にハイドンはウィットもあり軽妙な曲の印象が強いのですが、
様式美を踏み外さないので、どの曲からも気品が漂っています。

2曲目もハイドンのチェロ協奏曲で、
何と家にあったCDにはこの日に演奏するケラスのものもありました。
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溌剌としたテンポで始まる曲に気分もウキウキしてきます。
指揮者、ソリスト共にテンポ良くキリリとした演奏スタイルで心地よく進みます。

それでもチェリストの演奏は丁寧でガリガリとは弾かず品格を保っています。
それにフランス系という事もあってか、音色も幾分明るく伸びやかです。

2楽章緩やかに流れるメロディも濁りの無い柔らかい響きで、
こちらは益々心地よい世界に身を預けていました。

軽快な3楽章でも決してテクニックに流されず、
あくまでも丁寧かつふくよかに進行して行きアッという間にジャン・ジャンと終ってしまいました。

喝采が鳴り止まぬ中、ケラスがもう一度座りなおしたので、どうやらアンコールを弾くようです。

演奏に先駆けてたどたどしいドイツ語で「バッハの無伴奏から一節を弾きます。」と挨拶をしました。

喋り出した声はあの気品を感じられるチェロの響きとは裏腹に、
えらく甲高い声でビックリ・・・彼は聴衆の前ではチェロだけで喋る方が得かなぁ・・・
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さて、後半はベートーヴェンの“田園”です。

先ほどのハイドンでも編成が小さく、コントラバスなど2本しか入っていませんでしたが、
このベートーヴェンでも大きな編成を取らずコントラバスは1本加わっただけで驚くほどの小編成です。

まぁベートーヴェン時代はこれ位だったと思われますが、
この編成から使用する楽譜はベーゼンライトナー版だなぁと予測されました。

そういえばアーノンクールのベートーヴェンもこの楽団と録音をしていますし、
今日もその時と同じくティンパニーとトランペットは古いオリジナル楽器を入れています。

颯爽としたテンポで始められた曲は、サラサラとドンドン進んで行きます。
それでも落ち着きがないという事も無く、むしろ心地よく軽快です。
これで音の質がもっと磨かれ、凝縮された味わいが加わると申し分ないのですが。・・・

ゆったりとした2楽章もサラサラと流れていきます。
ヴァイオリンがチャラ・チャラと繰り返し清らかな小川の流れを表現しますが、
「こんな清涼に流れていたかなぁ~」とヌスドルフのベートーヴェン・ガング脇を流れる小川を思い出していました。
(まぁベートーヴェンの時代はもっと綺麗だったのでしょうね。)

曲はぐっと落ち着き、フルートやクラリネットによってナイチンゲールやカッコウの鳴くさまが表現され、
穏やかな田園風景が目の前に映るようです。

民族舞踊風に始まる3楽章は農村での楽しい一時を表現していますが、
舞踊風の音楽が激しくなってくる辺り、これってひょっとして“チャルダッシュ?”と感じてしまします。

これはウィーンの森の麓でインスピレーションを受けてスケッチをしているのですが、
ベートーヴェンが良く訪れていたハンガリーの農村での思い出も加わっているのではないでしょうか。・・・

舞曲は盛り上がり、それを遮るように森の奥からホルンがコダマします。

待ってました・・・ ホルン奏者、一番の聴かせ所・・・

いやぁ~ ここで外す?? 
まぁ音程の取り辛い楽器であることは承知していますが・・・
よりによってここで・・・ さあもう一回チャンス・・・二度目の繰り返しが・・・ああここでもパハッ?・・・ 

まぁそれでも、じっと我慢して座っていた4楽章しか出番のないティンパニー奏者のオジサンや、
ピッコロもこことばかり頑張っていましたし、全体としてはすっきりとした良い演奏だったのではないでしょうか。・・・

やっぱりこの曲はウィーン・フィルで聴きたいなぁ~と、また良からぬ欲求が沸々と湧いてきました。

それにしてもやはりベートーヴェンは偉大だな・・・とつくづく感じさせられました。
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by Atelier-Onuki | 2017-02-10 00:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)