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ムターもワクチン接種

この数ヶ月前からワクチン接種促進のためのポスターがアチコチの停留所に貼られています。

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女優を始め色んな人たちが登場いるのですが、

昨日見たポスターにはヴァイオリニストのアンネ・ゾフィー・ムターが登場していました。

「我々の最高の楽器はウィルスに立ち向かうことだ!」とのキャッチが載っていました。

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早く皆がワクチンを打ち終えコロナが終息する事を願うばかりです。・・・

因みに私は7月に2回目の接種する予定です。


# by Atelier-Onuki | 2021-05-22 00:05 | デュッセルドルフ | Trackback | Comments(0)

デュッセルドルフのヘソ

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ここ1年ほどは何処へも行けないので、デュッセルドルフ市内をウロウロ散歩しています。

先日は通り名が「Hans-Sacks-Straße」なる中央にグリーンベルトがある広い通りを歩きました。

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ハンス・ザックスとはワグナーのオペラ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」に登場するマイスターの親方です。

唯、私個人的にはあまり好きなオペラではありません。

とにかく長い・・・上演時間だけでも4時間半ほどで、単独のオペラでは一番長いのではないでしょうか。

ワグナー唯一の喜劇と云われていますが、ちっとも面白くありません。

それに最終幕でこのザックスが若者に「マイスターとは」と延々と解き明かすシーンがありますが、ここもやたら長くくどい・・・

聴いているうちにやたらと尤もらしい理屈をこねる以前会社にいたドイツ人社員の顔が浮かびヘキヘキしてしまいます。


まぁ気を取り直し散歩を楽しみました。

次に出てきた横道には「Goethestraße」とあります。その次は「Rembrandtstraße」、

さらに「Schumannstraße」と続きこの辺はやたら歴史上の著名人の名が冠されているようです。

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シューマンはこの街で音楽監督をやっていたので分かりますが、ゲーテやレンブラントはなんら縁もなさそうです。


暫く進んでいると歩道に真鍮のプレートが埋め込まれているのに気が付きました。

何だろうと眺めていると「ここがデュッセルドルフのちょうど中央なんだよ!」との声が上から聞こえてきました。

フト見上げると窓からオジサンが顔を出していて誇らしげに喋っていました。

よくよく見るとそこにはデュッセルドルフの地図が中央に、その周りに「地図上、デュッセルドルフの中央」と書かれ緯度と経度が示されていました。

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ちょうど桜(といっても白い桜)も見ごろで楽しい散歩となりました。

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# by Atelier-Onuki | 2021-05-10 23:43 | デュッセルドルフ | Trackback | Comments(0)

指揮者カルロス・クライバーさんのこと-1 (4月のコラムから)

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                      バイエルン国立歌劇場近くのプラツェル広場


カルロス・クライバーさんはベルリンの生れですが、当時ベルリン国立歌劇場の音楽監督で

大指揮者の父エーリッヒがナチスの台頭に反発し、彼が5歳だった時にアルゼンチンへ亡命してしまいます。

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名前もカールからスペイン風のカルロスに改名されましたが、彼もこの名が気に入っていたようで生涯カルロスで通しています。


戦後はスイスに戻り、カルロスもチューリッヒやデュッセルドルフの歌劇場で活動を始めます。


その才能が開花し出したのはバイエルン国立歌劇場に所属しだしてからでした。

初来日もこの歌劇場の引っ越し公演で「バラの騎士」を指揮していますが、

まだこの当時、私は彼の存在を認識しておらず、他の公演を観てしまっていました。


彼の名が世界的に知られる様になったのは、レコード録音で最初のベートーヴェンの5番の交響曲でした。

その後発売された7番やJ.シュトラウスのオペレッタ「こうもり」が話題となりました。

颯爽としたテンポに変幻自在に操られた音楽は緊張感が漂い、スリリングで今まで聴いたことがないワクワクする演奏で、

「こりゃ凄い指揮者が現れたものだ!」と世界中の音楽ファンの間で噂されました。

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2度目の来日は81年、ミラノ・スカラ座初の引っ越し公演で、それだけでも大きな話題になったのですが、

2演目をクライバーが振るという事で、大騒ぎ・・・


私も”清水の舞台”から飛び降りる覚悟で、全公演のチケットを押さえました。

処が来日が迫った頃、大きな仕事を抱えてしまい、とうとう全ての公演も観ることが出来ませんでした。


ある日,偶々時間が開き「そうだ今日はクライバーでオテロがあるなぁ!」と、会場のNHKホールへと急ぎました。


開演間近だったので人影もまばら・・・チケットを売っている人などもいません。

ちょっとだけでも聴きたかったので、傍にいた係の人に「あのぅ、頭だけでも聴かせて貰いたいのですが~」と尋ねた処、

憐れんでくれたのか「まぁ、ちょっとだけなら~」と優しい返事が・・・

係官に付き添われて外側の扉に耳を押しつけました。

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ウォ~と異様なドヨメキと共に割れんばかりの拍手が起りました。

