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アンドレ・プレヴィンさんの思い出

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2月28日ですから1ヶ月近く前になりますが、
また一人偉大な音楽家アンドレ・プレヴィンさんが亡くなりました。

彼はたぐいまれな才能を持った音楽家で、
ジャズ・ピアニスト、作曲家そして指揮者として活躍されました。

ここまで多才な音楽家は他にバーンスタインくらいしか思いつきません。

戦前のベルリン生まれで、ロシア系ユダヤ人だったため一時フランスへ逃れ、
9歳の時に一家でアメリカに亡命したそうです。

まぁ一般的に考えるとこれは、とても辛い運命なのですが、
もしドイツに留まっていたら全く違ったタイプの音楽家になっていたかも知れませんね。
アメリカ西海岸で育った彼は若い頃からピアノが滅法上手かったそうで、
何枚かジャズの伴奏をしているレコード録音が残っていますが、
軽やかなタッチの、もうメチャメチャ上手いピアノを弾いています。

映画音楽の作曲や編曲にも長年携わり、
有名なところでは「マイ・フェア・レディ」や「ポギーとべス」が上げられます。

その後、指揮者としてデビューするのですが、この映画に携わっていた経験が
彼の演奏スタイルに大きな好影響を与えているようです。

それは、物語性のある音楽において、その情景描写は天下一品でした。

彼の演奏に最初に接したのは学生時代に買った「くるみ割り人形」のレコードでした。

これはまぁジャケットに描かれた絵が綺麗で、思わずジャケ買いをしたのですが、
演奏は飛びっきり良い感じで未だに愛着のあるレコードです。
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実際の演奏会では、ケルンで聴いたプレヴィン・トリオ、
ベースにレイ・ブラウンらが加わったお洒落なジャズの演奏でした。

休憩後、演奏が始まる前に指慣らしなのでしょうか軽く一節を弾きましたが、
それはラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」のメイン・テーマでしたが、
ハッとするほど円やかに弾み途中からジャズ風に崩されて行ったと思うとあっけなく終ってしましました。

「エェ~もっと弾いてくれたら良いのに・・・」と惜しみつつも耳には至福の瞬間でした。

その後、ルッェルンで聴いたのもトリオですが、
今度はムターとハレルが加わったクラシックのトリオでした。

モーツァルトとラヴェルの三重奏の後、最後はブラームス1番の三重奏、
このブラームス若書きの作品は大好きなのですが、ピアノのリードで始められた2楽章、
ムターの甘い旋律が絡み始めたその瞬間、背中にゾクッとする感覚と共に目頭に熱いものを感じました。

終演後、夕闇に染まった湖の風景と共に、生涯忘れられない演奏でした。

まぁあの頃はムターと結婚する直前で、そりゃ仲むつまじい雰囲気で、ハレルがかわいそうなくらいでした。

録音ではやはり先ほどの「くるみ割り人形」を初めチャイコフスキーの残り2つのバレエ音楽や
ウィーン・フィルと録音したメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」、
それにリヒァルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」や
「バラの騎士」などからの組曲は素晴らしく、時々取り出して聴いています。

それにムターと共演したチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は最高の演奏です。
ヴァイオリン、指揮者、オケ、録音と申し分なしで、四拍子揃った名盤です。
(オイストラッフの名演が霞むほど、この曲の決定盤と言っても良いほどです。)
オマケについているコルンゴールドの協奏曲も1楽章など怪しくも甘い雰囲気が醸し出せれた素敵な演奏で、
さすが長年に渡って映画音楽に携わっていただけあって表情豊かな演奏です。
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これほどの音楽家は、今後なかなか世に出てこない事でしょう。・・・
プレヴィンさんの安らかなご冥福をお祈りしています。


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by Atelier-Onuki | 2019-03-26 20:25 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 7  ビベミュスの「石切り場」 (ドイツ・ニュース・ダイジェスト 3月のコラムより)

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セザンヌの画風は晩年になるに従って、より知的で論理的な画法の傾向が強まってきます。

目の前のモチーフを感じるままに描くのではなく、
純粋に形と色の世界を彼流に組み立てなおし構築していきます。

山や木々、人や静物など自然の形状も幾何学的な形に構成し円、球、円錐に分析し
そして、正三角形には不動の安定感を見出していました。

この時期の彼の作品を観るとき、描かれているモチーフの輪郭線を外し、
すこし目を細めて純粋に形と色の作品として観賞してみると、
それは実に絶妙なバランスで構成されています。

