展覧会と講演会のお知らせ


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来年1月に開催されます2箇所での展覧会のご案内を致します。
また、講演会も各々で予定されていますので併せてお知らせ致します。

ここ数年2回ほど甲子園口のギャラリーで展覧会を開催ましたが、
それ以来すっかり西宮出身の画家なんて事になってしまったようで、
今回はまず兵庫支部の校友会から誘われました。 

この展覧会は2年毎に開催されているそうで、今回が50周年という事もあり招待されました。

会場は灘の「原田の森ギャラリー」で1月4日(木)から8日(月)までです。

講演会は7日(日)16:00時からで「印象派の旅」と題して、
印象派の誕生、そして彼らの足跡を辿ってアチコチへと行くお話しです。

入場は何方でもフリーだそうです。

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一方、甲子園口のギャラリー「アートスペース萌芽」では1月11日(木)から20日(土)まで、
「水彩画からのぞくヨーロッパの風景」と相も変わらないテーマで展示しています。
絵は一部「原田の森ギャラリー」の出展品と重複しますが、こちらの方が若干多く展示します。

こちらでの講演会は「オペラへの誘い」と題して、
オペラの誕生からエポックになった作曲家にスポットをあてながら近代作品までお話をする予定ですが、
新進気鋭の歌手、大賀真理子さんと、輝かしい実績のピアニスト金沢彩子さんの伴奏で
アリアの数々を披露して頂きながら進めて行きます。

こちらは予約が必要で2000円の入場料が掛かります。
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処で、私の予定は「原田の森ギャラリー」へは7日(日)、
「アートスペース萌芽」へは13日(土)と14日(日)、何れも14時ころから詰める予定です。

それでは、皆様 機会がありましたら是非ご来場下さませ。


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# by Atelier-Onuki | 2017-12-13 00:43 | 絵画 | Trackback | Comments(0)

マーラーのお墓 “ウィーン、グリンツィング墓地“ (ドイツ・ニュース・ダイジェスト11月のコラムより)

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ウィーンを追われるように辞職させられた彼は新しい活路を求めていましたが
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の招きで1907年の暮れに渡米しました。

2年後にはニューヨーク・フィルの常任指揮者も兼任することになり
ヨーロッパとは行ったり来たりの生活でした。

それにしても当時は船旅ですから体力的にも相当厳しいことだったでしょうね。

トブラッハで9番目の交響曲を作曲していた頃の彼は体力的にも精神的にも
相当弱っていたはずです。

そんな折、元来疾患があった心臓病が悪化し、
ニューヨークからウィーンへ戻って来ますが、3ヵ月後に亡くなってしまいます。

息を引き取る直前に「モーツァルト」と2度言ったそうです。

お墓はウィーンの北西グリンツィング墓地に5歳で亡くなった長女マリア・アンナと一緒に
ウィーンの街を一望できる高台に眠っています。
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ユダヤ教の神殿門を連想させるような形の墓石はシンプルながら堅固な印象です。

墓石上部に「GUSTAV MAHLER」としか刻まれていませんが、
これは生前「私の墓を訪ねてくれる人なら、私が何物だったか知っているはずだし、
そうでない連中にそれを知ってもらう必要はない。」と明言していたそうで、
いかにもマーラーらしい発言です。
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墓石には沢山の石が乗っていますが、
これは、かつて大戦中に多くのユダヤ人を救ったシンドラーの墓に誰かが置き始めたのが最初だそうで、
ユダヤ教では永遠性や不滅の意味が込められているそうです。
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さて、妻だったアルマ・マーラーもこの墓地に眠っているのですが、
このお墓は、まず三角形の石版が目立っていてそこには「MANON GROPIUS」と刻まれています。
それはグロピウスとの間に生れた娘マノンで、聡明な美少女だったそうですが19歳で急死しています。
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若い頃、子供と引き離された過去があるアルバン・ベルクは
友人だったアルマの子を我が子と重ねるように可愛がっていたそうで、
すぐさま作曲したヴァイオリン協奏曲は「ある天使の追想に」と題され思いを込めています。
唯、この曲は彼自らへのレクイエムともなってしまいました。

アルマの名前は背景のように建てられた青銅版に示されていますが、
そこには「ALMA MAHLER WERFEL」と刻まれています。
Werfelは最後の夫でマーラーとは死別なのでダブル・ネームなのでしょうか。・・・
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マーラーのお墓から通路を挟んで4つほどずれた裏側に面していて、
二人の微妙な関係を象徴しているようです。


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# by Atelier-Onuki | 2017-11-26 22:35 | コラム | Trackback | Comments(0)

「ゴーリングでの催し」

先週末からザルツブルクの南60kmほどの所にある Golling という小さな町へ行っていました。
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町といってもチロルの山々に囲まれた小さな盆地、家並みは200mほどで抜けてしまい、周りは牧草地が広がっています。
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何でそんな所へ行ったかというと、とある日本の会社が現地の会社と合併して10周年を迎えて、
その式典が現地の会社があるこのGollingのホテルで開催されました。