冒頭は嵐の中オテロが帰還してくるシーンです。

シンバルのジャーンを合図に物凄い迫力で鳴りだしました。

オゥ~こりゃホールの中ではドエライことが起こっているなと・・・

嵐のシーンも収まったころ、「あのぉ、そろそろ~」と促され渋々会場を後にしました。





# by Atelier-Onuki | 2021-04-26 22:19 | コラム | Trackback | Comments(0)

旅に出たいけど・・・

昨年1月にスキーに行ったきり、もう1年以上何処へも行けずウズウズしています。

それでもデュッセルドルフ市内をウロチョロしているのですが、それなりに新しい発見があったりして今の処は何とか持っています。


先日は、と言っても2週間ほど前ですが陽気に誘われて、ちょっとした丘を目指しました。

ここの農道に桜並木があって見に行ったのですが、街中より80mほど標高が高いだけですが未だ咲いていませんでした。

桜といっても白い花なのですが、それでも中々見ごたえのある並木です。

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諦めて散歩をしていると遠くに羊の群れが見えてきました。

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放牧は場所を変えているのでいつも居るわけではありません。

近づいてみると可愛い子羊がいたりで、それなりに楽しめました。

思いようによってはコッツオルズ地方を旅したような気分になりました。

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横を通って行くポニーに乗った子供達も楽しそうでした。

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これからは八重桜が咲きだしました。

200mほどの並木道がある町が近郊にあってこれは見事なものです。

暖かくなったら行きたいものです。


# by Atelier-Onuki | 2021-04-19 22:55 | デュッセルドルフ | Trackback | Comments(0)

指揮者カルロ・マリア・ジュリーニさんのこと (3月のコラムより)

 
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                   ボルツァーノの裏通り


カルロ・マリア・ジュリーニさん(1914年~2005年)は南イタリア出身でローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーでヴィオラ奏者として学ばれました。

このヴィオラを選んだ時点で彼の控えめな人間性が伺われます。


その後、指揮者に転向され若い頃は筋肉質でエネルギッシュな演奏をされていましたが、

晩年イタリアに戻って来られてからは落ち着いたテンポの暖かい演奏になって行きます。


彼の演奏に初めて接したのはシカゴ交響楽団と録音した「展覧会の絵」でした。

これには余白にラヴェルの「マ・メール・ロア」などが入っていましたが、

ムソルグスキーの作で原曲がピアノ版「展覧会の絵」をオーケストレーションした

ラヴェルの作品をカップリングするなんてお洒落だなと感心して聴いていました。


シカゴやロスアンジェルスでも音楽監督として活躍されていたのですが、

奥様が病気になられたのを機にイタリアのボルツァーノに戻られ、

看病に時間が取れるよう何処にも属さずフリーとして活動されました。


場所もヨーロッパに限定されましたがベルリン・フィルやウィーン・フィルなど超一流のオーケストラから招かれていました。

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このボルツァーノは少年時代に過ごした街なのですが、

この辺りはオーストリア帝国の領土だったので、自然にドイツ語や文化を吸収されました。

そんな訳で彼はイタリア音楽も演奏されましたが、むしろドイツ音楽の方に重点をおかれていたようです。


それでもさすがイタリアの血がそうさせるのか、渋いドイツ音楽でも幾分の明るさがあります。

それに何と言っても音楽に対する謙虚さで、丁寧な表現の中、彼の人間性の暖かさや真摯さが浮き上がってきます。


何度かライヴ演奏を聴く機会がありましたが、ゆったりとしたテンポの中メロディラインが

綺麗に浮かび上がり「とても良い音楽を聴かせてもらったなぁ」と至福の時を味あわせてもらいました。


中でも白眉はアムステルダムで聴いたブラームスの交響曲1番でした。

4楽章の序奏が終った後、弦のトレモロに乗ってホルンが浮かび上がる所では、

霧が立ちこめた湖の彼方、森の奥からホルンが聴こえて来たかの情景が浮かびました。

そしてオーケストラ後方にあるパイプオルガンに沿ってユラユラ登っていく音が見えました。


彼は音楽本来の良さを引き出すために、作品に対し謙虚に向かい合い丁寧で暖かい音楽を表現してくれました。



# by Atelier-Onuki | 2021-03-23 00:47 | コラム | Trackback | Comments(0)