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セザンヌを訪ねて 5  ジャス・ド・ブッファン (ドイツ・ニュース・ダイジェスト1月のコラムより)

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セザンヌお父さん(ルイ・オーギュスト)はエクス・アン・プロヴァンスの中心地
ミラボー通りに帽子の製造販売店を構えていました。

頑固で勤勉な性格でしたが、商才もあったようで、とうとう地元の銀行を買収できるまでの財力をつけます。

銀行業でも順調に発展していったようで、この頃エクスの中心部から800mほど西へ行った所に建つ
ジャス・ド・ブッファンという館を別荘として購入します。

銀行を継がせたい父の思いとは裏腹にセザンヌはゾラの影響もあり、
画家になるとの憧れを強く持ち出した頃でもありました。

彼の最初の作品はこの館のホール壁面に描かれた「春夏秋冬」と題された4枚の壁画でした。
(これは現在、パリのプティ・パレに展示されています。)
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そんな中、この厳格な父親の肖像画も2枚描いていますが、その2枚目では、
大きな背もたれの肘掛け椅子に座り、気難しい顔をして新聞を読んでいる姿が描かれています。

これには画家になることに猛反対をしている父親に対する皮肉や希望が込められています。

背景の壁には自分が描いた静物画が掛けられ、
彼が読んでいるのはゾラが論文を投稿していた「レヴェンヌマン」という新聞で、
当時はとても革新的な論調で、保守的な父親は絶対に読まない内容のものでした。
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ツーリスト・インフォで予約を取り、待ち合わせの時間にジャス・ド・ブッファンへ向かいました。

セザンヌはこの館を何枚も描いていて、一度は行ってみたいなと思っていたので気持ちは高ぶってきます。
門は開放されていて館までの庭を予定の時間まで散策していました。
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それにしても広い・・・入り口から館まで並木道になっていますが、100mほどあるでしょうか・・・

やっとガイドさんが到着し、館の中を案内してくれました。

さすがに古い建物なので2階へは行く事が出来ず、近々改装をするそうですが、往時を偲びながら眺めていました。

裏庭へも通されましたが、これが又広く何処まで続くのやら・・・
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ここでもレンガ作りの池をはじめ何枚も描いています。
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このジャス・ド・ブッファンという名前は昔隣にあった羊小屋に由来した
“ブッファンの羊小屋”という意味の古いフランス語だそうです。


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# by Atelier-Onuki | 2019-01-23 00:10 | コラム | Trackback | Comments(0)

ムーティとウィーン・フィル ケルンの演奏会から

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昨夜は今シーズンのハイライト、ケルンでのムーティとウィーン・フィルの演奏会へ行ってきました。

演目はモーツァルトのフルート協奏曲1番 と
ブルックナーの交響曲7番 でした。

さすがこの組合せだけに会場は溢れんばかりの聴衆が集まっていました。

最初のモーツァルトは「クラリネット協奏曲をやってくれたら良かったのに~」と
この余り面白くない曲の選択に不満を抱いていました。

それでも割り切って、ここはちょっと優雅な気分にでも浸るかと構えていました。

小編成のオーケストラは生きいきとしたテンポで弦楽の合奏で始まりましたが、
まぁ何とその弦の柔らかい響きか・・・先ほどまでの不満はすっ飛び心地良い
気分に浸っていました。

後半はお目当てのブルックナーです。
特に7番は彼の交響曲のなかで一番好きな曲です。

モヤモヤッと霧の中から沸き立つように弦楽によって静かに弾き始められました。
それに木管群が加わり徐々に音量を増していきます。
いよいよ金管群が乗っかり最初の盛り上がりを見せます。

ムーティの指揮ぶりはたっぷりとしたテンポながらもキビキビとした運びです。
それに何といっても気持ち良く歌わせ、さすがムーティの真骨頂といったところです。

響きは奥深く重厚ながらも、深刻にならず明るいところが聴いていて心地く身を任せられます。

2楽章におけるあの天国的な弦のメロディにもウットリです。
後半、一旦ぐっと音量を落とし序々に膨らんできた音は、ティンパニーの一撃と共に爆発を迎えますが、
緊張させられていた雰囲気が一気に開放され、思いっきりその音の洪水に身を委ねてしまいます。

それに、ホルンの後で待機していたワグナー・ホルン達がいよいよ登場し、その鄙びた響きで味付けをしています。
ここでもブルックナーは如何にワグナーを尊敬していたかが伺われますが、
寂が利いた中にも、ちょっとオドケタような親しみも感じられ好きな楽器です。