ホテルはこんな田舎ですがそこそこの格式があるそうで、
ここのオーナーでコック長の人はオーストリアの料理コンクールで優勝をしたそうです。

何でもドイツのメルケル首相も食されたそうで、ここの城で開催される催しの際には
高名な演出家オットー・シェンクもこのホテルに泊まるそうです。

前回来たときに、このレストランで夕食を取りましたが、
お洒落に手の込んだ料理でしたが、説明をされたほどのインパクトは感じませんでした。

さて、今回はその式典の準備、進行のサポートという形で依頼され、
ステージ制作や映像、それに鏡開きなどの手助けをしました。

2日ほど前には雪がチラつき山の方はすっかり雪化粧、
お天気が心配だったのですが、この日は回復ぎみでホッとしました。

準備も滞りなく整い、後は開場を待つばかりです。

お昼近くになり関係者がパラパラと集まりだしました。
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発足当時、担当された方々は現地のもう定年をされた様な年配の方々と、
懐かしそうに語りあっておられました。
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いよいよ式典は挨拶に始まり鏡開きと進み、段々と盛り上がりを見せました。
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会食の後は記念撮影、そして歓談の時と問題もなく進行し夕刻には無事終了しました。

この催しは会場を移して夜の部もあったのですが、
こちらは社員の懇親会という形なので少し気が楽です。

お昼を食べ損ねたので、急いで腹ごしらえ、・・・ 近くのピザ屋へ飛び込みました。

ガードを潜り町外れの寂しいピザ屋ですが、田舎なのでこんな所しか開いていません。
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中途半端な時間なので出てきた店のオバちゃんもカッたるそうです。

座席に座ろうとしたら、何故分かったのでしょうか「スモーカー?」と訪ねられ、
間髪を入れずに「そうそう・・・」、奥の別室に案内されました。

暗くて狭い廊下の様な部屋で、
窓越しに外からはガリガリと何だか窓枠の目地止め工事をしているようです。
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寂しい気持ちでしたが、注文をした“Penne”はチーズを乗せオーブンで焼いていて、まるでラザーニャのようです。
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フーフー吹きながら熱々のPenneを一口運びました。
「オォ 意外と美味しい・・・」
この疲れた体がゆっくりと癒されて行くようです。

さあ、もう一頑張り、今夜は何時まで宴が続くのだろう。・・・
夜の部は無礼講なので飲んでも良いのかなぁ~
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# by Atelier-Onuki | 2017-10-31 01:32 | オーストリア | Trackback | Comments(0)

マーラーの作曲小屋3-トブラッハ (ドイツ・ニュース・ダイジェスト10月のコラムより)

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マーラーの三つ目、即ち最後の作曲小屋は、
南チロルのトブラッハ(イタリア語でドッビアーコ)にある山の中腹に建っています。
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1908年、50歳を迎えようとしていた彼の状況は最悪と言っても差支えがないほどでした。
1年前には長女を亡くし、ウィーンの職は解雇され、自らは心臓病を起こしたり、精神病も煩いフロイト博士の診断を受けていました。

それに何と言っても彼を悩ませたのは妻アルマの浮気でしょうか。

アルマは恋多き女性として知られていますが、
結婚をする前から彼女の師であった作曲家のツェムリンスキーとも噂されていましたし、
画家のクリムトとも親しかったようです。

そしてこの当時は著名な建築家で後にバウハウス創設者となったヴァルター・グロピウスと付き合っていて、
グロピウスはわざわざトブラッハまでアルマに会いに来たとも言われています。
 
そんな状況の中、マーラーの交響作品はちょうど9番目の構想に差し掛かっていましたが、
「9番」を呪いのように思っていた彼は躊躇しています。

それはベートーヴェンをはじめブルックナーなど偉大な交響曲作曲家達が
「9番」を最後に他界していたからです。

若い頃から死に対する不安が付きまとっていたマーラーにとって「9番」を作曲するには決死の覚悟が必要でした。

結局は「9番」として着想した曲は「大地の歌」という別名の交響曲とし、
タイトルに「9番」と付けるのを避けてしまいます。
 
しかし、意を決したように、とうとうこの作曲小屋で「9番」の制作に取り掛かります。

曲は「大地の歌」の最後のフレーズ「永遠に~」から同じメロディーを受け継ぎ静かに始められ、
途中はもうヤケクソ気味の気分にもなりますが、最終楽章では穏やかな気持ちで死に対する恐怖から解かれ、
むしろ憧れすら感じさせる崇高な音楽にまで昇華しています。
 
ただ、この作曲小屋は現在、人寄せパンダよろしく作られた動物公園の中に
埋もれてしまっているのが、少しばかり残念です。
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夕方ちょっと悲しい気分になって「そろそろ帰ろうか」と、遠くトブラッハの町を眺めていると、
教会の鐘が鳴り出しました。
「カン・コ~ン、カン・コ~ン」……