この頃から影も描かず無視し始めているようです。

そんな彼が晩年好んで出かけたのはビベミュスの「石切り場」でした。
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ここはセザンヌが生れる前に起こった建設ブームの時に掘り出されたそうで、
彼は若い頃からゾラたちと訪れ興味を抱いていたようです。
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小高い山はかなり深く掘り下げられ、まるで迷路のような谷になっています。
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ほぼ垂直に掘られた岩肌は明るい茶褐色で
「これこれ・・・セザンヌが描いていた色と同じだ !」と俄かに気持ちが高ぶって行きます。
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所々、通り抜けられるようにトンネル状の岩もありますが、これが正三角形の形をしていて
「ここでも構図のインスピレーションを受けたのだろうな~」と感慨に耽っていました。
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彼が描いた場所には絵のコピーが取り付けられていて、興味深く観賞できます。

ちょっと広くなった高台では数枚描いて、その一枚には岸壁の向こうにサント・ヴィクトワール山が
描かれていますが、この位置からは見えません。
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恐らく別の場所から見えるヴィクトワール山を合成しているようで、
画面を構成するという意識がしっかりと見て取れます。
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彼は石切り場内にポツンと建つ古い家をアトリエとして借りていたそうです。
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ここに数日間滞在し制作をしていたようですが、街からはかなり遠いので
60歳を過ぎているにも関わらず軍隊で乗馬の手ほどきを受け通っていたそうです。
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なんの変哲もない石切り場だと、それほど期待をしないで行ったのですが、
イヤイヤとても興味深い所でした。

ここへは観光案内所で申し込み、町外れの駐車場で指定された時間に集合し
ガイドさんと一緒でないと入山することが出来ません。
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by Atelier-Onuki | 2019-03-16 21:42 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 6  ローヴのアトリエ (2月のコラムより)

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セザンヌはその知的な画風で印象派からポスト印象派の時代にかけ、
押しも押されぬ最高峰の画家として知られ、
ピカソを初め後世の画家たちに与えた影響は絶大なものでした。

ところが、生前は先進性が強かったせいか意外な事に余り絵は売れていませんでした。

資産家だった父親からの仕送りに支えられ、内縁の妻と母親は折り合い悪く、
家を点々とせざるを得ないような苦労を強いられていました。

そんな彼も、父親が他界し母親も亡くなった47歳の時に、
別荘だったジャス・ド・ブッファンが売却され膨大な遺産を相続します。

やっと経済的に余裕ができた彼は街の北側ローヴの丘への途中に念願のアトリエを構えます。

この土地も父親の所有だったそうで、広大な敷地に彼自らが設計をして建てられました。

さあいよいよ彼のアトリエ詣でです。

街から歩くのは上り坂だし、ちょっと遠かったので5番のバスに乗って向かいました。
停留所名はセザンヌと至って簡単です。
下車をして町のほうへと下るのですが、通り名も "アヴェニュー・ポール・セザンヌ" と誘ってくれます。

石塀に沿うようにそのアトリエは建っていました。
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中へと入ると、そこにはいたるところに絵の中に登場するモチーフの数々が置かれています。

それらは全て彼が描いたオリジナルだそうで、俄かに気持ちが高ぶってきます。
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タンスや机などの調度品を初め、生姜壺やリンゴが入った籠などが所狭しと置かれていて、
まるで彼の静物画の世界に迷い込んだような錯覚に陥ります。
壁に掛けられているマントや鞄なども実際彼が着用した物で、彼の温もりすら感じられます。
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北側の壁には巾が30cmほどで、壁一杯の高さの長細いドアが取り付けられていますが、
これは大作「水浴」のキャンバスを出し入れする為に取り付けられたそうです。
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このアトリエから彼は足繁くレ・ローヴの丘にあるテラン・デ・パントルと言われている展望台へと通い、
サント・ヴィクトワール山を何枚も描いています。
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さて、私もそのテラスへと向かう事にしました。
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by Atelier-Onuki | 2019-03-01 00:39 | コラム | Trackback | Comments(0)