トランペットのソロが特徴的な3楽章でも金管群は生きいきとして鳴らしています。
フォルテになって、ホール中に音が溢れても、なんと心地よい響きか・・・

金管が盛り上りみせ、ここでもシンバルの一撃で最高潮に達しますが、
ここでのティンパニーの連打・・・凄い・・・

猛スピードで連打しますが、ちゃんと味わいを付けこのティンパニーだけを聴いても、
一つの音楽の世界を表現しています。
連打しますが最後の一打は更に気持ちをこめ溜めを作って叩いています。
それに、何と行っても革張りのティンパニーなので、なんとも味わいのある渋い響きがしています。

不思議な弦のアンサンブルではじまる最終楽章では、颯爽とした推進力で曲は進み、
紆余曲折のメロディがあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返しながら、
フィナーレへと向かって行き、金管群のオンパレード宜しく鳴り響き、
バ~ンと最高潮になったところの一撃で幕となります。

1時間ちょっとと結構長い曲ですが、まだまだ聴いていたいなぁと、終るのが惜しまれる演奏でした。

ただ、集中して聴いていたせいか終った後はグッタリと放心状態で、
今尚、頭の中ではキラキラとした金管群の響きがキラメク鳴り響いています。


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# by Atelier-Onuki | 2018-12-20 23:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

パウル・クレーさんのこと


今日、PCを付けGoogleを開いたら素敵なグラフィック処理をされたグーグルの窓が目に入ったので開けてみると、
それはパウル・クレーが139歳の誕生日である事を知らせていました。

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パウル・クレー ・・・ 私の大好きな画家 ・・・

大好きだけに留まらず彼の絵から随分勉強をさせて頂いた偉大な師でもあります。

まあ残念ながら直接は学ぶことは出来ませんでしたが、私の絵描き、
特にデザインの世界を学ぶのに大きな影響を受けました。

それは未だ美大の受験を目指していた頃からで、どうにも上手く配色できなかった頃でしたが、
彼の絵から色使いを学んでみようと試みてみました。

彼の絵は油絵にしろ水彩画にしろベタには着色していませんが、作品の中から明るい絵を選び、
なるべく近い色を作っては、何十色も絵の具皿に溜めていました。

そしてどのような配色をしているのか各色のパーセンテージをある程度割り出し、
それと似たような割合で自分が考えた画面に配置していきました。

それ以降、今まで余りパッとしなかった色合いが見違えるように良くなっていきました。

クレーさんのお陰でデザインをする喜びを教えて貰ったようです。

処で、今連載しているコラムのタイトルも、実はクレーさんの絵からヒントを得たものでした。

それはケルン駅前のMuseum Ludwigにある「Hauptweg und Nebenweg」
(中央道と脇道)というタイトルの絵ですが、
中央、上向かって延びている道の周りに脇道が絶妙なバランスで絡んでいます。

それらは細かく色分けされていて、何だか人生の色んなシーンを表しているようで、
メインの道を歩むのも大事だけれど、脇道も素敵なんだよと言っているようです。

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脇道や寄り道が大好きな私ですし、コラムの内容も一つのテーマがあるわけでもないし、
あっちへ行ったりこっちへ行ったりと気ままな内容になるので、迷わず「Nebenweg」
(寄り道)と付けました。

このデュッセルドルフでも教鞭をとられていて、彼のアパートが未だ残っています。
このことは別のブログでも取り上げたことがありました。

それにしてもKlee (クローバー) ・・・ 名前が良いですね ・・・

その内、ベルンにあるクレー・ミュージアムへ行きたいなぁ~



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# by Atelier-Onuki | 2018-12-19 01:58 | 絵画 | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて 4 サント・ヴィクトワール山への道 (12月のコラムより)

今月は21日から日本へ出発しますので、発刊日よりも早くフライングをして掲載いたします。

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セザンヌといえば真っ先に「サント・ヴィクトワール山」を思い浮かべます。

油絵を44枚、水彩画で43枚描いたと言われていますが、
一つのモチーフをこれだけ愛着を持って何枚も描き続けたのは驚異としかいえません。
(他にはモネの睡蓮がある位でしょうか?)