「これって1楽章の最後の方で鳴る鐘と同じメロディー……」
ジワッ~と目に熱いものを感じました。



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# by Atelier-Onuki | 2017-10-21 19:10 | コラム | Trackback | Comments(0)

「Ticket 2000」 は優れもの

ここデュッセルドルフの市内交通機関は「Rhein Bahn」という半官半民のような会社が運営していて、
チケットの種類も利用する人のニーズに合わせて多種多様の種類があります。

私はその中の“Ticket 2000”というチケットをいわゆるAboで年間契約をしているのですが、
これがとても便利なチケットです。

これは距離にあわせてA~Dまでの4種類の値段に分かれていますが、
普段は市内しか乗らないので私のは一番安い“A”のチケットで76ユーロほどです。
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まず市内の路面電車を始め地下鉄、バス、国有鉄道が乗り放題です。
これが夕方19時を過ぎると大人2人、子供3人まで同乗することができます。

これだけでも優れものですが、更に貸し借りが自由なのです。

更に週末や祝日ですと、このノルト・ライン・ヴェストファーレン州全域が乗り放題となります。
この州は広いので相当乗り応えがあります。
唯、ケルン方面はイジワルで南へは途中までしかフリーで行けません。

そんな中、先日、停留所の案内版をボーッと眺めていたら、
このRhein Bahn と提携しているVRR(ライン-ルール運輸連合)の路線図が掲示されていました。

よく見てみると何とオランダのアーネムまで範囲内として載っているのを発見しました。
そう言えば最近、アーネム行きの真新しい列車が通過するのを時々見かけていました。

そうか、これは一度試してみない手はないとばかり、乗り込んで見ました。

これはデュッセルドルフ発でアーネム行きの専用列車で、最近オランダの運輸局と提携したようです。

車内は新しいだけに綺麗です。
アーネムまでは1時間50分と結構な距離を走ります。

国境のエマーリッヒに着く頃にはすっかり疲れていますが、
さすがこの辺からは景色も俄かにオランダっぽくなってきて、
長閑な牧草地を背景にレンガ作りの可愛い家々が点在し始めます。

アーネムに近づいたころ、やっとオランダの車掌さんが回ってきました。

この“Ticket 2000“で行けるのか確信はなかったので、
追加料金を払うのを覚悟でハイとかざして見ると、ホイと紙のカードをくれました。

よく見るとそれは QRコード付きの「Key Card」と書いてあります。

ははぁ~、ドイツ側では列車に乗るのに改札もなく自由に出入りができますが、
オランダは最近になって自動改札が導入され、チケットがないと開かないシステムになっているようです。

自動改札にこれを当てると気持ちが良いほど簡単にサッと開きました。
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いやぁ~、ありがたいものです。
こんなに遠くまで無料で来られるとは感無量です。

アーネムの駅は最近改装されたようで、曲面を多く取り入れた建物はモダンで天井も高く心地よい空間です。
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この日はお天気も良かったので、昔訪ねたことがあるオランダ村(open Air Museum)へ行ってみることにしました。

ここは言わば明治村みたいな所で、オランダのホステンボスといった所でしょうか。

駅構内のバスターミナルにはミュージアム行きの、これまたレトロなバスが停まっていました。
オランダ人にとっても珍しいのか来る人、来る人がカメラに収めていました。
残念ながらこれは宣伝用らしく、後に停まっていた普通のトロリーバスに乗って向かいました。
それでもこのトロリーバスはオランダではこの街にしか無いそうです。
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バス停を降りミュージアムへはダラダラとちょっとした距離を歩きます。

かつて行ったのは20年以上も前だったので、ひょっとして寂れているのではと心配をしていましたが、
入り口には大勢の人たちが訪れていてホッとしました。

改装もされたようで入り口や周辺の建物も真新しい感じです。
取り合えずはレトロな路面電車に乗って一周してみることにしました。
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この停留所も改装されたようで綺麗になっていました。
電車も古いタイプの何種類かが頻繁に運行しています。
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ミュージアムは広大な敷地に昔の街並あり、農村ありと点在していて、
当然オランダのシンボルでもある風車はあちこちに設置されています。
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園内にはレストランも何軒かありますし、一日中楽しむことができました。
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帰りはアーネムの街をぶらつき、趣のある街並みを楽しんでいました。
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次回はここでの激戦を題材にした映画「遠すぎた橋」で有名な「ジョン・フロスト橋」も
訪ねてみようかなと思っています。

夕食も済ませデュッセルドルフに着いたのはもう10時を過ぎていてグッタリと疲れていました。

やはりアーネムは遠い街でした。




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# by Atelier-Onuki | 2017-10-07 00:34 | デュッセルドルフ | Trackback | Comments(0)