山は画家にとっては中々難しい題材で、技術的な問題というよりも、
絵葉書のように描くのではなく如何に芸術性の高みまで描けるかにかかっています。

同じ様に有名な山として富士山を思い浮かべますが、この山にも愛着を注ぎ挑んだ画家達がいます。

一人目の「富岳三十六景」で有名な葛飾北斎を初め、
日本画の大御所、横山大観は神秘性を通じ崇高な域にまで達しています。
それに日本画に絶妙なモダニズムを持ち込んだ片岡珠子さんなどは、芸術としての風格と格調を与えています。

セザンヌの頭の中には恐らく北斎の影響もあったかと思われますが、
それは富士山もサント・ヴィクトワール山も、山の稜線が長く広々とした裾野が広がっていて似ているといえば似ています。

そんなセザンヌ・ファン憧れのサント・ヴィクトワール山と出会うため、
彼の絵の中にも登場するシャトー・ノワールを目指しました。

交通手段がないので徒歩で向かいましたが、
地図で確かめると街から3kmほどの所にシャトー・ノワールが見付かりました。 

道も“Route Cézanne ”(セザンヌ道路)とあり、
「この道をセザンヌも歩いて通ったのだ!」と益々気持ちが高まっていきました。

街を出てセザンヌ道路へと入ると、松林や糸杉が点在するプロヴァンスらしい乾燥した田舎の景色が広がりました。

唯、このセザンヌ道路は幹線道路なのか頻繁に車が走っています。

道幅は4m程と狭く両端から50cm位の所に申し訳程度の線が敷かれて歩道と認識はできるのですが、
中央線も敷かれていないので車が交差する時には歩道まではみ出してきます。

トラックなど走ってくると脇の雑草が生えている所まで逃げながらの危険歩行です。 

もうシャトー・ノワールまでは諦めて小高い所に見えた館への脇道へ逃れました。

やっと庭先まで登り目を上げると、オット・・目の前にあのサント・ヴィクトワール山が堂々と横たわっています。・・・ 
これだ!正に絵で見たことのある風景で、まるでセザンヌの絵の中に紛れ込んだような錯覚にとらわれます。
やっと出会えた憧れの風景に暫し時を忘れて見入っていました。

帰り道、街に入る手前の石塀からサクランボの枝が飛び出しています。

ヒョイとジャンプして一粒手折りホオバリましたが、その瑞々しい果汁は乾いた喉を甘く潤してくれました。





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# by Atelier-Onuki | 2018-12-19 00:17 | コラム | Trackback | Comments(0)

セザンヌを訪ねて ③ : 市街地 (ドイツ・ニュース・ダイジェスト11月のコラムから)

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エクスの地図を貰うべくツーリスト・インフォのあるロトンデの泉を目指しました。

ロータリーの道を挟んでインフォ側の広場にはセザンヌの立像が建っています。

エクス周辺を写生するため画材を担いで歩いている姿を表現した像で、
「フムフム、こんな感じで歩いていたのだなぁ!」と
尊敬の眼差しでアチコチとグルグル回りながら眺めていました。
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インフォでくれる地図は良く出来ていて、特にセザンヌ縁の場所を分かり易く歩けるように
オレンジの点線で散歩道を示してくれています。

この点線と同じルートの道路には“C“(Cezanne)と書かれた真鍮が埋め込まれていて、
それを辿って行けば迷わず歩けるようになっています。
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地図にはセザンヌ縁の地は30箇所以上あって全ては回りきれませんが、
ここからプラタナス並木の広々としたミラボー通りを生家を目指して歩き出しました。

この道は歩道の幅がタップリと取られているので、心地よい散策が楽しめます。
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緑のテントが大きくテラス席に張り出したレストラン「レ・デュ・ギャルソン」が現れました。
ここはセザンヌが足繁く通ったことで知られています。
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道を挟んだ角、今は銀行になっていますが、ここはセザンヌのお父さんが営んでいた「帽子店」の跡地です。 
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道が狭くなりオペラ通りへと入りました。

この先にクローム・イエローの外壁をもつ生家が残っていますが、扉は堅く閉じられています。
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Uターンをして今度はカルディナーレ通りのセザンヌが通っていた「ミニュ中学校」を目指しました。

この中学校では一つ下の学年にパリからエミール・ゾラが転校してきます。

同じ中学校に歴史に名を刻む2人が同時期にいたなんて、もの凄い学校ですね。
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唯、パリからの転校生は「イジメ」の対象となってしまいます。

元来、気難しく人付き合いの悪かったセザンヌは、むしろゾラをかばい、
そのせいでイジメッ子たちからボコボコに殴られたことがあったそうです。

それ以来、ゾラとは生涯に渡って親しく付き合うことになりますが、
まだ中学生なのに、お互い何処か才能の片鱗を見出していたのかも知れませんね。

この事件のあと恐縮したゾラは籠一杯のリンゴを抱えてセザンヌを見舞ったそうです。

その後、セザンヌの重要なモチーフの一つになった「リンゴ」はこの時の印象が強く残っていたのかもしれません。
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彼らはエクス周辺にも一緒に出掛け、サント・ヴィクトワール山、そして石切り場などを訪れますが、
セザンヌにとっては後に生涯に渡って向き合う重要なモチーフとなります。


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# by Atelier-Onuki | 2018-11-17 01:17 | コラム | Trackback | Comments(0)